Volume 18, No.4 Page 281
理事長室から -産学連携の研究基盤としてのSPring-8-
Message from President – Research Infrastructure SPring-8 for Collaboration between Industry and Academia –
特定放射光施設のSPring-8とSACLAの使命は、学術と産業の発展に貢献することにある。近年、わが国の学術の勢いが、発表論文総数や論文の被引用度の年次推移から判断して、欧米や中国に比べて相対的に低下していると言う。その主なる要因は、国際共同研究の割合が増加せず、異分野融合も進まないためではないかと考えられている。産業界においても、それぞれの業界の成熟化が進む一方で、次代を担う新しい産業の創成は遅々として進展せず、わが国のGDPに20年近く大きな増加は見られない。歴史的にも学術と産業の発展は、それぞれ独立ではなく、強い相関を示してきた。言うまでもなく、学の使命は教育と基礎研究(専門分野の深化と新分野の開拓)の発展にあり、他方、産の使命は既存事業の発展と新規事業の育成にある。学による新しい研究分野の開拓と産による新しい事業の育成は、国の発展の原点であり、産学の連携で戦略的かつ組織的に進める必要がある。
さて、ここでわが国の産と学との連携の現状を統計データから簡単に見ておこう。研究者数は、産が50万人、学が18万人、公的研究機関が4万人である。大学の自然科学分野の研究者の15%程度(約2万人)が、産業界との共同研究に参加していると言う。一方、産業界も2万人程度の研究者が大学や研究機関との共同研究に関与していると思われる。産の年間研究費は、12.3兆円であり、外部組織(関連企業を含む)との連携研究開発のために14%の研究費が手当されているが、学との共同研究に使用される研究費は1%程度(約1千億円)と考えられる。大学の自然科学分野の年間研究費は2兆3千億円であり、そのうちの4%程度(約1千億円)が産との共同研究に用いられていると見積もられる。これら産学連携活動の評価指標として、アウトプット(特許出願件数、共同研究論文数、技術移転件数、ベンチャー企業数)、アウトカム(実用化件数、売上高、企業の満足度、共同研究リピート件数)、インパクト(雇用創出効果、経済効果)の各項目について議論されている。
産学官共用の大型研究施設であるSPring-8は、産学連携で社会の本質的課題の解決に向けて戦略的に共同研究を進める場として最適ではないかと考えている。産学連携研究においては、学と産のそれぞれの使命を明確にして研究開発を進め、その成果をそれぞれの視点から公開することが重要である。学の側からは、科学の発展に繋がるような研究成果を学術誌に発表する必要があり、一方において、産の側からは新しい技術の開発を特許や論文に発表する必要があろう。
SPring-8の産業利用は、欧米の大型放射光施設に比べて順調に進展しているとの評価を得ている。共用ビームライン(26本)を利用する年間研究課題の20%程度(約300課題)が産業界の実験責任者によるものである。そのうちの半数は、成果専有課題であり、産学連携研究には不向きである。しかし、残りの半数は成果公開課題であり、産学連携で新しい技術の開発を推進していただきたい。SPring-8では、学の研究者が主導する方式でも多数の産学連携研究が進められている。本年9月に神戸で開催されたSPring-8産業利用報告会で発表された京都大学の高谷光准教授の研究成果に甚く感銘を受けた。国家戦略上でレアメタルを用いない実用触媒の開発は最重要課題となっているが、普遍金属元素である鉄などの金属錯体は高スピン状態のために反応途中の触媒構造を解析することがこれまで困難であり、大学研究者はRu、Pd、Ptなどの希少金属の錯体触媒を研究の対象としてきた。高谷さんらは、X線吸収微細構造解析(XAFS)と計算科学手法を組み合わせて鉄錯体触媒の反応中の構造を調べて、触媒の活性と選択性を制御する技術の開発を進めている。この産学連携研究の発表から、社会の課題を解決するための道筋のみならず、新しい科学研究分野の幕開けを感じた。
SPring-8には、19本の専用ビームラインと10本の理研ビームラインがある。専用ビームラインには、5本の産業利用と3本の産学連携利用のビームラインがある。これらの専用ビームラインからも、学術と産業の発展に繋がる画期的な成果の発表を期待したい。