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Volume 10, No.4 Page 222

理事長の目線

吉良 爽 KIRA Akira

(財)高輝度光科学研究センター 理事長 Director General of JASRI

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 すでにご存知と思うが、7月2日に、実験ブースの中で昇温中のクライオスタットの窓が吹き飛んで四散し、そばにいた二人の研究者が軽症を負うという事故があった。世間をお騒がせした事を深くお詫びしたい。事実関係と対策についてはWebサイトに報告を順次掲載している。最初テレビのニュースで、SPring-8で爆発と言う感じでセンセーショナルに伝えられたが、翌朝の朝刊には事実がかなり正しく伝えられていた。事故が、最初に非常に誤解を招くような形で伝わった事については、施設側の外部への情報発信についても問題があると思われるので、この点につき早急に対策を講じるつもりである。

 利用者のかなりの方が、事実の割に報道の扱いが大きかったという感想をお持ちであろうかと思うが、SPring-8で何か起きるとこういう扱いになるのが現実である。加速器を用いた施設は、原子炉などよりはるかに安全の制御がしやすいのは、関係者には周知のことであるが、日本の世間は、どちらも放射線、放射能を扱っている施設という認識で警戒の目を持って眺めているのである。そこで何か起きれば、その内容は何であれ、世間からは施設の安全性に対する疑いを前提としていろいろ追求されることを覚悟しておかなければならない。今回の事故が大学の研究室で起きたとしたら、けが人が出たことで小さな記事くらいにはなるかもしれないが、今回のような大騒ぎにはまずならないであろう。

 したがってSPring-8での、特に放射線管理区域内での実験には、直接ビームを扱っていないときも含めて、特段の注意をお願いしたい。些細な事故でも、ここで起こすと世間が大騒ぎになる可能性を肝に銘じて実験していただきたい。騒ぎだけならともかく、放射線が関わる事故の場合には、かなりの期間にわたってSPring-8全体が運転停止になることもありうる。今回は本体の運転を止めることも無く他のビームラインに影響も無かったが、外部の反応によっては、一歩間違えば止まっていた可能性は皆無ではない、と私は思う。施設としても、安全対策はいろいろ講じているが、SPring-8の利用者は非常に広範な分野にわたっているので、それぞれの実験の詳細部分については各実験者や機器管理者の注意が一番の基本であり、効果のある対策である。

 実験と言うのは危険を伴うものであり、研究者はそれを十分認識している。しかし、事故などを起こせば、実験者が失敗を認めて反省するだけではすまない。危険な実験を安全に行うことは実験の重要な要素である。安全に行っていると世間に認めてもらうことは、危険を伴う実験を行うことを許容してもらうために絶対必要なことなのである。放射光施設については、世間の安全評価の基準が非常に厳しく、それをクリアすることが必要なのである。たとえば、地元の関係町村および兵庫県からは、新聞に出ている「放射能漏れの恐れはない。」という言い方は、汚染の可能性があることを前提としているように聞こえるので、このようなことは言わないで欲しい、と言う強い要望が来ている。メディアが必ず聞くこの問いには「無い」と答えるしかないのであるが、その先に、更にこのような問題があるのである。

 JASRIは、今回の事故について、事故の場合の初期通報の基準の改善を行い、また、緊急連絡網のより決め細かい整備を検討中である。また、事故原因の技術的な調査を、専門委員会を設置して行っている。繰り返し述べたように、世間から見ると、これは利用者の起こした事故ではなく、SPring-8で起きた事故なのである。SPring-8が健全に動き続けるために、実験には細心の注意を重ねてお願いしたい。
(平成17年7月12日 記)



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794