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Volume 13, No.3 Pages 239 - 248

3. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

飛翔体搭載硬X線結像光学系システムの性能評価実験
Characterization of a Hard X-ray Imaging System for Space-born Astronomical Observations

小賀坂 康志 OGASAKA Yasushi

名古屋大学 大学院理学研究科 Graduate School of Science, Nagoya University

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1.はじめに
 一般に観測的天文学と言えば、可視光波長領域での観測研究が連想されることが多い。しかしながら現代の天文学研究においては、波長の長い方から電波、赤外線、可視光、紫外線、そしてX線からガンマ線に至る高エネルギー領域まで、幅広い波長領域で観測がなされる。その中で、X線による天体観測研究は1960年代に始まり、急速に進歩を遂げてきた。
 X線による宇宙観測を拓いたパイオニアの一人が、2002年にノーベル物理学賞を受賞したRicardo Giacconiである。Giacconiの大きな功績の一つはX線望遠鏡の実現である。1978年に打ち上げられた Einstein衛星(アメリカ)に搭載されたWolter-Ⅰ型 X線望遠鏡は、それまで放射線カウンターにコリメーターや符号化マスクをとりつけた「非撮像型検出器」で行われていたX線天体観測を大きく変え、人類に新しい宇宙像をもたらした。
 さて、X線は地球大気によって吸収されてしまうため、X線天体観測装置は飛翔体により大気圏外か、少なくとも大気圏上層へ運ばなければならない。X線天体観測研究の黎明期には、成層圏気球や観測ロケットが使用されたが、現在では人工衛星が主流である。X線望遠鏡に限らず、こうした飛翔体に搭載される観測装置は、打ち上げ前に十分に性能評価を行っておかなければならない。そして、巨額の国家予算を投じて建造される軌道天文台は、広く世界の研究者に利用してもらうことが必須である。ところが観測装置の較正データが不完全であると、観測データの科学的解釈に曖昧さを残す。すると観測データに対する信頼度は下がり、利用価値を認めてもらえないことになる。
 そういうわけで、衛星搭載装置の地上較正実験(性能評価実験)は非常に重要である。観測的天体物理学研究は再現実験が不可能で、また観測対象の物理状態を制御することもできない。さらに観測対象はあまりに遠方にあるため、場の計測は不可能で、放射のみをプローブに物理状態を探らなければならない。こうした事情により、観測装置の応答関数は曖昧さなく把握されていなければならない。
 我々は次世代のX線天体観測技術として、多層膜反射鏡と多重薄板光学系を用いて、10keV以上で利用できる硬X線望遠鏡の開発を進めている。1990年代の基礎開発から始まり、2001年から開始した気球搭載試験観測を経て、いよいよ2013年打ち上げ予定のNeXT衛星への搭載に向けて、開発を進めている。しかし2001年当時、気球観測実験には成功したものの、我が国はおろか世界中のどこにも、硬X線望遠鏡の性能評価を完全に行える施設や技術は存在しなかった。SPring-8長期利用課題「飛翔体搭載硬X線結像光学系システムの性能評価実験」はこうした背景の元、硬X線望遠鏡開発の支援技術として立案・提案され、2004年から3年間推進された。本稿では、長期利用課題を軸として進められてきた、硬X線望遠鏡性能評価技術の開発と、これを用いた望遠鏡開発の成果について紹介する。なお本稿の内容は、第11回SPring-8シンポジウム(2007年10月29日〜30日)における長期利用課題報告においても一部報告しているので、シンポジウム集録掲載の報告スライドも参照頂きたい。

2.硬X線望遠鏡の開発
 X線反射は斜入射においてのみ高効率を実現する。収差の少ない斜入射光学系としてWolter光学系が有名であるが、X線望遠鏡では、同じ斜入射角に対して焦点距離が最も短くなるWolter-Ⅰ型光学系が用いられる(図1)。X線に限らず、天体からの電磁波は非常に弱い。X線望遠鏡の場合、焦点面に到達する信号強度はせいぜい「1光子毎秒」の程度で、「10光子毎秒」という明るい天体は希有である。従って満足な統計精度は常に得難く、X線望遠鏡はある程度の集光能力を持たなければ意味がない。開口効率の低い斜入射光学系でこれを実現するために、通常、複数の光学系を共焦点・同心円状に積層して開口効率を高めようとする。



 
図1 積層した Wolter-I 型光学系を利用した X 線望遠鏡の概念図。

  10keV以下の軟X線領域では、ニッケルや金などの金属への斜入射において実現する全反射が用いられてきた。しかし全反射鏡は臨界角・臨界エネルギーにより適用範囲が制限されており、おおよそ10keV付近で限界となる。ここより高エネルギー領域では、例えば20keVにおける金の臨界角は0.2度程度と非常に小さくなり、これ以下の入射角では現実的な高効率光学系を構築することが難しい。そこで、全反射に代わり高効率の反射原理が必要になる。そのような反射原理として、結晶等で見られるブラッグ反射がある。重元素と軽元素を交互に積層した多層膜は、周期長を制御可能であるので、ブラッグ反射を利用した光学素子として応用が広い。ブラッグ反射の条件は、入射角、エネルギー、周期構造の長さの間に一意的な関係がある(nλ=2d sinθ、ただし nは反射の次数)。従って角度、エネルギー共に帯域が狭い。そこで天文利用では、周期長を深さ方向に傾斜化し(周期長を変化させて)帯域を広げた「スーパーミラー」が有効である。特に光電吸収が次第に効かなくなる硬X線領域では、X線はブラッグ条件を満す層に到達するまで吸収を受けずに侵入できるので、スーパーミラーが有効に機能する。
 こうした考え方に基づき、日本においては山下グループ(山下広順、現名古屋大学名誉教授)が硬X線望遠鏡の開発を始めた。1990年代初頭には既に硬X線天体観測用多層膜反射鏡が製作されており、1996年に我々名古屋大学 宇宙物理学研究室において、世界初の硬X線望遠鏡が誕生した。この望遠鏡はNASA Goddard Space Flight Centerにおいて計測され、世界で初めての硬X線望遠鏡集光像(20〜40keV)が確認された[1]。我々の硬X線望遠鏡は、厚さ約0.2mmのアルミ基板へレプリカ転写により多層膜反射面を生成した、薄板反射鏡で構成されている。図2に、これまで製作した2つのタイプの硬X線望遠鏡の写真を示す。なお図1の寸法等は、図2上側のユニットに基づいているが、いずれの望遠鏡についてもほぼ同様である。望遠鏡の外径は40cm、軸方向の長さは約30cmで、この大きさの鏡筒に反射鏡を 1000〜2000枚搭載している。多層膜物質には白金−炭素の組み合わせを使用しており、周期長はおよそ 2.5〜10nm、周期数は典型的に100組以下である。観測可能なエネルギーの上限は50〜60keV程度である。焦点距離は8mと長く、従来の軟X線望遠鏡に比べおよそ2倍程度である。これは多層膜による硬X線反射を有効に利用するためである。この望遠鏡の最大の特長は、薄板反射鏡を多数用いることによる大有効面積である。反面、反射鏡の剛性が低いために形状保持能力が低く、結像性能は分角のレベルにとどまる。

 

 
図2 上:InFOCµS 気球実験搭載硬X線望遠鏡(2004年製作)。下:SUMIT気球実験搭載硬X線望遠鏡(2006年製作)。
 
 これらの望遠鏡は、日米共同気球実験 InFOCµS(International Focusing Optics Collaboration for µCrab Sensitivity)(名古屋大、NASA/GSFC、JAXA宇宙研、他)と、国内機関共同気球実験 SUMIT(Supermirror Imaging Telescope)(名古屋大、大阪大、JAXA宇宙研、中部大、他)に搭載され、2001年、2004年、2006年に合計4回の飛翔観測実験を行った。これについては文末で述べる。

3.長期利用課題研究の成果
 以上のような背景の元、新たに開発された硬X線望遠鏡の性能評価技術開発のために、2004年から長期利用課題「飛翔体搭載硬X線結像光学系システムの性能評価実験」が推進された。課題開始当時は、遡って2001年に既に硬X線望遠鏡の気球搭載観測飛行に成功しており、2004年に再観測を予定しているにも関わらず、望遠鏡の硬X線応答が精密に測定されておらず、その実験技術の確立は急務であった。その後、利用課題実験は気球実験と並行して順調に進み、課題終了時点では我が国の次期X線天文衛星計画NeXTに向けた基盤技術を形成する見通しが得られた。以下で本研究の成果について紹介する。

3-1.実験セットアップ
 X線望遠鏡の較正実験では、大きな開口面積に、天体からのX線を模擬した平行X線を照射する必要がある。しかし平行X線を得ることは困難なので、X線源からできるだけ距離を離し、疑似平行光を作る。
 図3は、SPring-8 BL20B2における硬X線望遠鏡性能評価実験のセットアップである。BL20B2は医学利用とX線イメージングのために建設された中尺ビームラインで、リング棟からビームを引き出し、医学利用棟内に実験ハッチを設置している(ハッチ2・3)。光源からの距離はハッチ2上流入口で約200mで、平行度の高い、小さな拡散角のビームを得ることができる。さらに、ハッチ2・3は合計で長さが15mあり、X線望遠鏡特有の長い焦点距離(8m)に対応できる。またこのビームラインはX線光学研究を念頭において設計されており、光学系開発に適した設備環境が整備されている。こうしたことによって、BL20B2は世界でも他に得難い、X線望遠鏡性能評価に適したサイトとして位置付けられる。 
 
 
 
 
図3 SPring-8 BL20B2 における硬X線望遠鏡測定セットアップ。左上写真:望遠鏡を搭載した5軸ステージ。右上写真:CCD型硬X線イメージャを搭載した3軸ステージ。下図:BL20B2 ハッチ2・3(医学利用棟内)に設置したセットアップの模式図。
 
 BL20B2のX線ビームは、ハッチ2入口位置で、少なくとも横幅は300mm以上、縦幅は半値幅で 10mm程度(ただし結晶面とエネルギーに依存)の大きさを持つ。精密測定ではこのビームを10〜20mm程度に整形し望遠鏡開口面に照射する。望遠鏡は3軸回転と2軸並進を備えたステージ(図3左上写真)に、また硬X線検出器は3軸並進ステージ(図3右上写真)に搭載されており、必要な全ての動きをカバーしている。硬X線検出器はビームラインに設置のCCD型検出器で、10µm程度の位置分解能で47×31mm2の大面積撮像が可能である。

3-2.研究成果 1:硬X線望遠鏡性能評価実験技術の開発
 図4は、適切な大きさ・形に整形したビームを望遠鏡に入射した時の集光像の測定の様子を模式的に表したものである。典型的に、ビームの大きさは望遠鏡開口面積の1000〜2000分の1で、ステージ移動によって開口面全域に照射する。図5は照射パターンの例である。この例では極座標系で均等に照射しており、四象限スリットと扇形マスクを組合せて、図示するような形のビームを生成している。
 





図4 細いビームによる望遠鏡照射の模式図
 
 
 
図5 望遠鏡照射パターン例。青線で囲まれた領域が1回のX線照射でカバーされる。黒線は望遠鏡構造の境界を示す(図2も参照)。
 
 このようなビーム照射により、1000〜2000枚の「局所イメージ」(望遠鏡開口の局所部分の照射によって得られる結像)を得ることができる。これを合成し望遠鏡の集光像としたものを、図6に例示する。
 長期利用課題の前半期間では、InFOCµS気球実験に搭載した硬X線望遠鏡を用いて、性能評価試験技術の開発を行った。図6に示すような集光像の測定には、大口径の望遠鏡開口を精密に走査するための各種技術の開発や、CCD型硬X線イメージャの較正等を行う必要がある。特に、反射鏡の散乱テールに起因するPoint Spread Functionの「すそ」部分を定量的に評価するために、ビーム輝度分布の評価、検出器感度一様性の評価、ノイズ評価等を行った。その結果、図に示す通り低輝度のテール部分まで計測することが可能になっている。硬X線望遠鏡の結像性能の評価結果としては世界に例を見ない高精度を達成している。図6は30keV単色光を用いた測定であり、同様の評価を15〜80keVの範囲で行っている。
 


 
図6 硬X線望遠鏡の集光像。測定エネルギーは30keV。左:InFOCµS気球実験搭載モデル(2004年)。結像性能は HPD(Half Power Diameter)で約2.5分角である。右:SUMIT気球実験搭載モデル(2006年)。結像性能は約 2.0分角。X線強度は対数スケールで示した。等高線は、ピーク値とその1/400の間を対数スケールで等間隔に10段階描いた。
 
 高輝度放射光を利用した実験の利点は、単に高精度で性能評価が行えるだけでなく、詳細な性能診断が可能なことである。図7左上図は、図6の焦点面像測定結果から計算された有効面積を、エネルギーの関数として描いたものである。ちなみに青点の BL20B2実験結果に対して、赤点は、比較と相互較正のために、JAXA宇宙研X線ビームラインにおいて硬X線連続光を用いて行った有効面積の測定結果である。赤点はエネルギー分解能が低いものの、BL20B2測定と概ね一致する結果を得ており、測定の信頼性を検証することができた。さて有効面積は、黒線で示した理想光学系計算値(反射鏡形状が完全である場合)に比べ、数10%の低下を示している。これは、反射鏡積層の緻密さによって、反射されたX線が隣接する反射鏡に掩蔽されるなどの効果に起因するものである。さらに図7のその他の図は、図5の照射パターンで開口を走査した時に、それぞれの照射で得られた集光像を解析し、その強度を照射位置の関数として描いたものである(Brightness distribution)。従って、望遠鏡開口のどの部分がどの程度の集光効率を持つか、診断することができる。まず、エネルギーが高くなるにつれて集光に寄与する反射鏡が次第に内側に偏って行く様子がわかる。これは多層膜反射率の入射角・エネルギー依存性を直接反映したものである。また、図2と図5に示すように、この望遠鏡は1/4円周単位で製作されているが、セグメント毎に、エネルギー応答の様子がわずかに違う様子がわかる。これは多層膜設計の違いを反映したものである。分布を詳細に見ると、全体的な傾向以外に、ところどころ輝度の欠落が見られる。これは該当する領域の集光効率が低下していることを示している。
 

 
図7 硬X線望遠鏡の有効面積と Brightness distribution(InFOCµS 気球搭載モデル)。左上:有効面積のエネルギー依存性(黒線:理想光学系を仮定した計算値、青点:BL20B2における単色光測定結果、赤点:JAXA宇宙研X線ビームラインにおける連続X線測定結果。右上および下段:Brightness distribution(本文、及び図5参照)。
 
 図7に示したような、いわば微視的な性能評価は、システムの機能チェック、動作原理の検証、また性能制限要素の解析などに重要な情報を与える。これらの定量的な解析が進行中で、次節で述べるような望遠鏡開発へのフィードバックへ大きく貢献している。
 以上の測定の他に、幾何学的透過率測定、一組反射鏡の特性評価、迷光評価等、多様な性能評価を行うための実験手法を確立している(成果リスト2、4、5、7、他)。

3-3.研究成果2:放射光を積極利用した硬X線望遠鏡の開発
 前述した実験手法の確立を受けて、長期利用課題後半期間では、主に2006年の気球実験SUMITに搭載された新型硬X線望遠鏡の開発を行った。これにおいては、従来の性能評価の枠を越えて、より積極的に放射光測定を利用した望遠鏡開発を行った。「放射光を利用した開発」とは奇異な表現に見えるが、性能評価とモノづくりは相互にフィードバックをかけなければならないのに対して、本研究以前の硬X線望遠鏡開発は極端にモノづくりに偏っており、性能の診断のしようがなかったのである。その意味で放射光利用の実現は、開発の進捗にほぼ直接的な恩恵をもたらしたと言える。
 その展開例として本稿では、X線光学調整技術の開発を紹介する。多重薄板硬X線望遠鏡の結像性能は分角の程度であるが、原理的な性能限界は、Wolter光学系を円錐近似したことによる誤差で決まり、約20秒角である。従って結像誤差は原理的な誤差よりもはるかに大きい。そこで、放射光を利用して結像性能の誤差解析を行ったところ、主たる誤差要因は3つに分類され、(1)反射鏡の形状誤差、(2)反射鏡積層における位置決め誤差、および(3)光学系の軸周りの対称性誤差であった。これらは初期状態ではほぼ均等に寄与していた。本稿では特に、(3)の誤差要因をどのように評価し、次いで改善したか述べる。
 誤差要因(3)は(1)と同じく鏡の形状誤差の範疇ではあるが、(1)が微視的な形状(10mmスケール)であるのに対して、(3)はグローバルな円錐形状からの逸脱である。これは反射鏡製作時に生じていると共に、反射鏡を望遠鏡鏡筒に搭載する時にも生じる。現在の誤差内訳においては、搭載時の誤差が支配的と考えられる。図8写真は、図2下写真と同じ望遠鏡(SUMIT気球)だが、見易さのために反射鏡を部分的に搭載した時点のものを示している。我々の望遠鏡の反射鏡は写真のように、放射状の支持バー(アライメント・バー)で上下端を保持されている。バーには溝加工が施してあり、反射鏡端は溝に収まることで所定の位置に置かれる。ただちに、誤差要因(3)は、アライメント・バーの動径方向位置精度によって決まることがわかる。
 
 
 

 図8 アライメント・バーによる軸周り対称性の調整(光学調整)。写真:反射鏡とアライメント・バー。矢印はバーの調整方向を示す。プロット:バー移動量とX線結像位置変化量との相関。実線は望遠鏡設計値から求められる計算値である。データ点の誤差は計測誤差が支配的で、水平軸(バー位置)方向に0.5µm、垂直軸(結像位置)方向に0.1arcmin 程度である。
 
 様々な加工精度や組み上げ誤差により、アライメント・バーの初期取り付け誤差は最大で数10µmほどもある。しかしこの誤差は、補正量さえ計測することができれば、精密な位置計測を行うことで、低減することが可能である。具体的には、X線の結像位置を、X線照射位置の望遠鏡開口面における位相角の関数として計測し、その非対称性からアライメント・バーの位置補正量を求めることができる。この一連の操作を、ここでは「光学調整」と呼ぶ。
 X線光学調整は、従来はX線測定に時間がかかり現実的ではなかった。例えばJAXA宇宙研のX線ビームラインを使用すると、そもそも測定系が真空中にあり排気に半日かかる。またX線強度が弱いため、開口面を分割して集光像を得ようとすると、まる1日程度かかる。従って一回のイタレーションに数日を要することになる。これは現実的ではない。そのため、こうした「光学調整」は事実上行われてこなかった。
 しかしBL20B2における実験では、真空排気の必要がなく、ビーム強度が高いために測定も1時間以下で終了する。データ処理に1時間程度を要し、測定開始から2時間で調整量が判明する。調整には2時間ほどかけ、全ての工程を一巡するのに、長くとも5時間程度である。このように所要時間が短縮されたため、数度の繰り返しを行うことも可能となった。
 図8プロットは、アライメント・バーの動径方向の移動量と、それによる結像位置の変化量の相関をとったものである。この関係は計算することができ、これを実線で示した。実験値は計算値に沿って相関を示すものの、結像位置方向に0.5分角程度の分散を持つ。これはデータにつく誤差よりも大きく、バー位置の制御に対する不感領域に相当するものと考えられる。事実、反射鏡は多少のクリアランスを持って溝に収まっている。さらにこの調整は、隣合うバー同士で完全に独立ではないことも一因と思われる。
 図9は、光学調整前後の集光像の比較と、軸周り対称性の比較である。図の上パネルのプロットは多少説明を要する。集光像の軸周り対称性の評価は、図4のような測定を行い、回転方向の位置(位相角、あるいは position angle)と共に結像位置がどう変化するかを計測することで行う。プロットは、一つの position angle における集光像を動径軸沿いに投影して一次元プロファイルに変換したものを、縦軸方向に適当にオフセットさせながら重ねたものである。左側は調整前であり、破線(基準位置)からのずれが大きく、集光像も大きく広がっている。対して調整後(右側)は、軸周りの対称性は向上し、集光像もコンパクトになった。この調整によって結像性能は約2.5分角から2.0分角へ向上している。
 
 


 
図9 光学調整による結像性能の改良。左:調整前、右:調整後。本文参照。
 
 光学調整が可能になったことは最も大きな成果であるが、この他に、既に言及した誤差要因解析の高精度化、光線追跡法シミュレーターの構築と望遠鏡の応答診断等についても成果が得られている(成果リスト18、他)。また望遠鏡の他に、SUMIT気球実験に搭載した焦点面検出器の較正実験も実現し、硬X線撮像観測システムの包括的な性能評価実験が可能になった(成果リスト1、9、13、16、他)。

4.気球搭載実験とNeXT衛星計画への展望
 前述した通り、長期課題と並行して3回の気球搭載実験を実施した(InFOCµS実験(2004年春、2004年秋、於アメリカ)、SUMIT実験(2006年秋、於ブラジル))。InFOCµS実験では、2004年秋の観測飛行において複数の天体の観測を実現し、再帰型X線パルサー、銀河系内ブラックホール候補天体などの観測を行った(成果リスト6)。SUMIT実験は、衛星計画を見据えて国内技術蓄積を目的に立ち上げられた計画で、JAXA宇宙研の海外大型気球実験計画の一環として、2006年11月にブラジルで実施された。図10は、硬X線望遠鏡を搭載した気球ゴンドラの打ち上げの様子である。左上枠内写真は、我々が建造した長さ8m、重量1.2トンの観測ゴンドラで、右端部に2台の硬X線望遠鏡が搭載されている。背景写真は打ち上げの様子である。左側のクレーンの先端に観測ゴンドラが吊り下げられており、右上の気球につながっている。写真はリリース約20秒前時点に撮影したもので、水素ガスを充填した気球が右から立ち上がって来ている。残念ながら、気球オペレーションの技術的トラブルにより天体観測には成功しなかったが、この打ち上げは長期利用課題の成果なくしては実現しなかったであろう。
 
 
 
図10 SUMIT気球実験(2006年11月、於ブラジル)

 我々は現在、2013年打ち上げ予定の我が国6番目のX線天文衛星NeXTの準備を進めている。NeXTには、これまで開発してきた硬X線望遠鏡が搭載される予定であり、また同時にこれは、初めて純国産技術で開発される大型X線望遠鏡となる(成果リスト3、14)。NeXT衛星はその硬X線撮像能力によって、宇宙の非熱的現象の研究に大きく貢献することが期待されている。望遠鏡の開発プログラムは2008年に開始され、これにあわせてSPring-8 BL20B2における性能評価実験の推進についての議論を行ってきた。この目的のために2008年度からパワーユーザー指定を頂き、万全の体制で開発支援に臨む所存である。
 我々は本研究を、宇宙科学研究における放射光利用が非常に良好な成果をあげたケースと考えている。宇宙科学も放射光科学も、その設備規模の巨大さにおいて類似している。両分野の連携は、宇宙科学にとって計り知れない恩恵をもたらすであろうし、放射光科学研究においても同様であることを祈って止まない。NeXT衛星の成功に向け、より一層のご支援を賜るよう、お願いする次第である。

5.謝辞
 本研究は長期利用課題の枠組内で実施されました。課題の主旨をご理解頂き、数々のご支援を頂いた関係諸氏に厚く御礼申し上げます。また課題全期間にわたって技術支援を頂いたJASRI職員の皆様、特に上杉健太朗氏、鈴木芳生氏に感謝致します。
 本研究は主に、科研費補助金・若手研究(A)「宇宙の大規模構造研究のための視野の広いX線望遠鏡の開発」(研究代表:小賀坂康志)(平成17〜19年度)、科研費補助金・特別推進研究「硬X線撮像観測による非熱的宇宙の研究」(研究代表:國枝秀世)(平成15〜18年度)により推進されました。実験の推進にあたっては、名古屋大学 大学院理学研究科 宇宙物理学研究室、大阪大学 大学院理学研究科 常深研究室、宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部 高エネルギー天文学研究系の皆様にご協力頂きました。

〔成果リスト〕
(査読有)
〈最初の4桁の番号は、SPring-8論文登録番号〉
1 10312 Miyata et al.: Wide-band Imaging Spectrometer with Scintillator-deposited Charge-coupled Device,NIM-A, 568(2005)149.

2 Y.Ogasaka, K.Tamura, R.Shibata, A.Furuzawa, T.Miyazawa, K.Shimoda, Y.Fukaya, T.Iwahara, T.Nakamura, M.Naitou, Y.Kanou, N.Sasaki, D. Ueno, T.Okajima, E.Miyata, N.Tawa, K.Mukai, K.Ikegami, M.Aono, K.Uesugi, Y.Suzuki, S.Takeuchi, T.Futamura, R.Takahashi, M.Sakashita, C.Sakai, M.Nonoyama, N.Yamada, K.Onishi, T.Miyauchi, Y.Maeda,S. Okada, P.Serlemitsos, Y.Soong, K.-W.Chan, S.Rohrbach, F.Berendse, J.Tueller, H.Tsunemi, H.Kunieda and K.Yamashita:Characterization of a Hard X-ray Telescope at Synchrotron Facility SPring-8.Jpn.J.Appl.Phys.47(2008)in press.

(プロシーディングス等)

3 6919 Y.Ogasaka,K.Tamura,R.Shibata,A.Furuzawa,T.Okajima,K.Yamashita,Y.Tawara and H.Kunieda:NeXT hard X-ray telescope.Proc.SPIE5488(2004)148.

4 6440 R.Shibata,Y.Ogasaka,K.Tamura,A.Furuzawa,Y.Tawara,K.Yamashita,R.Takahashi,M.Sakashita,T.Miyazawa,K.Shimoda,C.Sakai,N.Yamada,M.Naitou,T.Futamura,P.J.Serlemitsos,Y.Soong.K.-W.Chan,T.Okajima,J.Tueller,H.A.Krimm,S.D.Barthelmy,S.M.Owens,H.Kunieda and Y.Namba:Upgraded Hard X-ray Telescope with Multilayer Supermirror for the InFOCµS Experiment.Proc.SPIE5488(2004)313.

5 11224 Y.Ogasaka,R.Shibata,K.Tamura,A.Furuzawa,R.Takahashi,T.Miyazawa,M.Sakashita,C.Sakai,K.Shimoda,N.Yamada,F.Fukaya,H.Kunieda,K.Yamashita,E.Miyata,K.Uesugi and Y.Suzuki:Characterization of a hard x-ray telescope at a synchrotron facility.Proc.SPIE5900(2005)106.

6 Y.Ogasaka,J.Tueller,J.Yamashita,P.Serlemitsos,R.Shibata,K.Tamura,A.Furuzawa,T.Miyazawa,R.Takahashi,M.Sakashita,K.Shimoda,Y.Tawara,H.Kunieda,T.Okajima,H.Krimm,S.Barthelmy,Y.Soong,K.-W.Chan,S.Owens,R.Rex,E.Chapin and M.Devlin:First light of hard X-ray imaging experiment:the InFOCµS balloon flight.Proc.SPIE5900(2005)217.

7 11222 R.Shibata,Y.Ogasaka,K.Tamura,A.Furuzawa,Y.Tawara,H.Kunieda, K.Yamashita,R.Takahashi,M.Sakashita,T.Miyazawa,K.Shimoda,Y. Fukaya,C.Sakai,N.Yamada,M.Naitou,T.Iwahara,K.Sakaki,H.Mutoh and J.Tueller:Development of the hard X-ray telescope for the InFOCµS balloon experiment.Proc.SPIE 5900(2005)205.

8 11223 H.Tsunemi,K.Torii,E.Miyata,M.Nomachi,H.Kunieda,Y.Ogasaka and M.Itoh:Formation Flight All Sky Telescope(FFAST).Proc.SPIE5900(2005)184.

9 E.Miyata,N.Anabuki,N.Tawa,K.Mukai,T.Miyauchi,H.Tsunemi and K.Miyaguchi:High resolution hard X-ray detector with scintillator-deposited charge-coupled device.Proc.SPIE5922(2005)165.

10 11221 Y.Ogasaka,K.Yamashita,R.Shibata and K.Tamura:Design and fabrication of multi-foil hard x-ray telescope for space observations.Proc.SPIE5962(2005)543.

11 R.Shibata,Y.Ogasaka,K.Tamura,A.Furuzawa,Y.Haba,Y.Tawara,H.Kunieda,T.Miyazawa,M.Naitoh,K.Shimoda,Y.Fukaya,T.Iwahara,K.Sakaki and H.Mutoh:Hard X-ray Mirrors by Multilayer Replication: Developments and Application.Proc.“8th Int.Conf.X-ray Microscopy” IPAP Conf.Series,7(2006)159.

12 K.Mukai,N.Tawa,K.Ikegami,T.Miyauchi,N.Anabuki,E.Miyata,H.Tsunemi,Y.Ogasaka,K.Tamura,R.Shibata and K.Miyaguchi:Development of High Resolution Wide-band X-ray Detector:Scintillator-deposited Charge-coupled Device. Proc.“8th Int.Conf.X-ray Mi-croscopy”IPAP Conf.Series,7(2006)201.

13 E.Miyata,N.Tawa,K.Mukai,H.Tsunemi and K.Miyaguchi:High Resolution X-ray Photon-Counting Detector with Scintillator-deposited Charge-coupled Device.IEEE TRAN Nucl.Sci.53(2006)576.

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参考文献
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小賀坂 康志 OGASAKA  Yasushi
名古屋大学 大学院理学研究科 素粒子宇宙物理学専攻
〒464-8602 名古屋市千種区不老町
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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