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Volume 14, No.1 Pages 36 - 39

2. ビームライン/BEAMLINES

BL02B1単結晶構造解析装置の高度化について
The Upgraded Instrument of Single Crystal Analysis (BL02B1)

杉本 邦久 SUGIMOTO Kunihisa

(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI

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1. はじめに

 本ビームラインは、1997年に結晶構造解析と構造相転移の研究を目的として建設され今年で供用開始12年目を迎えた。これまで、実験ハッチには多軸回折計と低温真空X線カメラが設置され単結晶構造解析を主軸にした物質構造科学研究が展開されてきた。最近では、長期利用課題(代表者:寺崎氏/早稲田大学)において、有機サイリスタの巨大な電流電歪効果が発見されており、今後の進展が期待される。 

 結晶構造から得られる情報は、物質科学において基本的かつ極めて重要であるが(図1)、さらにSPring-8の高エネルギー特性・高輝度特性・パルス特性と組み合わせることにより単なる結晶構造解析だけでなく、極限条件下の構造研究あるいは構造ダイナミクスの研究に有用であることが認識されてきている。しかしながら、単結晶を用いたこれらの研究は、粉末結晶を用いた研究の順調な立ち上がりとは対照的に立ち遅れてしまっていた。 

 近年、新規の磁気伝導、磁気誘電、電気磁気効果、磁気光学物性などの複合機能性物質の研究が盛んに行われており、構造物性研究をリードしていく上でも電子密度レベルでの精密構造研究が可能な単結晶構造解析装置へと高度化することが不可欠となった。そこで、本ビームラインでは新たに単結晶による機能構造相関研究の推進を目的とした大型湾曲IPカメラを導入したので紹介する。

 

 

図1 電子密度分布レベルでの解析による機能構造相関の解明

 

 

2. 単結晶構造解析装置の高度化および概要

 これまで、本ビームラインでは、2000年前半から光誘起励起構造解析などを目的として低温真空X線カメラを用いた研究課題が実施されてきた。本装置は、鳥海氏(兵庫県立大学)の外部資金導入による実験設備をJASRIが積極的に支援して完成させて供用することにより数多くの実績を排出してきた。一方で、この低温真空X線カメラは供用開始からは10年近くが経過し、研究競争の激しい分野ではユーザーの要望に答えられない課題も目立つようになってきた。そこで、2008年4月に真空カメラの機能を兼ね備え且つ近年盛んに行われている構造物性研究をリードするために単結晶構造解析装置の高度化を行った。

 単結晶の電子密度解析を実現するためには、広いダイナミックレンジの回折強度を高い精度で且つ全ての逆格子点を取りこぼしなく測定する必要がある。しかしながら、現在ビームラインに設置されている低温真空X線カメラは、光励起構造解析に主眼をおいた装置のためS/N比に優れるものの、1軸のゴニオメータを用いた設計であり電子密度解析に必要な逆空間の全てを網羅することは難しい。したがって、電子密度レベルでの精密構造研究が可能な装置を作りあげるためには基本設計から見直した新しい装置の導入が不可避であった。新規装置の仕様策定に際しては、現在の研究アクティビティの継続性、将来のサイエンスの多様性、導入後5年程度では陳腐化しない先進性にも注意を払った。検出器には高感度で広いダイナミックレンジを持ち定量性にも優れたイメージングプレートを採用した。表1に湾曲イメージングプレート検出器の仕様および図2に新しい単結晶構造解析装置の概念図を示す。将来、この装置では、様々な外場を導入することを想定しており、カメラ半径を大きくすることにより試料周りの自由度を高くすることで装置に汎用性を持たせた設計になっている。検出器には、電子密度分布レベルでの解析に必要とされる高精度なデータ収集を実現するために定量性に優れたイメージングプレートを採用した。イメージングプレートは、X線エネルギーの選択性を示さず広いダイナミックレンジを有することから、本研究目的において現時点で最適な検出器である。単結晶の電子密度解析に必要とされる領域の全ての逆格子点を測定するために、φχω軸を有する1/4χゴニオメータとガス吹き付け装置の組み合わせを基本構成として採用した。一方で、大型アクセサリが搭載可能な1軸ゴニオメータをオプションとして用意し、ガス吹き付け装置では到達できない極低温が必要な場合に冷凍機を搭載する等、多様な測定に対応できるようになっている。湾曲IP カメラの半径は、191.3 mmであり、高いX線エネルギーを用いた実験においても十分な空間分解能が保てるように設計されているだけでなく、外場応答などアタッチメントの取り付けを必要とする実験のための自由度も確保されている。また、現在、本ビームラインにおいて展開されている光励起分子および光誘起現象の構造研究についての継続性も失っていない。大型湾曲イメージングプレートカメラは、当初の計画通りに納入され2008年3月の停止期間中に実験ハッチ内への据付を完了した(図3)。

 

表1 湾曲IPカメラの仕様の比較

低温真空X線カメラ 新大型湾曲IPカメラ
IPサイズ 200 mm × 334.5 mm 350 mm × 683 mm
ピクセルサイズ 100 μm × 100 μm 100 μm × 100 μm
カメラ半径 79.5 mm 191.3 mm
2θ方向分解能 0.072° / pixel 0.030° / pixel
2θ方向範囲 -93°〜+148° -60°〜+145°
水平方向範囲 ±51.5° ±42.5°
ゴニオメータ(1軸)φ -180°〜+180° -177°〜+177°
(3軸)ω -130°〜+220°
(3軸)χ -5°〜+60°
(3軸)φ -180°〜+180°

 

 

 

図2 新型単結晶構造解析装置概念図

 

 

 

図3 2008B期から供用を開始した大型湾曲IPカメラ

 

 

 データ測定および処理ソフトは、汎用ラボ装置と類似のインターフェースを採用しており単結晶回折実験の経験者であれば直感的に操作が可能である。導入後、半年にわたり利用者懇談会・構造物性研究会のメンバー(代表者:有馬氏/東北大学)の協力を得てコミッショニングを行うことにより機能構造相関研究のためのデータ収集が可能であることを確認し、2008B期から一般供用を開始することができた。一方、光学系では、X線をアンリブ結晶によるサジタルフォーカスで集光(φ200 μm以下)することにより、微小結晶の測定が可能となった。図4は、コミッショニング時に測定した20ミクロン角のDyMnO3の単結晶回折の像、結晶構造および解析結果である。35 keV程度の高エネルギーX線を用いることにより0.2 Åの分解能で計測することが可能である。本装置は、良質のデータ測定に重きを置いて設計されているが、20ミクロン角の微小結晶であっても全測定時間は6時間半程度であり、単結晶回折実験の統計精度の優れた高分解能のデータを収集することができる。単結晶の質にもよるが、1日あたり数個の微小単結晶の構造解析を行うことも可能である。

 

 

Crystal size (mm) 0.02 × 0.02 × 0.02
Wavelength 0.3517 Å (35.24 keV)
Temperature 140 K
Lattice parameter a = 5.2734 (1)
b = 5.8215 (1)
c = 7.3809 (7)
Space group Pbnm (#62)
2θ max 78.63° (0.27 Å)
Rmerge 4.00%
R factor 1.98% (2σ (I) < I)
GOF 1.348
Total measurement time 6.5 hours

図4 DyMnO3の回折像と構造解析結果

 

 

 また、温度可変アタッチメントとしてヘリウム吹き付け低温装置を導入し、20 Kから450 Kまでの温度可変実験が容易に行えるようになった(図5)。この装置は、100 Kから450 Kの範囲では、空気中から抽出した窒素ガスをコールドヘッドで冷却して用いる。また、20 Kから100 Kの温度領域では、ガスボンベより供給されるヘリウムガスをコールドヘッドで冷却し吹き付けることにより、サンプルの温度を制御することができる。もう1つの特徴は、液体ヘリウムを使用する温度可変装置に比べて低コストでの運転が可能なことである。これにより、ユーザーの消耗品費の負担が軽減でき、汎用的に20 Kまでの低温実験が行えるようになると思われる。現在、これらの20 Kから450 Kの温度範囲の実験は、サンプルを持ち込むだけで測定が可能な状態に整備されている。

 

 

図5 Heガス吹き付け低温装置

 

 

3. 今後の展開

 本高度化事業により導入された新しい単結晶構造解析装置は、物質科学研究や先端材料開発研究の促進に大きく寄与すると期待される。例えば、遷移金属酸化物は強相関電子材料として非常に注目されているが、重い元素を含み測定に高エネルギーX線が必要なことから、単結晶を用いた電子密度解析の研究報告は世界的に見ても殆どない状況である。ところが、遷移金属酸化物は、新規の電気磁気効果や磁気光学効果などの複合機能が得られることから、近年、研究対象としてその重要性をさらに増している。そのため、このような重い元素を含む物質系におけるスピン・軌道・電荷の秩序が物質の機能発現にどのように関係しているかを明らかにする機能構造相関研究の必要性が急速に高まっており、SPring-8で重い元素を含む機能材料物質の電子密度解析が可能になることへの期待は大きい。

 本装置は、短期間に集中したコミッショニングを行い、2008B期での供用を開始することができた。今後は、より精度の高い解析結果を得るためのヘリウムパスの作製、外場応答実験、低温、高温実験の自動測定化や20 K以下および450 K以上での測定システムの整備を随時行っていく予定である。

 

 

4. 謝辞

 前述のとおり、本装置のコミッショニングは、2008A期の短期間に集中して実施された。特に、利用者懇談会・構造物性研究会のメンバーである澤氏(名古屋大学)、黒岩氏(広島大学)、有馬氏(東北大学)、西堀氏(名古屋大学)、森吉氏(広島大)、青柳氏(名古屋大学)、奥山氏(理研和光)のご協力をいただき、2008B期より供用を開始できたことを、深く感謝します。

 

 

 

杉本 邦久 SUGIMOTO Kunihisa

(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門構造物性Iグループ 動的解析チーム

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL : 0791-58-2750 FAX : 0791-58-0830

e-mail : ksugimoto@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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