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Volume 19, No.1 Pages 22 - 26

2. SACLA通信/SACLA COMMUNICATIONS

SACLAのイメージングデータ解析の現状
Current Status of Development of CDI and SFX at SACLA

城地 保昌 JOTI Yasumasa

(公財)高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室 XFEL Utilization Division, JASRI

Abstract
 X線自由電子レーザーは、大強度のフェムト秒X線レーザーパルスを発生できる新しい高輝度光源である。X線自由電子レーザー施設SACLAでは、供用開始から約2年間、物理、化学、生物、材料科学など様々な分野で利用研究の開拓が進められてきた。本稿では、SACLAにおけるコヒーレント回折イメージング解析とシリアルフェムト秒結晶構造解析の現状を紹介する。併せて、これらのSACLA利用実験のデータ収集および解析の共通基盤システムの現状を紹介する。
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1. はじめに
 X線自由電子レーザー(XFEL)は、波の位相がきれいに揃ったレーザー光の性質をもつ超高輝度のX線を発生できる光源である。XFEL施設SACLAでは、2012年3月の供用開始後、物理、化学、生物、材料科学など様々な分野で利用研究の開拓が進められてきた。XFEL利用によるコヒーレント回折イメージング(CDI)とシリアルフェムト秒結晶構造解析(SFX)は、従来のX線構造解析の難点であった放射線損傷の問題を克服できると期待されている。CDIやSFXでは、超高輝度のXFELパルスにより一発の照射で試料を破壊してしまうが、フェムト秒オーダーの超短パルスにより破壊される前の試料からの回折パターンを取得する“diffraction-before-destruction”と呼ばれるアプローチを採っている。
 電子線に比べて透過力の高いX線を利用したCDIは、非結晶粒子の構造研究で期待される手法である。従来のX線光源では、高解像度で試料を観察できるのは、周期構造をもつ結晶試料に限定されていた。CDIでは、試料に位相の揃ったコヒーレントX線を照射し、スペックルと呼ばれる斑点模様状の2次元回折パターンを高い空間分解能で取得する。この回折パターンは、試料の電子密度(構造)のフーリエ変換である構造因子の2乗に比例する。構造因子は干渉波の様態を記述するが、波としての重要な情報である位相が検出時に欠落し、振幅情報のみが得られ、そのままでは原の構造を求めることはできない。この問題に対しCDIでは、高い空間分解能で取得した回折振幅データに位相回復法と呼ばれるアルゴリズム[1][1] J. R. Fienup: Appl. Opt. 21 (1982) 2758.を用いることで、試料の電子密度を決定することが可能である。
 SFXは、XFELの利用に伴い、近年急速に広まりつつある新しい生体分子構造解析法である[2][2] S. Boutet, L. Lomb, G. J. Williams, T. R. M. Barends, A. Aquila et al.: Science 337 (2012) 362.。生命現象を理解する上で重要であり、また、創薬における重要な解析ターゲットである膜タンパク質などの試料では、その結晶化が困難であり、マイクロメートル程度の微小結晶しか得られない場合がある。超高輝度のXFELを利用すると、このような結晶からの回折光を検出することが可能となる。また、フェムト秒オーダーのXFELパルスの照射毎に「新鮮な」状態の結晶を用いることにより、放射光で問題となっていたラジカルなどに起因するX線照射損傷がない状態の解析が可能となる。SFXで得られる膜タンパク質の結晶構造は、コンピュータによる解析を援用するインシリコ創薬の重要なターゲットとなると期待されている。
 本稿では、SACLAにおけるCDIとSFXの実験データ解析の現状について紹介する(2、3節)。さらに、これらの実験データ解析を支える共通基盤システムの現状を紹介する(4節)。


2. CDI実験データ解析の現状
 SACLAにおけるCDIでは、実験装置としてクライオ試料固定照射装置“壽壱号”[3][3] M. Nakasako, Y. Takayama, T. Oroguchi, Y. Sekiguchi, A. Kobayashi et al.: Rev. Sci. Instrum. 83 (2013) 093705.と汎用コヒーレントイメージング装置“MAXIC”[4][4] C. Song, K. Tono, J. Park, T. Ebisu, S. Kim et al.: J. Appl. Cryst. 47 (2014) in press.が主に利用されている。
 壽壱号[3][3] M. Nakasako, Y. Takayama, T. Oroguchi, Y. Sekiguchi, A. Kobayashi et al.: Rev. Sci. Instrum. 83 (2013) 093705.は、慶応大学の中迫雅由教授らにより開発された実験装置であり、予め支持膜上に散布凍結固定後に液体窒素中に保存した試料を、低温冷却試料台に搬送し、ゴニオメーターで試料位置を操作して照射実験を行うことができる。壽壱号利用時に、試料粒子にXFELパルスがヒットする率は、20~100%であり(粒子散布密度により異なる)、その他の現状と比べて非常に高い。中迫教授らは、壽壱号による測定で得られる大量の回折パターンを高速かつ自動で処理するために、データ処理ソフトウェア“四天王”[5][5] Y. Sekiguchi, T. Oroguchi, Y. Takayama and M. Nakasako: submitted.の開発も行っている。中迫教授らの実験では、このソフトウェアを後述のデータ解析システムで動作させることにより、測定終了後直ちに、位相回復までの処理を自動で行うことが可能となっている。壽壱号の利用実験では、これまでに金属ナノ粒子の粒子サイズ分布などで成果を挙げている[6][6] Y. Takahashi, A. Suzuki, N. Zettsu, T. Oroguchi, Y. Takayama et al.: Nano Lett. 13 (2013) 6028.。中迫教授らは、生物試料の測定も精力的に行っており、近い将来の成果創出が期待される。
 MAXIC(Multiple Application X-ray Imaging Chamber)[4][4] C. Song, K. Tono, J. Park, T. Ebisu, S. Kim et al.: J. Appl. Cryst. 47 (2014) in press.は、理化学研究所のC. Songチームリーダーらにより開発された装置で、固定試料のスキャンと液体ジェットによる試料導入の両方に対応可能である。液体ジェットによる実験は、SFX実験に利用できる(図1)[4][4] C. Song, K. Tono, J. Park, T. Ebisu, S. Kim et al.: J. Appl. Cryst. 47 (2014) in press.。MAXICでは、可視光レーザーで状態を励起し、その応答としての構造変化を追跡するポンププローブCDI実験も行われている。一方、北海道大学の西野吉則教授らは、MAXICを利用してパルス状X線溶液散乱(PCXSS)法を開発している。PCXSS法では、生物試料をマイクロ液体封入アレイ(MLEA)チップと呼ばれる独自開発のチップに入れてスキャンすることで、自然な状態にある溶液試料を測定できる。西野教授らは、PCXSS実験によりMicrobacterium lacticumのイメージング測定を行い、サブミクロンサイズの生きている細胞を可視化することに成功している(図2)[7][7] T. Kimura, Y. Joti, A. Shibuya, C. Song, S. Kim et al.: Nature Commun. 5 (2014) 3052.



図1 MAXICを利用した SFX実験によるリゾチーム結晶からの回折像の例



図2 (a)PCXSS実験で測定された生きているマイクロバクテリアからのコヒーレント回折パターンと(b)その解析により得られたマイクロバクテリアの画像


 壽壱号とMAXICによる実験は、ともに1 µm集光ビーム[8][8] H. Yumoto, H. Mimura, T. Koyama, S. Matsuyama, K. Tono et al.: Nature Photonics 7 (2012) 43.を利用して行われている。この集光ビームによる生物試料イメージング解析は、現状では、ミクロンサイズ程度の生体粒子を数十ナノメートル程度の解像度で行うのが適している。


3. SFX実験データ解析の現状
 SACLAにおけるSFXは、先述の通りMAXICを利用することも可能であるが、最近はDAPHNIS(Diverse Application Platform for Hard x-ray diffractioN In SACLA)が主に利用されている。DAPHNISは、高輝度光科学研究センターの登野健介チームリーダーらにより開発された汎用実験システムで、試料チャンバ、液体インジェクタ、SWD- MPCCD検出器[9][9] 高輝度光科学研究センターの亀島敬研究員らにより開発された広角側の回折光を測定するための検出器システムなど、コンパクトで取り換えが容易な機器群からなる。装置の組合せ次第では、生命科学から材料科学まで幅広い分野の様々な実験に対応可能である。
 SFXの利用実験は、京都大学の岩田想教授がグループリーダーを兼務している理化学研究所のSACLA利用技術開拓グループが主導して行っている。岩田グループは、SFXに適した試料調製法の開発も進めており、膜タンパク質の結晶化に有用なLCP(Lipidic Cubic Phase)の液体ノズルでの導入などが順調に立ちあがりつつあり、今後の成果創出が期待される。
 SFXデータの解析では、ドイツのDESYで開発されたCrystFEL[10][10] T. A. White, R. A. Kirian, A. V. Martin, A. Aquila, K. Nass et al.: J. Appl. Cryst45 (2012) 335.を利用して、指数付、強度積分が行われている。SFXでは、SACLAが30 Hz運転時に、5分強で1万ショット、約200 GBの回折パターンが取得される。施設では、このような大量データをCrystFELにより測定後、高速かつ自動で並列処理する仕組みの開発を進めている。


4. SACLAのデータ収集および解析環境の現状
4.1 データ収集システム
 SACLAでは、理化学研究所の初井宇記チームリーダーらにより開発されたMPCCD検出器[11][11] T. Kameshima, S. Ono, T. Kudo, K. Ozaki, Y. Kirihara et al.: submitted.を利用して画像データを取得する実験が主流である。CDIやSFXでは、8枚のMPCCDセンサーを組み合わせたオクタル検出器が利用される。MPCCDセンサー1枚で検出される回折データは「①センサーモジュール→②読み出しボード→③フレームグラバボード→④バッファ用計算機→⑤書き込み用計算機→⑥キャッシュストレージ」の順に流れる(図3)。①にてX線強度を電荷量に変換、②にて電荷量をデジタル信号に変換、③にてデジタル信号を計算機用のデータに変換、④にてデータをバッファ、⑤が④のデータを⑥に書き込む。センサー毎の分散データ収集により、最大10センサーを用いた場合でも、60 Hzの画像データ取得が可能なシステムとなっている。光強度測定用のフォトダイオードなどのデータ量が小さな各種モニター値は、リレーショナルデータベースMySQLを利用した同期収集データベース(DB)へ常時保存している。



図3 MPCCD オクタル検出器のDAQシステム配線図
  (高輝度光科学研究センター亀島敬研究員の好意により提供いただいた)


 保存されたデータは、ファイル内に階層構造を持つHDF5形式にて提供しており(SACLA run data format)、キャッシュストレージおよびDBから後述のデータ解析システムにダウンロードしてデータ処理することが可能である。SACLA run data formatは、ショットID、光源・実験・検出器情報を含み、高速なファイル読出・データ相関・高効率な大容量データハンドリングが可能である。
 CDIやSFXでは、XFELパルスの試料へのヒット率が50%程度以下であることが多い。実験条件を効率よく最適化するためには、実験中にオンラインでヒット率を判定できることが望ましい。これまでにCDIとSFX向けに、指定する領域(ROI)の回折強度値を利用して、ヒットデータを高速にスクリーニングするLow-level Filtering手法が開発され、データ収集システムに組み込まれている。回折データをキャッシュストレージに保存するのと並行して、ROIの回折強度値の統計量をバッファ用計算機で計算し同期収集DBに保存する。Low-level Filtering GUI(図4)を利用し、DBに登録されたROIデータを解析することで、ヒット率をオンラインで判別することができる。ヒットデータのみをデータ解析システムにダウンロードすることが可能であり、Low-level Filtering機能を利用することで高速に回折データを取得・処理することができる。
 SACLAのデータ収集システムは、理化学研究所の制御情報グループが中心となり開発されている。



図4 ヒットデータを選別するためのLow-level Filtering GUIとその検出例


4.2 データ解析システム
 SACLAでは、データの1次解析用として約13 Tflopsの計算能力をもつデータ解析システムをユーザーに提供している。このシステムは、計算ノード(12コア*80ノード=960コア)、大容量メモリ(1 TB)計算機、データ転送用ノード、ログイン用計算ノードなどからなる。これら全てのノードが約8 GB/secで読み書きできる170 TBの容量をもつ共有ファイルシステム(Lustreファイルシステム)に接続しており、大容量のデータを高速アクセスして並列データ解析を行うことに最適化された構成となっている。また、長期保存用として、ディスクとテープの階層型ストレージシステム(容量約6 PB)をユーザーに提供している。
 開発環境としては、Intel C/Fortranなどのプログラミング言語とIntel MKLなどの数値計算ライブラリが利用可能である。また、数値計算、可視化、プログラミングのための高水準言語による対話型の環境であるMATLAB(4ライセンス)もユーザーに提供している。ジョブ実行環境としては、Torque/Mauiシステムを採用しており、ユーザーはこれを利用することでデータ処理の負荷分散が容易に実現できる。


5. まとめと今後の展望
 SACLAにおけるCDIとSFXは、ともに順調に立ち上がり、その利用成果が出つつある。
 生体粒子のCDIでは、その解像度は、現状で数十ナノメートル程度である。今後、光源・ビームライン・実験手法の高度化により、数ナノメートル程度まで向上できると期待される。また、CDIの現状では、1つの回折パターンを位相回復計算により実像に戻す2次元イメージングが主流である。今後は、複数2次元イメージの相関情報に基づく立体構造(3次元)解析へと発展していくと期待される。CDIで解析される2次元パターンは、フェムト秒オーダーの時間幅で切り取られた構造スナップショットである。SACLAの大量データの中には、同じ組成の粒子の異なる構造からのデータが当然含まれる。この大量データを生体粒子の“かたち”に基づき分類することができれば、3次元構造の動態を記述するべく、時間軸を含めた4次元イメージングが実現できる可能性もある。
 XFELパルスを利用したSFXでは、X線照射損傷がない状態の生体分子の立体構造解析を原子分解能で行うことが可能である。アメリカのXFEL施設LCLSでのSFX実験[2][2] S. Boutet, L. Lomb, G. J. Williams, T. R. M. Barends, A. Aquila et al.: Science 337 (2012) 362.が先行しているのが現状であるが、SACLAのSFXも急速に立ち上がりつつあり、生命機能を理解するのに重要な生体分子システムの新規構造解析が今後期待される。またSFXに、可視光レーザーで状態を励起するポンププローブ実験を組み合わせると、光化学反応を担う生体超分子の数10フェムト秒からピコ秒の時間スケールの時分割構造解析が可能である。
 CDIやSFXで取得される膨大な実験データの解析では、スーパーコンピュータ「京」を含むHPC(High Performance Computing)との連携が重要となってくる。SACLAでは、データ解析システムに加えて、2014年3月末に約90 Tflopsの計算能力をもつ「京」連携計算機システムの導入を予定している。「京」および「京」の関連技術によりSACLAの利用研究が加速されることを期待したい。

 

 

 

参考文献
[1] J. R. Fienup: Appl. Opt. 21 (1982) 2758.
[2] S. Boutet, L. Lomb, G. J. Williams, T. R. M. Barends, A. Aquila et al.: Science 337 (2012) 362.
[3] M. Nakasako, Y. Takayama, T. Oroguchi, Y. Sekiguchi, A. Kobayashi et al.: Rev. Sci. Instrum. 83 (2013) 093705.
[4] C. Song, K. Tono, J. Park, T. Ebisu, S. Kim et al.: J. Appl. Cryst. 47 (2014) in press.
[5] Y. Sekiguchi, T. Oroguchi, Y. Takayama and M. Nakasako: submitted.
[6] Y. Takahashi, A. Suzuki, N. Zettsu, T. Oroguchi, Y. Takayama et al.: Nano Lett. 13 (2013) 6028.
[7] T. Kimura, Y. Joti, A. Shibuya, C. Song, S. Kim et al.: Nature Commun. 5 (2014) 3052.
[8] H. Yumoto, H. Mimura, T. Koyama, S. Matsuyama, K. Tono et al.: Nature Photonics 7 (2012) 43.
[9] 高輝度光科学研究センターの亀島敬研究員らにより開発された広角側の回折光を測定するための検出器システム
[10] T. A. White, R. A. Kirian, A. V. Martin, A. Aquila, K. Nass et al.: J. Appl. Cryst45 (2012) 335.
[11] T. Kameshima, S. Ono, T. Kudo, K. Ozaki, Y. Kirihara et al.: submitted.

 

 

 

城地 保昌 JOTI Yasumasa
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