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Volume 17, No.4 Pages 332 - 335

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

SRI2012サテライト会議“Science at FELs”報告
Report of SRI2012 Satellite Meeting “Science at FELs”

田中 健一郎 TANAKA Kenichiro

(公財)高輝度光科学研究センター XFEL研究推進室 XFEL Division, JASRI

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 2012年7月15〜18日にドイツ、ハンブルグのDESYで開催されたSRI2012のサテライト会議の一つである“Science at FELs”に参加した。
 EUV領域のFELがDESYのFLASHで稼働してから8年、X線領域のFELがStanfordのLCLSで稼働してから2年を経過し、この間、我国をはじめスイスやイタリア等においても新しいFELが稼働して、数十nmからÅの領域でのFELパルス光の特長である「超高強度」「超短パルス」「高コヒーレンス」を活用した目覚ましい研究成果が続々と出てきている。
 会議は15日の夕刻から始まり、FLASH施設長E. Weckertの歓迎挨拶に続いて、DESYのCFELで原子・分子・光学物理(以下AMO)分野の国際的な研究グループASG(Advanced Study Group)を主宰し、我国でもおなじみのJ. Ullrich(元MPI、 Heidelberg、現PTB)が“New Light for AMO …and beyond”と題した基調講演を行った。この基調講演では、FLASHはもとよりSCSS、LCLS、 SACLAを利用した研究成果が紹介された。電子線励起イオントラップ装置(EBIT)やFEL実験に特化した多目的装置(CAMP)などの優れた装置技術を駆使して、AMO分野のみならず材料科学、生命科学、天文物理の分野にまでおよぶ研究で今後の進展が期待される話であった。


写真 会場の様子


 翌16日の朝から18日の昼までの会議では、AMO分野が6件、化学分野3件、理論4件、凝縮系物理4件、生命科学2件、極端条件下の物質3件、FEL技術/シード化技術7件の講演が行われた。以下、印象に残った発表を報告する。
 AMOのセッションでは、上田潔博士(東北大学)がSCSSとSACLAの紹介、ならびに両光源を使用した希ガスの多光子イオン化および希ガスクラスターのナノプラズマ生成に関する研究を発表した。T. Laarmann博士(DESY)らは、Heドロップレット中の2原子分子や3原子分子の2つの回転状態がコヒーレントに重なったwave packetをフェムト秒レーザーパルスで生成し、そのwave packetの動きを、遅延時間(ピコ秒の分解能)をかけた後続のFEL光によるフラグメントパターンの時間分解計測から観測し、回転定数(B)の変化の観測に成功した。例えばN個の原子からなるHeドロップレット中のOCS分子の場合では、Nの増加とともにBは急激に減少しその後極小値を経て振動しながら回復することを見出している。本来、回転状態の観測はマイクロ波分光で行われるものであるが、ここで観測されたようなピコ秒オーダーの速い現象はマイクロ波分光では困難である。ここでは、もう一つ綺麗なpump-probe実験を紹介する。M. Meyer博士(European XFEL)らは、LCLS-XFELを用いてNe原子のAuger電子分光を行い、赤外レーザー(800nm,100fs)との同期実験で、Auger電子ピークの両側に約1.5 eV間隔の複数のサイドバンドを観測した。サイドバンドの数と形状は両レーザー光の強度、偏光方向と光の重なり具合に大きく依存する。赤外レーザーの偏光方向に対して90°の方向でAuger電子を観測するとNe KLL Auger電子は赤外レーザー場の摂動を受けないが、角度を減少してゆくとサイドバンドが現れ、50°以下では左右に翼を広げたようにサイドバンドが優勢になる。この現象は、理論計算結果ともよく一致し、計算に用いるレーザー強度とパルス幅から、逆にXFELパルスの特性評価ができると指摘している点が興味深かった。次に、化学分野のセッションではA. Senftleben博士(MPI,Heidelberg)が発表した多原子分子の3体解離反応のダイナミックスに関する研究を紹介する。FLASH-FELによるOCS分子のS 2p電子のイオン化では、最大4価までのイオン化が起こり、その結果様々なイオン解離反応が進行する。その中で、OCS4+イオンの3体解離反応に着目してクーロン爆発イメージング法による3つの解離イオンの運動量解析を行った結果、CO2++S2+を経て段階的に進行するチャンネルと瞬時にC++O++S2+に3体解離するチャンネルを明確に分離し、その分岐比を示した。
 理論のセッションでは3件の講演があった。いずれも大強度のXFELと物質との相互作用に関するもので対象物質がそれぞれ異なっていた。原子に関するものではL. A. Nikolopoulos博士(Dublin City Univ.)がXFELの強度が1015 W/cm2以上でNeのAuger電子スペクトルのピークが内殻電子のRabi – coupling分だけAc - Stark splittingする話をした。希ガス原子クラスターに関しては,J. M. Rost博士(MPI,Dresden)が起こり得る非線形現象を4つのグループに分類して、縦軸をエネルギー、横軸を時間(フェムト秒からアト秒)とした魔法陣(magic square)で示した。それによると原点付近(slow & low)ではequilibriumプラズマ生成が起こり、右下(fast & low)ではnon - equilibriumプラズマ生成が起こる。また、左上(slow & high)では逐次的なイオン化が起こり、右上隅(fast & high)ではmassively parallel ionization(MPI,大規模な並列イオン化)が起こる。このMPIが彼の講演の主テーマであり、XFELを用いた実験で期待される現象である。ArやH2分子クラスターのサイズ(半径R)を変えてN重イオン化が作る全電荷Nによるポテンシャルを計算し、MPIにより予想される光電子スペクトル形状変化を報告した。
 凝縮系物理のセッションでは、フェムト秒赤外レーザー励起後の融解過程、脱磁過程、磁気相転位等のピコ秒オーダーでの4件の実験報告があった。この中でH. A. Dürr博士(SLAC)は、スピン−格子結合の大きい磁性体(Fe3O4)における金属−絶縁体相転位現象を1ピコ秒程度の速い電荷−格子緩和と30ピコ秒程度の格子−スピン緩和により説明した。
 新しいFEL技術/シード化技術のセッションでは、C. David博士(PSI)がダイヤモンドのゾーンプレートを用いたLCLSの単ショットスペクトルモニター技術や2枚のゾーンプレートを組み合わせたジッター無しのXFEL pomp/XFEL probe実験の可能性を報告した。また、Z. Huang博士(SLAC)が、ダイヤモンド薄膜を用いたLCLSのSASE FELの自己シード化実験の結果と軟X線領域での回折格子を用いたシード化の計画を報告した。
 ポスター発表は17日の午後に3時間かけてアンジュレータの組立調整ホールで行われた。当初96件の発表が予定されていたが11件のキャンセルがあった。DESYでの開催ということもあり、研究が行われた施設の内訳は、FLASH(35)が最も多く、続いてLCLS(19)、European XFEL(5)、FERMI(3)、SACLA(2)の順で、ESRFやPFのSR光を使用した発表も見受けられた。シンポジウムのテーマが“Science at FELs”ということで、口頭発表と同様に、広範囲な研究分野を網羅するとともに、それらを支える装置技術開発や理論に関する発表が多かった。最終日の午後には、DESYの北西約3.5 km離れたSchenefeld地区に建設中のEuropean FELの実験ホールの工事現場の見学が企画された。あいにくの小雨模様であったが、10人ずつのグループに分かれ、黄色の雨合羽を羽織って約100 m四方はあるかと思われる地下実験室に降りた。側面にはDESY方向からの6本のトンネルが完成しており、そのうちの5本にFEL発振のためのアンジュレータが並ぶそうである。案内していただいたEuropean FEL chairのTh. Tschentscher博士は、2015年中には完成させたいと意気込んでおられた。


写真 ポスター会場の様子


写真 European FEL建設現場見学の様子


 本シンポジウムに参加して強く感じたことは、これまで報告された研究成果には確かに素晴らしいものもあるが、従来のSR光による研究の延長線上にあるものも多いということである。XFELが新しいサイエンスを切り拓く無限の可能性を秘めていることは確かである。SR光が新しいサイエンスを生み出すのに10年以上費やしたように、今後の10年間が楽しみである。なお、本シンポジウムへの参加者は約200名であった。急速に進展している魅力的な分野の会議であるにもかかわらず日本からの参加者が5名と少なかったのが残念である。次回開催についての公式案内は無かったが、近い将来何処かで必ず開催するとのことであった。その時には日本からも多くの方(とくに若い人)が参加されることを期待したい。
 最後に、悲しいお知らせがある。本シンポジウムで高濃度の希ガス原子による非線形過程の一つとして超蛍光現象や自動イオン化プロファイルを利用したSASE-FELの単色化について講演し注目を受けた永園充博士(理研XFEL)が去る8月27日に不慮の事故で急逝された。永園氏は、理研着任前の2003〜2007年にDESYに滞在し、彼が中心的に行ったFLASH-FELによるHeの2光子吸収に関する研究は、VUV領域のFELを用いた最初の非線形分光の研究として高く評価されている。理研着任後は、SACLAの試験器であるSCSS試験加速器からのEUV-FEL光の利用研究業務に従事し、国内外からの多くの利用研究者とともに多岐にわたる優れた研究を展開してきた。将来有望な研究者をこのようなかたちで失ったことは誠に残念です。ご冥福をお祈りする。
 参考までに、本会議のプログラムを文末に記す。



プログラム
7月15日
18:00 - 19:00 Registration
19:00 - 20:00 Opening Session

19:00    New Light for Atomic, Molecular and Optical Physics …and beyond
      J. Ullrich (MPI, Heidelberg)

20:00 - 22:00 Conference Dinner (DESY)

7月16日
09:00 - 12:40 Atoms, Molecules, Ions, Optical Phenomena
09:00    FEL Experiments for Atoms and Atomic Clusters: From EUV to X Rays
      Kiyoshi Ueda (IMRAM, Tohoku University)
09:40    Time-resolved imaging experiments with ultraintense, short x-ray pulses on excited nanoparticles
      Tais Gorkhover (TU-Berlin)
10:10    The interaction of SASE EUV-FEL pulses with high density atomic gas
      Mitsuru Nagasono (RIKEN/SPring-8)

10:40 - 11:00 Coffee break

11:00    High-Harmonic and FEL-based pump - probe spectroscopy
      Marc Vrakking (MBI Berlin)
11:40    Generation of the simplest rotational wave packet in a diatomic molecule at FLASH:
      Microwave spectroscopy in the time domain without microwaves
      Tim Laarmann (HASYLAB/DESY)
12:10    Characterization of the LCLS pulse duration and investigation of electronic relaxation
      dynamics via the Laser Assisted Auger Decay in atomic Neon
      Michael Meyer (European XFEL)

12:40 - 14:00 Lunch break

14:00 - 15:40 Chemistry
14:00    Observing Molecular Reactions via Simultaneous Ultrafast X-ray Spectroscopy and Scattering
      Christian Bressler (European XFEL)
14:40    Extreme ultra-violet induced molecular dynamics imaged by three-body coincidences
      Arne Senftleben (MPI, Heidelberg)
15:10    High Energy Small Molecule Crystallography at LCLS
      Simone Techert (MPI, Göttingen)

15:40 - 16:00 Coffee break

16:00 - 18:50 Theory
16:00    Massively parallel ionization
      J. Rost (MPI, Dresden)
16:40    Ac-Stark splitting in core-resonant Auger decay in strong X-ray fields
      Lampros Nikolopoulos
      (Dublin City University)
17:10    Limitations of coherent di ractive ff imaging of single objects due to their damage
      by intense x-ray radiation
      Zoltan Jurek (CFEL)
17:40    Ultrafast laser-cluster dynamics in intense short-wavelength pulses
      Thomas Fennel (University of Rostock)

7月17日
09:00 - 11:10 Condensed Matter Physics
09:00    Nanoscale charge & spin dynamics in correlated materials
      H. A. Dürr (SLAC)
09:40    Towards a direct ultrafast measurement of the magnetization
      Yves Acremann (ETH Zürich)
10:10    Ultrafast magnetic domain dynamics studied by magnetic resonant scattering at X-FEL sources
      Christine Boeglin (CNRS, Strasbourg)

10:40    Femtosecond dynamics of the collinear-to-spiral antiferromagnetic phase transition in CuO
      Steven Johnson (ETH Zürich)

11:10 - 11:30 Coffee break

11:30 - 12:40 Life Science
11:30    Protein nano-crystallography with X-ray FEL pulses
      Henry Chapman (DESY-CFEL)
12:10    Time-resolved Single-Shot Diffraction of Lipid Membrane with fs FEL-Pulses
      Dong-Du Mai (University of Göttingen)

12:40 - 14:00 Lunch break

14:00 - 15:40 New developments/New FEL techniques /Seeding
14:00    Diffractive optics for hard x-rays - opportunities for science at XFELs
      Christian David (PSI)
14:40    Single Shot Spatial and Temporal Coherence Properties of the LCLS in the Hard X-ray Regime
      Christian Gutt (HASYLAB)
15:10    Application of Speckle Correlations to Coherent Diffractive Imaging: Practical Aspects
      Dmitri Starodub (SLAC)
15:40 - 18:30 Poster session and vendor exhibition

18:30 - 23:00 Conference Dinner

7月18日
08:30 - 10:10 Matter under extreme conditions
08:30    Matter in extreme conditions with 4th generation light sources
      Bob Nagler (SLAC)
09:10    Ultrafast non-equilibrium collective dynamics in warm dense hydrogen
      Marion Harmand (DESY)
09:40    Dynamic evolution of hole states created by X-ray photo-pumping of dense plasmas
      with intense XFEL radiation
      Frank ROSMEJ
      (Sorbonne University, Paris)

10:10 - 10:30 Coffee break

10:30 - 12:40 New developments/New FEL techniques /Seeding
10:30    Simultaneous Measurement of Pulse Profile and Arrival-time at Free-Electron Lasers
      Adrian Cavalieri (UHH/MPSD/CFEL)
11:00    Coherent Diffraction Imaging Project at FERMI@Elettra: First commissioning results
      and research opportunities
      Flavio Capotondi (Elettra, Trieste)
11:30    Self-seeding x-ray FELs at the LCLS
      Z. Huang (SLAC)
12:10    First Seeding at FLASH
      Tim Laarmann (HASYLAB/DESY)
12:40 - 13:00 Concluding remarks

13:00 - 14:00 Lunch break

14:00 - 16:00 DESY and European XFEL visits



田中 健一郎 TANAKA Kenichiro
(公財)高輝度光科学研究センター XFEL研究推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-0992(代)
e-mail:kentanaka@spring8.or.jp



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794