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Volume 11, No.3 Pages 168 - 173

2. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

放射光X線粉末解析による光誘起現象の研究
Investigation on Photoinduced Phenomena by Means of SR X-ray Power Diffraction

守友 浩 MORITOMO Yutaka[1]、加藤 健一 KATO kenichi[2]

[1]筑波大学大学院 数理物質科学研究科 Graduate School of Pure and Applied Sciences University of Tsukuba、[2](財)高輝度光科学研究センター利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI  

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1.はじめに
 近年、光励起による強相関物質における巨大物性応答や光誘起相転移といった現象が注目を浴び、集中的な研究が行われるようになってきました。物理の分野では、研究対象が半導体中の励起子から広がり、強相関物質、有機化合物、遷移金属錯体、磁性体、誘電体、と多岐にわたっています。そして、物質内の電子相関効果、電子格子相互作用、電子−ピン相互作用を積極的に利用する試みがなされています。例えば、ペロブスカイト型マンガン酸化物[1]、ポリジアセチレン[2]、混合原子価金錯体[3]、ハロゲン架橋白金錯体[4]、誘起ラジカルTTTA結晶[5]、シアノ錯体[6]、スピンクロスオーバー錯体[7]、等では顕著な光誘起現象が報告されています。また、大容量光記録デバイスであるDVD−RAMでは、Ge2Sb2Te5の光照射による可逆的なアモルファス結晶変態に伴う反射率の変化を利用しています。こうした光誘起現象の研究は学問的に新しいだけでなく、その光機能性が光スイッチや光メモリー等として利用できるので、化学や材料科学の分野でも重要な研究テーマとなりつつあります。他方、第三世代放射光施設の稼動により、微視的構造からの物性の理解を目指す「構造物性」といった考え方が浸透しはじめました。特に、強相関酸化物であるマンガン酸化物においては、MnO6八面体と物性との強い相関が報告されています。光誘起現象の起源を解明し、それを物質開発にフィードバックするためには、構造物性に関する知見は不可欠であると考えられます。この意味で、第三世代放射光を利用した光誘起現象に対する構造物性の立場からのアプローチは、今後、ますます重要になると考えられます。
 さて、光誘起現象は多岐に渡っており、明瞭な分類もなされていないのが現状です。ここでは、X線回折実験を行う立場から、便宜的に、光誘起現象を三つに分類します。第一の現象は、光照射を行うことにより物質の性質が変わってしまい、充分長い時間元に戻らないものです。例えば、Ge2Sb2Te5のアモルファス結晶変態や、シアノ錯体の光誘起磁性を挙げることができます。これを、永続的光誘起相転移(permanent photo-induced phase transition)と呼ぶことにします。第二の現象は、光が当たっているときだけ、しかも、光の強度に依存して、物質の性質が変わるものです。例えば、スピンクロスオーバー錯体における光強度と高スピンサイトの濃度の関係[8]が挙げられます。この現象は、光励起過程と熱緩和過程の釣合い[9]として理解することが可能です。これを、動的光誘起相転移(dynamical PIPT)と呼ぶことにします。これらの現象では、光誘起相を長時間維持できるので、精密構造解析が可能です。第三の現象は、極端パルス光励起直後の短い時間にのみ、顕著な光応答が観測される現象です。例えば、ハロゲン架橋白金錯体や電荷移動錯体TTF−CAが挙げられます。これを、過渡的光誘起相転移(transient PIPT)と呼ぶことにします。こうした現象の構造研究を行うためには、放射光X線パルスと励起光パルスの同期を取り、時間分解された構造解析を行う必要があります。TTF−CAに関しては、ヨーロッパ放射光施設で光励起直後の構造解析に成功[10]しています。日本の放射光施設はこの分野で一歩遅れをとっているので、集中的な研究開発が望まれています。
 本研究の目的は、「試料を選ばない高い汎用性を持つ粉末回折法により、光誘起現象を構造物性の立場から研究すること」です。そのために、粉末構造解析ビームラインであるBL02B2において、光励起後/光励起下におけるX線粉末回折の測定方法を確立しました。前者は永続的光誘起相転移、後者は動光誘起相転移の研究を念頭に置いています。そして、高い統計精度の粉末回折パターンをMEM/Rietveld解析することにより、電子レベルでの精密構造の決定に成功しました。さらに、時間分解構造解析を目指して、高フラックスビームラインであるBL40XUにおいて研究を開始しました。

 2.実験装置 −光励起後/光励起下におけるX線粉末回折装置−
 光励起後/光励起下におけるX線粉末回折の実験は、粉末構造解析ビームラインであるBL02B2で行いました。CWレーザーで光照射を行う際、満たすべき仕様は以下の通りです。
 1.BL02B2ビームラインの標準装備である吹き付け装置とDisplex冷凍機と干渉しないこと
 2.励起光がX線回折部位に照射されていることをモニターできること
 3.光励起下でX線回折実験を行えること
 4.設置調整、および、実験後の撤去が容易であること
 これらの仕様を満たす方法として、図1の赤い矢印に示すような光路を採用しました。CWレーザーからの光は、大型デバイシェラーカメラの下方から真上に跳ね上げた後、カメラの動径方向から試料に照射されます。試料は、ガラスまたは石英のキャピラリーに入っており、そのままの状態で光励起が可能です。なお、7時半からの方向から光励起を行えば、吹き付け装置と干渉しません。また、Displex冷凍機に石英窓を取り付け、光励起を可能にしました。励起位置は、試料モニター用のCCDカメラを見ながら、集光用レンズのXYステージで調整します。また、励起光は、イメージングプレートにまったく悪影響(バックグラウンドの増加等)を及ぼさないことを確認しました。励起光源として、He-Cdレーザー(325nm)、YAGレーザー(1064nm、532nm、670nm)を常備[11]しています。 
 

 
図1 光励起後/光励起下におけるX線粉末回折装置。赤の矢印は励起光の光路。
 
 さて、光誘起現象の構造研究の困難の一つは、X線の試料への進入長(数100μm程度)に比べて光の進入長(数μm)が小さいことです。通常の粉末回折に使用するキャピラリーは細くても直径100μmなので、このままでは励起光が中まで届きません。励起光をキャピラリー中央まで到達させ一様な光励起を行うために、
 1.試料の充填率を下げる
 2.試料にガラス粉末を混ぜる
等の工夫を行いました。後者の方法では、試料からの回折線が弱くなるだけでなく、ガラス粉末からの回折がバックグラウンドにのるので精密構造解析は困難になります。

 3.永続的光誘起相転移 −シアノ錯体の光誘起磁性−
 シアノ錯体化合物は、遷移金属にシアノ基(CN)が6つ配位した構造を基本とする化合物です。代表的なシアノ錯体化合物であるNa-Co-[Fe(CN)6]-H2Oは、温度の上昇に伴いFeイオンの電子がCoイオンに移動し、Coイオンが低スピン状態(低温相)から高スピン状態(高温相)へと一次の構造相転移を起こすことが知られています。この物質群の最大の特徴は、光誘起磁性を示すことです。例えば、Na-Co-[Fe(CN)6]-H2Oに光照射を行うと強磁性が発現[12]しますが、逆に、RbMn[Fe(CN)6]は光照射を行うと強磁性が消失[13]します。我々は、この磁性変化と構造との関係を明らかにするために、放射光X線を用いて光励起と構造との関係を系統的に調べました。
 
 図2は、Na0.42Co[Fe(CN)60.78・4.64H2OのX線回折パターンの拡大図[成果リスト8]です。赤線の回折パターンは高温相に対応し、それ以外の三つの実線のパターンは91Kで測定したものです。上から順に、光励起後、急冷却後、徐冷却後に測定したものです。徐冷却後の回折パターンでは、11.5度付近に一本の反射が観測されています。光励起を行うと、この反射が弱くなり、新たに11.2度付近に反射が現れます。これは、光励起により高温相様の構造が実現[14]することを意味しています。この高温相様の構造が光誘起強磁性の起源であると考えられます。高温相様の構造は、試料を急冷却することによっても得ることができます。しかしながら、急冷却後の回折線の幅は、光励起後のものに比べてブロードです。これは、急冷却では、小さなドメインのものしか作ることができないことを意味しています。
 

 
図2 Na0.42Co[Fe(CN)6] 0.78・4.64H2OのX線回折パターンの拡大図。赤線の回折パターンは高温相に対応し、それ以外の三つの実線のパターンは91Kで測定した。
 
 図3は、MEM/Rietveld法で推定したRbMn[Fe(CN)6]の高温相(右:立方晶)と低温相(左:正方晶)の電子密度分布[成果リスト12]です。この物質のMnイオンの価数は、高温相では+2(d電子が5個)、低温相では+3(d電子が4個)と考えられています。それに対応して、高温相では等方的、低温相ではMnN6八面体のJahn-Teller歪のために異方的な電子分布となっています。さらに、Mnサイトの電子数を数えると、高温相では23.0(2)個、低温相では22.0(2)個となります。つまり、精密構造解析により、構造相転移に伴う電荷移動の直接観測に成功したのです。さらに、実験で得られた電子座標に基づきLDAバンド計算を行うことにより、実験的に得られた電子密度分布の再現に成功しました。そして、低温相で観測されているMn-O結合の間の電子は、d電子ではなく、の結合軌道を占有している−8eV付近電子であることが分かりました。このように、電子レベルでの構造解析は3d遷移金属化合物の電子状態の理解に大きく貢献します。
 

 
図3 MEM/Rietveld法で推定したRbMn[Fe(CN)6]の高温相(右:立方晶)と低温相(左:正方晶)の電子密度分布。

 図4は、91Kにおける、RbMn[Fe(CN)6]のX線回折パターンの拡大図[成果リスト11]です。上から順に、光励起後、急冷却後、徐冷却後に測定したものです。徐冷却後の回折パターンでは、正方晶を反映して二本の反射が観測されます。光励起を行うと、この反射が弱くなり、新たに12.6度付近に反射が現れます。これは、光励起により準安定相が形成されることを意味しています。この準安定相は、試料を急冷却することによっても形成することができます。興味深いことに、この準安定相の対称性は、高温相の対称性と異なり、正方晶であることが分かりました。なお、中性子粉末回折実験により、この準安定相は反強磁性[15]であることが分かっております。したがって、この準安定相の形成が、光照射による強磁性の消失の起源であることが分かります。現在、この準安定相の電子レベルでの構造解析が進行中です。



 
図4 91Kにおける、RbMn[Fe(CN)6]のX線回折パターンの拡大図。
 
4.動的相転移  −スピンクロスオーバー錯体—
 スピンクロスオーバー錯体は、六配位された鉄錯体から構成される分子性結晶です。低温では各鉄イオンは低スピン状態をとっていますが、温度の上昇にともない大部分のイオンが高スピン状態へと変化します。前者を低温相(低スピン相)、後者を高温相(高スピン相)と呼びます。低スピン状態の鉄イオンは、また、緑色の光を弱く吸収し、スピン交差緩和を通じて高スピン状態へと変化します。この光で作られた高スピン状態は、時間とともに低スピン状態へと熱緩和します。さて、光励起下のスピンクロスオーバー錯体では、高スピン状態への光励起と低スピン状態への熱緩和が釣合った非平衡な定常状態を実現していると考えられます。図5は、液体窒素温度における[Fe(ptz)6](BF42のスピン濃度nHSを励起光強度の関数としてプロットしたもの[8]です。励起光強度を強くする過程では、励起光強度が閾値(=1.5mW/mm2)を超えるとnHSが0.8程度まで急激に増大します。こうした閾値的な振る舞いは、光励起下のスピンクロスオーバー錯体が、“nHSの小さな状態”から“nHSの大きな状態”へと相転移したことを示唆します。これは非平衡な状態間の相転移なので、動的光誘起相転移を呼びます。
 

 
図5 液体窒素温度における[Fe(ptz)6](BF4)2のスピン濃度のnHSと励起光強度Ⅰ。<>は定常状態での値。
 
 私たちは、構造の立場から、この動的光誘起相転移を詳細に研究しました。図6は、光励起下の[Fe(ptz)6](BF42の粉末X線回折パターン[成果リスト2]です。光励起下においても構造解析に耐えうる鋭い回折線が得られていることが分かります。49mW以下の励起光強度では、得られた回折パターンは単相モデルでRietveld解析が可能でした。しかしながら、励起光強度が55mWを超えると18.6度と19.2度付近に余分な回折線が出現します。55mWと77mWの回折パターンは、二相のRietveld解析でよく再現することができました。ここで強調したいことは、光励起を中止すれば、回折パターンの変化はもとに戻るということです。したがって、光励起下のスピンクロスオーバー錯体で観測される現象は、永続的光誘起相転移と質的に異なります。Rietveld構造解析の結果、第一相の格子定数は低温相のものと近いことが分かりました。他方、第二相の格子定数は、低温相と高温相との中間の値を示しました。この第二相が、まさに、“nHSの大きな状態”に対応すると考えられます。事実、光誘起相のFe-N結合長は、高スピン相の値に近い値を示しています。なお、格子定数が高温相より小さいのは、光誘起相が“低温で無理やり作られた高スピン相”であることを反映していると考えられます。
 

 
図6 光励起下の[Fe(ptz)6](BF4)2の粉末X線回折パターン。
 
 図7は、スピンクロスオーバー錯体[Fe(phen)2(NCS)2]の等電子密度面(0.45eA-3)を示したものです。上から順に、低温相高温相、光誘起相に対応します。左図はMEM/Rietveld法を用いて実験的に得られた等電子密度面であり、右図は実験で得られた電子座標に基づきLDA分子軌道計算を行うことにより得られたものです。低温相では、実験/計算とも、Fe-N結合の間の電子密度が高いことが分かります。これは、短いFe-N結合長を反映して、強く結合が形成されているためです。他方、高温相では、実験と計算との一致があまりよくありません。この不一致の原因は、原子の熱振動が等電子密度面を見かけ上広げるためです。逆に、“低温で無理やり作られた高スピン相”である光誘起相では、実験と計算とがよく一致していることが分かります。つまり、光誘起相における原子の熱振動の大きさは、低温相と同程度なのです。このように、電子レベルの構造解析により、光誘起相の特異な一面(熱振動が抑制された状態)を明らかにすることができました。
 

 
図7 スピンクロスオーバー錯体[Fe(phen)2(NCS)2]の等電子密度面(0.45eA-3)。左図はMEM/Rietveld法を用いて実験的に得られた等電子密度面であり、右図は実験で得られた電子座標に基づきLDA分子軌道計算を行うことにより得られたもの。
 
5.過渡的な光誘起現象の解明に向けて
 過渡的な光誘起現象の構造研究を行うためには、時間分解構造解析が不可欠です。私たちは、既存のX線パルスセレクター(XPS)を利用して、高フラックスビームラインに時間分解粉末回折装置を立ち上げました。図8に、試料台付近の写真を示します。1kHzに間引かれたX線パルスは左側(黄色の矢印)から入射され、励起光は試料に赤の矢印の方向から照射されます。励起光源は、ナノ秒パルスYAGレーザー(532nm、1064nm)です。2004年度には、回折装置としての基本性能の確認が終了しました。
 

 
図8 時間分解粉末回折装置。赤の矢印は励起光の光路、黄色はX線の入斜方向。
 
 2005年度から実際の試料で実験を開始しました。しかしながら、再現性のよい回折データーを得るためには下記の問題点を解決しなければならないことが分かってきました。
 1.厚さの薄い粉末試料の固定方法
 2.窒素吹き付け装置の気流による励起光の散乱・光路ゆらぎ
 3.粉末試料による励起光の散乱
 4.On-lineでの試料状態の確認
 現在、こうした問題点を一つ一つ克服すべく、精力的な研究開発を行っております。
 
謝 辞
 本研究は、多くの方々の協力により遂行されました。構造物性に関しましては、高田昌樹(JASRI)、金 延恩(JASRI)、大坂恵一(JASRI)、青柳 忍(JASRI:現、名古屋大学)、光物性に関しましては、劉 暁俊(南京大学)、磯部義興(JST:現、広島大学)、花輪雅史(JST:現、電中研)、試料作成に関しましては、小島憲道(東大)、大越真一(東大)のお世話になりました。[以上、敬称略]本研究は、さきがけ研究21「光と制御」(平成13年12月−平成17年3月)の研究テーマとして、研究が開始されました。それ以降は、基盤研究S(平成15年−平成19年)の研究課題へと引き継ぎ、研究を発展させております。

 参考文献
[1]X.J.Liu,et al.:Phys.Rev.B64(2001)100401.
[2]S.Koshihara,et al.:Phys.Rev.Lett.68 (1992)1148.
[3]X.J.Liu,et al.:Phys.Rev B61(2000)20-23.
[4]H.Matsuzaki,et al.:Phys.Rev.Lett.90(2003)046401.
[5]H.Matsuzaki,et al.:Phys.Rev.Lett.91 (2003)017403.
[6]O.Sato,et.al.:Science, 272(1996)704.
[7]A.Hauser,et al.:Inorg.Chem,25(1986)1986.
[8]Y.Moritomo et.. al.:Phys.Rev.B72(2006)102103.
[9]T.Kawamoto,et.al.:J.Phys.Soc.Jpn.73 (2004)3471.
[10]E.Collet,et al.:Science 300(2003)612.
[11]532nmと670nmのレーザーは故障しており、使用不能である。
[12]N.Shimamoto,et. al.:Inorg.Chem.41(2002)687.
[13]H.Tokoro,et.al.:Appl.Phys.Lett.82 (2003)1245.
[14]光励起による試料の温度上昇は、10度以下であった。この温度上昇は、温度誘起の相転移を利用して評価した。
[15]Y.Moritomo,et.al.:unpublished.

守友 浩 Moritomo Yutaka
筑波大学大学院 数理物質科学研究科 物理学専攻 教授
〒305-8573 つくば市天王台1-1-1
TEL:029-853-4337 FAX:029-853-4337
e-mail:moritomo@sakura.co.tsukuba.ac.jp



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