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Volume 14, No.3 Pages 218 - 222

2. ビームライン/BEAMLINES

産業利用IIIビームラインBL46XUの現状
Current Status of Engineering Science Research III BL46XU

佐藤 眞直 SATO Masugu

(財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室  Industrial Application Division, JASRI

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1. 概要

 我々産業利用推進室はSPring-8の共同利用ビームラインにおける産業利用の新規ニーズ開拓および利用成果創出の促進を目的として、産業利用IビームラインBL19B2を中心に活動してきた。しかしながら近年、共用ビームラインにおける産業利用ユーザーの増加に伴い、更なる利用機会拡大を要望する声が産業利用分野において大きくなってきた。そこで、産業利用IIビームラインBL14B2の新設およびBL46XUの産業利用IIIビームラインへの改造により、計3本の共同利用ビームラインが産業利用課題に特化したビームラインとして運用されることとなった。本稿では2007B期から産業利用IIIビームラインとしてリニューアルされたBL46XUの現状についてご紹介する。

 このBL46XUの改造に伴って実験装置が一新された。まず、BL47XUですでに共同利用に供されていて産業利用分野のニーズも高い硬X線光電子分光(HAX-PES)装置が新たに導入されることとなった。また、既存のHUBER製多軸回折計は、薄膜回折や応力測定など産業利用分野の多様なニーズに対応可能な、実験レイアウトの自由度が高い装置にグレードアップするため、同型の装置に若干の改造を加えて新たに導入することとなった。さらに、BL13XUでこれまで産業利用分野の共同利用課題に供されていたリガク製の薄膜構造評価専用X線回折計(ATX-GSOR)がBL46XUに移設されることとなった。

 これらの実験装置更新に対応するため光源、光学系についても大幅な改造が施された。まず光源のアンジュレーターがこれまでのハイブリッド型から標準型に変更された。これはHAX-PES装置が入射X線エネルギー6〜8 keVで運用される必要があるのに対し、これまでのハイブリッド型アンジュレーターでは使用可能なエネルギーレンジの最低エネルギーが12 keVまでしかカバーできないからである。また、このHAX-PES装置の運用に必要な、入射X線の単色度を向上するためのチャンネルカットモノクロメーターも光学ハッチ内の標準モノクロメーターの下流に設置された。さらに、これまで実験ハッチ内上流側に設置されていた入射X線の高次光除去用X線ミラーも光学ハッチ内最下流に新たに設置されることとなった。これは実験ハッチ内に設置する複数の実験装置のスペースを空ける必要があることが第1の理由であるが、集光機構付のミラーを導入することで入射X線のフラックスを増強して、測定データの質の向上および測定能率の向上を目指すことも目的としている。

 上記改造のスケジュールは、光源関係については2007年度夏期停止期間にアンジュレーターの変更、同年度冬期停止期間に光学ハッチ内のチャンネルカットモノクロメーターおよびX線ミラーチャンバーの設置、2007B期終了後の年度末停止期間でX線ミラーチャンバーへのミラー設置が行われた。これに並行して行われた実験装置の更新については、2007年度夏期停止期間にBL13XUからのATX-GSORの移設、同年度冬期停止期間に新規多軸回折計およびHAX-PES装置の導入が行われた。

 ユーザー共同利用のスケジュールとしては、2007B期の冬期停止期間までの9月〜12月はATX-GSORのみで薄膜構造解析分野のユーザーを対象とし、2007B期より開始された領域指定型の重点研究課題「重点産業利用課題」の運用を行った。その後の2007B期後半は、新規導入された多軸回折計とHAX-PES装置を中心としたビームラインのオンビーム調整のため、一時ユーザー利用を中断し、2008A期の初めに最終的な光学系および各装置のオンビーム調整が完了した後、ユーザー運転が再開された。

 以下に更新された光源、光学系および各装置の詳細を説明する。

 

 

2. 光源、光学ハッチ

 図1に示したビームライン構成図に更新された光学ハッチ内のコンポーネントの配置を示す。光源が標準型真空封止アンジュレーターに変更されたことによって、これまで12〜22 keVまでしかカバーできなかったエネルギーレンジが、アンジュレーターの基本波と3次高調波を利用することによって6〜35 keVと広い範囲をカバーすることができるようになった。また、この変更のもうひとつのメリットとして、ハイパワーなハイブリッド型から標準型に変わることによって、モノクロメーター(傾斜配置直接水冷型二結晶モノクロメーター:モノクロ結晶Si(111))の第1結晶の冷却水をシールするOリングの放射線ダメージが緩和され、その交換時期が長くなったことが挙げられる。実績としては、変更前の2007A期までは2週間ごとに交換が必要で非常に運用に負担がかかっていたものが、変更後の2007B期には一度も交換せず安定した運用が実現できた。光学ハッチ内の真空輸送チャンネルの最下流には新たに高調波除去用の2枚のX線ミラー(Rh蒸着ミラー:長さ70 cm)が湾曲機構付のミラーチャンバー内に横はね配置で設置された。これまで実験ハッチ内に空気中に設置されていたX線ミラーがこれに更新されたことにより、空気中を通るビームパスが短くなってビーム強度の減衰を抑制することが可能となると共に、横方向の集光機能が備わることで大幅なビームフラックスの向上が実現できた。また、HAX-PES実験用のチャンネルカットモノクロメーター(Si(111)結晶)もモノクロメーターとミラーの間に設置された。

 

図1 BL46XUビームライン構成図

 

 

3. 実験ハッチ

 図2に実験ハッチ内の標準的な実験装置の配置を示す。新たに導入された3つの実験装置のうち、多軸回折計が上流側、HAX-PES装置が下流側に設置されたレイアウトを標準としている。HAX-PES装置は可動式のレールの上に設置されており、これをもちいて同装置をリング側に退避して、ATX-GSORを設置することが可能となる(図5参照)。以下に各装置について説明する。

 

図2 実験ハッチ内構成図

 

 

3-1. 多軸回折計

 図3にBL46XUに新規導入したHUBER社製多軸回折計を示す。この装置のレイアウトは回折線走査面を垂直面内にとる4軸ゴニオ(χ, φ, ω, 2θ)をベースとし、さらに水平面内に回折線を走査するための2軸(2θz, θz)と検出器にアーム状にアナライザーを設置するための2軸ゴニオ(ωa, 2θa)を付加した計8軸構成である。基本的には更新前の回折計と同じだが、仕様を変更した点としてχクレードルをC型のものを採用したところが特徴である。これにより測定時の死角を排除して−20°から160°の広い散乱角の範囲を確保することができる。このため、試料に対するX線の入射角や回折X線の検出角度の制御について自由度が必要となる、薄膜に対する微小角入射X線回折実験や残留歪解析実験において使いやすい装置構成となった。

 

図3 多軸回折計

 

 

 この装置は産業界ユーザーの多様なニーズに対応することを想定し、さまざまな実験に対応できる柔軟性を重視して整備を行った。たとえば、サンプルステージには自動XYZステージまたは自動スイベルステージを装備することにより、精度のよい試料位置調整を行うことができるだけでなく、X線照射位置のマッピング測定を可能とした。また、標準の検出器としてはNaIシンチレーションカウンターを採用しているが、そのほかにも2次元ピクセル検出器(PILATUS)やイメージングプレート(IP)など設置可能なレイアウトとすることで時分割X線回折測定など、多様な実験レイアウトへの対応を可能とした。

 光学系には、入射側に1つ、受光側(検出器アーム上)に2つの自動4象限スリットを装備しており、遠隔操作による入射ビームサイズおよび受光側のコリメーションの調整が可能である。さらに受光側に装着可能なソーラースリットやアナライザー結晶も用意しており、多様な実験に適した光学系選択の自由度を確保した。また、高輝度光源を持つアンジュレータービームラインでの回折実験に対する産業利用分野のニーズはやはり機能性薄膜の構造解析が多いことが予想されるので、これまでBL19B2やBL46XUで実績を上げてきている薄膜回折実験用の装備(空気散乱バックグラウンドノイズ低減用のカプトンドームを用いたHeガス置換型サンプルチャンバー、X線反射率測定用のアッテネータ自動切換機構)も用意している。

 

3-2. 硬X線光電子分光装置(Hard X-ray Photoemission Spectroscopy : HAX-PES)

 HAX-PESは、“検出深さが深い”という特徴をもち、バルク敏感な電子状態を、非破壊で明確に観測できる実験手法である。前述の通り、本手法はBL47XUで共同利用に供せられており、すでに多数の産業利用ユーザーに利用されている。

 従来の軟X線(低励起エネルギー)を用いた光電子分光法では固体内部における光電子の非弾性散乱の平均自由行程が短く検出深さが数nm程度と浅くなり、得られる情報が試料の表面状態に強く依存するという特徴がある。そのため、物性に寄与しているバルクの電子状態を観測することが困難であった。これに対する対策として表面を削りながら深さ方向の情報を得る手段もあるが、削る過程で物性が変化する可能性があるというデメリットがあった。

 これに対し、本装置はSPring-8の高輝度放射光を利用することによって硬X線領域(現在の運用では8 keV)の高い励起エネルギーを用いた光電子分光測定を実現しており、プローブ深さが表面〜20 nm程度と非常に深いため、非破壊での材料内部の電子状態を観測可能としている。

 BL46XUのHAX-PES装置はVG-SCIENTA製のR-4000光電子エネルギー分析器を備えている。図4にその写真を示す。バルク敏感な測定だけでなく、試料表面に対する光電子検出角度を変える事でプローブ深さを制御する角度依存光電子分光実験が可能で、表面からバルクの電子状態の深さ分布を非破壊で調べることができる。2009A期からは同装置の試料チャンバー上流に縦集光ミラーを設置し、光学ハッチ内の水平集光ミラーとあわせて利用することで、試料位置で水平方向に150 µm、縦方向に30 µmのビームサイズの集光が実現できている。これによりアナライザーの光電子捕集効率が大幅に向上し、集光なしの条件に比べて1桁以上の信号強度の利得が得られている。

 

図4 硬X線光電子分光装置

 

3-3. 薄膜構造評価X線回折計(ATX-GSOR)

 このATX-GSORは実験室系装置として普及しているリガク製の市販装置であり、利用経験のある企業ユーザーが多い。図5にその写真とHAX-PES装置を退避して実験ハッチ内に設置した際の配置図を示す。微小角入射X線回折実験による薄膜構造評価に特化した構成になっており、測定は試料表面に対してin-plane測定、out of plane測定が可能である。試料ステージおよび検出器アーム共に垂直回転(ω, 2θ)、水平回転(ϕ, 2θΧ)の2組の回転軸を装備し、多軸回折計と同様に回折線走査を垂直および水平面内の両方で行うことができる。試料ステージは試料を鉛直方向に設置するレイアウトになっており、最大100 mmのウェハを保持可能である。試料位置調整軸として直交スイベルx、y移動を備えており、これと連動した自動サンプル位置調整プログラムによる迅速なサンプルアライメントが可能である。またこれも多軸回折計と同様に、カプトンドームを用いたHeガス置換型サンプルホルダーを用意しており、試料周りの空気散乱によるバックグラウンドノイズ低減に対応している。受光側にはソーラースリット、差し込み交換式のダブルスリット、Si(220)アナライザーを準備しており、検出器はシンチレーションカウンターを用いている。

 多軸回折計と比較すると、小型でχクレードルを持たないなどシンプルなレイアウトのため多様な実験への対応という点では自由度は小さいが、この装置の最大の特徴は測定時にcontinuous-scanモードが使用可能で、高速なスキャンスピードを実現できるという点である。このため、迅速な測定で多数の試料の測定を必要としている実験課題においての利用が効果的である。ハッチ内への設置・立上げはHAX-PES装置の退避も含めて1日を必要とする。

 

図5 薄膜構造評価専用X線回折計(左)とその実験ハッチ内配置図(右)

 

 

4. まとめ

 このBL46XUの産業利用IIIビームラインへの改造により、産業利用ビームラインは3本体制となることで産業利用ユーザーに対する利用機会の拡大を実現することができた。これによりさらに多様な産業利用ニーズの開拓につながると共に、ハイパフォーマンスなアンジュレータービームラインがラインナップに加わることで、産業利用成果の質の向上が期待される。今後もSPring-8を必要とする産業利用ユーザーの声に真摯に耳を傾けることを大切にしながら、SPring-8の産業利用成果の更なる発展を目指していきたい。

 最後に、光源や光学系の改造ならびにHAX-PES装置の縦集光ミラー導入において多大な協力をいただきましたJASRI光源・光学系部門の皆様に感謝いたします。

 

 

 

佐藤 眞直 SATO Masugu

(財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室 産業利用支援グループ

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0924 FAX:0791-58-1873

e-mail : msato@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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