Volume 09, No.1 Pages 42 - 45
3. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
高圧下における窒化ガリウムの一致溶融
− 単結晶窒化ガリウム育成の新手法 −
Congruent Melting of Gallium Nitride at High Pressure and Its Application to Single Crystal Growth
[1]日本原子力研究所 関西研究所 放射光科学研究センター Synchrotron Radiation Research Center, Kansai Research Establishment, JAERI、[2]スプリングエイトサービス㈱ SPring-8 Service Co., Ltd
- Abstract
- The decomposition and melting behaviors of GaN under high pressures and temperatures were studied by in situ x-ray diffraction experiments using a large volume multi-anvil high-pressure apparatus at beamline BL14B1. GaN decomposed into Ga melt and N2 at lower pressures than 5.5 GPa. At pressures above 6.0 GPa, however, congruent melting of GaN occurred around 2220 ℃, and decreasing the temperature allowed the GaN melt to crystallize to the original structure. Single crystals of GaN were formed by cooling the melt slowly under high pressures and were recovered at ambient conditions. The present results have great potential in providing high quality bulk single crystals of GaN, which are desirable substrates for fabricating optoelectronic devices.
1.はじめに
窒化ガリウム(GaN)系半導体は、青色から紫外光の発生に対して優れた特性を有し、これを用いた短波長発光デバイスの長寿命化や発光強度化を目指した研究が精力的に行われている。またGaNは、次世代超高速光通信や携帯電話等のキーデバイスとなる高出力・高効率トランジスタ等への応用が見込まれているほか、スピンエレクトロニクスの母材の最有力候補物質でもある。
デバイス性能向上のためには結晶中の転位が少ないことが必須であるが、現在のGaN系デバイスはサファイアなどの異種結晶基板上に成膜されているために、格子不整合や熱膨張率差に起因する多くの転位を含んでいる。中間層の形成技術によって転位密度の低減がはかられているが、さらにこれを飛躍的に減らしデバイスの高機能化をめざすには、GaN基板を用いたホモエピタキシャル成長によるデバイスを作製する必要があり、この目的に使用できる良質かつ数インチサイズ以上の大型のGaN単結晶が切望されている。しかしながら、GaNは高温でGa金属と窒素ガスに分解してしまい、シリコンなどで行われているような融液の徐冷によって単結晶を得るという標準的な単結晶育成手法が利用できない。このため、気相成長法 [1] [1]M. K. Kelly et al.: Jpn. J. Appl. Phys. 38 (1999) L217-L219.やフラックス法 [2] [2]H. Yamane, M. Shimada, T. Sekiguchi and F. J. DiSalvo : J. Cryst. Growth 186 (1998) 8-12.、高圧窒素ガスを用いる方法 [3,4] [3]S. Porowski : J. Cryst. Growth 166 (1996) 583-589.
[4]M. Hasegawa and T. Yagi : J. Cryst. Growth 217 (2000) 349-354. などさまざまな工夫で、単結晶GaN育成の試みがなされており、熾烈な開発競争が続いている。
今回我々は、放射光による高温高圧その場X線実験により、6GPa以上の圧力、2220℃以上の高温下においてGaNが分解することなく一致溶融し、その融液を冷却するとGaN結晶相に可逆的に戻ることを見出した。この事実は、高圧下でGaN組成の融液を徐冷して結晶を得る、新しいGaN単結晶の育成法につながるものである [5] [5]W. Utsumi et al. : Nature Materials 2 (2003) 735-738.。放射光その場観察ならびに単結晶育成の実験の概要を紹介する。
2.高温高圧下その場X線回折実験
その場観察実験は、原研ビームラインBL14B1設置の高温高圧発生装置(SMAP2)を用いて行った [6, 7] [6]W. Utsumi et al. : J. Phys. Cond. Matt. 14 (2002) 10497-10504.
[7]内海渉 他:日本結晶学会誌 42 (2000) 59-67.。図1に装置の概念図を示す。本システムは原研の博士研究員として在籍した山片正明氏によって設計・設置され、岡田卓氏らの努力により整備されたものである。試料は、立方体形状の高圧発生セルに充填され、上下左右方向から超硬合金製の加圧部品(アンビルと称される)により圧縮される。高温は、高圧セル内に埋め込まれた黒鉛製のヒーターに通電することによって発生させる。2200℃以上の温度を安定して発生させるために、高圧セルにさまざまな改良がほどこされており、試料部の大きさは、直径約1㎜、高さ1㎜程度である。BL14B1の偏向電磁石からの白色X線を用いて、高温高圧状態にある試料の様子をエネルギー分散法によるX線回折によりその場観察することができる。本実験では、出発物質として微粉末GaN試料(高純度化学)を用い、2.0から6.8GPaの各圧力下で温度を上昇させ、試料の分解、融解、結晶化のプロセスを観察した。
図1 原研ビームラインBL14B1に設置されているその場X線観察用高温高圧発生装置
図2(a)は、2.0GPaの圧力下で、温度を上昇させていった際の試料のX線プロファイル変化である。1600℃まではGaNの結晶構造であるウルツ鉱型構造の回折パターンを示しているが、1650℃で結晶ピークは消失し、ブロードなプロファイルとなる。これは、この温度でGaNが分解し、液体Gaが生成したことを示している。常温常圧には、液体Gaが回収される。これに対し、6.0GPaでの実験では、GaNの一致溶融が観測された(図2(b))。1800℃付近から粒成長が起こり始め、観測される回折ピーク強度は大きくばらついてくるものの、融解直前までウルツ鉱型構造を保っている。2215℃で、ブロードな液体プロファイルとなるが、この形状はGa液体のそれとははっきりと異なっており、GaNが一致溶融してGaN融液ができていることを示唆する。ヒーターへの通電を切って急冷したのち常圧に回収した試料は、GaNの結晶プロファイルを与え、融液が可逆的に結晶に戻ったことを示している。このようなGaNの一致溶融は、今回の研究で初めて実験的に確認されたものである。
図2 2.0GPaならびに6.0GPaにおけるGaNの粉末X線回折プロファイルの温度変化
図3は、今回の研究で決定されたGaNに関する圧力温度相関係図である。低圧領域では、高温でGaNは液体Gaと窒素に分解してしまい、この状態から温度を下げても、Gaが回収されるだけである。圧力の上昇とともに、GaNの分解温度はほぼ直線的に上昇していき、6GPa以上の高圧下では、分解反応が抑制されて、約2220℃以上でGaNとして一致溶融する。融解温度の圧力依存性は小さく、クラジウス・クラペイロンの関係式(dT/dP=ΔV/ΔS)から、この融解凝固に際しての体積変化が非常に小さいことが予想される。この相図は、高圧下でGaN融液を徐冷して単結晶GaNを合成するための指標となるものである。なお、図3において点線で示されたガリウム液体+窒素ガスと窒化ガリウム液体との間の境界線は推定であり、その正確な決定は今後の課題である。
図3 その場観察実験により得られたGaNの温度圧力状態図
3.単結晶合成実験
その場観察で得られた相図にもとづいて、GaN単結晶の高圧合成を試みた。合成実験には、原研放射光物性棟に設置されている高圧装置(SMAP3)を使用している。この装置はBL14B1ビームラインに設置されているものと同じスペックで設計されており、放射光その場観察と全く同じ高圧セルを使用して同じ温度圧力条件での合成実験が可能である。
図4は、6.8GPaの高圧下で2300℃まで昇温してGaN液体を得たのち、圧力を保ったまま毎分1℃の速度で試料をゆっくり冷却することによって得られたGaN単結晶の走査型顕微鏡写真である。結晶はやや薄黄色がかった透明色で、ヒータの温度勾配に沿った方向に柱状に成長する。大きさは最大で200µm程度であり、それらが窒化硼素製カプセル中に多数充填された状態で回収された。
図4 6.8GPaの高圧下でGaN融液を徐冷することにより得られたGaN単結晶の走査顕微鏡像
回収試料の単結晶振動写真を図5に示す。 原研ビームラインBL22XUに設置された四軸回折計とイメージングプレートを用い、E=25keVの単色X線を入射線として得られた像である。入射X線は試料のa*-c*面に垂直であり、振動角度はc*軸周りに±10°である。ブラッグスポットは、ウルツ鉱型結晶構造から予想される基本反射で説明でき、それらが非常に鋭く、かつ分裂などもないことから、結晶性の高い良質の単結晶であることが示唆される。また、ラマン分光測定によって、E2およびA1(LO)モードに対応する567cm-1, 734cm-1の鋭いピークが確認されている。現在、試料のより詳細な分析とともに、単結晶サイズの大型化をめざした研究が進行中である。
図5 得られたGaN単結晶のX線振動写真
4.今後の発展
今回の実験においては、使用した高圧装置の制限により、得られた単結晶の大きさは高々200µm程度にとどまっている。しかしながら、高温高圧法による合成ダイヤモンドの生産現場においては、種々の大型高圧装置が稼動しており、直径3インチクラスのダイヤモンド焼結体も既に市販されている。今回の手法によるGaN単結晶育成に必要な圧力である6GPaは、ダイヤモンド高圧合成に必要な圧力とほぼ同程度である。したがって、これらの大型高圧装置を利用することによって、エピタキシャル成長用基板として要求される大型単結晶GaNを育成できる可能性は高い。またこの高圧技術を用いたGaN単結晶育成法は、別元素の添加や置き換えが容易であり、GaNをベースにした多様な物質への応用も可能である。基礎物質科学への貢献や、光・エレクトロニクス産業の基盤技術としての展開が期待される。
参考文献
[1]M. K. Kelly et al.: Jpn. J. Appl. Phys. 38 (1999) L217-L219.
[2]H. Yamane, M. Shimada, T. Sekiguchi and F. J. DiSalvo : J. Cryst. Growth 186 (1998) 8-12.
[3]S. Porowski : J. Cryst. Growth 166 (1996) 583-589.
[4]M. Hasegawa and T. Yagi : J. Cryst. Growth 217 (2000) 349-354.
[5]W. Utsumi et al. : Nature Materials 2 (2003) 735-738.
[6]W. Utsumi et al. : J. Phys. Cond. Matt. 14 (2002) 10497-10504.
[7]内海渉 他:日本結晶学会誌 42 (2000) 59-67.
図2、4、5は、参考文献5より、許諾を得て転載している。
内海 渉 UTSUMI Wataru
日本原子力研究所 放射光科学研究センター
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-2632 FAX:0791-58-2740
e-mail:utsumi@spring8.or.jp
略歴:
1983年 大阪大学 基礎工学部 物性物理工学科卒業
1985年 大阪大学大学院 基礎工学研究科 物理系修士課程修了
1985年 住友化学工業株式会社 高槻研究所 研究員
1987年 東京大学 物性研究所 極限物性部門 助手
1993年 米国ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校 博士研究員
1995年 日本原子力研究所 専門研究員
2003年 日本原子力研究所 関西研究所 放射光科学研究センター
主任研究員 極限環境物性研究グループ サブリーダー
専門:高圧科学
趣味:桂枝雀、谷川浩二、下村理
齋藤 寛之 SAITOH Hiroyuki
日本原子力研究所 放射光科学研究センター
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-2632 FAX:0791-58-2740
e-mail: cyto@spring8.or.jp
略歴:
1997年 筑波大学 第三学群基礎工学類卒業
2003年 筑波大学大学院 工学研究科 物理工学専攻 博士課程修了
2003年 日本原子力研究所 関西研究所 放射光科学研究センター 博士研究員
専門:回折結晶学
趣味:テニス、スキー、カメラに散財すること
青木 勝敏 AOKI Katsutoshi
日本原子力研究所 放射光科学研究センター
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-2629 FAX:0791-58-2740
e-mail: k-aoki@spring8.or.jp
略歴:
1988年 東京大学大学院 理学系研究科 博士課程修了
1988年 東京工業試験所 保安環境化学部 研究員
1993年 物質工学工業技術研究所 極限反応部 研究室長
1999年 物質工学工業技術研究所 首席研究官
2002年 産業技術総合研究所 物質プロセス研究部門 副研究部門長
2003年 日本原子力研究所 関西研究所 放射光科学研究センター 次長
極限環境物性研究グループ グループリーダー
専門:高圧科学
趣味:播磨地区ドライブ
金子 洋 KANEKO Hiroshi
スプリングエイトサービス株式会社
〒678-1205 兵庫県赤穂郡上郡町光都2-23-1
TEL:0791-58-2632 FAX:0791-58-2740
e-mail: kaneko@spring8.or.jp
略歴:
1998年 姫路工業大学 理学部 物質科学研究科卒業
1998年 株式会社エイチ・アイ・シー入社
2002年 スプリングエイトサービス株式会社入社
専門:プログラミング
趣味:オンラインゲーム、阪神タイガース