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Volume 08, No.5 Page 283

所長の目線
Director’s Eye

吉良 爽 KIRA Akira

(財)高輝度光科学研究センター 副理事長、放射光研究所長 Director General of Synchrotron Radiation Research Laboratory, Vice President of JASRI

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 最近、SPring-8を利用して5個のクォークからなる新粒子を発見した、と言うニュースがあった。これについては、追試をしたアメリカのグループと発表競争になり、新聞発表を予定より早く行ったりしたが、そのくらいの重要性を持つ発見であった。その成果に対し心からお祝いを申し上げる。この記事は、SPring-8、Osakaの成果としてニューヨークタイムスにも出た。多分、大阪大学との混同があったのであろうが、Osakaと言うところが所長としては一寸残念である。ただ、SPring-8、Hyogoと言う表記は、今までわれわれの側でも殆どされていない。これを外国の記事できちんと書け、と言うのは無理な注文かもしれない。

 この研究は大阪大学核物理研究センターの専用ビームラインBL33LEP( LEP= Laser Electron Photon)で行われた。このビームラインは、レーザー光の逆コンプトン散乱による光源で、普通の放射光を取り出すためのものとは違っている。所員研修でも「これは放射光のビームラインではない」と説明されているそうである。APSには、LEPのビームラインが設置されていないので、この新粒子の実験が出来なかった、と関係者から聞いた。APSでは放射光利用者の発言力が強く、ビームの不安定要素となる可能性のあるLEPは排除されたという。SPring-8は加速器科学者の主導で建設されたので、加速器科学者に共感の得られるLEPの提案が取り込まれたのであろう。それが見事に花開いたのである。

 SPring-8は高エネルギーの電子ビームとそれによって作られる高エネルギーのX線が特徴である。したがって、そこを意識した積極的な戦略がもっと必要ではないかと日ごろから感じていたので、LEPには、高エネルギーと言う点で漠とした期待をかけていた。だから今回、高エネルギーの実験で素晴らしい成果が出た、と単純に喜んだのであるが、よく考えてみると、これは電子ビームの手柄と言うべきで、放射光の成果と言うには問題がある。このLEPの成果は本当に嬉しいが、SPring-8が大型放射光施設と銘打っていることを考えると、手放しでは喜ぶわけにはいかない。

 今後建設が計画されているリングは低エネルギーのものが主力である。これらの高性能の低エネルギー大型施設が稼動するようになると、SPring-8をこれらと区別する際立った特徴は高エネルギーX線になる。この点を考慮してSPring-8の利用研究は、戦略的に、高エネルギー側に重点を置くべきであると思う。従来得られているX線の高エネルギー領域の利用の充実拡大に加えて、新しい展開として、例えば、超伝導ウィグラーによって得られるMeVのX線の利用などが考えられる。少し視点を変えると、SPring-8は、超伝導ウィグラーによってMeV領域を、またLEPによってGeV領域をカバーする広帯域のX線(光)発生施設とみなすことが出来よう。この方が、LEPは放射光ではない、などと悩むよりは、未来志向の見方かもしれない。なお、次世代光源と目されるFELについては、いまは議論しない。コンコルドによってジャンボ(B-747)が駆逐されなかったように、優れたFELが2010年頃に登場しても、大型リングは存在意義を持ち続けると私は思う。

 SPring-8のリングは、電子エネルギーを下げれば、もっとエミッタンスが下がるとのことである。したがって、世界のトップクラスの低エミッタンス運転モードを加えることによって、世界最高のエネルギーだけを看板にしなくても生きては行けるであろう。しかし、仮にそうするとしても、その前に、8GeVのリングの意義を示す成果を十分に上げてみせることが、社会に対する放射光コミュニティーの信用を保つために必要ではなかろうか。



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794