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Volume 12, No.2 Pages 121 - 122

1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8

利用研究課題選定委員会を終えて、分科会主査報告5 − 産業利用分科会 −
Report by the Chief Examiner of the Division of the Proposal Review Committee – Industrial Application Subcommittee –

松井 純爾 MATSUI  Junji

(財)ひょうご科学技術協会 Hyogo Science and Technology Association

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 BL19B2を主たる利用ビームライン対象としてスタートした「産業利用」課題と、2003年度から重点産業利用領域に指定されたトライアルユース課題との連携がうまく生きて、ここ数年間の「産業利用」課題の申請の伸びは目覚しいものがあります。重点トライアルユース課題の3年間にわたる継続的な実施は、放射光利用に対する産業界の関心の高まりにともない、従来必ずしも放射光のビッグユーザーでなかった技術者をいろいろな産業分野において育成する効果を生むことに大いに役立ちました。

 利用研究課題選定委員会では第5期から課題の選定にレフェリー制度を採用していますが、第6分科会(産業利用分科会)および前記トライアルユース委員会での審査は、四項目の審査基準のうち、「産業技術基盤としての重要性」と「社会経済への貢献」という産業界本来の研究技術ターゲットに主眼を置く基準が優先しています。この2年間の産業利用分科会審査委員は、主査:松井純爾、委員:岡本篤彦(立命館大総合理工学研究機構)、西野 孝(神戸大工学部)、梅咲則正(JASRI産業利用コーディネータ)、杉浦正治(JASRI産業利用コーディネータ)の諸氏5名であり、全員この基準を常に意識しながら選定作業を行うことに留意しました。各位のご努力に謝意を表します。

 この2年間の一般課題(重点領域課題を含む)と戦略活用プログラム課題における応募と採択の経緯を表1にまとめてみました。2005B期においては、重点ナノテクノロジー課題および重点トライアルユース課題を含む一般課題の採択率が5割以下と低めになっているのは、この期より文部科学省が始めた先端大型研究施設戦略活用プログラムに則った課題募集を「重点領域指定型」として扱った結果、産業界からの課題応募がこれに流れ、ここでの採択が9割を越すこととなったこととあわせて考えれば、産業利用全体の採択率は平均75%と、むしろ2005A期に比べて大きな飛躍となっているのは注目すべきです。この戦略活用プログラムは2007A期からはなくなりましたが、同時にまた一般課題における課題採択率がやや減少したかに見えるのはやや奇異に感じられます。しかしこれは、産業界における放射光利用の課題応募対象がすべて一般課題分野に流れて、その分審査がやや厳しくなった結果とも思われます。




利用期

一般課題

戦略活用プログラム

応募

採択

採択率

応募

採択

採択率

2005B期(*1)

61

29

0.48

106

96

0.91

2006A期(*2)

51

37

0.73

124

84

0.68

2006B期(*3)

64

46

0.72

88

62

0.71

2007A期(*4)

128

83

0.65

なし

*1: 一般課題に重点研究課題(ナノテクノロジー支援、トライアルユース)を含む。
*2: 一般課題に重点研究課題(ナノテクノロジー支援)を含む。
*3: 一般課題に重点研究課題(ナノテクノロジー支援、メディカルバイオトライアルユース)を含む。
*4: 一般課題に重点研究課題(メディカルバイオトライアルユース)を含む。




 放射光利用の産業界分野を見ると、SPring-8での供用開始時(1997年10月)には当時のつくばフォトンファクトリーでの傾向そのままに、エレクトロニクス分野が主流であったものが、今日では大きく様変わりして、自動車(触媒、電池など)、高分子、化粧品、薬品、食品、環境といったむしろ化学系の企業からのアクセスが激増しているのは、ナノテクに代表されるわが国将来の産業振興を見据えた頑張り振りを反映して興味をそそられます。企業の扱う材料の評価解析は材料や製品の作製条件へのフィードバックを迅速に行いたいことから、実験の即応性が求められますが、岡本前主査のときに、A期、B期にそれぞれ留保ビームタイムを確保して緊急の産業利用課題にも対処できるようになったことは大いに意義がありました。

 このように放射光産業利用の進展に寄与した理由の一つは、産業利用推進室の専任技術スタッフとビームライン担当者による初心ユーザーへのきめ細かい技術指導・相談作業でしょう。初心者は自ら文字情報により確保した放射光に関する予備知識だけでは、ビームのオンオフやデータ取得のために巨大な実験設備を制御することはできず、実地にハードをさわり、ソフトをいじってこそ有意義な情報の取得が可能になります。はじめは人に聞きにくいというユーザーサイドの立場でスタッフが対処してこそ、ユーザーは次第にベテラン実験者になるのですから、この指導を厭わないスタッフの努力なしでは今日のSPring-8の産業利用展開は不可能であったでしょう。そのような意味でも、3年間継続されたトライアルユースを通じてのスタッフによる相談・指導体制は今後も大切にしなければなりません。それと同時に、産業利用推進室に所属するベテランコーディネータの皆さんの奥深い経験に基づく卓見した指導もまた無視し得ません。先行する世界の放射光施設でも産業利用コーディネータは存在しますが、SPring-8のようにほとんどの産業分野にまたがってベテランコーディネータを配置できている施設はそう多くはないでしょう。

 一口に「産業利用」といっても、ことはそう簡単ではありません。放射光を利用する企業側の論理には幅広いスペクトラムがあります。ある企業では将来(数年先くらい)の材料開発に資するために材料の基礎的物性との相関情報を得るためとして課題申請するかと思えば、ある企業では、現在製作販売中の材料にかかわる製品のクレーム処理や歩留まり向上のためと思われるものもあります。いずれにせよ、産業界からの課題申請はそれぞれの社のミッションでなされ、それぞれのやり方で実験が遂行される訳であって、ある社のやり方が他の社には必ずしも適するとは限りません。各社の背景はまちまちであるだけでなく、企業実験者の性格の違いも相俟って一概にベストな利用方法というものはありません。それらの事情を個別に配慮しながら課題選定や実験指導があるべきですが、申請課題の審査過程では、各社事情を勘案する充分な時間的余裕はありません。そのことからくる選定の不合理性は否めませんが、現在増加しつつある産業界からの申請課題を決められた時間内で選定し終えなければならず、0か1かの採択結果を充分に説明できるかと問われれば“yes”とはならないでしょう。課題選定とりわけ産業利用分科会の選定基準、選定方法は、現在の半年ごとの審査の妥当性を含めて今後とも検討を要すると考えられます。最後に、産業利用分科会の委員の皆さん、ご苦労様でした。





松井 純爾 MATSUI Junji (財)ひょうご科学技術協会
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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