ページトップへ戻る

Volume 18, No.2 Pages 65 - 68

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

作動中のリチウムイオン電池の電極/電解質ナノ界面を世界で初めて観察
First In situ Observation on Electrode / Electrolyte Nano-interface of Lithium-ion Batteries

高松 大郊 TAKAMATSU Daiko

京都大学 産官学連携本部/(株)日立製作所 日立研究所 Office of Society-Academia Collaboration for Innovation, Kyoto University / Hitachi Research Laboratory, Hitachi, Ltd.

Abstract
 BL01B1ビームラインにおいて、リチウムイオン二次電池の電極最表面のX線吸収分光(XAS)測定を行いました。パルスレーザー堆積法で白金基板上に作製したLiCoO2薄膜電極に、Co-K吸収端の全反射蛍光XAS(TRF-XAS)を適用することで、電極最表面(3 nm深さ)のCoの化学状態を抽出計測することに成功しました。さらに、充放電制御させながらTRF-XAS測定が可能な実験系を構築し、電池作動環境下でのLiCoO2電極と電解質のナノ界面挙動のその場観察に世界で初めて成功しました。
Download PDF (801.04 KB)

1. 蓄電池における界面反応理解の重要性
  蓄電池は、これまで携帯機器の電源や自動車のスターターとして幅広く使われてきましたが、近年は電気自動車や自然エネルギー貯蔵などの新たな用途が期待されており、エネルギー環境問題の解決に必要不可欠なキーデバイスです。なかでも、エネルギー密度の高いリチウムイオン二次電池のさらなる改善が期待されており、特に電気自動車を始めとする使用期間の長い用途では、寿命特性の向上が強く求められています。リチウム電池の劣化につながる大きな要因として、リチウムイオンが電極と電解質の間を通る際の反応障壁の存在が知られており、電池が作動している際の電極/電解質界面の詳細挙動を観察し、反応障壁を下げる有効な改善策を講じることが重要です。このような界面領域は、デバイ長(数nm)程度であると考えられるので、界面現象を明らかにするためには、構造や化学情報をナノメートル分解能で取得する必要があります。
 リチウムイオン二次電池の解析には様々な分光法が用いられています。例えば、X線回折(XRD)による電極の結晶構造の解析、X線光電子分光(XPS)による電極表面の元素分析、X線吸収分光法(XAS)による電極の電子・局所構造解析などは、電池の劣化状態を調べる強力なツールです。しかし、電池作動条件下でナノメートルオーダーの電極/電解質の界面領域を有効に観察する手法がなく、適切な解析手法の開発が望まれていました。



2. XASを用いた蓄電池の電子・局所構造解析
 XASは、内殻電子の励起を利用した分光法で、元素固有のエネルギーのX線を試料に照射した際の吸収端近傍の吸収スペクトルを測定します。吸収端近傍の領域をXANES(X-ray Absorption Near Edge Structure)、これより高エネルギー側をEXAFS(Extended X-ray Absorption Fine Structure)と呼んでいます。XANESの解析からは、測定対象元素の対称性や価数に関する情報(電子構造)が得られ、EXAFSの解析からは、測定対象元素の周囲の原子の配置(原子間距離や配位数など)の情報が得られ、局所構造を決定することができます。XASの特徴として、試料の結晶性に依らず適用できることが挙げられ、アモルファス試料にも適用できます。最も一般的なXASの測定法は、試料を透過してきたX線の強度をイオンチャンバーで測定する透過法です。リチウムイオン二次電池の正極活物質には遷移金属酸化物(LiMxOy: M = Fe, Co, Mn, Niなど)が一般的に用いられており、これらの金属元素の吸収端のエネルギーは、高い透過力がある硬X線領域に相当するため、その高い透過力を用いれば、リチウムイオン電池の作動環境下でのその場計測が可能になります。測定法は他にも、試料のX線吸収によって放出される蛍光X線を測定する蛍光法や、転換電子を収集してX線の吸収量を見積もる転換電子収量法などがあります。電極/電解質の界面領域では電極の結晶構造が乱れて規則性を失っている可能性があるため、硬X線XASを用いた電極の最表面状態の解析が、最も有望な手段であると考え、以下の検討を行いました。



3. 薄膜モデル電極と全反射を用いた界面情報の抽出
 XASを用いて電極の最表面情報を得るためには、二つの重要な課題があります。一般に、リチウムイオン電池に用いられている電極は、LiCoO2などの電極活物質粒子に、電子伝導性の導電助材とこれらを接着するためのバインダーを混ぜ合わせ、アルミなどの集電箔に塗布したものが用いられています。このような所謂合剤電極は、複雑なモロフォロジーを有するため、電極/電解質界面を規定することは困難です。この課題を解決するために、我々の研究グループでは、導電性の基板上に電極活物質のみで構成された緻密な薄膜を堆積させた薄膜モデル電極を用いることで、測定エリア内で十分に平滑な電極表面を作り、電解液と接する界面を構成しました。本研究では、鏡面研磨した平坦な白金基板上にパルスレーザー堆積(PLD)法でLiCoO2薄膜を作製し、モデル電極としました。透過電子顕微鏡(TEM)像から膜厚が約50 nm、XRDから単相のLiCoO2からなる多結晶体、原子間力顕微鏡(AFM)から表面粗さが2 nm以下であったことから、合剤電極と同様の構造を有するナノメートルスケールで平滑なモデル電極であることを確認しました[1, 2][1] D. Takamatsu, T. Nakatsutsumi, S. Mori, Y. Orikasa, M. Mogi, H. Yamashige, K. Sato, T. Fujimoto, Y. Takanashi, H. Murayama, M. Oishi, H. Tanida, T. Uruga, H. Arai, Y. Uchimoto and Z. Ogumi, J. Phys. Chem. Lett., 2 (2011) 2511-2514.
[2] D. Takamatsu, Y. Koyama, Y. Orikasa, S. Mori, T. Nakatsutsumi, T. Hirano, H. Tanida, H. Arai, Y. Uchimoto and Z. Ogumi, Angew. Chem. Int. Ed., 51 (2012) 11597- 11601.

 もう一つの課題は、電極最表面をナノメートルスケールという高い深さ分解能で計測できるXAS手法を確立することです。我々は、全反射条件を用いた蛍光XAS法(TRF-XAS)による電極の界面情報の抽出に取り組みました。X線の波長領域では、気体の屈折率よりも固体の屈折率の方が小さいので、臨界角以下の入射角で平坦な試料表面にX線を入射させた場合には、全反射が起きます。この時、X線の物質中への侵入深さはエバネッセント波の領域(数nm程度)に限られるため、この領域内の原子のみからの蛍光X線を検出することで、電極表面情報のみを抽出計測することが可能になります。
 Co-K吸収端エネルギー(7.7 keV)におけるLiCoO2へのX線の侵入深さを計算した結果、全反射臨界角が0.28°であることが分かりました(図1(A))。図1(B)は、BL01B1ビームラインにおいて、19素子半導体検出器(SSD)で検出したLiCoO2薄膜からの蛍光X線強度の入射角依存の結果です。入射角0.3°付近で、蛍光X線強度の著しい増強が観察されたことから、全反射が起こっていることを確認しました。図1(A)と(B)を比べると、全反射臨界角の計算値と実測値がよく一致したことから、入射角によるLiCoO2薄膜へのX線の侵入深さを見積もることができます。全反射条件(臨界角より低角側)である入射角0.2°では、X線の侵入深さが3 nmと見積もれることから、この入射角で得られた蛍光XASを“電極表面”のみからの情報としました。一方、“電極バルク”の情報は、入射角2.2° (侵入深さ: 50 nm以上)としました。このように、全反射現象を用いることで、計測される蛍光XASの検出深さをナノメートル分解能で制御できることが分かります[2][2] D. Takamatsu, Y. Koyama, Y. Orikasa, S. Mori, T. Nakatsutsumi, T. Hirano, H. Tanida, H. Arai, Y. Uchimoto and Z. Ogumi, Angew. Chem. Int. Ed., 51 (2012) 11597- 11601.



図1(A) 7.7 keVにおけるLiCoO2のX線強度と侵入深さの計算
  (B) LiCoO2電極のみとその場セルにおけるCo蛍光X線強度の入射X線角度依存性
  (C) TRF-XAS計測用その場セルの模式図


4. 全反射蛍光XAS法による電極界面のその場計測
 リチウムイオン二次電池の作動条件下でのその場界面計測を実現するために、充放電状態を制御しながら蛍光XASが計測できるセルを作製しました(図1(C))。正極のLiCoO2薄膜/白金基板と対極のリチウム金属が対向した2極式のセル構成で、電解液(1M LiClO4 in EC:DEC = 1:1)に浸漬したセパレータを正負極間に挿入しました。図1(B)に示したように、入射光および試料からの蛍光X線は、電解液やセパレータで吸収され強度が減少します。しかし、SPring-8の高輝度放射光を用いることで入射角を規定できたため、後述する電池作動条件下でのその場TRF-XAS計測が実現できました。
 図2(A)は、LiCoO2薄膜の電解液浸漬前後における電極表面のXANES測定結果ですが、浸漬後のスペクトルは、浸漬前よりも低エネルギー側にシフトしております。XANESの吸収端は遷移金属の平均価数によってシフトすることが知られており、低エネルギー側へのシフトは低価数になっていることを表します。つまり、LiCoO2電極の表面Coは、電解液との接触により還元されたことになります。一方、電極バルクのXANESスペクトルは、電解液浸漬前後で変化がなかった(図2(B))ことから、電解液接触によるCo還元挙動は、表面3 nm以内の領域でしか起こらない挙動であると言えます。



図2 電解液浸漬前後の(A) 電極表面、(B)電極バルクのCo-K端のTRF-XANESスペクトル

 図3に、充放電中の電極表面(図3(A))と電極バルク(図3(B))のXANESスペクトル(XANES領域より十分高エネルギー側の8 keVにて規格化)、および各XANESスペクトルの規格化強度0.5における吸収端エネルギーの変化をまとめました。電極バルク側に注目すると、XANESスペクトルが、充電に伴い高エネルギー側に、放電に伴い低エネルギー側にシフトしており、LiCoO2からのLi脱離によるCo酸化反応が、Li挿入によるCo還元反応がそれぞれ進行しております。吸収端エネルギーも、充放電後に元の位置に戻っていることが分かります。一方、電極表面のXANESスペクトルですが、こちらも充放電に伴い変化が観察されましたが、吸収端エネルギーは元の位置には戻っておりません。このことから、バルクは充放電過程で可逆性良く電極反応が進行しているのに対し、表面では非可逆な反応挙動を示すことが明らかになりました。
 XANESで得られた最表面Co還元は、従来全く予想されていなかった現象であったため、その妥当性を調べるために、本研究ではさらに量子力学に基づく理論計算によるエネルギー評価を行いました。その結果、電解液中の有機溶媒がLiCoO2電極の最表面に作用して、有機溶媒の酸化とコバルト種の還元が同時に起こることの妥当性を確認しました[2, 3][2] D. Takamatsu, Y. Koyama, Y. Orikasa, S. Mori, T. Nakatsutsumi, T. Hirano, H. Tanida, H. Arai, Y. Uchimoto and Z. Ogumi, Angew. Chem. Int. Ed., 51 (2012) 11597- 11601.
[3] Y. Koyama, H. Arai, I. Tanaka, Y. Uchimoto and Z. Ogumi, Chem. Mater., 24 (2012) 3886-3894.



図3 充放電中の(A) 電極表面、(B) 電極バルクのCo-K端のTRF-XANESスペクトルと吸収端エネルギーの変化。

 図4は、XASの実験結果および理論計算の結果から推測される電極/電解質ナノ界面での電極の初期劣化挙動の模式図です。電解液への浸漬直後、電解液からの電子移動によるLiCoO2電極表面コバルト種の還元と有機溶媒の酸化分解が同時に起こり、電極/電解質ナノ界面にはCo2+種からなる極薄(〜 1 nm)の非可逆反応層(e.g. LixCo1-xO)が形成されます。この非可逆反応層は、その後の充放電サイクルに伴い、少しずつですが確実に増えて、円滑な電極反応の妨げにつながり、リチウムイオン二次電池の寿命特性を決める大きな要因になると考えられます。



Fig. 4 推測された電極/電解質ナノ界面における電極の初期劣化挙動の模式図


5. 今後の展開
 これまで述べてきた電極最表面における挙動は、従来のバルク観察手法や解体分析手法では分からなかった重要な知見であり、リチウムイオン電池の長寿命化・高性能化につながるアイディアを与えてくれます。現在我々は、本手法を2012年4月に完成したBL28XUのRISINGビームラインでも適用して、電極の表面修飾や、電解液の分解抑制材の検討を進めております[4] [4] D. Takamatsu, S. Mori, Y. Orikasa, T. Nakatsutsumi, Y. Koyama, H. Tanida, H. Arai, Y. Uchimoto and Z. Ogumi, J. Electrochem. Soc., 160 (2013) A3054-A3060.。また、本手法は、電池だけでなく、界面を有する様々な材料・電気化学デバイスの解析に応用が期待でき、従来のマクロな計測では明らかにすることができない界面現象の本質解明に発展することを期待しています。



6. 謝辞
 本研究はNEDO「革新型蓄電池先端科学基礎研究事業(RISING)」の一環として行われました。共同研究者である京都大学の小久見善八教授、内本喜晴教授、荒井創教授、小山幸典准教授、谷田肇准教授、折笠有基助教にこの場を借りて深く御礼申し上げます。また、京都大学大学院生の森伸一郎氏、中堤貴之氏、日立製作所 日立研究所の平野辰己氏、JASRI/SPring-8の新田清文氏には、実験・解析において多大なご協力をいただきました。実験は、SPring-8のBL01B1ビームラインを用いて行われました。(課題番号2010B1027、2011A1011、2011B1023)



参考文献
[1]D. Takamatsu, T. Nakatsutsumi, S. Mori, Y. Orikasa, M. Mogi, H. Yamashige, K. Sato, T. Fujimoto, Y. Takanashi, H. Murayama, M. Oishi, H. Tanida, T. Uruga, H. Arai, Y. Uchimoto and Z. Ogumi, J. Phys. Chem. Lett., 2 (2011) 2511-2514.
[2]D. Takamatsu, Y. Koyama, Y. Orikasa, S. Mori, T. Nakatsutsumi, T. Hirano, H. Tanida, H. Arai, Y. Uchimoto and Z. Ogumi, Angew. Chem. Int. Ed., 51 (2012) 11597- 11601.
[3]Y. Koyama, H. Arai, I. Tanaka, Y. Uchimoto and Z. Ogumi, Chem. Mater., 24 (2012) 3886-3894.
[4]D. Takamatsu, S. Mori, Y. Orikasa, T. Nakatsutsumi, Y. Koyama, H. Tanida, H. Arai, Y. Uchimoto and Z. Ogumi, J. Electrochem. Soc., 160 (2013) A3054-A3060.



高松 大郊 TAKAMATSU Daiko
京都大学 産官学連携本部
〒611-0011 京都府宇治市五ヶ庄
京都大学先端イノベーション拠点
TEL: 0774-38-4969
e-mail:takamatsudik@rising.saci.kyoto-u.ac.jp

[現所属]
(株)日立製作所 日立研究所
〒319-1292 茨城県日立市大みか町7-1-1
TEL: 0294-52-5111(ex.6140)
e-mail:daiko.takamatsu.hu@hitachi.com



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794