Volume 17, No.1 Pages 21 - 25
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
柔軟性錯体ナノ空間でのπ共役オリゴマーの発光スイッチング:新しいガスセンサー材料への応用
Luminescence Switching of π-Conjugated Oligomers in Flexible Coordination Nanospaces: Application to New Gas Sensor Material
[1]京都大学大学院 工学研究科 Graduate School of Engineering, Kyoto University、[2]京都大学大学院 物質-細胞統合システム拠点 Institute for Integrated Cell-Material Sciences, Kyoto University
- Abstract
- 金属イオンと有機架橋配位子から形成される多孔性金属錯体の特徴のひとつに、外部刺激による構造の柔軟な変化が挙げられる。このような柔軟性多孔性金属錯体に発光性分子を導入し、溶媒やガスの吸着によってホスト構造を変化させることができれば、そのホスト変化と同期してゲスト分子のコンフォメーションやパッキングが変化し、発光をコントロールできる。本研究では、発光性高分子であるPoly(p-phenylene vinylene)(PPV)のユニット構造であるdistyrylbenzene(DSB)を導入し、溶媒分子やガス分子の吸着や熱といった外部刺激を与えることで発光のスイッチングを行った。これにより、大気中ガスから二酸化炭素のみを選択的に蛍光検知することに成功し、エネルギー移動や化学的相互作用を必要としない先進的なガスセンサーとしての応用が見えてきた。
1.はじめに
有機発光体は、記録表示機能やセンサー機能としての利用など材料分野で重要性が高まっており、盛んに研究がなされている。特に、分子のコンフォメーションやパッキングを外部刺激で変化させることで発光特性を動的に変化させる方法は、可逆的で光劣化しにくい点で非常に注目を集めている[1-3][1]C. Löwe and C. Weder: Adv. Mater. 14 (2002) 1625-1629.
[2]T. Mutai, H. Satou and K. Araki: Nature Mater. 4 (2005) 685-687.
[3]Y. N. Hong, J. W. Y. Lam and B. Z. Tang: Chem. Commun. (2009) 4332-4353.。しかし、その報告の多くは熱や機械的圧力といった外部刺激に限られており、溶媒やガスの圧力をセンシングして発光を変化させたという例はあまり無い。特にガスの物理吸着のような弱い相互作用に応答する系が達成できれば、俊敏に応答でき、再利用が可能な蛍光検知システムを構築できる。
近年、金属イオンと有機架橋配位子との自己集合によって形成される多孔性金属錯体が世界中で注目を浴びている(図1)[4-7][4]S. Kitagawa, R. Kitaura and S.-i. Noro: Angew. Chem. Int. Ed. 43 (2004) 2334-2375.
[5]D. Bradshaw, J. B. Claridge, E. J. Cussen, T. J. Prior and M. J. Rosseinsky: Acc. Chem. Res. 38 (2005) 273-282.
[6]G. Férey: Chem. Soc. Rev. 37 (2008) 191-214.
[7]L. J. Murray, M. Dincă and J. R. Long: Chem. Soc. Rev. 38 (2009) 1294-1314.。この材料の特徴の1つに、外部刺激による構造の柔軟な変化が挙げられる(図1)[8-10][8]H. Choi, M. Dincă and J. R. Long: J. Am. Chem. Soc. 130 (2008) 7848-7850.
[9]G. Férey and C. Serre: Chem. Soc. Rev. 38 (2009) 1380-1399.
[10]J.-R. Li, R. J. Kuppler and H.-C. Zhou: Chem. Soc. Rev. 38 (2009) 1477-1504.。このような柔軟性多孔性金属錯体に発光性分子を導入し、溶媒やガスの吸着によってホスト構造を変化させることができれば、そのホスト変化と同期して発光性分子のコンフォメーションやパッキングが変化し、発光をコントロールできると考えられる。すなわち、柔軟性ホストと蛍光性ゲスト分子を組み合わせることで、ガスや溶媒の吸着に応答する高効率なセンシングシステムが達成できる。本研究では、発光性高分子であるPoly(p-phenylene vinylene)のユニット構造であるdistyrylbenzene(DSB)を柔軟性多孔性金属錯体に導入し、ガス分子や溶媒分子の吸着によるDSBの発光変化を調べた[11][11]N. Yanai, K. Kitayama, Y. Hijikata, H. Sato, R. Matsuda, Y. Kubota, M. Takata, M. Mizuno, T. Uemura and S. Kitagawa: Nature Mater. 10 (2011) 787-793.。
図1 多孔性金属錯体の特徴
2.多孔性錯体と蛍光分子との複合体形成
粉末状のホスト錯体[Zn2(terephthalate)2(triethylenediamine)]n(1)(細孔サイズ=7.5×7.5 Å2)とDSBを固相混合後、真空下で加熱してDSBを昇華させてホストへの導入を行った。XRD測定の結果より、ホスト骨格が元の構造(1)から変形した構造(1’)に変化した複合体(1’⊃DSB)であることを確認した(図2)[12][12]D. N. Dybtsev, H. Chun and K. Kim: Angew. Chem. Int. Ed. 43 (2004) 5033-5036.。SPring-8のBL02B2において、詳細なXRDの測定を行ったところ、DSB導入により、元々正方晶であった1の構造が斜方晶の1’へと変化し、Zn2ユニットの体積が1,148 Å3から1,078 Å3へと若干収縮していることが示された。
ホストの細孔内のDSBのコンフォメーションをIRとラマン測定により調べた。DSBのC-H面外変角振動に着目すると、バルク状態では970 cm-1にピークを示したが、1’の細孔内のDSBは低波数側にピークがシフトしており、バルクとは異なるコンフォメーションをとっていると示された。理論計算を行った所、DSBの二重結合周りの二面角を大きくするとC-H面外変角振動のピークが低波数側にシフトすることから、1’の骨格中ではDSBのコンフォメーションが平面状から大きくねじれていることが示された。ラマン測定からも、1’の細孔内のDSBがねじれていることが示されたことから、ホスト-ゲストの相互作用により、バルクとは異なるコンフォメーションでDSBが細孔内に存在していることがわかった(図2)。
図2 DSBの1への導入、および二酸化炭素吸着に伴う構造、蛍光変化
3.ガス分子の導入と検知
1’⊃DSBのガス吸着測定を行うと、ホスト骨格の構造変化を伴いながら、ガスが吸着されることがわかった。興味深いことにこの複合体は大気中の主要ガス成分において、窒素、酸素、アルゴンは吸着しないが、二酸化炭素のみを選択的に吸着することがわかった(図3)。二酸化炭素の吸着の過程で、等温線にいくつかのステップが見られたので、195 Kで二酸化炭素導入過程のXRD測定をSPring-8のBL02B2で行い、ホストの構造変化の解析を行った。その結果、ガスの吸着にしたがってホスト骨格が1’から徐々に1に変化していき、80 kPaの導入圧ではほとんどのホストが1に戻っていることが示された(1⊃[DSB+CO2])(図4)。興味深いことに、二酸化炭素導入過程でIR測定を行うと、二酸化炭素の吸着に応じて、DSBのC-H面外変角振動のピークが高波数側へとシフトした(図5)。すなわち、これらの結果から、ガスの吸着により、ホストの構造変化とゲストのコンフォメーション変化が同期的に起こっていることがわかった。
図3 1’⊃DSBのガス吸着等温線(赤:二酸化炭素[195 K]、青:窒素[195 K]、紫:酸素[195 K]、緑:窒素[77 K]、橙:酸素[77 K]、黒:アルゴン[77 K])
図4 1’⊃DSBの二酸化炭素吸着過程(195 K)におけるXRDの変化
図5 1’⊃DSBの二酸化炭素吸着過程(195 K)におけるIRの変化
1’⊃DSBは二酸化炭素の吸着に応答して蛍光挙動を変化させることが示された。ガスが導入されていない状態では195 Kでこの複合体はほとんど蛍光を示さない。しかし、二酸化炭素を吸着することで、数秒以内に明確な青色発光を示し、数分でその蛍光変化が完了することがわかった。ガスの導入圧を上げていきながら、蛍光スペクトルを測定すると、最初はブロードなスペクトルであったのが、DSBのコンフォメーション変化が始まる30 kPa付近から蛍光スペクトルの変化が見られ、最終的には振動構造を有するきれいなスペクトルへと変化した(図6)。このようなスペクトルの変化はDSBのコンフォメーション変化と密接に関係していると考えられる。また、ガス吸着後に二酸化炭素を真空除去すれば、また1’⊃DSBに容易に戻ることから、本系では、二酸化炭素の導入圧に応じて、蛍光挙動が変化するセンサーとして非常に有用であることが示された。
図6 1’⊃DSBの二酸化炭素吸着過程(195 K)における蛍光スペクトルの変化
通常、物理的性質の似通ったガスの検知は非常に難しい。しかし、柔軟性多孔性金属錯体は同様の性質を持つガスのわずかな違いを見極め、選択的な吸着挙動を示す。今回は二酸化炭素と同様のサイズ、形状、沸点を示すアセチレンの吸着を1’⊃DSBで行うことで、吸着挙動が二酸化炭素のときと大きく違い、この二つのガスを見極めるセンサーとして有用であることが明らかになった。1’⊃DSBを用いて195 Kでアセチレンの吸着を行うと、二酸化炭素の場合とは異なり、急激な吸着挙動を示し、低圧領域で飽和に達した(図7)。これはアセチレンの末端水素と錯体細孔の壁との効果的な相互作用があるためである。SPring-8で、アセチレン吸着過程のXRDを測定すると、二酸化炭素のときと同様にガスの吸着により、骨格が1へと変化していくことがわかり、5.0 kPa程度で構造変化が終了することがわかった。この変化と同期して、DSBのコンフォメーションおよび蛍光挙動も変化したことから(図7)、アセチレンがほとんど存在しない低圧領域で、その存在を知らせるセンサーとなりうることが分かった。このようなガスの物理吸着による蛍光変化の例は非常に少なく、エネルギー移動や化学的相互作用を使わない高効率な蛍光ガスセンサーとして、その用途が期待される。
図7 1’⊃DSBの195 Kでのガス吸着等温線(左)とアセチレン吸着時の蛍光スペクトル変化
4.溶媒蒸気の導入と蛍光変化のメカニズム
ガス吸着によりDSBの蛍光挙動が大きく変化する理由を調べるため、溶媒分子の導入実験を行った。1’⊃DSBにおいてアセトニトリル吸着測定を行った所、段階的にアセトニトリルを吸着することが判明した。そこで、アセトニトリル吸着過程においてホストやゲストのコンフォメーション変化を調べた。分圧をコントロールしてXRD測定やIR測定を行うと、ホスト骨格が1に変化するのに合わせてDSBのねじれが解消されていくことがわかった。そこで蛍光測定を行った所、分圧に対応した蛍光の段階的な増長が確認された。すなわち、ガス吸着の場合と同様に、アセトニトリル吸着過程においても、ホスト骨格の変化とゲストのコンフォメーション変化が同期して起こり、蛍光変化が起こることがわかった。
1’⊃DSBにアセトニトリルを吸着させて得られる複合体(1⊃[DSB+CH3CN])から、真空引きによりアセトニトリルのみを除去するとホスト骨格の構造が保たれた複合体(1⊃DSB)へと変化した(図8)。また、1⊃DSBを150℃で加熱すると、1’⊃DSBの状態に戻ることが示された(図8)。蛍光量子収率測定を行った所、1’⊃DSBでは0.02である一方、1⊃[DSB+CH3CN]や1⊃DSBでは0.61、0.54となり、発光強度に大きな差異が見られた。また、1’⊃DSB、1⊃[DSB+CH3CN]、1⊃DSBの蛍光寿命はそれぞれ1.4、2.1、2.0 nsとなり、溶液中のDSBの値(1.4 ns)と近く、DSBが励起二量体であるエキシマーやエキサイプレックスを形成して蛍光強度を変化させているわけではないと示された。そこで、DSBのコンフォメーションを調べるために、IR測定を行った。その結果、1⊃[DSB+CH3CN]と1⊃DSBは二酸化炭素導入後の複合体やバルクと同様のスペクトルを示し、DSBが平面的になっていることが示された。一方で、1’⊃DSBの複合体中のDSBはねじれたコンフォメーションを有している。以前の研究から、DSBのようなπ共役分子はねじれると無放射失活過程が支配的になるために発光強度が小さくなることが報告されている[13][13]D. Oelkrug, et al: J. Phys. Chem. B 102 (1998) 1902-1907.。すなわち、本系において、DSBのコンフォメーション変化が発光挙動の変化に大きく寄与していることが示された。
図8 溶媒吸着および熱処理による1とDSB複合体の可逆的な構造変化
5.おわりに
本研究では、蛍光性共役分子と多孔性金属錯体によって合成された複合体においてガスや溶媒の吸着といった外部刺激を与えることで、発光を制御することに成功した。本研究で見られた発光挙動変化にはホスト骨格の変化と同期したゲストのコンフォメーション変化という新しいメカニズムが大きく寄与していることが分かった。このような手法は、今後、様々な有害・危険ガスや揮発性有機化合物(VOC)のセンサーとして応用が期待できる。
謝辞
本研究成果は、楊井伸浩博士(現所属:University of Illinois at Urbana-Champaign)および北山幸司君(現所属:住友電工)の日々の努力により達成された。放射光X線を用いた実験は、理化学研究所/SPring-8の高田昌樹主任研究員および大阪府立大学の久保田佳基准教授とともに行った(ビームラインBL02B2)。また、IRスペクトルの解析については、土方優博士(現所属:京都大学福井謙一記念研究センター)、ガス吸着下でのIR測定では佐藤弘志博士(JST-ERATO)、松田遼太郎博士(JST-ERATO)にご助力いただいた。固体NMR測定では金沢大学の水野元博教授にお世話になった。本研究は科学研究費補助金 若手研究(A)および新学術領域研究(分子ナノシステムの創発化学)、また村田学術振興財団の助成により行った。
参考文献
[1]C. Löwe and C. Weder: Adv. Mater. 14 (2002) 1625-1629.
[2]T. Mutai, H. Satou and K. Araki: Nature Mater. 4 (2005) 685-687.
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[4]S. Kitagawa, R. Kitaura and S.-i. Noro: Angew. Chem. Int. Ed. 43 (2004) 2334-2375.
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[8]H. Choi, M. Dincă and J. R. Long: J. Am. Chem. Soc. 130 (2008) 7848-7850.
[9]G. Férey and C. Serre: Chem. Soc. Rev. 38 (2009) 1380-1399.
[10]J.-R. Li, R. J. Kuppler and H.-C. Zhou: Chem. Soc. Rev. 38 (2009) 1477-1504.
[11]N. Yanai, K. Kitayama, Y. Hijikata, H. Sato, R. Matsuda, Y. Kubota, M. Takata, M. Mizuno, T. Uemura and S. Kitagawa: Nature Mater. 10 (2011) 787-793.
[12]D. N. Dybtsev, H. Chun and K. Kim: Angew. Chem. Int. Ed. 43 (2004) 5033-5036.
[13]D. Oelkrug, et al: J. Phys. Chem. B 102 (1998) 1902-1907.
植村 卓史 UEMURA Takashi
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