Volume 19, No.1 Pages 18 - 21
2. SACLA通信/SACLA COMMUNICATIONS
SACLAにおける2色レーザー発振
Two-color XFEL Operation at SACLA
(独)理化学研究所 放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門 XFEL Research and Development Division, RIKEN
- Abstract
- XFELは波長可変性と横方向のコヒーレンスに加え、フェムト秒の短パルス性、100 GWレベルの高ピークパワーを兼ね備えており、超高速現象や反応過程を動的に精度よく観察するには最適なX線光源である。2色XFELでは、シケインを挟んでアンジュレータを2つのセクションに分割し、各セクションで異なる波長でレーザーを発振させ、2つのX線パルスを生成する。各セクションのK値を調整することで2波長とも可変であり、2パルス間の時間差はシケインで電子ビームを遅延させることにより高精度で調整することができる。同じ電子ビームから2つのパルスを生成するため、2パルス間の時間ジッターはほとんどなく、X線ポンプX線プローブ実験など2色XFELを用いた新しい実験手法の開拓が期待される。
1. はじめに
X線自由電子レーザー(X-ray Free-Electron Laser, XFEL)は、X線波長領域では誘導放射を利用した唯一の実用光源で、放射光に比べピークパワーで10桁近く強い光が得られる。XFELは、電子ビームを長いアンジュレータに1回通すことにより、ランダムな電子分布から放射されるノイズ(放射光)を誘導放射によって増幅する。この増幅プロセスはSASE(Self-Amplified Spontaneous Emission)[1,2][1] A. M. Kondratenko and E. L. Saldin: Part. Accel. 10 (1980) 207-216.
[2] R. Bonifacio, C. Pellegrini and L. M. Narducci: Opt. Commun. 50 (1984) 373-377.と呼ばれ、増幅後の光パルスのスペクトルや時間波形は、初期ノイズに起因したパルス毎にランダムに変化するスパイク構造をもつことが知られている。SACLA(SPring-8 Angstrom Compact free-electron LAser)[3][3] T. Ishikawa et al.: Nat. Photon. 6 (2012) 540-544.は、アメリカのLCLS[4][4] P. Emma et al.: Nat. Photon. 6 (2010) 641-647.に次いで、世界で2番目に完成したXFEL施設であり、2012年3月よりユーザー利用実験への供用を開始した。SASE-XFELは、光源として既に技術的には確立しており、日米2施設のほか、ドイツやスイス、韓国などでもXFEL施設を現在建設中である。
XFELの光源性能を高める高度化の手法については、既に様々なアイデアが提案され、世界中で研究開発が進んでいる。高度化の一つの方向性は、SASEの光パルスがもつスパイク構造の解消、即ち時間コヒーレンスの改善である。時間コヒーレンスを改善する手法として、外部コヒーレントシード光を利用したHGHG(High-Gain Harmonic Generation)[5][5] L. H. Yu et al.: Science 289 (2000) 932-934.やEEHG(Echo-Enabled Harmonic Generation)[6][6] G. Stupakov: Phys. Rev. Lett. 102 (2009) 074801.、単色化したSASEを増幅するself-seeding[7][7] G. Geloni, V. Kocharyan and E. Saldin: J. Mod. Opt. 58 (2011) 1391-1403.などの手法が提案され、いずれも実験的に実証されている。特にHGHG-FELでは、イタリアのFERMI[8][8] E. Allaria et al.: Nat. Photon. 7 (2013) 913-918.が軟X線領域での発振に成功しており、ユーザー実験が既に行われている。結晶を利用した分光が可能なX線領域のself-seedingでは、アンジュレータ途中に置いた1枚のダイアモンド結晶を用いて上流側アンジュレータからのSASEを単色化し、下流側アンジュレータでそれを増幅することにLCLSが成功しており[9][9] J. Amann et al.: Nat. Photon. 6 (2012) 693-698.、SACLAでもself-seeding導入の準備を進めている。
一方、時間コヒーレンスの改善とは別の高度化の方向には、XFELを使ったアト秒X線パルスの発生[10][10] T. Tanaka: Phys. Rev. Lett. 110 (2013) 084801.や、異なる波長で同時にレーザー発振させる2色XFELなどがあり、新たな利用実験の開拓につながることが期待されている。もちろん複数の高度化手法を組み合わせて、時間コヒーレントなアト秒パルスや2色レーザー光を得ることも将来可能になるであろう。本稿では、SACLAで行われている2色XFELについて紹介する[11][11] T. Hara et al.: Nat. Commun. 4 (2013) 2919.。
2. 2色XFEL
図1に、2色XFEL運転時のアンジュレータ部の概要を示す。SACLA BL3には5 m長の真空封止アンジュレータ(図2)が21台あり、8台目と9台目のアンジュレータ間にself-seeding用シケインが設置されている。シケインの全長はアンジュレータ1台分の長さに等しい。2色XFELでは、21台のアンジュレータをシケイン上下流2つのセクションに分け、各セクションで独立にレーザーを発振させる。各セクションのアンジュレータK値を変えることにより、2つのレーザーパルスの波長は独立に調整可能である。
上下流のセクションから放射される2パルス間の時間差は、シケインで電子ビームを迂回させることで、現状0~40フェムト秒の範囲で変えることができ、近い将来シケイン偏向電磁石の更新により0~200フェムト秒まで拡げる予定である。2パルスは同じ電子ビームから放射されるため時間差のジッターが原理的になく、電子ビームとシケイン電磁石電源のふらつきから推定される時間差の精度は、数10アト秒オーダーと極めて高精度である。現状のSACLA光パルス長は、10フェムト秒(FWHM)以下であることが確認されているが[12][12] K. Tamasaku et al.: Phys. Rev. Lett. 111 (2013) 043001.、将来更に短パルス化することができれば、サブフェムト秒のダイナミクスの探求も視野に入る。
2色XFELのスペクトル測定例を図3に示す。図3では7.8 GeVの電子ビームを使い、上流側アンジュレータセクションのK値を1.7に、下流側セクションのK値を2.15に設定して、各々13.1 keVと9.7 keVの2つのレーザーパルスを発生させている。図3のスペクトルは、2結晶分光器を用いて測定した時間平均されたスペクトルで、2色パルスのパルスエネルギーは、各々40 μJ程度である。
下流側2色目のSASEプロセスは、上流側1色目のレーザー発振によってエネルギースプレッドが増加した電子ビームを用いて行われるため、1色目に比べレーザーの増幅ゲインが低くなる。特に上流側で1色目パルスを飽和まで増幅してしまうと、2色目のゲインがなくなり2色発振させることはできない。このため2パルス間の出力比を見ながら、上下流のアンジュレータ台数を調整する必要がある。逆にアンジュレータ台数を調整することで、利用実験に最適な出力比を得ることができる。
図4 (a)では上流側アンジュレータ8台のK値を1.92に、下流側10台のK値を2.1に設定し測定した2色XFELの時間平均スペクトルである。このときの2色合計の出力は約130 μJであるが、図から見てわかるように、下流側2色目のパルスエネルギーは上流側1色目に比べ小さい。図4 (b)では、1色目の出力を下げるため、上流側アンジュレータ台数を5台に減らした時のスペクトルである。上流側1色目の出力を下げることにより、電子ビームエネルギースプレッドの増加が抑えられるため、2色目パルスの出力が上がっていることがわかる。しかしながら2色XFELでは、SASEプロセスをノイズから2回立ち上げるため、全アンジュレータを使って単一波長でレーザー発振させた場合のパルスエネルギー250 μJ(K=2.1)や200 μJ(K=1.9)に比べると、2色XFELの出力は2色合計しても半分程度となる。
図1 2色XFEL運転時のアンジュレータ部の概要
図2 SACLA真空封止アンジュレータ
図3 2色XFELの時間平均スペクトル。スペクトルは2結晶分光器を用いて測定。上流側アンジュレータK値はK1=1.7、下流側はK2=2.15。
図4 2色パルスの出力比。(a)上流側アンジュレータ(K1=1.92)8台、下流側(K1=2.1)10台使用した場合の時間平均スペクトル、(b)上流側(K1=1.92)5台、下流側(K1=2.1)10台の場合の時間平均スペクトル。
3. 2色パルスの空間分離
2色XFELの2つのSASEプロセスは互いに独立であるため、図5のようにシケインで電子ビーム軌道に角度を付け、1色目と2色目の光パルスを互いに異なる光軸で発振させることも可能である。但しアンジュレータや四極電磁石などの機器は、この角度を付けた電子ビーム軌道に対して直線上に並べる必要がある。幸いにもSACLAアンジュレータ部の機器は、コンクリートの収縮や地盤変化による床面の形状変化に追従して電子ビーム軌道のアライメントが行えるよう、全てサブミクロンの高精度位置調整機構を備えており、遠隔で位置制御が可能である。
異なる光軸に放射された2つのパルスは、ビームラインでは空間的に分離される。図6は、シケインで下流側電子ビーム軌道に水平方向10 μradの角度を付け、2色の2つの光パルスを約130 m下流のビームラインスクリーン上で空間的に分離した例である。このように2色XFELの2つの光パルスは、スペクトルだけでなく空間的にも分離することができ、例えば異なる方向から試料に異なる2波長のX線パルスを照射することも可能である。
図5 2色パルスの空間分離。シケイン下流側電子ビーム軌道に角度を付け、ビームラインで2色のパルスを空間的に分離。
図6 シケインから約130 m下流にあるビームラインのスクリーンで測定した2色パルスの空間プロファイル。電子ビーム軌道は、シケインにおいて水平方向10 μradの角度を付けている。K1=1.8、K2=2.15。
4. まとめ
2色FELは、1990年代に光共振器型の赤外線FELで初めて実験的に確認され[13][13] D. A. Jaroszynski, R. Prazeres, F. Glotin and J. M. Ortega: Phys. Rev. Lett. 72 (1994) 2387-2390.、その後真空紫外[14][14] G. De Ninno, B. Mahieu, E. Allaria, L. Giannessi and S. Spampinati: Phys. Rev. Lett. 110 (2013) 064801.や軟X線の短波長領域[15][15] A. A. Lutman et al.: Phys. Rev. Lett. 110 (2013) 134801.でも報告がある。しかしながらこれらの2色FELでは、共振器や外部レーザー、固定アンジュレータギャップなどの要因により、2波長の相対的な差がいずれも数%程度に制限されていた。SACLAでは世界で初めて硬X線領域で2色FELを実現しただけでなく、磁石ギャップが変えられる真空封止アンジュレータを用いることで、2波長の差を最大30%程度まで広げることに成功している。FELの波長は、アンジュレータ放射光と同様に電子ビームエネルギーとK値で決まるが、2つの波長を同じ電子ビームを使って出す場合、大きな波長差を得るためには必然的にK値の可変性、即ち可変ギャップアンジュレータが必須となる。
これまでXFEL利用実験では現象や反応を動的に観察するための手法として、XFELのX線パルスと外部同期レーザーからの可視光パルスを組み合わせたポンププローブ測定が主に用いられてきた。しかしながら2つの光源間の時間ジッター、X線と可視光という大きなエネルギー差、物質への侵入長の違いなどがしばしば実験の制約となっていた。2色XFELでは、2つのパルスを同じ電子ビームから生成するため時間ジッターがなく、両波長ともX線領域でかつ可変性を有し、また空間的にも分離することも可能である。X線ポンプX線プローブ実験など、これまでにない実験手法への2色XFELの利用が期待される。
参考文献
[1] A. M. Kondratenko and E. L. Saldin: Part. Accel. 10 (1980) 207-216.
[2] R. Bonifacio, C. Pellegrini and L. M. Narducci: Opt. Commun. 50 (1984) 373-377.
[3] T. Ishikawa et al.: Nat. Photon. 6 (2012) 540-544.
[4] P. Emma et al.: Nat. Photon. 6 (2010) 641-647.
[5] L. H. Yu et al.: Science 289 (2000) 932-934.
[6] G. Stupakov: Phys. Rev. Lett. 102 (2009) 074801.
[7] G. Geloni, V. Kocharyan and E. Saldin: J. Mod. Opt. 58 (2011) 1391-1403.
[8] E. Allaria et al.: Nat. Photon. 7 (2013) 913-918.
[9] J. Amann et al.: Nat. Photon. 6 (2012) 693-698.
[10] T. Tanaka: Phys. Rev. Lett. 110 (2013) 084801.
[11] T. Hara et al.: Nat. Commun. 4 (2013) 2919.
[12] K. Tamasaku et al.: Phys. Rev. Lett. 111 (2013) 043001.
[13] D. A. Jaroszynski, R. Prazeres, F. Glotin and J. M. Ortega: Phys. Rev. Lett. 72 (1994) 2387-2390.
[14] G. De Ninno, B. Mahieu, E. Allaria, L. Giannessi and S. Spampinati: Phys. Rev. Lett. 110 (2013) 064801.
[15] A. A. Lutman et al.: Phys. Rev. Lett. 110 (2013) 134801.
(独)理化学研究所 放射光科学総合研究センター
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