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Volume 13, No.4 Pages 321 - 324

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

小角散乱研究会の活動と研究例
Activities and Highlights of Small-Angle Scattering Group

瀬戸 秀紀 SETO Hideki[1]、篠原 佑也 SHINOHARA Yuya[2]、宮崎 司 MIYAZAKI Tsukasa[3]

[1]高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 Institute of Materials Structure Science, KEK、[2]東京大学大学院 新領域創成科学研究科 Graduate School of Frontier Sciences, The University of Tokyo、[3]日東電工㈱ 基幹技術センター Core Technology Center, Nitto Denko Corporation

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1. 研究会としての活動

 「小角散乱」とは数ナノメートルからサブミクロンまでの構造を調べる一般的な方法で、散乱角が数度以内であることからこのように呼ばれる。研究対象となる物質系としては合金から高分子・液晶等のソフトマター、生体物質や溶液中のタンパク質など多彩で、物理から化学、生物など自然科学のほとんどの領域をカバーしているといって良い。また基礎から応用までのスペクトルも広く、大学の研究者のみならず企業における材料開発などにも用いられている。更にX線だけでなく中性子も相補的に用いられることが多いところにも特徴があるため、多くの小角散乱ユーザーはSPring-8の装置も含め様々な装置を併用しながら研究を行っているのが現状である。
 そこで本研究会は、SPring-8に設置されている小角散乱装置とそれを用いた研究に限ることなく、ラボソースやPF等の他の放射光施設を用いたX線小角散乱および中性子小角散乱や反射率計等も含めた広い意味での「小角散乱研究」を対象に活動を行ってきた。また材料研究にとっては小角散乱という手法自体「one of them」であるという事を考えて、関連する他の研究会との協力も視野に入れて活動を行っている。以上のような観点から、昨年度は以下の2つの研究会を行った。

 

1-1. 高分子科学研究会、高分子薄膜・表面研究会との合同講演会
 昨年10月29日のSPring-8シンポジウムに合わせて、高分子関係の2研究会と合同で講演会を行った。当日の講演者と講演タイトルは以下の通り。

 松岡秀樹(京大工)

  「イオン性両親媒性高分子の特性と自己組織化−小角散乱法と反射率法による解析−」

 横山英明(産総研)

  「GISAXSによる高分子薄膜解析」

 櫻井和朗(北九州市大)

  「カチオン性脂質をもちいた遺伝子導入剤中でのDNAの折りたたみ構造」

 

 懇親会後の夜の8時開始という悪条件だったにも関わらず30人近い参加者を得て、非常に活発な議論が行われた。また、高分子科学研究会が中心になって提案している産業応用を視野に入れた小角散乱装置についての議論も行った。

 

1-2. 放射光学会サテライトミーティング

 今年の1月に立命館大学びわこ草津キャンパスで行われたJSR08(第21回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウム)のサテライトミーティングとして、小角散乱研究会「高分子・材料とその周辺」を開催した。前述のように小角散乱を用いる研究者は広い分野にまたがっている上に、放射光と中性子はそれぞれの学会組織があり、お互いの交流の機会はほとんどなかった。そんな中、2006年に京都で行われた第13回小角散乱国際会議(SAS2006)では500名を超える参加者があり大成功を収めた。そこでその流れを止めることなく今後も国内の小角散乱研究者の交流を進めよう、という趣旨のもとに、放射光学会会員と中性子科学会会員の協力のもとで行われたのがこの研究会である。
 今回のテーマとしては中性子、放射光ともにユーザーの多い高分子系を取り上げ、ベテラン、若手から企業の研究者を含め6人に講演をお願いした。3時間にわたって行われたこの研究会のプログラムは次の通り。

 

雨宮慶幸(東大新領域)opening

<session1 座長:竹中幹人(京大工)>

 柴山充弘(東大物性研)

  「コントラスト変調中性子小角散乱法を用いたソフトマターの精密構造解析」

 高野敦志(名大工)

  「環状高分子の溶液中、ならびにバルク中におけるコンフォーメーション」

 毛利恵美子(九州工大)

  「気水界面で形成する高分子グラフト微粒子からなる単粒子膜のX線反射率測定による構造評価」

 

<session2 座長:櫻井伸一(京都工繊大)>

 篠原佑也(東大新領域)

  「小角X線散乱のナノコンポジット材料への応用」

 村瀬浩貴(東洋紡)

  「ポリエチレン繊維の溶融紡糸過程における小角X線散乱その場測定」

 宮崎 司(日東電工)

  「ポリビニルアルコールフィルムの水中での応力−歪/小角・広角X線散乱同時測定」

 

 当初は参加者として30名程度を見込んで会場を準備していたのだが、開会早々あっという間に埋まってしまってその後も続々と集まってきた。そのため急きょ放射光学会実行委員会の方に追加で席を用意して頂き、50名を超える参加者(おそらく延べ人数で70名ほど)を受け入れた。また会場の都合で時間厳守での進行をお願いしていたのだが、それぞれの講演で活発な質疑応答があって時間がオーバーすることも多かった。

 

 

 

1-3. 今後の研究会活動

 今年度からの第2期では副代表を著者の一人(瀬戸秀紀(京大理→KEK))から竹中幹人氏(京大工)に交代し、代表の佐藤衛氏(横浜市大)と共にこれまで通り研究分野を超えた交流を進めて行く。その一環として、中性子科学会のサテライトミーティングとして準備を進めている2回目の「小角散乱研究会」へ協力すると共に、SPring-8シンポジウムでの講演会等も行う予定である。

 

 

2. 研究例

 SPring-8を用いて行った研究の例として、小角散乱研究会「高分子・材料とその周辺」の中から篠原佑也氏(東大新領域)による「小角X線散乱のナノコンポジット材料への応用」と、宮崎司氏(日東電工)による「ポリビニルアルコールフィルムの水中での応力−歪/小角・広角X線散乱同時測定」を紹介する。

 

2-1.小角X線散乱のナノコンポジット材料への応用

 カーボンブラックやシリカなどのナノ粒子をゴムに充填すると、弾性率や粘弾性特性が向上すること(補強効果)が知られており、タイヤなどの製品に欠かせないものになっている。この補強効果の起源についてナノ粒子が形成する凝集構造とそのミクロな構造揺らぎの2つの点に着目して、先端的な小角X線散乱法を開発しつつ研究を行ってきた。
 通常の小角X線散乱法で取り扱う構造スケールは10〜1000 Å程度であり、SPring-8のBL40B2のような小角X線散乱ビームラインにおいて測定できる最大のサイズは、現在のところ3000 Å程度である。従ってナノメートルから数十ミクロンに及ぶ階層的な凝集構造を示すゴム中のナノ粒子の構造を調べるのは難しい。従来、これらのスケールの構造を測定するための極小角X線散乱測定は、チャンネルカット結晶を角度走査する「Bonse-Hart型」の実験配置で行われてきた。しかしこの手法では、ゴムを延伸した際の異方的な回折像の測定には膨大な時間がかかる上に、延伸過程などの時分割測定は困難である。そこで試料−検出器間距離を160 m強とれるBL20XUで時分割2次元極小角X線散乱法を行い、別途BL40B2で測定した小角X線散乱像と併せることにより、60 Åから5 µmに及ぶ2次元回折像を時分割測定することに成功した[1][1] Y. Shinohara et al.: J. Appl. Cryst. 40 (2007) s397.(図1)。

 

 

図1 延伸ゴムの極小角・小角X線散乱の強度プロファイル。2次元散乱像から1次元強度プロファイルを切り出して示している。q ≈ 2 × 10-3 Å-1が2つのビームラインで測定した散乱データの境目である。

 

 

 図1に、延伸ゴムの極小角・小角X線散乱プロファイルを示す。これにより、延伸−除荷過程におけるナノ粒子凝集構造変化に起因する回折像の変化を時分割測定で捉えることができた。階層的かつ異方的な回折像の解析については未だ難点を有するものの、本手法はゴム中のナノ粒子凝集構造だけではなく、従来の小角X線散乱で測定するには大きすぎ、顕微鏡の手法で観測するには小さすぎる1000 Åから数µmの構造を有する試料の構造解析への応用が期待される。なお、本研究は2005BよりBL20XU、BL40B2にて長期利用課題として実施されているものである(課題責任者:雨宮慶幸(東大院新領域))。
 一方、ナノ粒子の凝集構造が明らかになっただけでは、ナノ粒子充填ゴムが示す複雑な粘弾性挙動、特に周波数応答などの知見にはつながらない。近年マイクロレオロジーと総称される手法が発展し、試料中でのミクロな粘弾性挙動が測定されているが、ナノ粒子充填ゴムはタイヤなどから分かるとおり真っ黒であり、従来の手法では測定することができない。そこでX線領域での動的光散乱法として近年注目を集めているX線光子相関法を実施することで、ゴム中でのナノ粒子ダイナミクスの測定を試みた。測定はBL40XUにて通常のマイクロビーム小角X線散乱測定の実験配置で行い、検出器として高分解能なImage Intensifierと組み合わせた高速CCDカメラを用いることで、スペックル像の強度揺らぎの数十ミリ秒オーダーの時間分割測定に成功した[2][2] Y. Shinohara et al.: Jpn. J. Appl. Phys. 46 (2007) L300.(図2)。測定の結果、試料温度・ナノ粒子の体積分率・種類などにより、強度揺らぎの時定数が大きく異なることが明らかになった。緩和モードについては、動的光散乱法で対象となっていた試料に比べて試料が「濃厚」であることもあり、従来の解析手法をそのまま適用できない部分もあり、未だ明らかでない部分も多く、今後の進展が期待される。また現在のところ試料の照射損傷も実験上は大きな問題点となっており、特にソフトマターへの応用においては慎重な検討が必要である。なお、本研究は2006AよりBL40XUにて主に萌芽的研究課題として実施されてきたものである。

 


 

図2 カーボンブラック充填ゴムの強度揺らぎの温度依存性

 

 

2-2. ポリビニルアルコールフィルムの水中での応力−歪/小角・広角X線散乱同時測定

 近年の液晶ディスプレイの急速な出荷量の伸びとともに、それに用いられる偏光板の需要が飛躍的に拡大している。偏光板はポリビニルアルコール(PVA)フィルムをヨウ素水溶液中で延伸することにより製造される。水溶液中のヨウ素はPVAの分子鎖との間でポリヨウ素錯体を形成する。この錯体がフィルムの延伸にともなう分子鎖の配向とともに配向することで、高い2色性を示すと考えられるが、詳しいメカニズムはわかっていない[3][3] I. Sakurada: Polyvinyl Alcohol Fibers; M. Dekker: New York, 1985.。ヨウ素錯体はPVAの非晶領域に形成されると考えられる[4][4] K. Miyasaka: Adv. Polym. Sci. 108 (1993) 91.ので、配向した非晶領域に形成されたヨウ素錯体が、2色性に寄与すると思われる。そこで本研究では、水中延伸過程でのPVAフィルムの構造変化、特に非晶領域の配向変化を詳しく調べるため、SPring-8にて小角X線散乱(SAXS)/応力−歪(S-S)および広角X線散乱(WAXS)/S-S同時測定を行った[5,6][5] T. Miyazaki, A. Hoshiko, M. Akasaka, T. Shintani and S. Sakurai: Macromolecules 39 (2006) 2921.
[6] T. Miyazaki, A. Hoshiko, M. Akasaka, M. Sakai, Y. Takeda and S. Sakurai: Macromolecules 40 (2007) 8277.

 実験に用いたPVAフィルムは、株式会社クラレ製ビニロンフィルムで重合度は2400である。延伸過程のその場評価はSPring-8のBL40B2のSAXS装置に自作の自動延伸機を設置して行った。延伸中のフィルムの測定位置が変わらないように、延伸機は左右対称に延伸する機構にした。水中での延伸が可能なように、チャック部には、上下に昇降する水槽を設けた。水槽にはポリイミドフィルムを窓材にした窓を前後に開けた。そこから水につけた状態のフィルムにX線を入射し、散乱したX線を取り出すことができる。実験中の水温は298 Kとし、延伸速度は5 mm/minとした。
 図3、4にSAXS/S-SおよびWAXS/S-S同時測定結果を示す。延伸初期の弾性領域は狭く、中期では応力がほとんど上がらず歪のみが大きくなる。延伸後期では歪硬化がおこり、歪が500%程度で破断が起こる。

 

 

図3 水中延伸過程におけるPVAの小角X線散乱/応力-歪同時測定結果

 

 

 

図4 水中延伸過程におけるPVAの広角X線散乱/応力-歪同時測定結果

 

 

 SAXSの散乱像は各延伸段階で特徴的なパターンを示す。無延伸での等方的な円環パターンはラメラ周期に対応していて、ラメラが無配向であることを示している。延伸初期(〜70%)にはラメラが延伸と垂直方向に配向するとともに、膨潤しているラメラ間の非晶領域がフィルムのマクロな歪に比例して、弾性的に伸長する。
 延伸中期(200%〜)では、延伸と垂直方向に強いストリーク状の散乱があらわれることが特徴である。この領域では、ラメラ構造からフィブリル構造への転移、フィブリル間のずれが連続的に起こる。
 延伸後期では歪硬化とともに、フィブリル間のずれによるフィブリル間非晶領域の配向が顕著になる。配向非晶領域の一部では延伸誘起結晶化が起こることもWAXS像の解析によりわかった。
 この実験で示唆された重要な点は、延伸後期に生成する配向した非晶領域の存在である。これは前述のように偏光子の2色性に寄与する配向したヨウ素錯体が形成される場所であると考えられる。そこで、この配向した非晶領域を増す工夫が、高性能偏光板開発には欠かせないと考えられる。

 

 

 

参考文献

[1] Y. Shinohara et al.: J. Appl. Cryst. 40 (2007) s397.

[2] Y. Shinohara et al.: Jpn. J. Appl. Phys. 46 (2007) L300.

[3] I. Sakurada: Polyvinyl Alcohol Fibers; M. Dekker: New York, 1985.

[4] K. Miyasaka: Adv. Polym. Sci. 108 (1993) 91.

[5] T. Miyazaki, A. Hoshiko, M. Akasaka, T. Shintani and S. Sakurai: Macromolecules 39 (2006) 2921.

[6] T. Miyazaki, A. Hoshiko, M. Akasaka, M. Sakai, Y. Takeda and S. Sakurai: Macromolecules 40 (2007) 8277.

 

 

 

瀬戸 秀紀 SETO Hideki

高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 中性子科学研究系

〒305-0801 つくば市大穂1-1

TEL:029-879-6228 FAX:029-864-3202

e-mail:hideki.seto@kek.jp

 

篠原 佑也 SHINOHARA Yuya

東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻

〒277-8561 柏市柏の葉5-1-5 基盤棟601

TEL:04-7136-3751 FAX:04-7136-3751

e-mail:yuya@k.u-tokyo.ac.jp

 

宮崎 司 MIYAZAKI Tsukasa

日東電工(株) 基幹技術センター

〒567-8680 茨木市下穂積1-1-2

TEL:072-621-0265 FAX:072-621-0316

e-mail:tsukasa_miyazaki@gg.nitto.co.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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