Volume 14, No.4 Pages 312 - 321
3. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
SR-蛍光X線分析法によるオリーブの元素分析
Elemental Analysis of Every Variety of Olive Using SR-XRF
オリーブ(Olea europaea L.)はモクセイ科オリーブ属に属する常緑高木で、地中海沿岸に広く分布している。原産地については諸説あるが、小アジアを発祥とし、地中海をはさんで南はアフリカ北部沿岸、北はトルコと二方向を経て西へと伝わったとする説が有力である。現在では地中海沿岸諸国にとどまらず、南米や米国、オーストラリア、中国などへも栽培が広がっている。
日本へは安土桃山時代(1574〜98年)に、種子島への鉄砲伝来とともに、ポルトガル人宣教師によってオリーブオイルが持ち込まれたのが最初である。その後、文久年間(1861〜63年)に将軍侍医・林洞海がフランスから輸入した苗木を横浜に植栽した。明治7年(1874年)には、佐野常民がイタリアより持ち帰った苗木を東京と和歌山に植栽し、和歌山で結実した。それから5年後、フランスから苗木2000本を導入し、勧農局三田育種場と神戸温帯植物園(後の神戸オリーブ園)に移植、明治14年(1881年)に神戸オリーブ園でも結実し、日本ではじめてオリーブ果実の加工が行われた(採油、塩蔵製造)。さらに明治41年(1908年)には、農業生産としての可能性を確認するため、当時の農商務省により三重、鹿児島、小豆島において集約栽培試験が実施され、小豆島のみが成功をおさめた。一時期は、オリーブオイル1升が、米1俵に匹敵するほど高値で取引されたことから、オリーブ栽培熱も高まり、急速に広まったが、昭和34年(1959年)の輸入自由化とともに安価なオイルが輸入されはじめると次第に栽培は縮小されていった。しかし近年はオリーブオイルの需要が急激に伸び、再び栽培熱が高まっている。現在国内では小豆島とその対岸に位置する牛窓がオリーブ2大生産地となっている。弊社がオリーブ栽培地として選んだ牛窓及びスペイン・トルトサの地形を図1、2に示す。
図1 岡山県瀬戸内市牛窓地形(弊社オリーブ園より望む)
図2 スペイン・トルトサ地形
図3(a)〜(c)にオリーブの木と花と果実を示すが、オリーブの木は、「太陽の樹」とも称されるほど日光を好む樹木で、平均気温15〜20℃、日当たり良好で適度に空気が乾燥し、排水性・通気性の良い土壌が生育に適する。樹木は、高さ3〜10メートルに達し、品種によって直立形、開帳形、中間形の別がある。花は、5月下旬から6月中旬に咲く。花弁4枚からなる小さな白十字の花からは、少し甘く、清楚で可憐な香りが放たれる。花が終わるとともに小さな果実が付き、次第に成長し、傾向として、9月から11月にエメラルドグリーンから黒紫色に色づいていく。なお、小さな苗木を育てた場合、結実までにはおよそ5〜10年を要す。オリーブには多数の品種があり、500種とも800種以上ともいわれている。類似品種も少なくはないが、世界各地でその土地の気候風土に適した品種が栽培されている。各地のオリーブ果実からは、それぞれの特徴をもつオリーブオイルが生産され、品種、栽培地の違いにより芳香成分など味覚に影響を与える成分に違いが認められる。
(a) Olive tree (b) Olive flower (c) Olive fruit
図3 オリーブ(Olea europaea L.)
オリーブオイルは、果実をそのまま搾って得られるため、種子を高温処理し抽出・精製して得られる他の植物油と異なり、果実本来の芳醇な香りと風味、美しい色合いが楽しめる数少ないオイルである。日本国内においては、「イタ飯」という言葉も登場した80年代後半からのイタリア料理ブームにはじまり、スペイン料理人気も手伝って、今や一般家庭にも浸透しつつある。また健康志向が高まる中、オリーブの生化学的な効果が科学的に証明され、2006年にはアメリカの健康専門誌「Health」が、日本の大豆、韓国のキムチ、インドのレンズ豆、ギリシャのヨーグルトとともに、スペインのオリーブオイルを世界の5大健康食品として定めるなど、健康に役立つ食材として世界的に認知されている。
現在オリーブ樹の栽培数は、世界中で9億本以上にもなり、オリーブオイルの総生産量は200万トンを超える。その多くが地中海沿岸に集中しており、生産量第1位がスペイン、第2位がイタリアである。
食用オリーブオイルは、図4に示すとおり①バージンオイル、②オリーブオイル(ピュアオリーブオイル)、③搾りかすオリーブオイルの3つに分類される。バージンオイルとは、オリーブ果実のみを原料とし、加熱工程や薬品処理されることなく、単に圧搾もしくは他の物理的な方法により得たオイルである。バージンオイルはさらに、鑑定士の評価、酸度の違いにより最高級のエキストラバージンからランパンテバージンまでの4クラスに分類される。なお、ランパンテのように酸度が高いもの、あるいは風味として好ましくない特性があるものは、精製により脱酸、脱色、脱臭が行われる。この精製オリーブオイルは単独で食用販売されることはなく、バージンオイルとブレンドされ②のピュアオリーブオイルとして販売される。また、オリーブの搾りかすから溶剤抽出後、精製して得られる精製搾りかすオリーブオイルに、バージンオイルをブレンドしたものが③搾りかすオリーブオイルである。
図4 食用オリーブオイルの分類
オリーブオイルは他の植物油と比較して価格が高く、特にエキストラバージンオリーブオイルは高額で取引される。その為、オリーブ主要生産国では、以前からオリーブオイル偽装事件が問題になっており、2006年にはヒマワリ油に添加物を加えた偽オリーブオイルを旅行業者に販売したとしてスペインカタロニア地方の9人が逮捕され、2008年には、大豆油やヒマワリ油等を混ぜたオリーブオイルを高価な「エキストラ・バージン・オイル」として販売したイタリアの搾油業者ら39人が逮捕された(図5参照)。EUでは、1992年よりProtected Designation of Origin(原産地名称保護制度)を実施し、製品の信頼性を高めようとしているが、産地表示そのものの信憑性が問われており、偽装表示を見抜く技術の開発が急務となっている。
図5 オリーブオイル偽装事件
イタリア警察は、不正に偽装したオリーブ油を全国規模で販売していた犯罪組織を摘発。ナポリ、北部ミラノなどの7工場を差し押さえ、39人を拘束、偽装疑いのあるオリーブ油約2万5千リットルを押収した。(2008年4月21日・イタリア警察当局発表)
一方日本においても、産地偽装、消費期限・賞味期限の改ざん、原材料偽装など食品偽装や詐欺的商法が相次いで発覚し、消費者の食品表示に対する意識が大きく変化している。日本生活協同組合が行った調査によると、食品を購入する際によく利用する食品表示の第1位が賞味期限・消費期限、第2位が原材料の原産国であるにも関わらず、内閣府の調査では、食品表示のうちあまり信用できないものの第1位が、生鮮食品、加工食品ともに「原産地・原産国」であった(図6)。消費者は、特に原産地・原産国に関する正確な情報を求めていることがうかがい知れる。
図6 食品表示のうちあまり信用できないものは?
内閣府「食品表示に関する消費者の意識調査」では、半数以上の人が「原産地・原産国」の表示を信用できないと回答。(2002年7月有効回答数989)
弊社は、創業者・服部和一郎が1941年にオリーブの試験栽培をはじめ、翌年牛窓にてオリーブ園を開設し、本格的なオリーブの栽培経営に乗り出した。また1992年よりスペインにもオリーブ園を所有し、オリーブを利用した食品・化粧品の開発・製造販売を行ってきた。一企業として商品の安全管理は当然の責務であり、創業以来、栽培管理、品質管理を徹底し、安全性確保に努めてきたが、今後表示の真正性も確保するためには、原産地や原材料を科学的に判別する技術の開発が必要である。これまでオリーブオイル中に種々の元素が含まれている事が報告されており[7,8][7] L. Pera, S. Curto, A. Visco, L. Torre and G. Dugo: J. Agric. Food Chem. 50 (2002) 3090-3093.
[8] M. Zeiner, I. Steffan and I. J. Cindric: Microchemical Journal 81 (2005) 171-176.、品種による差もあると考えるが、一般に農産物中の元素は栽培されている土壌成分の影響を受けるため、産地によって元素の種類や量に違いがあることが示唆される。そこで我々は、栽培地による元素成分の比較及び産地判別を目的として、SPring-8の放射光を用いた蛍光X線分析法によるオリーブ元素分析を行った。
2. オリーブ果実の元素分析
2-1 試料
オリーブ果実の収穫は9月頃から翌年3月にかけて行われる。9月、10月は緑色をした未成熟の果実であり、成熟が進むに従い赤色、赤紫、黒紫色へと変化していく。未成熟果は成熟果に比較してオイル含量が少ないため、主としてピクルスなどのテーブルオリーブスに加工され、成熟果はオリーブオイルに利用される。オリーブ果実の色、形状、大きさ、果肉に含まれる水分・油分含量は、品種によって異なり、それに応じて用途も異なる。参考までにスペイン原産の代表的品種を図7に示す。
今回の分析用には、前年11月に収穫した成熟果を使用したが、成熟の速さは、産地(気候)、品種により異なるため、成熟度は厳密には同じではない。試料は、牛窓産オリーブ7品種12試料(マンザニロ種は4試料、ミッション種は3試料を測定したため合計12試料)、小豆島産オリーブ27品種28試料(ミッション種は2試料を測定したため合計は28試料)、地中海沿岸産11品種17試料(フランス産1品種1試料、スペイン産8品種10試料、トルコ産2品種6試料を測定したため合計は17試料)である。これらの品種については表1に示す。試料のうち牛窓産は自社オリーブ園で採取し、小豆島産は香川県農業試験場小豆分場の協力を得て試験場内において試験栽培されたものを提供して頂いた。また地中海沿岸産は各地に遠征して採取した。これらの果実は分析に供するまでの間、マイナス18℃で保存した。分析の際は、凍結オリーブ果実を自然解凍し、果肉部分をステンレス製ナイフで厚さ約1 mmにスライスした後果皮を取り除き、その切片を市販のポリエチレン製袋を用いて作った袋(厚さ20 μm、40 mm × 40 mm)に収納し、端部をヒートシールして測定試料とした(図8)。測定試料は中央部分を円形にくり抜いた四角形のアクリル板に固定し、八角形の試料保持板に7種類のサンプルをセットし(残り1カ所には位置モニター試料を保持)、遠隔的に自動試料交換できる機構を利用した(図9参照)。
図8 オリーブ果実の切片
図9 試料の保持状態
表1 試料としたオリーブ果実の品種一覧
a) 牛窓産
No. | 品種名 | |
1 | Arbequina | アルベキナ |
2 | Frantoio | フラトイオ |
3 | Lucca | ルッカ |
4 | Manzanillo | マンザニロ |
5 | Mission | ミッション |
6 | Nevadilo Blanco | ネバディロ・ブランコ |
7 | St.Catherin | セントキャサリン |
b) 小豆島産
No. | 品種名 | |
1 | Amellenque | アメレンケ |
2 | Ascolano | アスコラノ |
3 | Azape | アザパ |
4 | Bidh El Hamman | ビーデル・ハマン |
5 | Chemilali | ケムラリ |
6 | Frantoio | フラトイオ |
7 | Hardy's Mammoth | ハーディーズマンモス |
8 | Jumbo Kalamata | ジャンボ・カラマタ |
9 | Kalamata | カラマタ |
10 | Koroneiki | コロネイキ |
11 | Leccino | ルチーノ |
12 | Lucca | ルッカ |
13 | Lucque | リュック |
14 | Manzanillo | マンザニロ |
15 | Mission | ミッション |
16 | Michellenque | ミシュレンケ |
17 | Negral | ネグラル |
18 | Obliza | オブリザ |
19 | Oblonga | オブロンガ |
20 | OHMS-1 | |
21 | Nevadilo Blanco | ネバディロ・ブランコ |
22 | Redounan | レドゥナ |
23 | South Australian Verdale | サウスオーストラリアベルダル |
24 | St.Catherin | セントキャサリン |
25 | Verdale | ベルダル |
26 | Wagga Verdale | ワッガベルダル |
27 | Zarza | サルサ |
c) 地中海沿岸産
No. | 品種名 | |
1 | La Fontaine(Fr) | ラ・フォンティヌ |
2 | Arbequina | アルベキナ |
3 | Cornicabra | コルニカブラ |
4 | Goldalede Sevillana | ゴルダールセビジャーナ |
5 | Picual | ピクアル |
6 | Regues | レゲス |
7 | Farga | ファルガ |
8 | Morru | モルー |
9 | Sevillenca | セビジェンカ |
10 | Ayvalik | アイバリュック |
11 | Domat | ドマット |
2-2 SR-蛍光X線分析
我々が使用した実験ビームラインは、アンジュレータビームラインBL37XUである。蛍光X線分析測定光学系を図10に示す。励起X線をオリーブ果実切片に当て、発生する蛍光X線を半導体検出器で検出・解析することにより、元素情報を得ることができる。励起X線エネルギーを35 keVとし、X線ビーム径を300 μm × 300 μmに調整し、1試料あたり300秒間測定した。検出器は先端部に鉛製コリメーターを使用したGe半導体検出器(キャンベラ社製)用いた。
得られた蛍光X線スペクトルの一部を図11〜図15に示す。なお、各図中のArは空気中由来のアルゴンを示す。
図10 蛍光X線分析測定光学系
放射光X線を照射し、含有される微量元素成分を半導体検出器で検出する。
図11は、牛窓産の3品種(アルベキナ種、フラントイオ種、ミッション種)の蛍光X線スペクトルである。牛窓産品種では、特徴的なピークとしてCa、Fe、Cu、Zn、Br、Rb、Srを認めた。アルベキナ種では、Rbが最も大きなピークで、次にCaやCuのピークが認められた。ミッション種では、Caが強大なピークとして存在し、次に、Rbの大きなピークが認められた。フラントイオ種では、3品種の内でCaとRbが最も小さなピークとして認められ、また、KがCaよりも大きく、さらに、他の2品種に比較して、Cuのピークが小さく、Znのピークが遙かに大きかった。このように同一産地であっても品種により差が認められた。
図11 牛窓産オリーブ果実の元素成分(3品種の蛍光X線スペクトル)
図12は、小豆島産の3品種(ベルダル種、アメレンケ種、ミッション種)の蛍光X線スペクトルである。小豆島産でも牛窓産と同様に品種に関わらず、Ca、Fe、Cu、Zn、Br、Rb、Srを認めた。品種による特徴として、ベルダル種においてRbの巨大なピークが認められた。またアメレンケ種ではBrが大きなピークとして認められ、3品種のうちでPがもっとも明瞭に認められたのが特徴的である。ミッション種では、3品種の中でRbやBrのピークが最も小さく、全体的に大きなピークを認めなかった。このように小豆島産においても、品種により差が認められた。
図12 小豆島産オリーブ果実の元素成分(3品種の蛍光X線スペクトル)
同一品種における原産地による差異を比較するため、ミッション種について、牛窓産及び小豆島産の蛍光X線スペクトルを比較したものを図13に示す。図のとおり、牛窓産では、Caが強大なピークとして認められ、次にRbのピークが認められた。一方小豆島産は、全体的に強大な元素ピークは認められず、Caは、Kのピークのショルダーとして認められた。
図13 牛窓産・小豆島産オリーブ果実の比較(ミッション種の蛍光X線スペクトル)
図14は、地中海沿岸産の3品種(スペイン産アルベキナ種、スペイン産レゲス種、トルコ産アイバリュック種)の蛍光X線スペクトルである。地中海沿岸産も、牛窓産、小豆島産と同様にCa、Fe、Cu、Zn、Br、Rb、Srを認めた。品種による特徴としては、アイバリュック種では、Srピークが非常に大きく、次にRbピークが認められ、Tiピークも明瞭に認められた。レゲス種では3品種の中で最もCaピークが大きく、アイバリュック種と異なりRbピークが、Srピークよりも大きかった。アルベキナ種では、3品種の内でRbとSrのピークが最も小さく、傾向として、レゲス種に似たスペクトルを示した。
図14 地中海沿岸産オリーブ果実の元素成分(3品種の蛍光X線スペクトル)
同一品種で原産地による差異を比較するため、アルベキナ種について、牛窓産及びスペイン産の蛍光X線スペクトルを比較したものを図15に示す。図のとおり、牛窓産では、Rbが強大なピークを示したが、スペイン産では、Rbのピークは、CuやZnのピークよりも小さかった。
図15 牛窓産・スペイン産オリーブ果実の比較(アルベキナ種の蛍光X線スペクトル)
2-3 オリーブ果実の産地別比較
表2に、産地別での元素検出の優位性を示す。牛窓産、小豆島産、地中海沿岸産に共通して検出された元素は、Ca、Fe、Cu、Zn、Br、Rb、Srであった。
産地特性として、牛窓産は全般的にPのピークが小さいか、ほとんど認められなかった。またBrについても強大なピークを示すものは認められなかった。
小豆島産は、牛窓産と対照的に全般的にPのピークが顕著に認められるものが多かった。また、アメレンケ種はBrが、ベルダル種はRbが顕著に認められた。
地中海沿岸産は、CuピークがZnピークに比較して大きい傾向にあった(スペイン産アルベキナ種、レゲス種)。またトルコ産アイバリュック種ではSrが強大なピークとして認められ、特徴的なTiピークが明瞭に認められた。
表2 オリーブ果実の産地別比較
元素別による検出の優位性
牛窓産 | 小豆島産 | 地中海沿岸産 | |
共通に検出 | Ca, Fe, Cu, Zn, Br, Rb, Sr | Ca, Fe, Cu, Zn, Br, Rb, Sr | Ca, Fe, Cu, Zn, Br, Rb, Sr |
傾向・特性 | ・Pのピークが小さいか、 ほとんど認められない。 ・強大なBrピークを示す ものは認められない。 [全般] |
・Pのピークが顕著に認め られるものが多い。 [Amellenque他11種] ・Brが顕著 [Amellenque] ・Rbが顕著 [Verdale] |
・CuピークがZnピークに 比較して大きい。 [スペイン産Arbepuina, Regues] ・強大なSrピークを示し、 Tiピークが明瞭である。 [トルコ産Ayvalik] |
3. オリーブ果実の産地判別
食品の安全・安心に関する消費者の関心の高まりとともに、農産物の産地判別法についての分析法も開発されつつあり[11][11] 安井明美:ぶんせき No.3 (2009) 145p.、ネギ、タマネギ、ショウガ、ニンニク、ゴボウ、コンブ、梅農産物漬物や黒大豆「丹波黒」について、無機元素組成を利用した産地判別法が報告されている[12][12] 品質表示の確認にかかる分析法 (独)農林水産消費安全技術センターweb site, http://www.famic.go.jp/technical_information/hinpyou/index.html。そこで、前述の放射光蛍光X線分析で得られた元素データをもとに、オリーブの産地判別を以下のとおり試みた。
表3 オリーブ果実57試料の蛍光X線強度
牛窓産(12試料) | 小豆島産(28試料) | 地中海沿岸産(17試料) | ||||
元素記号 | 平均値 | 標準偏差 | 平均値 | 標準偏差 | 平均値 | 標準偏差 |
P | 133.9 | 168.81 | 263.3 | 136.89 | 160.4 | 266.27 |
K | 854.7 | 1010.35 | 475.8 | 860.15 | 570.8 | 535.11 |
Ca | 455.8 | 1087.56 | 35.0 | 185.01 | 92.5 | 293.81 |
Ti | ※検出されない | 13.4 | 49.32 | 74.5 | 211.15 | |
Mn | 25.8 | 89.49 | 10.7 | 56.51 | ※検出されない | |
Fe | 511.1 | 175.77 | 407.4 | 239.83 | 409.5 | 143.29 |
Cu | 1114.0 | 572.97 | 705.5 | 463.20 | 916.5 | 342.22 |
Zn | 817.8 | 257.01 | 632.0 | 353.30 | 602.1 | 173.39 |
Zn-Kβ | 318.9 | 79.30 | 255.1 | 134.94 | 224.2 | 119.50 |
Pb-Lα | 371.1 | 73.54 | 360.9 | 53.37 | 385.9 | 73.12 |
Br | 731.4 | 248.39 | 887.3 | 529.72 | 1016.4 | 1188.35 |
Pb-Lβ | 480.5 | 71.97 | 480.1 | 54.71 | 488.8 | 71.03 |
Rb | 1685.0 | 826.36 | 1283.1 | 1093.03 | 1686.4 | 1582.59 |
Sr | 650.8 | 514.73 | 461.1 | 194.80 | 900.3 | 1077.34 |
Pb+Y | 580.2 | 193.11 | 525.7 | 226.26 | 552.8 | 289.94 |
Moは、ピークを認める品種が少なかったため表から除く。
3-1 主成分分析
測定した全57試料(牛窓産12試料、小豆島産28試料、地中海沿岸産17試料)の元素組成を表3に示す。今回の条件では、P、K、Ca、Ti、Mn、Fe、Cu、Zn、Pb、Br、Rb、Sr、Y、Moの14元素が測定された。なお、15.7 keV付近のピークはZrの可能性があったが、本報では深く考察しなかった。この中でTiは牛窓産からは全く検出されなかった。またMnは地中海沿岸産からは全く検出されなかった。産地、品種によらずほぼ全ての果実から検出されたのは、Fe、Cu、Zn、Zn-Kβ、Pb-Lα、Br、Pb-Lβ、Rb、Srのピークであったが、ZnとPbのピークはブランクからも検出された。従ってZnとPbは考察から除き、Fe、Cu、Br、Rb、Srのピークと栽培地を説明変量とする主成分分析を行った。統計手法は石村らの方法[12][12] 品質表示の確認にかかる分析法 (独)農林水産消費安全技術センターweb site, http://www.famic.go.jp/technical_information/hinpyou/index.htmlを用い、統計解析ソフトとして多変量解析Ver.1.18(フリーソフト、作者神田公生)を使用した。表4に統計処理に使用した固有値、寄与率、説明変数の固有ベクトルを示す。図16のとおり、統計処理の結果、主成分得点プロットは産地毎に分かれる傾向にあり、産地判別の可能性が示唆された。そこで、57試料の5つの元素を用いて以下の判別モデルの構築を試みた。
表4 57試料の5元素ピークによる主成分分析
相関行列による主成分分析
第1主成分 | 第2主成分 | 第3主成分 | 第4主成分 | 第5主成分 | |
固有値 | 2.7974 | 1.7426 | 1.4553 | 0.8947 | 0.6757 |
寄与率 | 0.3497 | 0.2178 | 0.1819 | 0.1118 | 0.0845 |
累積寄与率 | 0.3497 | 0.5675 | 0.7494 | 0.8612 | 0.9457 |
固有ベクトル | |||||
牛窓 | 0.1868 | -0.1195 | 0.7276 | -0.1653 | 0.3438 |
小豆島 | -0.2792 | 0.6056 | -0.1565 | 0.3351 | -0.0804 |
地中海 | 0.1387 | -0.5552 | -0.4773 | -0.2188 | -0.2186 |
Fe | 0.5044 | 0.2207 | 0.0817 | 0.2297 | -0.2839 |
Cu | 0.4810 | 0.0353 | 0.1802 | 0.0935 | -0.5904 |
Br | 0.3763 | 0.2910 | -0.3655 | -0.2617 | 0.3538 |
Rb | 0.4741 | 0.1666 | -0.1972 | -0.0239 | 0.4182 |
Sr | 0.1256 | -0.3851 | -0.0820 | 0.8258 | 0.3135 |
図16 5元素による主成分分析のプロット(主成分得点)
3-2 判別分析
国産オリーブ果実として牛窓産12試料と小豆島産28試料の合計40試料から任意に12試料を選び、地中海沿岸産オリーブ果実として17試料から任意に12試料を選んで、判別モデル構築用試料に用いた。残りの試料は、産地不明のオリーブ果実として、判別モデルの検証用試料に用いた。石村らの方法を用いて統計処理し、この統計処理に使用したソフトは多変量解析[II]Ver.1.04(フリーソフト、作者神田公生)である。マハラノビスの距離による判別分析を行った結果を表5に示す[13][13] 石村貞夫:すぐわかる多変量解析 東京図書 (2008) 201p.。5つの元素データを国産及び地中海沿岸産のマハラノビスの距離の公式に代入し、値の小さい方を産地と判別した。この結果、判別モデル構築用試料では国産12試料中11試料が的中し(的中率92%)、地中海沿岸産では12試料中10試料が的中した(的中率83%)。一方、産地不明のオリーブ果実と仮定した試料では、国産28試料中16試料は的中し残り12試料は誤判別し(的中率57%)、地中海沿岸産5試料では4試料が的中し1試料は誤判別した(的中率80%)。
以上の通り、今回の判別モデルでの的中率は、判別モデル構築用試料から取った検証用試料では比較的高かったが、産地不明のオリーブ果実と仮定した試料では低かった。
表5 マハラノビスの距離による判別分析
(a) 国産オリーブ果実の検証結果
モデル構築用に使用 した試料(全12個) |
産地不明と仮定した 試料(全28個) |
|
国産と判別した数 :正 | 11個 | 16個 |
地中海沿岸産と判別した数:誤 | 1個 | 12個 |
判別的中率 | 92% | 57% |
(b) 地中海沿岸産オリーブ果実の検証結果
モデル構築用に使用 した試料(全12個) |
産地不明と仮定した 試料(全5個) |
|
地中海沿岸産と判別した数:正 | 10個 | 4個 |
国産と判別した数 :誤 | 2個 | 1個 |
判別的中率 | 83% | 80% |
4. 終わりに
SPring-8のシンクロトン放射光を利用することにより、オリーブ果実の切片をそのままの状態で分析し、14元素を測定することができた。これまでSPring-8における農産物の元素分析は、黒大豆、落花生、玉ネギ等について行われてきたが、オリーブ果実については初めての試みであった。
オリーブ果実の元素組成、量には栽培地による差が認められ、5つの元素ピークデータによる主成分分析では産地毎に分かれる傾向にあることより、元素分析による産地判別が期待された。しかし今回構築した判別モデルでの産地的中率は、モデル構築に用いた試料では高いが、産地不明と仮定した試料では低かった。オリーブには数多くの品種があり、品種を問わず産地を判別するためには、より多くの試料が必要と考える。個体差や品種、産地の違いによる含有元素の差異については、今後詳細な検討を行う予定である。また、より精度の高い産地判別モデルを構築するためには、以下の検証を行うことも重要と考える。
・土壌中の元素が及ぼす影響
・降雨量、日照時間等気象条件の違いによる差異
・同一株における採取部位による差異
・同一果実における測定部位による差異
・果実の成熟度の違いによる差異
・オリーブオイルでの分析、果実とオイルの比較
産業技術総合研究所地質調査総合センターでは、日本全土から採取された3024カ所の河川堆積物中の約50元素を定量し、全国規模の元素濃度分布図を作成している[14][14] 「日本の地球化学図」−元素の分布から何がわかるか?− 独立行政法人産業技術総合研究所地質調査総合センター 2004(平成16年12月28日発行)。その採取地の中に牛窓、小豆島は含まれていなかったが、今後は土壌の元素も併せて測定し、果実中の元素との関連性を確認したい。
今回の分析では、品種間の差も認められたが、品種を問わず土壌由来の元素が特定されれば、判別の精度はより高まると考える。他方、気象条件による差などをみるためには、単年ではなく、数年間にわたっての測定が必要である。また同一樹木における部位差や、果実の固体間の差、未熟果・成熟果による差も考慮すべきと考える。オリーブ果実の元素分析、産地判別の試みは未だ緒についたばかりであるが、栽培地が世界30カ国以上に広まる中、原産地を判別する技術はますます重要になると考える。
謝辞
本研究課題は、2006A1523として実施させて頂きました。オリーブ果実採集にあたりお世話になりました香川県農業試験場小豆分場・柴田秀明氏、各種装置での分析、解析など多数のご支援ご協力をいただきました、岡山県工業技術センター材料技術部金属材料研究室・國次真輔氏及び高輝度光科学研究センター利用研究促進部門・寺田靖子氏及び産業利用推進室・二宮利男氏に厚く御礼申し上げます。
参考文献
[1] 笠井宣弘:“41.オリーブ” 果樹園芸大事典 養賢堂 (1976) 1264-1272.
[2] J. B. Martínez et al. : World olive encyclopaedia. International olive oil council (1996) 479p.
[3] J. Harwood and R. Aparicio: Handbook of olive oil Analisis and Properties. AN Aspen Publication (2000) 620p.
[4] The olive tree the oil the olive. International olive oil council (1998) 130p.
[5] D. Boskou et al.: Olive Oil: Chemistry and Technology. Amer Oil Chemists Society (1996) 161p.
[6] 小豆島オリーブ検定公式テキスト 香川県小豆島町 (2008).
[7] L. Pera, S. Curto, A. Visco, L. Torre and G. Dugo: J. Agric. Food Chem. 50 (2002) 3090-3093.
[8] M. Zeiner, I. Steffan and I. J. Cindric: Microchemical Journal 81 (2005) 171-176.
[9] ASOLIVA JAPAN “オリーブオイル品種マップ ”ASOLIVA JAPANホームページ http://www.asoliva-jp.com/spain_hinsyu.html(accessed 2009-06-26)
[10] ASOLIVA 美と健康のための−スペイン・オリーブオイル− 第4版 ASOLIVA(スペイン・オリーブオイル輸出協会)(2001) 42p.
[11] 安井明美:ぶんせき No.3 (2009) 145p.
[12] 品質表示の確認にかかる分析法 (独)農林水産消費安全技術センター web site, http://www.famic.go.jp/technical_information/hinpyou/index.html
[13] 石村貞夫:すぐわかる多変量解析 東京図書 (2008) 201p.
[14] 「日本の地球化学図」−元素の分布から何がわかるか?− 独立行政法人産業技術総合研究所地質調査総合センター 2004(平成16年12月28日発行)
服部 恭一郎 HATTORI Kyoichiro
日本オリーブ(株)
〒701-4302 岡山県瀬戸内市牛窓町牛窓3911-10
TEL:0869-34-9111 FAX:0869-34-9152
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松村 慎吾 MATSUMURA Shingo
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吉田 靖弘 YOSHIDA Yasuhiro
日本オリーブ(株)
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小笠原 茂 OGASAWARA Shigeru
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徐 恵美 JYO Megumi
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