Volume 14, No.2 Pages 114 - 116
1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8
2005A、2005B期実施開始の長期利用課題の事後評価について
Post-Project Review of 2005A and 2005B Long-term Proposals
長期利用課題として2005Aまたは2005B期に採択された4課題は、2007Bまたは2008A期に終了しましたので、長期利用分科会により以下のとおり事後評価が行われました。
事後評価は、SPring-8シンポジウム(平成20年10月30日〜11月1日開催)で実施された長期利用課題報告を、長期利用分科会委員がヒアリングしたあと評価を行い、利用研究課題審査委員会で評価結果を取りまとめました。以下に対象長期利用課題の評価結果を示します。研究内容につきましては、実験責任者の執筆により、143ページの「最近の研究から」に掲載しています。
1. ポストスケーリング技術に向けた硬X線光電子分光法による次世代ナノスケールデバイスの精密評価
実験責任者 | 財満 鎭明(名古屋大学) |
採択時課題番号 | 2005B0005 |
ビームライン | BL47XU(2005B - 2008A) |
配分総シフト | 138シフト |
[評価]
本長期利用課題は、硬X線光電子分光(HX-PES)法を‘ポストスケーリング技術’開発に活用することを目指し、特に次世代MOSFETにおけるナノ多層構造および界面の精密評価を行うことを具体的な目標としたものである。その結果、HX-PESの特性を生かし非破壊で埋もれた界面や多層構造内部の化学結合状態の評価や電子物性の解析を行い、HXPESが次世代デバイス評価に有効であることを示すとともに、次世代プロセス技術の基礎に大きな貢献をしている。
MOSFETゲートスタック構造に関しては、金属ゲート/絶縁膜、絶縁膜/半導体基板などの界面遷移領域における化学結合状態の深さ分析の実現による界面反応などの解明、SiやAl酸化物、希土類系金属酸化物などのエネルギーバンド構造の精密評価による高誘電率絶縁膜開発指針への貢献などが主要な成果としてあげられる。更にGe/酸化物界面のGeの挙動の解明もGeチャンネル系デバイスの開発に寄与するものである。一方Siナノクラスターの電子構造評価などは、新材料・新規構造などの評価においてもHX-PESがユニークな情報を与えるものであることを具体的に示した。ただし初期に計画していた顕微分光については今後の課題として残されている。
この間、成果を9報の報文として発表し、その他プロシーディングス9件、招待講演を含む極めて多数の学会発表(66件)を活発に行っている。また応用物理学会において本課題に直接関係したシンポジウムを開催している点など、情報発信の面でも評価できる。
以上のように本長期利用課題は、HX-PES技術が‘ポストスケーリング技術’における界面や多層構造の化学状態や電子状態などの情報を与えることを明快に示し、その優れた成果は応用物理学の学術的価値にとどまらず産業界への影響も大きいものがある。今後この分野の一層の発展を期待させるものである。
2. 時分割二次元極小角・小角X線散乱法によるゴム中のフィラー凝集構造の研究
実験責任者 | 雨宮 慶幸(東京大学) |
採択時課題番号と ビームライン |
2005B0003(BL20XU)/2008B0004(BL40B2)(2005B - 2008A) |
配分総シフト | 126シフト(BL20XU)、69シフト(BL40B2) |
[評価]
本長期利用課題は、2次元極小角X線散乱(2DUSAXS)と2次元小角X線散乱(2D-SAXS)を組み合わせた時分割小角散乱測定法の高度化を行い、それを用いてゴム中のフィラーの凝集構造およびゴム変形時のフィラー挙動の解析を行うことを目標にしたものである。
BL20XUにおいて、極小角散乱と広角散乱の同時測定システムを構築すると同時に小角分解能の向上を図り、またX線検出器のダイナミックレンジの拡大努力を上記ビームラインの他BL40B2においても行った結果、構造スケールでは数nmから数mmにわたる3桁の領域をカバーした時間分解能数百ミリ秒の小角散乱システムの高度化に成功したことは高く評価できる。更に、このシステムを用いて単分散シリカ粒子を充填したゴム試料の測定を行うことにより3次元構造因子を得、更にReverse MonteCarlo法を用いてナノ粒子配置の可視化に成功した。その結果、ゴム延伸下での構造因子の異方性の増加などのデータが得られたのは応用的見地からも価値が高い。一方現実のゴム材料に対しては、フィラーの階層的凝集構造に注目し、ゴム延伸率と凝集塊の慣性半径や応力の解析を行っている。解析などは現在進行中である。
研究成果は4報の報文にまとまっており、招待講演を含んだ口頭発表も活発に行われている。応用上も興味がある成果が得られているので、新聞発表なども含めて今後の一層の情報発信にも期待したい。
以上のように、本長期利用課題で2D-USAXSと2D-SAXSシステムの高度化を完成させたことは、高輝度光源を用いた小角散乱測定解析法の確立に大きな成果を上げたといえる。本システムは今後多くの高分子材料研究に利用されると思われ、波及効果も大きい。更にこのシステムによる、ゴム中のフィラーの凝集構造とその挙動に関する研究成果は、産業界への貢献も期待される。
3. Phase-contrast imaging of lungs
実験責任者 | Rob Lewis(Monash University) |
採択時課題番号 | 2005B0002 |
ビームライン | BL20B2(2005B - 2008A) |
配分総シフト | 90シフト |
[評価]
本長期利用課題は、位相コントラストの手法を用いた新しい肺の撮像法を確立することにより、新生児の肺機能に関する医学の基本問題、特に出生時に気道が初めて吸気を行う過程を実時間で観測し、その機構解明を行うことを目的としている。申請者らのグループはウサギの肺の鮮明なinvivo観察とさらにはX線位相回復に基づく肺体積変動の測定に成功し、同時に医学的定量測定を行った。気道からの液体の排除過程が吸気の活動と密接に関係していることを初めて実験的に明らかにした点は特筆すべき点である。これらの研究成果に基づき、申請者らはさらに人工呼吸器を取り付けた早産児(ウサギ)の画像取得に成功し、また呼吸に影響を与える主要なパラメータに関する実験から気道からの液体の排出過程と早産児のエアレーションの過程を初めて明らかにした。さまざまな実験上の工夫を行うことにより、これらの定量的なその場観察実験が成功している。また動画像から、肺のガス体積の領域依存性の評価法や、呼吸中の肺の拡張速度を定量化する方法などの開発を行った。
この間の成果は14報の報文(含む投稿中5報)にまとめられ、20回を超える招待講演を行うなど極めて高いアクティビティを示している。
以上、本長期利用課題による研究成果は初期の目標を超えており、社会的なインパクトも大きく、高く評価できる。様々な分野の研究者の共同研究も有機的に進められており、本成果に関しては医療関係者からも興味を持たれている。このように本課題は、研究対象・実験技術・解析・成果・波及効果などの面で満足すべきものである。
4.Measurements of SuperRENS Optical Memory Material Properties
実験責任者 | Paul Fons(産業技術総合研究所) |
採択時課題番号と ビームライン |
2005A0004-LX-np(BL01B1, 2005A - 2007B)/2006A0011(BL39XU, 2006A - 2007B) |
配分総シフト | 48シフト(BL01B1)、93シフト(BL39XU) |
[評価]
本長期利用課題は、光記憶ディスク材料のGe2Sb2Te5(GST)を中心に光誘起相転移による局所秩序の変化を静的および動的XAFSを用いて測定し、相転移構造変化の機構を解明するとともに、新規デバイス材料開発の指針を得ることを目的にしている。
静的XAFS測定では基礎的なデータ取得を目標とし実験を進め、XAFSの温度依存性の解析から相転移機構についての情報が、またGSTの液体相の局所秩序の解析からアモルファス相との類似性が指摘されており、Super-RENSの記録機構についての新たな知見が得られている。また圧力効果についての検討のため、高圧下での測定も行われている。一方動的過程を追究するために150 psの時間分解能および2 mmの空間分解能を持つ動的マイクロXAFS実験システムを開発し、レーザー照射によるGeのXAFSスペクトルの変化やレーザー照射と同期したwhite line強度データの取得などに成功している。成果の情報発信はほぼ満足すべきものと認められる。
以上本課題では、静的・動的XAFSを駆使して申請者がこれまで発展させてきた光相変化物質のレーザー照射による構造変化の解析を更に進展させ、その機構の解明を行っており、初期の目的をほぼ達成している。特にサブナノ秒時間分解マイクロビームXAFS計測という極めて高度な手法を開発し、高速光相転移を局所レベルで明らかにしつつある点は評価できる。新規材料評価の観点のみならず相転移の基礎的な理解の面からも興味深い成果を上げている。本研究は光ディスク材料の開発研究に新しい方向性を示し、産業界への大きな寄与があると認められる。また本研究で開発された手法は類似物質の評価・解析手法として有用であると考えられ、波及効果もある。