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Volume 10, No.2 Pages 92 - 93

1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8

−分光分科会−
– Spectroscopy Subcommittee –

木下 豊彦 KINOSHITA Toyohiko

東京大学 物性研究所 Institute for Solid State Physics, the University of Tokyo

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 分光分科会の主査を兵庫県立大学名誉教授の小谷野猪之助先生から引き継いで2年が経過しました。この間分科会の選定委員の先生方のご協力を得て無事選定作業を終了することができ、皆様のご協力にまず感謝を申し述べたいと思います。私の任期中に選定方法に関わるいくつかの大きな変革がありましたが、分光分科でも特にその影響は大きかったので、それについていくつかの所感を申し述べたいと思います。

 この分科で審査する研究分野は、軟X線領域の光電子分光、MCD、光電子回折、表面化学反応の光電子分光による観察、赤外領域の分光測定、気相のイオン・電子分光、発光分光(エックス線非弾性散乱)など非常に多岐にわたります。前分科会では、MCDと蛍光エックス線分光関係の分科が分かれておりましたが、再び同一分科で審査がされるようになりました。最近では、6keVを超える硬いエックス線のエネルギー領域でもバルク敏感な光電子分光測定が可能になってきたことから、その方面での課題も増えてきたようです。従ってこの分科で主導的に審査に関与するビームラインは、BL23SU、25SU、27SU、39XU、43IRですが、そのほか、15XU、19LXU、46XUにくわえ、47XUなどの課題も審査することになりました。軟エックス線領域をカバーするビームラインは、特に非常に人気があり、ユーザーの皆様方から出てきた課題の多くを採択するにいたりませんでした。また、採択課題に関しては、ビームライン担当者が推奨するビームタイム数を極力確保して配分に努めるため、年間を通し、まったくビームタイムを配分できないユーザーの方々も数多く存在したかと思います。また、採択課題に関しても、一部の課題には十分なビームタイムを配分することができませんでした。国内に高輝度軟エックス線を発生する資源が不足していることを痛切に感じ、又、高輝度光源計画を推進してきたメンバーの一人として、なおさらその思いを強くしながら審査をさせていただきました。その他のビームラインに関しても、誰かが良い成果を挙げれば、それに付随して、応募が多くなり、審査が難しくなりました。とはいっても、私が主査を勤めさせていただくようになってからは、レフリー制が採用され、各課題の審査結果が点数化された資料が用意されましたので、審査そのもの(採否の決断)は、ずいぶんと楽になりました。SPring-8ならではの実験手法を屈指したすばらしい実験課題が多いわけですが、時間の経過とともに、手法や狙いがほとんど同一で、サンプルのみが変わっているだけの課題が多くなってきます。その中でも如何に工夫を凝らした申請書になっているかが、レフリーの点数に反映されているように感じました。1課題あたり、3~4人程度のレフリーの点数がついてきますが、不思議とその点数の分布は納得いくような順位で並んでいたようです。又、たとえ良い課題でも、4割の課題には4点満点中2点をつけなさいというルールがレフリーにも徹底されており、それも比較的うまくはたらいていたようです。

 2002年からは、ナノテク支援プロジェクトがスタートしたことは皆様ご承知の通りです。通常の課題審査に先立って、まずナノテク枠課題の審査が行われますので、ナノテク課題に応募されたものは、たとえナノテク課題に採択されなくても、通常の課題での審査を受けることができます。当初は、ナノテク枠採用課題には旅費の援助があるというアドバンテージもあったのですが、2004年度からはそれもなくなりました。にもかかわらず、積極的なナノテク枠への応募は続いており、分光分科で審査に関わる分野の有効なビームタイムのうち、相当部分はナノテク枠で占められるようになってきました。分科会では、ナノテク審査でもれた課題の審査は、他の一般課題とまったく同一の基準で審査しています。

 ナノテクに関する研究は、タンパク3000とならんで、国の重点政策のひとつであり、SPring-8でもその一端を担う形になっています。ナノテク課題への積極的な応募は続いていて、それは結構なことだと思うのですが、課題審査を行う立場からはいくつかの問題が気になるようになってきています。

 ひとつは、ナノテク枠で課題が採用されたいという意識が強く働いた結果、応募される課題にある種の画一性が見られる傾向がでてきたことです。ある回の審査部会では、3つの独立のグループから、巨大磁気抵抗を示すまったく同一の物質のMCD測定がプロポーザルとして出されてきたことがありました。基礎的、学術的に興味深く重要な課題を、SPring-8ならではのアクティビティとして発信していくことが大切だと思います。ナノテク課題にしてもオリジナリティのある申請が多くのグループから出されてくることを期待したいと思います。

 もうひとつは、ナノテク課題でほとんどの有効ビームタイムが占められてしまい、他のナノテクとは関係なくとも学術的には重要な課題を採択する余地が、まったくなくなってしまうビームラインが存在することです。これは、審査の分科会の課題ではなく、SPring-8ビームラインの運用に関わる問題だと思いますが、何か良い解決策はないものかと思いながら審査をさせていただきました。

 SPring-8を利用した成果は論文として公表することが原則的に義務付けられています。すでにご承知の通り、一番最近の審査部会からは、公表論文の数を、審査に反映される試みが、一部始まりました。分野やビームラインごとに、それをどう反映させていくかは難しい問題で、今後次の任期の委員による審査会でも試行錯誤が続いていくかと思いますが、登録漏れの論文が登録されるようになるなど、一定の効果は見られてきたようです。分光分科会の中では、軟エックス線分光分野で申請されているユーザーの方は比較的、成果を公表され、論文登録もなさっている方も多いようですが、そうでない方も一部に見受けられるようです。本来はこうした制度がなくとも、成果を公表していくことが当然のことかと思いますので、皆様の努力に期待したいと思います。それとともに、SPring-8の分光関係の研究がますます発展していくことを望みます。

 最後に、私の個人的な事柄で恐縮ではありますが、今年4月1日以降、JASRIのスタッフとして特に、軟エックス線、赤外分光実験のサポートをしていくこととなりました。SPring-8からすばらしい成果がどんどん発信できるよう、よりいっそうの皆様方のご協力をお願いしたいと思います。



木下 豊彦 KINOSHITA Toyohiko
東京大学物性研究所附属軌道放射物性研究施設 つくば分室
〒305-0801 つくば市大穂1-1、KEK-PF内
TEL:029-864-2489 FAX:029-864-2461
e-mail:toyohiko@issp.u-tokyo.ac.jp



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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