Volume 18, No.3 Pages 203 - 207
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
分子の吸着状態を「記憶」し「消去」する、形状記憶ナノ細孔物質の創成:メゾスコピック領域における特異な現象を発見
Shape-memory Nanoporous Coordination Frameworks
京都大学 物質-細胞統合システム拠点 Institute for Integrated Cell-Material Sciences, Kyoto University
- Abstract
- 有機物と無機物からなる「多孔性金属錯体」というナノ細孔をもつ結晶性の多孔性材料を用いて、分子の動きに由来する「サイズ効果」を世界で初めて発見した。具体的には、ゲスト分子を取り込む際にナノ細孔の構造を変化させるフレキシブル多孔性金属錯体に注目した。この化合物群は、分子を吸着する前はナノ細孔が閉じており、分子を吸着するとナノ細孔が開く。分子を取り除くとまた閉じた構造に戻る。この化合物の結晶サイズを数十ナノメートル(メゾスコピック領域)まで小さくすると、分子を吸着したナノ細孔が開いた構造から分子を取り除いても閉じた構造に戻らず、開いた構造を「記憶」していることがわかった。また開いた構造を加熱により閉じた構造へ戻すことにも成功した。分子の吸着情報をナノ細孔の構造により「記憶」し「消去」できる形状記憶ナノ細孔を合成することが可能になった。
1.背景
物質はその「大きさ」によって機能を変化させることが知られている。例えば、金は我々が目にする状態では金色に輝いている、しかしその大きさを数ナノメートルまで小さくすると(金ナノ粒子)赤色に変化する。半導体を数ナノメートルまで小さくすると(半導体ナノ粒子)、量子ドットになることが知られている。これら「サイズ効果」は全て無機物固体の中での電子の動きに基づく現象である。しかしながら、固体中の分子の動きに由来するサイズ効果というものは知られていなかった。
一方で、多孔性金属錯体(Porous Coordination Polymers(PCP)もしくはMetal-Organic Frameworks(MOF)、ここでは「PCP」と表記する)とよばれる、金属イオンと有機物が2次元・3次元に組み上がった構造を有し、その内部に極めて均一なナノサイズの細孔を持つ多孔性物質が近年注目を集めている。この結晶性の多孔物質は、有機化学や錯体化学的な修飾により、細孔のサイズ、形、特性などを変えることができるため、使用目的に応じて設計することが可能であり、様々な分子(ガス分子、有機分子、金属イオンなど)をその細孔中に効率的に取り込むことが可能である[1,2][1] O. M. Yaghi et al.: Nature 423 (2003) 705-714.
[2] S. Kitagawa, R. Kitaura and S. Noro: Angew. Chem. Int. Ed. 43 (2004) 2334-2375.。このPCPには大きく分けて2種類のものが存在する(図1)。
図1 「頑丈な」PCPとフレキシブルPCPの模式的な構造。頑丈なPCPは分子をそのまま細孔中に取り込む。フレキシブルPCPは閉じた構造から開いた構造へと構造変化をしながら分子を細孔中に取り込む。
一つは、「頑丈な」ナノ細孔を持つPCPであり、ゼオライトや活性炭のように、常に存在するナノ細孔(permanent porosity)に分子を取り込むことができる。このPermanent porosityは1997年に発見され、その後この分野の研究が爆発的に加速した[3,4][3] M. Kondo, T. Yoshitomi, K. Seki, H. Matsuzaka and S. Kitagawa: Angew. Chem. Int. Ed. 36 (1997) 1725-1727.
[4] H. Li, M. Eddaoudi, T. L. Groy and O. M. Yaghi: J. Am. Chem. Soc. 120 (1998) 8571-8572.。特に、ガス吸蔵・触媒等への応用が期待されている。現在では数ナノメートルにも及ぶ安定な細孔の構築にも成功しており、その細孔中にタンパク質などを取り込むことも可能になっている[5][5] H. Deng et al.: Science 336 (2012) 1018-1023.。
もう一つは「柔らかい」ナノ細孔を持つPCP(フレキシブルPCP)であり[6][6] S. Horike, S. Shimomura and S. Kitagawa: Nat. Chem. 1 (2009) 695-704.、最初は細孔がひしゃげて潰れているが(閉じた状態)、分子を取り込むと同時に構造が変化し開いた状態になり、分子を抜くとまた閉じた状態に戻る。このような構造の柔らかさを利用することで、分離材料などへの応用が期待されている。このフレキシブルPCPにおいては、ナノ細孔中への分子の取り込み・抜き取りを行うことで、固体中での分子を動かすことができる。そこで我々は、このフレキシブルPCPを利用することで、「分子の動きに由来するサイズ効果とは何か?」という問題に取り組むことにした。
2.研究内容
本研究では、フレキシブルPCPの結晶サイズをマイクロメートルから数十ナノメートルの間で制御することに成功し、メゾスコピック領域(数百ナノメートル以下)において、全く新しい形状記憶能が発現することを発見した[7][7] Y. Sakata et al.: Science 339 (2013) 193-196.。
形状記憶材料(合金や繊維)は、我々の日常生活において様々な場所で役に立っている。この形状記憶材料は、①元の形に、圧力や温度を加えることで様々な形に加工する、②その圧力や温度を元に戻しても加工した形は元に戻らない(形状記憶)、③加工した形に高温処理すると元の形に戻る(消去作業)、という性質を利用している。この形状記憶能を発現するためには、ある柔らかい材料を少し堅くして、加工した形を保持することが重要である。また、これら形状記憶材料は全て、我々が手にとって扱えるサイズでの材料加工に使われてきた。
フレキシブルPCPも上述したように結晶でありながら柔らかい構造を有している(図1)。すなわち、元の(閉じた)構造に分子を吸着させると開いた構造に変化する。しかしながら、これまでのフレキシブルPCPでは開いた構造から分子を抜くと元の閉じた構造へと戻っていた。本研究で発見した形状記憶PCPでは上記の形状記憶材料と同様に、①元の構造に分子を吸着させると開いた構造に変化する(ここまではフレキシブルPCPと同じ)、さらに②細孔から分子を抜いても元の閉じた構造に戻らず、開いた構造を維持し、③加熱すると元の閉じた構造に戻ることが明らかになった(図2)。これは形状記憶能をナノ細孔で実現した画期的な成果である。
図2 形状記憶PCPの模式的な構造。細孔中に分子を取り込むことで閉じた構造から開いた構造へと変化するところまではフレキシブルPCPと同じ。分子を取り除く際に、閉じた構造へは戻らず開いた構造を維持する(「記憶」状態)。その後、加熱することで閉じた構造に戻すことができる(「消去」操作)。
本研究では、フレキシブルPCPの一種である「ちえのわ」型構造(図3)をもつPCPに注目した。この構造では「ちえのわ」型は一つのジャングルジム型PCPの細孔中に、もう一つのジャングルジムがあるような構造で、「ちえのわ」のように完全に絡みあって二つを分けることができない構造を有している。銅イオン、テレフタル酸(bdc)、ビピリジン(bpy)からなる「ちえのわ」型構造、[Cu2(bdc)2(bpy)]nを合成し、約百マイクロメートルの結晶を用いた単結晶X線回折測定によって、細孔中に分子を取り込んだ状態と、細孔中から分子を抜いた状態の構造を決定することに成功した。すると、細孔中に分子がある時は綺麗なジャングルジム型構造(開いた構造)をとっているのに対し、細孔中から分子を取り除くとジャングルジム型構造が大きく歪んでいる(閉じた構造)ことが明らかになった(図4)。
図3 「ちえのわ」型構造体の模型。ジャングルジムAの中にジャングルジムBが入っているような構造。
図4 「ちえのわ」型構造体の単結晶X線回折測定による分子構造。ジャングルジムA(緑)の中にジャングルジムB(紫)が入っているような構造。分子が細孔中にあると開いた構造になるが(吸着分子は便宜上消去)、分子を細孔中から取り除くと閉じた構造へと変化する。
次に結晶サイズを徐々に小さくした。ここでは我々が2009年に報告したPCPの結晶サイズ制御法である「配位モジュレーション法」を用いた[8][8] T. Tsuruoka et al.: Angew. Chem. Int. Ed. 48 (2009) 4739-4743.。この合成手法では、溶液中での錯平衡を変化させることで、結晶サイズの制御を行う。すなわち、PCPを組み上げる配位子(必ず分子中に2つ以上の配位サイトを有する)に対して、同じ化学構造であるが配位サイトが一つしかないモジュレーター分子を合成溶液中に導入することで、錯平衡を調整するという手法である。ここでは、テレフタル酸はカルボキシル基を2つ有しているため、カルボキシル基を1つ持つ酢酸を用いている。これにより、段階的に結晶サイズを小さくすることに成功し、数マイクロメートル、300ナノメートル、160ナノメートル、110ナノメートル、60ナノメートル、50ナノメートルの結晶の合成を行った(図5)。
図5 合成した結晶の電子顕微鏡写真。50ナノメートルから数マイクロメートルまでサイズ制御されている。
粉末X線回折測定によってこれら全ての結晶の構造を決定したところ、数マイクロメートルから300ナノメートルの結晶においては、分子を抜くと閉じた構造に戻り、一般的なフレキシブルPCPの特徴を有していることがわかった(図6)。一方で、60、50ナノメートルの非常に小さい結晶では分子を抜いても開いた構造を維持していた。160、110ナノメートルの結晶では開いた構造と閉じた構造が混ざった状態であった。この50ナノメートルの結晶を加熱すると、温度を上昇するにつれ開いた構造から閉じた構造へと変化し、200℃では完全に閉じた状態へと戻ることがわかり、形状記憶能を有していることが明らかになった。これにより、結晶サイズをマイクロメートルから、メゾスコピック領域へと小さくしていくことにより、フレキシブルPCPから形状記憶PCPへと変化していくことを発見した。
図6 合成した結晶の粉末X線回折パターン。結晶サイズを小さくしていくと、閉じた構造から開いた構造に変化していることがわかる。
図7 サイズ制御された結晶を用いたメタノール吸着測定。結晶のサイズを小さくするにつれて、ゲートオープン圧が徐々に高圧側へ移動する。これにより、結晶サイズを小さくすると、構造が堅くなるということがわかる。
次に全てのサイズの結晶に対し、メタノール吸着測定を行った(図7)。フレキシブルPCPにおいては、閉じた構造から開いた構造に変化させるために、ある一定の蒸気圧が必要になる。そのため、ある圧力で閉じた構造から開いた構造に変化し、吸着が急激に始まる(ゲートオープン圧)。そこで本研究では、SPring-8のBL13XUを用いて、メタノールの導入圧を変化させながらX線回折測定を行った。フレキシブルPCPと同様に、形状記憶PCPでも閉じた構造に戻した後にX線回折測定を行ったところ、結晶サイズが小さくなるにつれて、ゲートオープン圧が高圧へ徐々に移動していくことが明らかになった。すなわち、結晶サイズが小さくなると、柔らかさが少しずつ失われ、堅くなっていることを示している。これは、このPCPの形状記憶能は柔らかい構造が少し堅くなることで発現することを示している。
これまでの全てのPCPには存在せず、我々が新しく合成した形状記憶PCPにのみ存在する点は、細孔中に分子が存在しない構造(ゲストフリーな状態)を二種類の状態(閉じた構造と開いた構造)で、取り出すことができることである。そこで、50ナノメートルの結晶サイズを有するPCPを用いて、メタノール吸着測定を行った(図8)。まず開いた構造に対してメタノールを吸着させると、低圧側で吸着するTypeIとよばれる吸着等温線を示した。この現象はPermanent porosityを有する開いた構造に特徴的なものである。また、ここでは構造変化が起こらないためゲートオープン圧は存在しない。次にこの構造を加熱し閉じた状態にした後で吸着測定を行ったところ、閉じた構造から開いた構造へと変化するため、ゲートオープン圧を示した。ここでメタノールが脱着する時には、形状記憶能のため閉じた構造には戻らず、開いた状態を維持している。そのため、もう一度吸着測定を行うと、最初の開いた状態と同じType Iの吸着等温線を示した。この実験により二種類の吸着現象を温度によりスイッチ可能であることを示した。
このように、結晶サイズを小さくすることで、柔らかい構造が少しずつ堅い構造へと変化するという、分子の動きに由来するサイズ効果を世界で初めて発見した。さらに、この形状記憶PCPを用いると二つの吸着現象をスイッチ可能であることを示した(図9)。
図8 50ナノメートルの結晶を用いたメタノール吸着スイッチング。(左)まず開いた構造の状態でメタノールを吸着させると、低圧領域で一気に分子を取り込んだ。(中)続いて、加熱することで開いた状態から閉じた状態へ変化させ吸着測定を行った。ゲートオープン圧を示しながら閉開構造変化を示した。脱着すると形状記憶効果により、開いた構造が記憶される。(右)さらにもう一度吸着をとると、(左)の吸着測定と同様の曲線を示し、開いた状態を維持していることがわかる。
図9 まとめの図。結晶サイズを小さくするとフレキシブルPCPから形状記憶PCPへと変化する。これは結晶サイズを小さくすることに伴い、構造の柔らかさが徐々に堅くなり、分子を取り除いても開いた構造を維持するためである。
3.今後の期待
PCPは内包する非常に小さな細孔(約1ナノメートル)を用いた研究が盛んに行われている。その中でも、フレキシブルPCPのゲートオープン圧を利用した分離材料の開発は特に注目されており、世界中で競争が行われている。今回の研究成果である、結晶サイズ効果による形状記憶能の発現は、学術的に大きな発見であるのみならず、産業応用を視野に入れた分離技術の開発に向けた大きな成果であると考えられる。現在は開いた構造から閉じた構造への変化は加熱で行っているが、これを光などで自由に構造変換させることができれば、必要な時に分子を取り込んだり、取り出したりすることが可能な「スマート(賢い)マテリアル」へと発展させることも可能になる。
4.謝辞
本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「北川統合細孔プロジェクト」の一環として行われました。特に、ERATOと京都大学物質-細胞システム拠点で博士研究員であった、酒田陽子博士(現 神戸大学助教)の努力なしでは今回の成果は得られませんでした。分子吸着過程におけるX線回折実験はSPring-8のBL13XUで行われ(課題番号:2011B1671)、ビームライン担当者の坂田修身博士(現 物質・材料研究機構 高輝度放射光ステーション ステーション長)には大変お世話になりました。このプロジェクトに関わったすべての共同研究者にこの場を借りて御礼を申し上げます。
参考文献
[1] O. M. Yaghi et al.: Nature 423 (2003) 705-714.
[2] S. Kitagawa, R. Kitaura and S. Noro: Angew. Chem. Int. Ed. 43 (2004) 2334-2375.
[3] M. Kondo, T. Yoshitomi, K. Seki, H. Matsuzaka and S. Kitagawa: Angew. Chem. Int. Ed. 36 (1997) 1725-1727.
[4] H. Li, M. Eddaoudi, T. L. Groy and O. M. Yaghi: J. Am. Chem. Soc. 120 (1998) 8571-8572.
[5] H. Deng et al.: Science 336 (2012) 1018-1023.
[6] S. Horike, S. Shimomura and S. Kitagawa: Nat. Chem. 1 (2009) 695-704.
[7] Y. Sakata et al.: Science 339 (2013) 193-196.
[8] T. Tsuruoka et al.: Angew. Chem. Int. Ed. 48 (2009) 4739-4743.
京都大学 物質-細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS)
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