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Volume 14, No.2 Pages 149 - 153

2. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

長期利用課題報告2 2次元極小角・小角X線散乱法を用いたゴム中ナノ粒子凝集構造の観察
Long-term Proposal Report 2: Study on Aggregate Structure of Nanoparticles in Rubber with Time-resolved Two-dimensional Ultra-Small-Angle and Small-Angle X-ray Scattering

雨宮 慶幸 AMEMIYA Yoshiyuki[1]、篠原 佑也  SHINOHARA Yuya[1]、岸本 浩通 KISHIMOTO Hiroyuki[2]

[1]東京大学大学院 新領域創成科学研究科 Graduate School of Frontier Sciences, The University of Tokyo、[2]住友ゴム工業(株)研究開発本部 Sumitomo Rubber Industries Co., Ltd.

Abstract
We developed time-resolved two-dimensional ultra-small-angle and small-angle X-ray scattering at BL20XU and BL40B2 and applied the method to investigate the change of aggregate structure of nanoparticles in stretched rubber.
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1. はじめに

 自動車・自転車や航空機などの輸送機器において、衝撃の緩和や安定性向上のためにゴムタイヤは無くてはならないものである。ゴムタイヤと聞いて黒色以外のタイヤを思い浮かべる方はいないだろう。これはゴム単体ではタイヤとして十分な性能を発揮することができず、カーボンブラックなどのナノ粒子が充填されているためである。ナノ粒子が充填されると力学特性・粘弾性特性・破壊強度などが向上する「補強効果」を示すことが約100年前より知られており、タイヤに代表されるゴム製品には欠かせないものとなっている。高性能なタイヤを開発するために様々な分量・種類のナノ粒子の充填が試され、経験的・定性的にゴム補強効果機構の理解が進んできてはいるが、後述するような階層的で複雑なナノコンポジット構造が、同様に複雑な力学物性に及ぼす影響についての明確な理解はまだ得られていない。

 近年、高いグリップ性能と燃費性能という2つの相反する性質をもったタイヤの開発が強く要求されており、経験に基づいた材料設計から、合理的な補強効果起源の理解に基づく材料設計が重要となってきている。そのためには補強効果の物理的機構を明確にする必要がある。これまでにゴム補強効果はゴム中でのナノ粒子の体積効果、ゴム−ナノ粒子界面の相互作用など様々な観点から研究されている。その中でもゴム中でナノ粒子が形成する凝集構造、ゴム変形時のナノ粒子凝集構造変化の理解は、特に大延伸した際のゴム補強効果を理解する上で極めて重要である。ゴム中でナノ粒子は数十nmから数µmより大きなスケールまで、非常に幅広いサイズスケールに渡り階層的な凝集構造をとることが知られている(図1)。このサイズ領域の構造解析手法として種々の散乱法・顕微法が挙げられるが、本長期課題開始前には広いサイズスケールに渡ってマクロな変形に対する構造変化、具体的にはゴム変形時の凝集構造変化をその場観察するような手法がなかった。したがってナノ粒子凝集構造と力学物性との相関については未解明な部分が多かった。そこで本研究課題ではBL20XUとBL40B2という2つのビームラインを組み合わせて用いることで、(A)時間分割2次元極小角X線散乱(2D-USAXS)と時間分割2次元小角X線散乱(2D-SAXS)とを組み合わせたwide-q時間分割散乱測定法の開発、(B)2D USAXS-SAXSを用いたゴム中でのモデルナノ粒子凝集構造の可視化、(C)ゴム変形時のフィラー凝集構造変形挙動の解析を実施することを目的とした。

 

 

図1 階層的なナノ粒子凝集構造の模式図

 

 

2. 時間分割2次元極小角・X線散乱法

 小角X線散乱法は散乱角が数度以内の小角領域の散乱X線を測定することで、主に1〜100 nmの領域の構造解析をする手法である。発散角の小さなX線を用いて散乱X線と透過X線とを分離しさらに透過X線の周りの寄生散乱を適切に除去することで、より小さな散乱角の散乱X線を測定することが可能となり、より大きなスケールの構造解析が可能となる。小角散乱の特徴として、結晶ではない非晶性試料の構造解析に広く用いられる点が挙げられる。この場合の散乱曲線は回折ピークをもたないブロードで散漫なものとなり、かつそれが散乱角に応じて数桁の強度で変動するために、広いダイナミックレンジで高精度な測定が要求される。

 今回対象としている試料は1 nmから数ミクロンの領域に渡って階層的な構造を有するため、通常の小角散乱よりもさらに小さな角度の散乱X線を測定する極小角X線散乱(USAXS)を実施する必要がある。従来からUSAXSは実験室光源を用いて行われてきていたが、それは複数個のチャンネルカット結晶を用いたBonse-Hart型のカメラであり、(1)1次元方向の散乱X線の測定に限られる、(2)角度走査に時間がかかるために時間分割測定に適さない、といった問題点があった。したがってゴム延伸時に現れる異方的なX線散乱像を時間分割測定するためには、高輝度なX線を利用した発散角・ビームサイズともに小さな大強度X線ビームを用いるだけではなく、異なったコンセプトの実験配置で実験を実施する必要がある。そこで我々はSPring-8のBL20XUで可能な非常に長い試料・検出器間距離(カメラ長)を有効利用した実験配置を利用してUSAXS実験を実施した。BL20XUでの実験配置を図2に示す。BL20XUは特徴的な「中尺ビームライン」であり、リング棟内の第1ハッチに試料、医学利用棟内の第2ハッチに検出器を設置することで約160 mのカメラ長を用いることができ、非常に微少な角度の散乱を高い角度分解能で測定することが可能である。スリットなどを適切に配置することで、高精度な極小角X線散乱像の時間分割測定が可能となり、23 keVのX線を使用した場合の測定領域は1.5 × 10-4 < q < 2.5 × 10-3 Å-1となった(qは散乱ベクトルの絶対値で、対応する実空間スケールdとq = 2 π/dの関係にある)。一方、広角側の散乱X線(それでも通常の小角X線散乱のビームストップ近傍の小角X線散乱)に関しては、リング棟と医学利用棟とをつなぐ真空パスの内径サイズ(100 mm)により制限され、本研究を実施するのに十分ではなかった。そこで通常の小角X線散乱ビームラインであるBL40B2においても同様な測定を実施して、その結果をつなぎ合わせることで広い角度領域にまたがる2次元X線散乱像を測定した。

 小角分解能は向上したものの、階層的な凝集構造特有の散乱のために、高精度な散乱データを測定するには検出器のダイナミックレンジが不足していた。実用的な延伸速度での延伸過程の2次元SAXS像を時間分割測定するためには、X線Image Intensifier(XRII)と組み合わせたCCD型X線検出器の利用が必須である。しかしXRIIを利用した場合には画像歪みやコントラスト歪みのために広角側のデータの信頼性が低い上に、検出器のダイナミックレンジが狭い。凝集構造からの散乱の特徴は、散乱角が小角になればなるほど散乱強度が飛躍的に大きくなることである。そのため中心付近の散乱強度を適切に減衰して後から補正することで、実効的なダイナミックレンジを増大させることで対応した。このようにして得られたデータをImaging Plateで測定した散乱データと比較したところ遜色のないデータが測定できていることが明らかになった。BL40B2でのSAXS測定では、RAPID(2次元PSPC)を利用することで広ダイナミックレンジの測定が可能となり、BL20XUとBL40B2とを併せて強度にして6桁強、構造スケールにして3桁近い時間分割散乱データを数百ミリ秒の時間分解能で高精度に測定することが可能となった[1][1] Y. Shinohara et al.: “Characterizaiton of two-dimensional ultra-small-angle X-ray scattering apparatus for application to rubber filled with spherical silica under elongation” J. Appl. Cryst. (2007) s397-s401.

 

 

図2 BL20XUにおける極小角X線散乱の配置。USAXS、WAXSそれぞれの測定用にXRII-CCDとX線フラットパネル検出器を用いた。

 

 

3. モデルナノ粒子分散の可視化

 ゴム中のナノ粒子は単粒子、単粒子が集まってできた凝集体(Aggregate)、凝集体が集まってできた凝集塊(Agglomerate)という大きく分けて3つの階層構造からなっていると考えられ、通常は全ての階層の構成要素にサイズ・形状の分散があるために、散乱情報から実空間の構造情報を可視化するのは通常極めて困難である。そこでまずサイズ分散が極めて小さく(< 10%)、形状が球状であるシリカ粒子を充填したゴムについてUSAXS、SAXSを実施して、ナノ粒子分散の可視化を実施した[2][2] K. Hagita et al.: “Two-dimensional pattern Reverse Monte Carlo method for modeling the structures of nano-particles in uniaxial elongated rubbers” J. Phys.: Condens. Matter 19 (2007) 330017.

 ナノ粒子としては100 nm径、300 nm径の単分散球形シリカ粒子を用いた。単粒子を構成要素として考えて、その形状因子を求めることができれば、散乱強度から構造因子(シリカ粒子配置に関する情報)を得ることができる。形状因子はナノ粒子を溶液中に分散させた試料や、1%程度のナノ粒子を充填したゴムをトルエンで膨潤させたものなど、複数の試料を用いて散乱像から求めるとともに、TEMなどの実空間観察も実施した。粒子を充填したゴムを一軸延伸し、様々な方向からX線を入射して散乱像を測定し、3次元逆空間内における構造因子を求めた。構造因子を基にしたナノ粒子可視化手法としては、防衛大の萩田克美博士の協力の下、地球シミュレーターにおいて2次元Reverse Monte Carlo法(RMC)を用いた。また、延伸時のゴム配向に関する情報を得るために広角X線回折の同時測定を実施した。得られた構造因子の例を図3に示す。延伸前は隣接粒子間距離に対応した位置に等方的なピークが観察されるが、延伸とともに異方的な構造因子へと変化していく。大延伸した際にも延伸と平行な方向に、粒子径とほぼ同じ長さに対応した位置のピークが観察されることから、初期段階で隣接していた粒子同士は、大延伸下であっても密接に結びついており、粒子間のゴムが大きく引き延ばされていることがわかる。実際、広角回折の結果からは、弾性率上昇に対応した配向度の変化が確認されており、大延伸下での応力−歪み曲線について定性的に説明することが可能となった。一方、より定量的な理解のためには、構造情報に基づいた物性シミュレーションが必要不可欠である。本研究ではRMCを用いた延伸ゴム中粒子配置の可視化を実現した(図4)。ここで得られた粒子配置をもとに物性シミュレーションを実施して、より定量的に補強効果を説明する試みを現在実施中である。本研究で得られた構造情報は、フィラー充填ゴムの補強効果を理解するための物性シミュレーションの基礎となっており、極めて価値の高いものである。

 

 

図3 単分散シリカ充填ゴムの延伸下での構造因子

 

 

 

図4 RMCを用いた延伸ゴム中粒子配置の可視化

 

 

4. ゴム延伸下でのナノ粒子凝集構造変化の解析

 通常のゴム試料では図1に示したような異方的で極めてサイズ分散の大きなナノ粒子凝集体が充填されている。このようなナノ粒子を充填したゴム材料については、前項で示したような形状因子と構造因子の分離が極めて困難であるため、RMCを用いた可視化手法は現状では用いることができない。そこで図5に示したような凝集構造の各階層に着目して、それらのサイズ・質量フラクタル次元がどのように変化するかを抽出することを目的として研究を実施した。試料については、カーボンブラックやシリカなどのフィラーを充填したゴムを用いた。各試料について、延伸過程の時分割極小角・小角X線散乱測定を実施した。解析としては各階層からの散乱情報をとりいれたUnified Functionを用いて各階層からの構造情報を抽出するとともに、2次元Kratkyプロットなどを用いて、各階層構造情報の異方性を可視化する試みをした。シリカ充填ゴムの凝集塊慣性半径変化に関する解析結果の例を図6に示す。ここでは延伸と平行・垂直の2方向に着目して解析を実施している。延伸下で凝集体サイズには変化が見られなかったが、凝集塊サイズは延伸とともに段階的な変化を示した。初期段階において、弾性率の急激な減少が見られるが、このとき慣性半径から見積もられる凝集塊体積は減少している。したがってこの弾性率減少は凝集塊の破壊に起因していると考えられる。一方、延伸率が100%を越えると弾性率の上昇が見られるが、同時に延伸と平行な方向の凝集塊慣性半径も増大している。これらの知見から、大延伸時に逐次的に応力集中が起きて物性の変化が起こるというモデルをたてることができた[3][3] H. Kishimoto et al.: “Structural Analysis of Filler in Rubber Composite under Stretch with Time-resolved Two-dimensional Ultra-Small-Angle X-ray Scattering” Rubber Chemical & Technology 81 (2008) 541-551.。現在は様々なフィラーの種類・体積分率でこれらの挙動がどのように変化し、物性と関連しているかを解析中である。

 

 

図5 散乱情報と階層構造との対応

 

 

 

図6 凝集塊の慣性半径(上)と応力(下)の延伸率依存性

 

 

5. まとめ

 3年間という長期間の本課題を通じて、BL20XUとBL40B2という2つのビームラインを組み合わせた時分割測定結果から、階層的な凝集構造変化についてある程度定量的な議論ができるところまで達成することができた。また、シミュレーションとの組合せにより、モデル系では延伸過程での単粒子分散の様子を可視化することができた。

 本研究課題を通じてJASRIの八木直人、鈴木芳生、竹内晃久、上杉健太朗、井上勝晶(現 ダイアモンド放射光施設(イギリス))、太田昇の各博士には、こちらの無理な要求にも快く応えて頂き共同で研究を進めて頂きました。防衛大の荒井隆教授、萩田克美講師にはRMCを用いた解析を進めて頂きました。ここに深く感謝いたします。

 

 

 

参考文献

[1] Y. Shinohara et al.: “Characterizaiton of two-dimensional ultra-small-angle X-ray scattering apparatus for application to rubber filled with spherical silica under elongation” J. Appl. Cryst. (2007) s397-s401.

[2] K. Hagita et al.: “Two-dimensional pattern Reverse Monte Carlo method for modeling the structures of nano-particles in uniaxial elongated rubbers” J. Phys.: Condens. Matter 19 (2007) 330017.

[3] H. Kishimoto et al.: “Structural Analysis of Filler in Rubber Composite under Stretch with Time-resolved Two-dimensional Ultra-Small-Angle X-ray Scattering” Rubber Chemical & Technology 81 (2008) 541-551.

 

 

 

雨宮 慶幸 AMEMIYA Yoshiyuki

東京大学大学院 新領域創成科学研究科

〒277-8561 柏市柏の葉5-1-5 基盤棟601

TEL : 04-7136-3750 FAX : 04-7136-3752

e-mail : amemiya@k.u-tokyo.ac.jp

 

篠原 佑也 SHINOHARA Yuya

東京大学大学院 新領域創成科学研究科

〒277-8561 柏市柏の葉5-1-5 基盤棟601

TEL & FAX : 04-7136-3751

e-mail : yuya@k.u-tokyo.ac.jp

 

岸本 浩通 KISHIMOTO Hiroyuki

住友ゴム工業(株)研究開発本部 材料プロセス研究部

〒651-0071 神戸市中央区筒井町2-1-1

TEL : 078-265-5678 FAX : 078-265-5686

e-mail : h-kishimoto.az@srigroup.co.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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