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Volume 12, No.2 Pages 189 - 192

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

「赤外光励起による新物質プロセッシング」研究会
Novel material processing by IR excitation

白井 光雲 SHIRAI Koun

大阪大学 産業科学研究所 The Institute of Scientific and Industrial Research, Osaka University

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1.設立の趣旨
 本研究会は平成18年度より新たに発足した研究会組織である。赤外分光のグループが従来より存在し、活発に行われているにもかかわらず新たな研究組織を作ったのはそれなりの理由がある。
 従来の赤外光の研究グループは伝統的な分光中心のものであるが、我々は応用の方から入ってゆく。目的指向型である。もともと応用物理学会の半導体不純物分野の研究者を中心とし、不純物の動きをどう制御するのかということを共通問題意識に持つものが集まった。したがって、赤外分光などやったことがないという研究者もメンバーにいることを許して欲しい。その代わり彼らは原子の動き、拡散に関しては一流であり、分光スペクトルの背後にあるものを読み取る。
 原子の動きは分光の立場からは赤外領域である。熱運動はランダムな動きで一見制御性がない。分光の目的はその中から特定振動数のものを選び出して解釈を与えることである。我々はこれを逆にし、乱雑な動きの中から特定のタイプの運動だけを制御しようというものである。半導体デバイスプロセスの中では不純物拡散の過程が不純物種を変え何回も、かつ温度を変えて行われる。一つの過程では問題ではない温度でも、別の過程では大いに問題ありということは多々ある。こういうふうに一つの不純物種を考えるときでも他の種全てを考慮しなければならない。非常に煩雑なものとなる。こういうことを気にせず特定の原子種のみを選択的に拡散できたらどんなに素晴らしいことか。この赤外光励起による選択的拡散を我々の第一目標に掲げている。実現すると産業界へ即応用される。このことは特に現在のSPring-8の方向性として、産業界への応用という点が強調されているので、ちょうどマッチしたテーマと考えられる。
 現在のところ、中心的なテーマは
 1)「赤外光励起による半導体中不純物の拡散の制御」
 2)「赤外光励起による表面反応の制御」
 3)「ナノ細線などのナノデバイス中での不純物制御」
を挙げている。もちろん研究の推移によりいろいろな方向に行くことはあるし、メンバーの研究活動をこれだけに限定するというものではない。
 最近、光励起による原子移動は、大きな研究の流れとなり、文科省の重点領域研究などの組織的な研究が進められ、学会等でも何回かシンポジウムが企画されているところである[1]。この流れの中では、赤外光は従来取り上げられてこなかった領域である。可視領域での励起が光源、効率の面から容易というのが大きな理由と考えられる。しかしそればかりでなく、この分野の研究者がまだこのテーマに関して真剣に取り組んでこなかったということも大きな理由と考える。このような中で最近、赤外光に関しても振動励起により物質の制御を行うという試みが出てきて注目されるに至っている[2]。このような萌芽が生まれてきたところで、これを積極的に育て、発展させていく事は我々赤外光関係の研究者の義務でないかと考えている。
 

2.活動内容
 このような趣旨でこの4月からスタートし、7月に「キックオフ会議」を開いた。その後年2〜3回、会合を開くスケージュルを組んだ。SPring-8では一年に1回くらいであるが、それ以外には応用物理学会や物理学会の期間のインフォーマルミーティングを利用して集まろうということになっている。
 何人かの発足メンバーから出発して会員を揃えることから始めた。メンバー構成は図1に示されている。だいたい応用物理学会の、半導体不純物、格子欠陥のグループを中心に、物理学会ではコヒーレントフォノンのメンバーを中心に呼びかけて組織した。しかしこれはあくまでスタート時点であり、ここに限るものではない。私の個人的な意見では、コヒーレントフォノンの分野ではフォノンの実時間変化がpump&probeの技術で観測されている[3]。このようなことが赤外光ビームラインを使った実験でもできると素晴らしいと思っている。



図1 研究会のつながり


 また、応用中心の研究会であるので、将来的な広がりから、赤外分光の専門家だけでなく、「拡散」研究、テラヘルツ領域、及び電子励起の研究者なども研究会に招待して、積極的に交流を図っている。
 現時点で、26名の参加を得ていて、何とか体裁は整ったと思っているが、最大の問題は、思ったほど実験実施がなされていないことであり、これが代表者の悩みでもある。これは代表となっている白井が計算の分野の人間であり、実験をしないことが反映していることは否めないが、そればかりでないと思う。これは赤外光ビームラインの関係者共通の問題だと思うが、やはり赤外光ビームを使うことのメリットに行き着く。月並みの赤外スペクトルは実験室で取れてしまうことと、わざわざ遠くまで出かけて来て実験することのメリットを秤にかけるということであろう。現状では、分光としての使い方ではビームを絞れることのメリットを訴えるくらいしか思いつかないが、このビームが絞れることが材料加工用、プロセス用として活用できることが示せればそれなりに用途は広がると思う。
今後私自身、指導力を発揮してゆくよう努力したい。


3.成果
 このような現状なので、まだSPring-8を使った成果は出ていない。そこで、私自身のテーマである1)の「赤外光励起による半導体中不純物の拡散の制御」について紹介したい。
 半導体デバイスプロセスでは、幾種類もの不純物を、温度を変えながら拡散させる過程が時期を異にして組み込まれている。拡散は主に温度で制御しているので、デバイスサイズが小さくなると異種類の不純物間の拡散温度がお互い干渉しあい、制御が困難となってくる。いうまでもなく温度はどの原子種に対しても同じように働く。もし特定不純物のみを拡散させることができるならばプロセスにとって非常にありがたい。そのような方法として不純物の局在フォノンモードを励起しその種の拡散のみを促進するということが提唱されている[4]。これはいわば、赤外領域での「電子レンジ効果」とも呼べるもので、これまでは誰も試みてこなかった。
 最近、金田(富士通)らはシリコン中の酸素不純物に対してこの赤外光励起効果を示している[4]。しかし赤外領域のレーザー光は波長に著しい制限があるため、波長の広い領域での検証が行われていない。応用上重要なBやPに関しては目的に沿う赤外レーザーが現在は存在しない。我々はもっと強力かつ広い波長をカバーする光源で実証していかなければならないと思っている。そこで白井は第一原理分子動力学シミュレーションによりこの赤外光励起の効果を調べ[5]、必要とする赤外光レーザー設計を行った。
 図2にはBを例にとり、分子動力学シミュレーションからの赤外光の励起効果を示している。結晶Si中ではBは570cm-1付近に局在モードを持っているが(図でfreeと名付けられたスペクトル)、その付近の周波数wextの赤外レーザーで励起したときの様子を示している[6]。図はB原子の変位のパワースペクトルを示している。レーザー周波数wextがBの局在モード周波数570cm-1付近で、明らかな共鳴効果が起きていることが分かる。



図2 シリコン中のBの赤外照射効果。Bの原子変位のパワースペクトルを示している。赤外光を照射していない場合(free)と照射した場合(レーザー周波数がwextとして示されている)の原子変位を比較してある。


 このときB原子に吸収されたパワーから必要とされるレーザーパワーを見積もった。それによると、不純物の拡散長を適切な値に選べば、SPring-8の赤外光ビームラインでも実行可能であることが分かった。ピーク強度としては自由電子レーザーの方が高いのであるが、実効的な積算照射時間ではBL43IRはメリットをもつ。我々はこのシミュレーション結果に基づき、BL43IR実験、FEL実験を計画している。
 共鳴励起効果がどれくらい有効かは、主にはフォノンの緩和時間tで決まってくる。このtは理論的計算が大変で、実験でも実時間はなかなか測定されていなかったのであるが、最近ではコヒーレントフォノンと同じく、発展があった[7]。これらの実験はFELでなされたものである。白井はこのフォノンの緩和時間tを分子動力学シミュレーションにより求めて、フォノンのエネルギー緩和過程を明らかにしている[8]。図3にはシリコン中のHの局在モード(1600cm-1付近にある)がどのようにして壊変してゆくかを示している。従来はホストシリコンのフォノンに壊変してゆくと考えられていたが、このシミュレーションでは、それよりH自身の他の低いモードに壊変するのが主要な過程であることを示している。



図3 シリコン中のHの局在モード(1600cm-1)の壊変の様子


参考文献
[1]文部科学省、重点領域研究「電子励起原子移動」 平成11〜13年、代表、前田康二(東大)。
[2]文部科学省、独創的革新技術開発研究、課題番号15404「赤外レーザー照射による半導体中不純物の選択的低温拡散技術の研究」(金田寛代表)。
[3]M.Hase,M.Kitajima,A.M.Constantinescu and H.Petek : Nature 51(2003)462.
[4]H.Yamada-Kaneta and K.Tanahashi : Physica B66 (2006)376-377.
[5]K.Shirai,I.Hamada,and H.Katayama -Yoshida : Physica B41(2006)376-377.
[6]K Shirai,H Yamaguchi and H Katayama-Yoshida,: submitted to J.Phys. C
[7]M.Budde,G.Lüpke,C.P.Cheney,N.H.Tolk and L.C.Feldman : Phys.Rev.Lett.85(2000)1452.
[8]K. Shirai,I.Hamada and H.Katayama-Yoshida : submitted to Phys. Rev.B.


白井 光雲 SHIRAI Koun
大阪大学 産業科学研究所 産業科学ナノテクノロジーセンター
〒567-0047 大阪府茨木市美穂ケ丘8-1
TEL:06-6879-4302 FAX:06-6879-8539
e-mail : koun@sanken.osaka-u.ac.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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