Volume 08, No.5 Pages 309 - 326
1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8
第12回(2003B)利用研究課題の採択について
The Proposals Accepted for Beamtimes in the 12th Public Use Term 2003B
財団法人高輝度光科学研究センターでは、利用研究課題選定委員会による利用研究課題選定の結果を受け、以下のように第12回共同利用期間における利用研究課題を採択した。
1.募集及び選定日程(募集案内・募集締切)
5月15日 利用研究課題の公募について
SPring-8ホームページに掲示
(一般課題)
6月14日 一般課題募集締切り(郵送の場合、当日消印有効)
(6月16日10時必着)
(長期利用課題)
5月29日 長期利用課題募集締切り
6月2~9日 長期利用分科会による書類審査
6月17日 長期利用分科会による面接審査
(一般課題及び長期利用課題について課題選定及び通知)
7月17、18日 分科会による課題審査
7月18日 第32回利用研究課題選定委員会による課題選定
7月30日 機構として採択し、応募者に結果を通知
2.採択結果
今回の公募では、一般利用研究課題の応募として648件、重点研究課題の応募として290件、総応募件数として938件の課題応募があり、これまでの最高件数となった。採択件数についても621件とこれまでの最高となった。ここ数年、1年の前半の共同利用期間(A期)では応募が少なく、反対に後半(B期)では大幅に増加する傾向が続いていた。今回も同様の傾向となっている。連続する2回の公募状況を足し合わせ1年単位でまとめたのが次のリストである。応募課題数及び採択課題数は、年とともに増加している。
応募課題数 採択課題数
第11回+第12回(平成15年2月~16年2月)1,671 1,184
第9回+第10回(平成14年2月~15年2月) 1,394 992
第7回+第8回(平成13年2月~14年2月) 1,121 866
第5回+第6回(平成12年2月~13年1月) 1,006 706
第1回から今回の公募までの、分野別及び所属機関別の応募数及び採択数を表1に示す。また、今期から重点研究課題を本格的に立ち上げており、重点領域指定型については表2に示す通り3領域で課題を公募した。この中で、前回まで「タンパク3000プロジェクト個別的解析プログラムの課題」と表記していたタンパク3000プロジェクト関係の課題は、今回から「重点タンパク500課題」と記している。表2では、一般利用研究課題についても内訳を示している。表1のデータの内、応募・採択の推移および研究分野別・所属機関別分類の推移をそれぞれグラフ化して、図1および図2に示す。
今回の採択結果は、一般利用研究課題と重点研究課題を合わせた総件数では応募938件に対し採択621件(採択率66%)であった。また、採択された課題(重点タンパク500課題(シフト枠は225シフト)を除く)のシフト数では要求5,364.5シフトに対し配分4,464シフト(平均のシフト充足率83%)であった。また、採択された課題の平均シフト数は9.2であり前回の9.5と同程度となっている。利用研究課題選定委員会では、従来より、選定された課題の要求シフト数に対する配分シフト数の比率(シフト充足率)をできるだけ100%に近づける方針のもとに選定審査が行われている。今回、平均のシフト充足率は83%であり、前回の86%と同程度となっている。
研究分野別の採択課題数は、生命科学265件、散乱・回折169件、分光64件、XAFS56件、産業利用36件、実験技術31件の順であり、今回は産業利用が実験技術を上回った。また、採択課題における実験責任者の所属機関別では、国立大学が全体の半数以上を占めておりこれまでと大きくは変わっていない。今回は特に、民間がこれまでより割合を大きく伸ばし、海外が減少した。
今回の共同利用の対象としたビームライン毎の応募・採択課題数、課題採択率、採択された課題の要求シフト数・配分シフト数、シフト充足率、平均シフト数を表3に示す。採択課題数の多かったビームラインは、BL40B2(構造生物学Ⅱ)の39件(1課題あたり4.1シフト)、BL02B2(粉末結晶構造解析)の32件(1課題あたり4.9シフト)、BL41XU(構造生物学Ⅰ)の29件(1課題あたり3.9シフト)、及びBL01B1(XAFS)の28件(1課題あたり7.2シフト)であった。これらのビームラインでは、当然ながら1課題あたりの配分シフト数は平均シフト数9.2より少ない。今回は、全体として応募課題数が多く平均採択率が60%と低くなっているが、ビームライン別に採択率が低いのはBL41XU(構造生物学Ⅰ)の42%とBL01B1(XAFS)の46%であった。平均のシフト充足率は、前述のように今回の審査では前回と同程度であったが、その中で応募課題数が多くシフト充足率の低かったビームラインは、BL41XU(構造生物学Ⅰ)の56%とBL40B2(構造生物学Ⅱ)の57%であった。
長期利用(通常課題の実施有効期限が6ヶ月であるのに対し、3年以内の長期にわたって計画的にSPring-8を利用することによって顕著な成果を期待できる利用)では、表2に示すように今回の公募で3件の応募があり、そのうち2件が採択された。審査は外部の専門家を含む長期利用分科会での書類審査、及び面接審査の2段階で行われた。採択された課題の概要は7.項に示す。
成果専有利用としては、表2に示すように民間から8件、国立研究機関等から2件、合計で10件の応募があった。これらの課題について公共性・倫理性の審査と技術的実施可能性及び実験の安全性の審査が行われ全件採択された。
今期より本格的に実施する重点領域課題の採択結果は表2に示す。「重点ナノテクノロジー支援」は、今回、応募課題数114件に対して採択課題数が54件で採択率47%となった。また「重点タンパク500」は、今回採択された課題を重点タンパク500シフト枠(225シフト)内で個別に調整して実施1ヶ月前までにシフト配分を確定する方式で実施する。「重点トライアルユース」は、応募課題数38件に対して採択課題数が23件で採択率61%となった。
表1 利用研究課題公募内訳
表2 第12回公募の一般利用研究課題と重点領域研究課題の内訳
図1 各公募時における応募課題数と採択課題数
図2 採択課題の研究分野別・所属機関別分類
表3 ビームラインごとの採択状況
表4 2003B応募課題数と採択課題数:研究分野と機関分類
3.利用期間
年間の前期と後期の共同利用の利用時間に長短のアンバランスが通常以上に大きくなることを緩和するため、これまでと同様に、今期も次の年の第1サイクルまでとした。このため、今回募集した第12回(2003B)共同利用の利用期間は2003年第6サイクルから2004年第1サイクルまで(平成15年9月から平成16年2月まで)となり、この間の放射光利用時間は252シフト(1シフトは8時間)となっている。このうち共同利用に供されるビームタイムは共用ビームライン1本あたり201シフトとなる。
4.利用対象ビームライン及びシフト数
今回の募集で対象としたビームラインは総計33本で、その内訳は、共用ビームライン25本(R&Dビームライン3本を含む)とその他のビームライン8本(原研ビームライン3本、理研ビームライン4本、及び物質・材料研究機構ビームライン1本)であった。
今回の採択では、産業利用に留保シフトと重点トライアルユース課題を設けたこと、及び重点ナノテクノロジー総合支援と重点タンパク500に対応する応募課題を含めたことなどから、一般共同利用及び重点研究領域として採択された全課題の配分シフト数の合計は表3に示すように4,464シフトとなった。ただし、タンパク500関係の課題はシフト枠が225シフトと確定しているが、個別の課題への割振調整は今後行われるので前記の配分シフト数の合計には含めていない。表1の総ユーザータイムは両者を加えて、約4,700シフトとしている。
5.民間企業の利用と産業利用
表4に示すように今回の公募で、民間からは各研究分野に合わせて74件の応募があり、53件が採択された。前回が応募55件で採択40件であったので採択率は変わらずに応募数と採択数が増加した。産業利用分野の課題は、これまで対象ビームラインが1本(BL19B2)であったが、今回からBL01B1(XAFS)、BL20XU(医学・イメージングⅡ)、BL46XU(R&D(2))等のビームラインでも一部の産業利用分野課題が採択された。これにより、産業利用分野の課題は、各研究機関から合わせて58件の応募に対して36件の採択で、採択率が62%と全体平均に近くなっている。最後に、今回の民間からもしくは産業利用分野いずれかへの応募総数は100件で、採択総数は65件(採択率65%)であった。前回の民間または産業利用の応募は73件で採択が47件(採択率64%)であったので、今回は応募件数および採択件数共に増加している。
6.課題選定審査における留意点
(1)課題選定では、1課題に十分な実験時間を確保するために、選定された課題の要求シフトに対する配分シフトの比率(シフト充足率)を確保することにつとめた。また、前回同様、平和目的の確保、挑戦的な課題の確保を念頭においた審査を行った。
(2)2002B期からBL02B1(単結晶構造解析)における1年課題の募集をしている。これは、シフト数の要求の少ない課題でも2期に分けて実験を行うことに重要な意味があるためで、回折・散乱分科1で2年間試行することとしている。今回は、2年目で応募12件のうち7件が選定された(前回は、25件応募で11件選定)。
また、XAFSにおける分科留保ビームタイムを用いての試しが必要な課題は、今回該当なしであった。
7.長期利用課題の採択
2000B共同利用から開始したSPring-8特定利用については、今期から長期利用課題と名称変更したが、今回は2件の課題が採択された。今回採択された課題は、平成15年9月から6期の期限で実施するものである。今回採択された研究課題の概要を以下に示す。
(1)課題番号:2003B0032-LD3-np
課題名:
Nuclear Resonance Vibrational Spectroscopy(NRVS) of Hydrogen and Oxygen Activationby Biological Systems
実験責任者:Stephen P.Cramer(University of California)
利用ビームライン:BL09XU
3年間の要求シフト数:126シフト
2003Bの要求シフト数:21シフト(配分21シフト)
研究概要:
本研究は、X線核共鳴散乱による分子振動分光法(Nuclear Resonance Vibrational Spectroscopy ;NRVS)を用い、ヒドロゲナーゼおよびオキシゲナーゼの触媒作用を明らかにしようするものである。これら酵素の結晶構造は明らかにされているが、金属原子を活性中心とする原子レベルでの機能解明はなお未解決の部分が多い。従来の他の手法、例えば共鳴ラマン散乱では適切な光学モードを欠いていたり、結晶構造解析では水素原子判別の十分な分解能がないなどの問題があった。これに対し、NRVSは、これら酵素内の57Fe原子の局所振動スペクトルを直接観測することができるユニークな手法であり、Fe-HおよびFe-O等の相互作用に関わる振動モードを特定できる唯一の観測手段である。NRVSの持つこの元素選択性によって、特にH-D等のアイソトープ置換による振動モードの解析をあわせ、活性中心である金属原子近傍の結合状態および酵素反応過程を明らかにしようとするものである。これらの酵素における基礎反応過程の解明は、生物学および触媒化学の基礎科学としての重要性は勿論、水素活性化などのバイオプロセスに道を拓く等、工業的にも重要な課題である。
既に、予備的実験はSPring-8において行われ、57Fe振動スペクトルは観測されており、金属クラスター(FeNi、FeFeなど)の活性中心の構造解析が進展中である。
課題選定委員会での審査結果:
本課題は核共鳴非弾性散乱計測の対象を生体化学分野に拡大するものであり、生体高分子内の水素や酸素の活性化を核共鳴振動分光を通して計測する新しい試みである。核共鳴非弾性散乱計測は手法としてほぼ確立しているものではあるが、その応用範囲を拡大し新たな可能性を示すことは非常に重要である。また生体化学試料では、単に特定の試料の特定の現象を追及するのみでなく、多様な試料での計測を通して共通概念を理解していくことが重要である。この観点から、本課題は長期利用課題としてシステマティックに進められることが必要であると判断され、申請書に記載された通りに採択する。
(2)課題番号:2003B0036-LL1-np
課題名:
多剤排出蛋白質群のX線結晶構造解析
実験責任者:
村上 聡(大阪大学)
利用ビームライン:BL41XU
3年間の要求シフト数:108シフト
2003Bの要求シフト数:18シフト(配分12シフト)
研究概要:
近年臨床の場に於いて、抗生物質が効かない病原性細菌による感染症が大きな問題となっている。耐性肺炎桿菌など複数の薬剤に対して抵抗性を示す多剤耐性菌が出現し、治療が困難となる臨床例が増えてきた。この耐性化の重要な要因は、薬剤排出蛋白質の過剰発現によるものである。排出蛋白質の働きにより、薬剤が細胞内の作用点に達する前に菌体から排出されてしまうのである。その遺伝子のひとつ、AcrAB-TolC系は大腸菌の持つ主要な多剤排出系で、大腸菌の自然抵抗性の主因でもある。昨年申請者らは、基質認識と能動排出を担う膜蛋白質AcrBの結晶構造解析に成功し、Nature誌の表紙を飾った。
AcrB分子は大腸菌膜から得られたNative型のもので、薬剤などの基質分子は含まれておらず、多剤の認識機構や能動輸送のエネルギー共役機構といった機能の本質的理解は今後の課題である。そこで、AcrB一薬剤の複合体構造を高分解能で解析し“多種多様な基質分子がどのような構造的基盤で認識し、そしてそれらを排出しているのか”を明らかにすることを申請課題の目的とする。研究の成果としては、
(1)多種多様な分子認識といった特徴ある基質認識機構が明らかになる。その結果、排出蛋白質によって認識されない抗生物質の設計や、排出を阻害する多剤耐性の特効薬設計の手がかりを与える。
(2)AcrBはH+濃度勾配をエネルギー源として利用する蛋白質として初めて構造が明らかになった例である。構造情報を基に、基質の能動輸送とH+流入のエネルギー共役機構を明らかにする。生体内で重要な反応を担う蛋白質のかなりの部分は膜蛋白質であるが、膜蛋白質の結晶構造解析は困難である。今後この困難さを乗り越え、膜蛋白質の結晶構造解析に取り組む必要性は益々大きくなる。
課題選定委員会での審査結果:
本課題は、プロトン駆動型トランスポーターAcrBと薬剤との複合体の構造を基に、薬剤排出機構を明らかにしようとするものであり、基礎科学の発展に寄与するだけでなく、創薬の開発など応用への期待も高い。申請者らによるこの薬剤排出蛋白質の構造決定に引き続き、複合体の解析においても世界を先導することが期待できる。本実験を遂行するにはアンジュレータービームラインが必要であるが、限られたビームタイムしか配分できないので、最大限有効に利用することを望む。
8.採択課題
表5に今回採択された利用研究課題の一覧を示す。表5-1は一般利用研究課題の分であり、表5-2から表5-4は重点領域研究課題の分である。
詳しくは、PDFファイルをご参照下さい。