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Volume 13, No.5 Pages 386 -388

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第5回産業利用報告会
Symposium Report on the Industrial Applications

廣沢 一郎 HIROSAWA Ichiro

(財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室 Industrial Application Division, JASRI

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 9月18、19日に東京・お台場の日本科学未来館において、(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)と、産業用専用ビームライン建設利用共同体(サンビーム・BL16XU、BL16B2)、(財)ひょうご科学技術協会(BL08B2、BL24XU)の主催及びSPring-8利用推進協議会の共催、蛋白質構造解析コンソーシアム(BL32B2)の協賛で第5回SPring-8産業利用報告会を開催した。前回の東京開催(御茶ノ水・総評会館)が大変好評であったため、今年も東京での開催となった。

 18日の10時にJASRIの永田常務理事の司会で、平野拓也JASRI副会長、兵庫県放射光ナノテクセンター長の松井純爾氏、産業用専用ビームライン建設利用共同体運営委員長である飯島賢二氏(松下電器産業(現パナソニック))による主催者挨拶で開会した。主催者挨拶に引き続き、文部科学省研究振興局基礎基盤研究課大型放射光施設利用推進室長の林孝浩室長にも来賓としてご挨拶いただくことができた。

 18日午前は、JASRIの木下グループリーダーによる「SPring-8における軟エックス線および赤外分光の応用」と題した招待講演を行った。この招待講演は、X線ほどには産業分野での利用が進んでいないSPring-8の軟X線・赤外線分野での放射光及び測定手法の特徴と成果事例を紹介することで、新しい産業利用分野の創出と新規利用者の獲得を意図して企画したものである。短い時間の中で、光電子分光、光電子顕微鏡、発光分光や時分割MCDなどの最新の成果に加えてBL43IRの事例など、盛りだくさんの内容であった。講演の冒頭でSPring-8の放射光が高輝度であることをレーザーポインタの光を例に引きながら説明するなど、放射光については専門外の方にもわかりやすい講演となるように努力していただいた。この講演に対して会場から「輝度が高いということは、試料、特に有機系試料の場合、測定のためのX線照射による試料劣化が懸念されるがどのように対応するのか?」「試料温度を制御することは可能か?」「測定部位を特定した高空間分解能測定は可能か?」など、実際の測定を想定した質問が複数寄せられ、これまで軟X線領域の利用経験が薄いSPring-8の産業分野のユーザーに、この分野での産業利用の可能性を印象づける講演になったと感じている。

 

 

 

 18日午後の前半は、稲葉氏(神戸製鋼所)の座長により、“サンビーム設備更新報告”(松下電器産業(現パナソニック)尾崎氏)、“X線回折法によるガスタービン用Ni基超耐熱合金のクリープ劣化診断”(川崎重工業 井頭氏)、“X線散乱、XAFS、MDシミュレーションを用いた増幅用ファイバの構造解析”(住友電気工業 斎藤氏)、“シリコンナノシートの合成と面内構造解析”(豊田中央研究所 中野氏)、“半導体用シリサイド電極の局所構造解析”(日立製作所 與名本氏)の5件の口頭発表が行われた。9月2日のプレスリリースにもあるように、サンビームは今後10年間の専用ビームライン設置・利用に関する契約の更新(本年8月)にともなって、2008A期までにBL16XUとBL16B2に設備の大幅な更新を行っている。尾崎氏による40分の講演で、BL16XUへの液体窒素冷却モノクロメータや多軸回折装置の新規導入などをはじめとする11項目にわたる大幅な改造・更新に関する概要が報告された。今年もサンビームの口頭発表はナノ構造物質の構造評価のように微細なものからガスタービン用の金属材料の劣化診断技術まで対象の幅が広く、産業分野での幅広い放射光利用の可能性を如実に示すものである。特に、住友電気工業の斉藤氏の講演は光ファイバの構造をXAFS測定の結果とX線散乱より得られた動径分布関数をMDによるシミュレーションで検討し構造モデルを導出したもので、ひとつの対象を複数の放射光利用技術で評価することの有用性を示すものであった。さらに昨年まではXAFSでの成果が口頭発表のほぼ2/3を占めるなど、成果が一部の利用技術に集中しているような印象であったが、本年は微小角入射X線回折の成果が報告されるなど、サンビームでの放射光利用技術が多様化していることが感じられた。大幅な改造・更新により輝度が1桁強くなったサンビームが本格稼動する08B期以降、これまでにも増してサンビームが放射光の産業利用を強力に牽引して行かれることを希望している。

 18日午後の後半は兵庫県放射光ナノテク研究所の横山氏を座長として、ひょうご科学技術協会が管理・運営するビームラインBL08B2、BL24XUの成果報告が行われた。前半は“マイクロビームX線を用いた窒化物半導体結晶評価”(日亜化学工業 道上氏)、“放射光による固体高分子形燃料電池の生成水観察”(住化分析センター 末広氏)、“BL24XUにおけるマイクロビーム、マイクロイメージングの現状と利用例”(兵庫県立大学大学院 高野氏)と題してBL24XUでの成果が発表された。この後、BL08B2の成果3件“X線小角散乱法によるくり返し変形ゴム中のフィラー分散状態解析”(アシックス 立石氏)、“超小角X線散乱による相分離現象の解析”(旭化成 坂本氏)、“放射光を用いた薄膜材料のXAFS分析”(東レリサーチセンター 辻氏)の報告が行われた。道上氏が所属する日亜化学工業は昨年度よりサンビームに参加し、BL16B2でのXAFS測定の成果のポスター発表を行う一方、兵庫県ビームラインBL24XUを利用した成果報告が行われた。前回の産業利用報告会でも、サンビーム参加企業による兵庫県ビームラインの利用成果報告が行われており、先行的に放射光の産業利用を推進してきたサンビーム参加企業による兵庫県など他の専用ビームラインや共用ビームラインの利用が定着してきたことの現れと考えている。“それぞれ異なったビームラインで活動する産業界ユーザー間の技術情報の交流を通じて、利用経験のないビームラインの利用を検討する機会とする”ことが産業利用報告会開催の目的のひとつであり、第1回産業利用報告会の開催から5年を経た今日、その目的が達成されつつあることを感じている。更に、末広氏(住化分析センター)の発表では、兵庫県ビームラインBL24XUと共用ビームラインBL19B2(産業利用I)の両方を利用して得られた成果が報告され、SPring-8の専用ビームラインに参加していない一般の産業利用ユーザーにも「測定目的に適したビームラインでの放射光利用」が定着しつつあることを示したものと理解している。後半に行われた発表3件の発表中の2件では、BL08B2の小角散乱装置で得られた美しい散乱パターンが報告され、昨年より本格稼動しているBL08B2が着実に成果を上げていることを改めて知ることができた。

 この後行われた技術交流会(懇親会)は、予定を大幅に上回る140名以上の方が参加し、会場のあちこちで名刺交換が行われ“産業界放射光ユーザー相互の交流と情報交換”には大変有効な機会とすることができた。

 産業利用報告会2日目の9月13日は、PFの野村先生の招待講演“PFにおけるXAFSと関連する産業利用”が行われ、SPring-8のXAFSビームラインでは扱い難いPからCaのXAFS測定がPFでは可能であることや、潤滑油に含まれるSのXANES測定事例、及びPF-ARのNW2Aで行われている時分割DXAFS及びPFの利用制度についてご紹介いただき、SPring-8とPFのそれぞれの特徴を活かすことは、放射光の産業利用を更に活発なものとする可能性を有すると感じた。聴衆からは「DXAFSのエネルギー分解能はどの程度か?」「PFでの産業利用への体制はどうなっているのか?」といった質問があり、SPring-8のユーザーもPFの特徴を活かした放射光の利用に興味をもったようであった。

 ポスター発表のコアタイムは10:40〜12:50に設定した。今回は、JASRI39件、兵庫県14件、サンビーム25件のポスター発表に加えて、共催の利用推進協議会より2件、協賛の蛋白質構造解析コンソーシアムより1件、計81件のポスター発表が行われた。特に、JASRIのポスター発表では、民間企業の方が実験責任者となって行われた課題の成果を大学関係者が発表したものが5件あり、SPring-8の利用が産学の技術交流発促進にも役立っていることを示すことができた。なお、会場のあちらこちらで、活発な議論が行われていたことをうれしく思う一方、発表件数に対して会場がやや手狭になってポスター会場内を移動しにくいなど参加してくださった方に不便な思いをさせてしまったことをこの場を借りてお詫びしたい。

 

 

 

 2日目の午後は、前半2件の発表“宝石珊瑚の炭酸塩骨格中における微量元素の分布解明”(金沢大学 長谷川氏)、“放射光粉末回折法を用いた医薬品(固形剤)中の微量主薬の検出と結晶状態解析”(田辺三菱製薬 増田氏)がJASRIの二宮コーディネータを座長として行われた。後半は、JASRIの堀江コーディネータを座長に“軽元素系水素化物の結晶構造解析による水素貯蔵材料”(豊田中央研究所 則竹氏)、“超微細加工レジスト材料における酸発生剤分布の研究”(大阪大学 古澤氏)の2件、計4件の発表が行われた。装飾品の原料となる宝石珊瑚などの天然物、医薬品から、盛んに研究開発が行われている燃料電池用の水素貯蔵材料や最先端のLSI製造には不可欠な超微細加工レジスト材料まで、多様な分野・対象の成果の報告を通じて、放射光利用の幅の広がりを示すことができた。
 最後のJASRI吉良理事長による閉会の挨拶の中で「若干マンネリ気味ではないか」との趣旨のコメントがあった。マンネリな印象の一因は、今回の報告会ではこれまでにない新しい分野での成果事例(例えば、2年前のヘルスケア分野のような)の報告が少なかったことにあると考えている。大きな可能性を有するSPring-8の放射光をより多くの方に利用していただくため、今後も一層の新分野の開拓と新規ユーザーの獲得を推し進めたい。更に、本格的稼動期に入ったBL08B2を有する兵庫県ビームラインや“放射光の産業利用の牽引”を自認するサンビームから傑出した利用成果が出てくることにも期待したい。
 当日、参加者にご記入いただいたアンケートからは、サンビーム、兵庫県、JASRIの三者による共催や開催場所、開催期間、口頭発表とポスター発表の実施については評価するとの意見が大多数で、多くの参加者に、ある程度満足していただける報告会になったと考えている。今回の招待講演も好評で次回以降も継続したいと考えている。今回で2回目の東京開催は概ね支持してもらえたが、都心から会場(日本科学未来館)への交通の便が悪いことを指摘するコメントも複数いただいた。また、東京開催と関西(大阪、神戸)開催を交互に行うのがよいとする提案もいただいた。ポスター発表のコアタイムは昨年よりもかなり長く、会場を広くしたにもかかわらず、“ポスター会場が狭い”、“ポスター発表のコアタイムがやや短い”などの意見が目立ち、次回以降の一層の改善が必要と認識している。
 昨年の予言が的中して、今年もやっぱり報告会当日は雨となったが(第1回から第5回まで、すべて雨天)、1日目の参加者は222人、2日目の参加者は237人、全参加者数284人で過去最高であった。悪天候の中、発表や聴講に来てくださった皆さん、会場設営や撤収、受付対応などで報告会の運営にご尽力くださったサンビーム及び兵庫県の皆さん、どうもありがとうございました。次回も雨の中で産業利用報告会を開催することになると思いますが、ご協力をよろしくお願い致します。

 

 

廣沢 一郎 HIROSAWA Ichiro

(財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

>TEL:0791-58-0924 FAX:0791-58-0988

e-mail : hirosawa@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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