Volume 11, No.5 Pages 329 -332
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
顕微ナノ材料科学研究会報告
Reports on Nano-Analytical Materials Science Committee
[1]大阪電気通信大学 エレクトロニクス基礎研究所 Fundamental Electronics Research Institution, Osaka Electro-Communication University、[2](財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室 Industrial Application Division, JASRI
従来から活発な活動を続けてこられた「ナノ材料科学サブグループ」(服部健雄代表)を発展させ、本年度から新たに「顕微ナノ材料科学研究会」が発足した。この第一回目の研究会を本年8月2日、3日にSPring-8普及棟で開催したので報告を行う。この研究会には51名の参加者があった。また、招待講演6件、一般口頭発表9件、ポスター発表9件があった。また、研究会ならびにわが国の本分野の研究のあり方について活発に議論を行うとともに招待講演、一般講演ならびにポスターセッションで世界に誇る成果を披露していただき活発な討論を行った。
従来はナノ材料を、放射光を用いて解析する手法として主に分光的な手法が用いられてきた。これは「ナノテクノロジー」の分野の発展を図る上で重要な技術であり、大変多くの情報を与えることができるために世界中で競ってその手法の新しい開発とそれを用いた研究が行われてきた。最近ではそれに加えて局所的な情報を得ることによりさらに有効な情報を得たいという要求が出てきた。「ナノ材料」の解析を行おうとすれば当然の要求である。そのためには何らかの形の顕微的な手法を用いる必要がある。ひとつは投影型の電子顕微鏡を用いる方法で、もうひとつは入射光を絞るという手法である。どちらも大事な手法として認識され、各国の放射光施設で競って開発ならびに設置が進められている。その中で投影型の顕微鏡技術を用いる手法は比較的新しく、イタリアのELETTRAが先鞭をきって、「SR-XPEEM」または「SR-SPELEEM」というような装置名で設置を行い、成果を挙げ始めている。他の放射光施設においてもその設置が進められ研究が始まっているのが現状である。SPring-8でも「ナノテクノロジー総合支援事業」プロジェクトの一環として、SPELEEM(分光的光電子・低エネルギー電子顕微鏡)が設置され実用に供されるようになった。多数の利用者の要求にこたえて成果が出始めている。この分野の発展は大変目覚しく従来の方法では得られなかった種々の情報が得られるということで注目を集めている。それは放射光の大きな特徴である高輝度、偏光、高速パルス光を使うことができることに起因している。高輝度により、従来大変難しかった高分解能のXPS顕微鏡としての使用が可能になり(分解能約20nm)、偏光を使うことにより強磁性体や反強磁性体の磁区観察が可能になり、高速パルスを使うことにより「超高速現象」(数10psオーダー、将来は数psオーダー)の観察が可能になってきた。このように多機能性を有した新しい手法をわが国でも発展させていく必要がある。すでにイタリアのELETTRAがその先頭を切っていると述べたが、他の施設としてドイツのBESSYⅡとアメリカのALSでは収差補正に関する新しい開発が行われている。スイスのSLSやイギリスのDLSでもSPELEEMを専用ビームラインに設置して研究を始める体制が整っている。フランスでも今年には専用ビームラインにSPELEEMを設置し実験を始める準備をしており、その予備実験をELETTRAで行っている。わが国での拠点となるべき施設はSPring-8であるが、残念ながら本施設にはSPELEEMの「専用ビームライン」がない。そのために実験を行うたびに装置の設置ならびに調整を行う必要がある。本来複雑な光学系の調整に十分時間を割かないといけないが、調整時間が限られるために最適な調整を行い難いなど大きな問題を有している。また、貴重なビームタイムの時間的損失は計り知れない。このように大きな問題を抱えながらもビームライン担当者の好意と努力ならびにSPELEEM担当者の献身的な努力により成果をだし、世に問うてきているのが現状である。これについては本研究会で「今後の研究会の役割と取り組み」を議論したときに真っ先に出てきた問題であった。それほど切実な状況であるが、「専用ビームライン」の目途は現在まったく立っていない。このことを含めて今後研究会で引き続き検討していく必要があるという参加者の強い共通の認識ができた。この件も含めて、今後の予定を話し合った結果、本年度は今回を含めて2回研究会を開催することになった。次回の研究会は2007年1月に開催される放射光学会のときに半日間の予定で開催する。来年度も2回の研究会開催を予定しており、7月か8月ころ分子研または東京地区で2日間にわたって開催し、2008年の1月にやはり放射光学会に合わせて開催することになった。
本研究会の講演の内容について報告する。今回の研究会では前述の二種類の顕微観察手段の接点を探る意味で特に入射光を絞る手段の開発ならびにこの方法を用いて研究しておられる一線の研究者を招待講演者としてお招きした。まず大阪大学理学研究科の宗像利明教授には「フェムト秒レーザーによる高エネルギー分解能マイクロスポット光電子分光」というタイトルで特別講演していただいた。チタンサファイア光源を使ったマイクロレーザービーム(約0.3µmφ)を用いてレーザー顕微光電子分光を実現しようという試みである。空間分解能は光の回折限界で制限されるが、この方法の大きな特徴はエネルギー分解能が高い測定(約30meV)が可能なことである。分子間、層間相互作用の化学シフトを顕微的に捉えることができたという説明が行われた。大阪大学工学研究科の山内和人教授からは「Hard X-ray nanofocusing by KB mirrors」というタイトルで依頼講演を行ってもらった。このグループは原子オーダーで制御できる研磨技術を持っている。世界のトップを誇るこの技術を用いて、放射光X線ミラーを作製し収束能力を高めようという試みについて報告があった。今年の4月には硬X線で30nmの収束を達成し、10nmの収束も実現するという報告が行われ、参加者を驚かせた。この技術がいろいろな分野に応用されるという可能性に大きな期待をいだかせた。産業技術総合研究所の小川博嗣氏には「自由電子レーザーを用いたPEEM観察の試みとその将来展望」というタイトルで依頼講演をしていただいた。自由電子レーザーをPEEM観察の光源として用いる場合、その超高輝度により超高速測定ができる可能性があるという期待があり、世界的に試みが進んでいる。その現状と産業技術総合研究所での取り組みの現状を報告いただいた。現在は主に自由電子レーザーを開発している段階であり、まだ満足できるPEEM像が得られているわけではないがSPring-8に建設されることが決まっている自由電子レーザーの将来における利用に対しても非常に大事な研究領域だという認識を強く持った。兵庫県立大物質理学研究科の篭島靖教授からは「X線顕微イメージングの現状」というタイトルで特別講演をいただいた。これは放射光をゾーンプレートまたはミラーで絞り込み、試料を走査することにより顕微像を得ようとするものである。超微細・超精密加工技術の発展により、現状では軟X線で15nm、硬X線で30nmの空間分解能が実現しているとの報告があった。この手法は投影型の顕微鏡とは互いにその性能を競う立場にあるが、世界中で開発競争が行われており、その発展が期待されている。(財)高輝度光科学研究センターの木下豊彦氏から「光電子顕微鏡(PEEM)研究の最近の動向と今後」という依頼講演が行われた。SPring-8のSPELEEMの現状と、他の放射光施設で進んでいるSPELEEM設置状況について詳しい状況が報告された。すでに述べたようにSPring-8はSPELEEMに対する専用ビームラインを持っていない。他の放射光施設で進んでいる計画とは大きなギャップがあることが参加者により認識された。また、時間分解超高速測定に関してもその現状が報告された。PEEMを用いたこの分野ではわが国ではまだ研究に着手していないのが現状である。分野の重要性を考えると、この遅れを取り戻すことは大事であるが、まだその目途は立っていない。SPring-8ならびに新規の自由電子レーザーを使った研究も含めてわが国での研究の進展を本質的に考えないといけないと感じた。本研究会の代表をしている大阪電気通信大学の越川孝範が「低エネルギー電子顕微鏡・光電子顕微鏡の開発の経過と今後の展望」というタイトルで依頼講演を行った。これは日本にいる研究者がなかなか聞くことができないドイツClausthal工大のBauer教授が世界で初めて低エネルギー電子顕微鏡を開発したときのエピソード等を交えて報告した。また今後のこの分野の発展の状況について越川が関係しているプロジェクト(新しい高スピン偏極率をもつLEEMの開発)ならびにSPring-8のSPELEEMの専用ビームラインが設置された場合に必要となる開発等について報告を行った。後者はきわめて重要な課題であるので専用ビームライン建設を含めて議論をしていく必要であると痛感している。
この他に9件の一般講演と9件のポスター発表があった。新しい「3次元原子構造・電子状態解析のための光電子顕微鏡Stereo-PEEM」の開発の状況(奈良先端大、大門寛教授)、低エネルギー電子顕微鏡を用いた「表面における物質輸送」の様子を実験と計算により解析した結果(NTT物性基礎研、日比野浩樹氏)、「硬X線を用いたPEEM」により表面から深い領域にある文字等を観察した例(KEK-PF、小野寛太助教授)、SPring-8のBL17SUに設置したSPELEEMの現状とそれを用いて得られた成果の一部の報告((財)高輝度光科学研究センター、郭方准)、「焦点位置変調法を用いたSR-XPEEM」による収差補正の試みと信号強度増強に大きなメリットがあるという結果(大阪電通大、安江常夫教授)、従来から続けられている「空芯コイル型多極子Wienフィルタを使った実験室系X線光電子顕微鏡」の開発で実験室型強力X線源のメリットの報告(北大、新見大伸氏)、阪大で開発された高い収束能力を誇るミラーを用いた収束ビームによる「SPring-8,BL29XUを用いたmicro-XMCD」測定の結果、試料内部の磁気分布を高い分解能で観察した例((財)高輝度光科学研究センター、高垣昌史氏)、「micro-XMCDを用いてCoPtの磁性ドットアレイ」を観察し、この手法が極めて有用であることを示した例(秋田県産総研究センター、近藤祐治氏)、カーボンナノチューブ(CNT)成長に必須の触媒金属が果たす役割をPEEMを用いて観察した結果(NTT物性基礎研、前田文彦氏)等が口頭で報告され活発な議論が行われた。
また、ポスターでも興味深い結果が報告された。アルカリ金属を蒸着したTiS2表面で紫外光を照射した場合の奇妙なPEEM像のコントラスト変化(岡山大、脇田高徳氏)、NiO反強磁性磁区構造をPEEMで観察した結果(東大物性研、奥田太一氏)、新しい「絶対仕事関数電子顕微鏡」の開発状況(大阪電通大、越川孝範)、SPring-8のBL17SUで観察した化学結合変化状態のXPEEMによるマッピングの結果(大阪電通大、橋本道廣氏)、「高速円偏光スイッテイングを用いたMCD-PEEM」の開発状況の報告((財)高輝度光科学研究センター、室隆桂之氏)、「XMCD-PEEMをネオジム焼結磁石の応用した結果」は実用的に重要で、XMCD-PEEMの有用性を遺憾なく発揮した(住友金属総合技術研究所、山本祐義氏)、「SiO2中のGaナノドットの成長過程」をLEEMで観察した結果(東北大IMR、R.Buckmaster氏)、「スピンLEEMで磁区観察をした結果」(大阪電通大、鈴木雅彦氏)、「LEEMでIn/Si(111)上にAgを蒸着したときの成長過程」(大阪電通大、上田将人氏)等の報告があった。ポスターの発表も大変盛況で懇親会の直前まで議論が続いた。
このように大変活発で有意義な研究会を開催することができた。以下に研究会当日撮った写真を添えておく。
研究会参加記念写真
越川 孝範 KOSHIKAWA Takanori
大阪電気通信大学 エレクトロニクス基礎研究所
〒572-8530 大阪府寝屋川市初町18-8
TEL : 072-824-1131 FAX : 072-825-4590
e-mail : kosikawa@isc.osakac.ac.jp
郭 方准 GUO Fangzhun
(財)高輝度光化学研究センター 産業利用推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0924 FAX : 0791-58-0988
e-mail : fz-guo@spring8.or.jp