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Volume 08, No.5 Pages 298 - 304

1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8

SPring-8蓄積リングのトップアップ運転(その1)
Top-up Operation at SPring-8 (Part-1)

田中 均 TANAKA Hitoshi、大熊 春夫 OHKUMA Haruo

(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 Accelerator Division, JASRI

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1.はじめに-トップアップ運転とは-

 “top-up”という言葉は、研究社の英和辞典によれば、「燃料等を補給して一杯にする(充電する)」とか「ものを注ぎたして容器の上まで一杯に満たす」という意味に用いられるそうである。また、筆者の一人が最近読んだマットクレイマーの本によれば“top-up”は、木樽発酵中のワイン液面のかさ上げ作業(樽の上部から蒸発した分だけワインを補充する)を表す言葉でもあるようだ。さて、加速器で用いられるトップアップ運転とは、ワインならぬ電子を継ぎ足し入射し、蓄積電流を通常運転時の上限一杯に維持する運転のことである。トップアップ運転では、入射時にも入射のない時と同様実験が可能である。これまでのように入射の度に挿入光源のギャップを全開にし、MBSを閉じて実験を停止する必要もない。このことはビームライン光学系の熱負荷を一定にするという意味で重要であり、トップアップ運転を実施する1つの理由でもある。大部分のユーザーはビーム入射を意識することなく、安定で連続的な実験を実現できるはずである。この運転により、平均入射間隔に比べ、長い時間スケールで見ると、一定の蓄積電流、言い換えれば「無限の平均ビーム寿命」を与えることができる。もちろん、微視的に見れば、蓄積電流は常に変動している訳であるが、このことについては後で詳しく述べる。


2.トップアップ運転導入の意義

 「なぜ、SPring-8でトップアップ運転をするのか?」。SPring-8でトップアップ運転の導入を検討し始めた当初、多くのビームラインスタッフから「電子を継ぎ足し入射している間は、(ビームが揺れて)測定データーが取れないのではないか?入射に同期した信号により測定をマスクする必要があるのではないか?」、「ビーム寿命の短いセベラルバンチの運転ならば仕方がないが、マルチバンチのビーム寿命は十分長いのだから、何も測定に影響を与えるトップアップ運転なんか必要ないのではないか。」という声が聞かれた。しかしながら、一方では、「我々の測定では、セベラルバンチ運転が必須である。トップアップ運転によりビーム寿命を気にしなくて良いならば、より精度の高い実験が出来るし、違ったビームフィリングパターンでの運転も考えられる。」、「電子ビームのバンチに同期させた実験を行っている。トップアップ運転の導入によりバンチ電流の高い運転が出来れば、新しい実験が出来る。」等のトップアップ運転を待望する声も聞かれた。また、大強度逆コンプトン散乱ガンマ線の生成、サブピコ秒短パルス光の生成などの新しい実験・研究を切り開く可能性のある光源開発にとってもトップアップ運転は重要である。

 トップアップ運転に対する後ろ向きとも言える発言は、今の光源性能で出来る実験が十分あり、その中でいかにして早く良い結果を出すかを考えている放射光利用者にとっては当然のことかもしれない。トップアップ運転の導入で、一時的にはビーム振動などにより多少の問題が生じるかも知れない。しかし、理想的なトップアップ運転の完成により、現在行われている多くの実験にメリットがあるだけでなく、新たな放射光利用実験の開拓にも繋がるのである。ここで述べるSPring-8の光源性能向上に対するトップアップ運転導入の意義が、正しく理解されれば、トップアップ運転に対する誤解や偏見が払拭されるものと信じている。


3.蓄積リングのビーム寿命と光源性能

 本来であれば、微視的にも巨視的にも一定の蓄積電流(電子が失われない)が理想である。しかし、現実には、真空チェンバー内の圧力は有限で、電子と残留ガス分子との散乱が存在したり、リングを周回する電子の固まり(バンチ)内での電子・電子散乱があることにより、蓄積電子が失われ、蓄積電流が低下することは免れ得ない。「蓄積電流の低下を効果的に抑えて、長ビーム寿命を実現できないものか?」と考える読者もいるだろう。しかしこれも、以下に示す理由で難しい。

 電子・電子散乱の影響は、低エネルギーで顕著、かつ、電子ビーム密度が高くなるにつれて大きくなる。SPring-8蓄積リングは8GeVと高エネルギーであるにも関わらず、水平・垂直エミッタンスが極めて小さいので、1つのバンチに1mAの電流(約3×1010個の電子)を貯めただけで、ビーム寿命は25時間程度まで減少する。つまり、様々なビームフイリングパターンでビーム寿命を飛躍的に延ばすには、電子密度を今より大幅に小さくする必要がある。これは、光の輝度や空間干渉性、高輝度短パルス光の生成といった光の特性を高める方向と真っ向から対立することが理解できるであろう。光源性能が著しく向上した結果、性能のさらなる改善と長いビーム寿命の実現は両立しえない。光源性能のさらなる改善を進めながら、ビーム寿命を維持する唯一の道が、短いビーム寿命で損失した電子を入射で補い、平均電流値を一定に維持するトップアップ運転なのである。


4.トッアップ入射時の蓄積電流変動とビームの振る舞い

 微視的に見ると蓄積電流は変動している。入射の頻度は、許容値として決めた蓄積電流の変動幅とそのときのビーム寿命によって決定される。蓄積電流上限値をI 0[mA]、入射を行う電流値をI inj[mA]、ビーム寿命をτ[hr]、入射時間間隔をt[hr]とすれば、入射時間間隔tは


Iinj=I0・exp[-t/τ ]→ t=1n[( I0/Itnj)τ]


で与えられる。例えば、ビーム寿命が20時間(= τ)で、100mA(=I0)の蓄積電流を1%の変動幅で運転する場合(I inj = 99mA)、入射間隔(= t)は約12分となる。数~10秒間の入射中に1mA電流が増加し、それ以外はビーム寿命で電流がゆっくり減少することを繰り返す。この運転を、継ぎ足し入射時に50μA電流がばらつくとして計算機でシミュレーションすると図1のような電流変動パターンになる。

 次に入射したビームが、どのように蓄積ビームの平衡状態へ推移して一緒になるのかを説明しよう。入射直後の電子は約10mmの振幅で水平に振動している。この振動が約8msecの減衰時間で指数関数的に減衰していき、周回している蓄積ビームに吸い込まれていく。蓄積ビームの水平方向の広がりは300μm程度なので入射ビームは約30msecで蓄積ビームと区別がつかなくなる。入射直後、入射ビームは固まり(水平~数mm×垂直~100μm)として存在しているが、リングの非線形力で数十ターン後には水平方向に広がる。入射直後の数10μsec以降、蓄積ビームを中心に薄い雲のようにまとわりついた状況になり、入射ビームによる光軸の重心変位は入射直後の数10μsec以降は殆ど生じることはない(光軸重心は入射ビームと蓄積ビームの強度重みによる平均で決まる)。1秒間隔で入射した際の入射ビームの減衰していく様子を図2に示す。ビームラインスタッフやユーザーが心配する「入射時に励起される蓄積ビームの振動」も全く同じ時間スケールで減衰すると考えてよい。この蓄積ビームの振動がSPring-8ではどの程度に押さえられるのかについて、現状と将来の見通しを後で述べる。







図1 ビーム寿命を20時間、100mAの蓄積電流を1%の範囲で一様化するという条件でシミュレーションした蓄積リングの蓄積電流変動パターン。Aは一日の、Bは1時間の時間スケールを表す。BはAの緑枠の部分を切り出して拡大したもの。図中の点の間隔は6秒。






図2 入射ビームが減衰して蓄積ビームと同じ平衡状態に到達する様子。計算では放射による振動励起は無視した。実際には放射励起があり、赤線の付近から滑らかに減衰せず、2σが図の赤線の幅のガウス分布を形成する。振幅の大きい領域では放射減衰が支配的なので、減衰の様子は概ねこの図のようだと考えて良い。



5.トップアップ導入に関する世界の動向

 短ビーム寿命を補うために、実験を継続しながらビームを入射するというアイデアは10年以上前からあったように思うが、実際にトップアップ運転の概念を放射光光源に最初に持ち込んだのは、筆者等が知る限り、SORTECの1GeV放射光光源だと思う[1]。しかし、1990年当時、この試みは余り脚光を浴びなかった。トップアップが高輝度光源、特に、エネルギーの低い放射光源の必須アイテムであると認知させた立て役者は、APSとSLSだろう。APSでは、設計当初からトップアップ運転を最重要オプションとして考えてきた。しかし、リングの設計はSPring-8と同じく従来の光源設計を踏襲したため、その導入までの道のりは大変だったようである。2001年シカゴで開かれたParticle Accelerator ConferenceでのL.Emeryの論文[2]の最後に“Running top-uphas not yielded the expected benefits easily butwe believe that with careful investigations andadditional top-up experience we will solve theproblems”とあるのは、2000年6月に実施した4週間のテスト運転が困難に満ちたものだったことを伺わせる。しかし、APSは彼の言葉通り、1年後には困難を克服、2001年10月からユーザー運転へのトップアップ運転導入を達成したのである[3]。1996年8月のユーザー運転開始から実に5年以上を要したことになる[4]。これに対し、SLSはトップアップ運転を行うことを前提に設計された世界初の高輝度放射光光源である。入射時のビームロスを抑えるため、入射ビームのエミッタンスを蓄積リング同様に小さくし、3つしかないディスパージョンフリーの長直線部*1(11m)に入射部を設け、対称に配置された4つのパルスバンプ電磁石*2による理想的な入射スキームを導入した[5-7]。理想的なスキームは蓄積ビームの振動を抑えるのにも効果的だ。故に、APSとは異なり、SLSではコミッショニングの当初からトップアップ運転を実現、2000年の12月から蓄積リングのコミッショニングがスタートしたにも関わらず、2001年秋のユーザー運転開始からトップアップ運転が実現したわけである。

 これら二施設のトップアップ運転の成功と前のセクションで述べた「光源の高性能化と長寿命化の両立の原理的困難さ」により、現状計画されているほぼ全ての高輝度光源、SOLEIL[8, 9]、SSRF[10]、DIAMOND[11]、日本の極紫外・軟X線放射光光源計画[12]等でトップアップ運転が前提となった光源の設計・検討が進められている。SORTECでの試みから十数年が経過した今、トップアップ運転は、高輝度光源の運転として世界の標準になりつつある。


6.SPring-8でのトップアップ運転実現の難しさとは?

 ここまでの話から、「SPring-8の光源性能は世界屈指であり、ビームも非常に安定しているのにどうしてトップアップが簡単に実現できないのか?」という疑問がわき上がってくるかと思う。その疑問にここでお答えしよう。

 一つには、元々光源設計[13]にトップアップ運転が盛り込まれていなかったことが挙げられる。入射ビームのエミッタンスはシンクロトロンをコンパクトとしたため、約200nm・rad、蓄積リングより約2桁大きくなった。また、入射バンプ軌道*2が2セルにまたがり6極電磁石が内部にあるので、必然的にバンプが閉じない*2(蓄積ビームが振動する)条件になっている。さらにSPring-8では挿入光源の大部分が真空封止型で、垂直口径を小さく制限する上、均一磁場領域が狭く、中心から10mmずれた所を通過する入射ビームに大きな非線形力を与える。この他にも、SPring-8固有の問題として、真空封止型挿入光源の増加に伴い、厳しくなったビーム不安定性をリングのクロマティシティ*3を大きくして対処している[14]とか、4箇所の電磁石フリー30m長直線部を蓄積リングに導入した[15]ことにより生じた困難さなどもある。ユーザーの方々には少し分かりにくかった事と思うが、これらを総合すると、「入射時の入射ビームロスと入射時の蓄積ビームの振動を抑えることは極めて困難」と言うことになる。さらにSPring-8のトップアップ実現を難しくしているのが、その目標の高さである。即ち、目標は「入射時に(a)蓄積ビームが揺れず、(b)入射ビームロスもない理想的なトップアップ」なのである。(a)の要求はSPring-8で実施される殆ど全ての実験にトップアップ運転が悪影響を及ぼさないために設定されたものである。前述したようにSPring-8のビームラインスタッフ及びユーザーは、この入射時のビーム振動に関してはことのほか要求が厳しい。(b)はトップアップ運転が真空封止型挿入光源の減磁を引き起こさないこと、さらに、(フィリングパターンの自由度を広げ)短いビーム寿命のフィリングパターンまでユーザー運転可能にするために設定された条件である。短ビーム寿命の場合、必然的に入射回数、入射電流が増加するため、放射線遮蔽の観点からも、入射ビームロスを極力小さくすることが必要となる。

 「トップアップ実現の困難さは、APSもSPring-8も五十歩百歩だ。それなのにAPSではトップアップ運転ができているではないか。SPring-8の加速器部門は何をしているのか。」という声が聞こえてきそうだ。これは大きな誤解である。現状でも、APSの実施しているトップアップ運転であればSPring-8でも実現できるというのが私たちの見解だ。APSのビーム入射時に蓄積ビームが大揺れしている事実[16]や年に数台の挿入光源を減磁のために交換している事実*4をご存じだろうか?SPring-8では容認されない条件のままトップアップ運転を行っているAPSで、ユーザーが文句を言わない理由は謎[16]のままである。但し、挿入光源の交換については、APSの挿入光源が真空外型なので、真空封止型のSPring-8にくらべて作業が容易な事は想像できる。SPring-8の掲げた目標がAPSで行われているトップアップとは全く異質なもので、実現するのが途方もなく難しいことが理解されたであろうか。この様な厳しい境界条件の下で、理想的なトップアップ運転を本気で目指している施設はSPring-8を除いて他にはないだろう。


7.理想的Top-up運転実現に向けたSPring-8の挑戦

 さて高い目標に対して現実はどうなっているのだろうか?入射ビームロスに関しては、挿入光源のギャップ全開の条件であれば、クロマティシティの大きな場合でも効率80%以上は達成できる。しかし、挿入光源のギャップを閉じた場合、後で述べるように、どのように閉じるかに依るのだが、70%程度の効率しか達成できていない。入射時の蓄積ビーム振動については、リング一周のビーム位置モニタのRMSとして1.5mm程度(水平ビームサイズ1σの5倍程度)励起されている事が測定で確認されている。


7-1.入射ビームロス低減化

 当初は入射ビーム成型と低クロマティシティ運転の組み合わせにより入射ビームロスを完全に制御できると考えていた。このため、シンクロトロンから蓄積リングへのビーム輸送系に複数のビーム成型用スリットで構成されるコリメータシステムを5月の運転停止期間に設置した。これを用いれば、入射ビームを水平方向にカットでき、理想的には入射ビームの振動振幅を3~5mm程度小さくできる。一方、低クロマティシティ運転をすることにより入射ビームロスを低減できることが確かめられている。単に低クロマティシティとしただけでは、ビーム不安定性の問題があるので、不安定性を抑制するためのフィードバックシステムの開発が進められてきた。両システムは2003年秋には実戦投入されるべく、準備が進められている。

 2003年夏期運転停止前の試験において、入射ビーム成型と低クロマティシティの組み合わせで入射ビームロスが大幅に低減できることが確認された。しかし、20台以上ある挿入光源のギャップと位相のパラメータにより、入射ビームロスが変化する事も同時に観測されたのである。つまり、20台以上ある挿入光源のパラメータで決まる1状態に対し、リングのパラメータを最適化はできるが、1台の挿入光源のギャップが変化すると最適点がずれてしまうと言うことである。挿入光源の入射ビームに及ぼす影響をイメージして貰うため、図3に8の字アンジュレータ[17]内での蓄積ビームと入射ビームの運動の違いを示す。このアンジュレータ内を、蓄積ビームは図3-Aに示すような8の字を描く複雑な軌道の周りを振動し、中心近傍では図3-Bの赤線で示すような安定な振動を行っている。しかし、中心から大きく離れた入射ビームはSkew多極磁場*5により垂直方向に摂動を受ける(図3-Bの青線)。この摂動は挿入光源によって、種類も強さも符号も異なり、ギャップと位相のパラメータにも依存する。複数の挿入光源の間で、ある時には効果が相殺し、また、ある時には足しあわされたりもする。このことから、入射ビームロスを極限まで抑制するには、多極成分の影響を緩和するために入射ビームの振動振幅のさらなる低減をおこなう、もしくは、挿入光源が入射ビームに対してもたらす非線型磁場を理解し補正することが重要である。挿入光源の非線型磁場を補正するスキームを考えるため、挿入光源の3次元磁場分布に基づくモデル化を進めており、この秋には解決の方向性が打ち出せることを期待している。







図3 8の字アンジュレータ内での電子ビームの運動。AはIDの中心付近での8の字アンジュレータ内での電子ビーム中心の運動を表す。Bは8の字アンジュレータ内を蓄積ビームが通過した場合と入射ビーム(中心から内側に10mm変位している)が通過したときの運動をX-Y平面に射影したものであり、入射ビームについては、変位10mm を差し引いたものを示す。蓄積ビーム中心は安定した8の字軌道を描くのに対し、入射ビーム中心は垂直にキックを受け、ビームが1.2mアンジュレータを通過した後には垂直に20μm程ずれる。実際のアンジュレータの全長、約5mでは、100μm程度の垂直変位が発生することになる。



7-2.蓄積ビームの振動の低減化

 入射時の蓄積ビームの振動は、(a)4つの入射バンプ磁場波形のずれと(b)入射バンプ中の6極電磁石による非線形効果から生じる。(a)については、4つの磁場波形を合わせるべく、バンプ電磁石の端部で磁場波形のずれの原因となっている渦電流の発生が起きない新しいバンプ電磁石を2003年夏期運転停止期間に設置した。これにより磁場波形の主要部(サイン半波)だけでなく、直後のオーバーシュート部の波形も精度よく合わせることができる。(b)については、入射バンプ漏れに対する6極磁場の最低次の摂動を主に制御することで、バンプの振幅に依らずバンプの漏れを極小化できることが最近見いだされた。シミュレーションによれば、最適点では、現状で1.5mmRMS程度の振動が、数10μmまで低減できるという結果だ。夏期運転停止前に行った交換前のバンプ電磁石を用いたビームスタディの結果、実際のリングでも1/10程度まで非線型効果が低減できることが確認された。このパラメータをユーザー運転で使用できるように、夏期運転停止期間に6極電磁石のケーブル接続の変更を実施した。上記2つの改善により、入射時の蓄積ビームの振動を大幅に低減できる事が期待されており、夏期運転停止期間明けの調整期間で、性能の確認が行われる予定である。また、上記の対策の後でも残ると予想される蓄積ビーム振動を補正できるように高速パルス電磁石と広帯域高出力アンプ、任意波形発生装置を組み合わせた補正システムの開発も平行して進めている。


8.今後の予定

 加速器のトップアップ運転に向けた調整は、2003年夏期運転停止期間明けの調整期間から実施される予定である。2003年の第6サイクル(9月)から、12時間もしくは24時間毎*6の定時トップアップ入射がユーザー運転に導入されることになろう。2003年冬の運転停止期間で線型加速器からシンクロトロンへのビーム輸送系に交流振り分け電磁石を設置する予定であり、2004年にはSPring-8とニュースバルのビーム入射の高速切り替えが可能になる見込みだ。2004Aのユーザー運転以降、加速器開発の進展により、準理想的なトップアップ運転が実現できる見通しを得て、一定の蓄積電流を目指した定電流トップアップ運転へと移行していく事になろう。


9.最後に

 今一度、我々が目指すSPring-8のトップアップ運転を総括的に言うなら、「既存の放射光利用研究を妨げることなく実効的なビーム寿命の増加、光学素子への一定熱負荷、などのメリットを与えるものであり、尚且つ、SPring-8で可能な新たな研究を開拓するための必要不可欠なものである」となる。これまで述べたように、目標の達成は簡単ではない。しかし、理想的なトップアップ運転が高輝度放射光光源の性能を最大化する上で必要である以上、SPring-8加速器部門はその達成を目指す責務がある。世界中が羨む理想的なトップアップ運転を成功させ、美酒を浴びるほど飲める日が早く来ることを祈りたい。


参考文献

[1]S.Nakamura et al.:Proc.of the 2nd European Particle Accel.Conf.,Nice,June (1990) pp.472-474.

[2]L.Emery:'Proc.of the l9th Particle Accel. Conf.,Chicago, June (2001)pp. 2599-260l.

[3]L.Emery and M.Borland:Proc.of the 8th European Particle Accel.Conf.,Paris June (2002)pp.218-220.

[4]G.Decker:Proc.of the 17th Particle Accel.Conf.,Vancouver,May (1997)pp.698-702.

[5]L.Rivkin et al.:Proc.of the 6th European Particle Accel.Conf.,Stockholm,June(1998) pp.623-625.

[6]M.Bo¨ge:Proc.of the 8th European Particle Accel.Conf.,Paris June(2002)pp.39-43.

[7]A.Lu¨deke and M.Mun~oz:Proc.of the 8th European Particle Accel.Conf.,Paris June (2002)pp.721-723.

[8]M.P.Level et al.:Proc.of the 8th European Particle Accel.Conf.,Paris June(2002) pp.212-214.

[9]A.Loulergue et al.:Proc.of the 8th European Particle Accel.Conf.,Paris June (2002)pp.593-595.

[10]G.Liu,private communication

[11]D.J.Scott et al.:Proc.of the 8th European Particle Acce1.Conf.,Paris June(2002) pp.617-619.

[12]極紫外・軟X線放射光源計画デザインレポート、極紫外・軟X線放射光源計画検討会議世話人会/加速器仕様策定ワーキンググループ/ビームライン仕様策定ワーキンググループ/利用計画ワーキンググループ、平成14年9月。

[13]Conceptual Design Report, SPring-8 Project Part IFacility Design [Revised], JAERI-RIKEN SPring-8 Project Team (1991).

[14]H.Ohkuma et al.:“Beam-Performance Improvement of the SPring-8 Storage Ring”, presented in the 20th Particle Accel.Conf.,Portland,May(2003).It will be published soon in the conference proceedings,but for a while you can see on the following Web site;

http://warrior.lbl.gov:7778/pacfiles/papers/MONDAY/PM_POSTER/MPPB025/MPPB025.PDF.

[15]田中均、早乙女光一:SPring-8利用者情報5(2000)153;H.Tanaka et al.:Nucl.Instrum.and Meth.A486(2002)521.

[16]田中均:SPring-8利用者情報8(2003)84.

[17]T.Tanaka and H.Kitamura:Nucl.Instrum.and Meth.A364(1995)368.


注釈

*1 電子は、磁場の作用で曲げられる。電子のエネルギーが高いほど曲がり難くなるので、エネルギーの高い電子はリングの外側をまわる。ディスパージョンフリーの直線部とは、エネルギーの異なる電子が、同じ道筋(軌道)を取るように調整された直線部のことである。

*2 リングに電子を入射するとは、電磁石等で構成されているリングのポテンシャルの井戸に電子を放り込むことである(下図参照)。このポテンシャル(図の青線)は原点付近では2次関数的であるが、離れたところでは6極電磁石により3次関数的になっている。また、真空チェンバーの壁等物理的制限もあって、このポテンシャルの中で安定に振動できる振幅は制限される。リングの外からやってくる電子を、ポテンシャルの安定振動領域の十分内側に入れるため(図の青丸)、入射のタイミングに合わせて、入射点でリングの軌道をこぶ(bump)のように曲げて入射電子に寄せる(ポテンシャルの中心を入射電子に近づける)。こぶの形成されている時間は短く、一周~数周回の間だけである。このような目的で入射時に作られる軌道を「(入射)バンプ軌道」という。このバンプ軌道を短い時間だけ構成するために、特別に入射部付近に設置されているパルス電磁石が、「(パルス)バンプ電磁石」と言われるものである。軌道を周回している蓄積電子がパルスバンプ電磁石で曲げられ、また、もとの軌道上に正確に戻ってくる場合、「バンプ(軌道)が閉じている」と言う。これに対し、パルスバンプ電磁石で曲げられた蓄積電子がもとの軌道上に戻ってこない場合を「バンプ(軌道)が閉じていない」といい、蓄積ビームはパルスバンプ電磁石で曲げられた後で、振動を起こすことになる。





*3 クロマティシティとは、リングの収束力のエネルギー依存性の内の線型部分を表す。クロマティシティが大きいと、設計エネルギーからずれた入射電子が感じる収束力が設計から大幅にずれることになり、安定に周回できなくなる。

*4 2002年にSPring-8で開催された7th InternationalWorkshop on Accelerator Alignmentにおいて、“Advanced Photon Source -Upgrades and Improvements-”というタイトルの講演をされたH.Friedsam氏(APS)に、講演に関する質問という形で事実を確認したところ、実際に挿入光源の交換がなされていると言うことであった。

*5 リングでは水平面が軌道面に選ばれることが多く、リングを周回した場合に生じる振動は水平面を基準に考えられる。水平面内の振動が水平面内で閉じるように、水平面に垂直磁場成分(水平方向の力を生む)のみ発生させる磁石をNormal多極磁場と呼び、水平面に水平磁場成分(垂直方向の力を生む)を発生させるものをSkew(ねじれ)多極磁場と呼ぶ。Skew多極磁場があると、水平面の振動が垂直面に回り込み、水平・垂直振動の混合を引き起こす。

*6 セベラルバンチ運転の場合は、12時間毎の入射になる。マルチバンチ運転の場合の入射間隔は当面は24時間とすることにした。



田中 均 TANAKA Hitoshi

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門

〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1

TEL:0791-58-0851 FAX:0791-58-0850

e-mail:tanaka@spring8.or.jp


大熊 春夫 OHKUMA Haruo

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門

〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1

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e-mail:ohkuma@spring8.or.jp



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