Volume 08, No.3 Pages 177 - 180
2. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
LEPSの最近の研究状況
Recent Highlights from LEPS
大阪大学 核物理研究センター RCNP, Osaka University
- Abstract
- The GeV photon beam at BL33LEP is produced by backward-Compton scattering of laser photons from 8 GeV electrons. Polarization of the photon beam is nearly 100 % at the maximum energy with fully polarized laser photons. We report the status of the project and some results from first physics run with this high quality beam.
1.はじめに
大阪大学核物理研究センター・レーザー電子光グループ(京大、名大、中央研究院(台湾)、オハイオ大(米国)、及び千葉大等との共同研究グループ)は日本原子力研究所、及びJASRIと協力して、レーザー電子光を用いた原子核・素粒子物理研究を目的とするプロジェクトを推進している。
レーザー電子光とは、レーザー光線が電子ビームによって跳ね返された結果得られる高エネルギー光ビームである[1]。SPring-8の8 GeVの蓄積電子ビームに3.5 eV(波長350 nm)の紫外レーザー光を正面衝突させることによって、最高エネルギーが2.4 GeVのレーザー電子光を得ることができる。レーザー電子光の発生には、極めて軌道の安定した大強度蓄積電子ビームが必要で、また、高いエネルギーのレーザー電子光を発生させるためには、電子ビームのエネルギーが高いことが本質的に重要である。このことは、これまで世界最高エネルギーを誇っていた6 GeVの蓄積電子ビームを持つフランスのGRAAL施設におけるレーザー電子光の最高エネルギー1.5 GeVであり、2.4 GeVの6/8より低いことからも明らかである。レーザー電子光は波長が核子のサイズより短いため、核子によって代表されるハドロン中に閉じ込められたクォークのふるまいを研究する上で優れたプローブであるが、加えて、1)直線及び円偏光したレーザー光を用いることにより、簡単にスピン偏極した高エネルギー光ビームを得られること、2)原子核・素粒子実験にとってバックグランドの源となる低エネルギー(〜100 MeV以下)の成分が光ビーム中に極めて少ないこと、3)光ビームの指向性がよく、超前方の測定に適したコンパクトな検出器系が使用できること等の特徴を有している。
2.レーザー電子光ビームライン
本研究は、レーザー電子光専用ビームライン(BL33LEP)で行われている[2]。実験ホール内には、図1に示されるように、レーザーハッチと実験ハッチと呼ばれる二つの光学ハッチが設置されている。レーザーハッチ内には、レーザー発振器とレーザー光学系(図2)が設置され、BL33LEPビームラインの33B1及び33B2偏向電磁石の間の直線部において、電子ビームとレーザー光とを正面衝突させている。
実験ハッチ内には、図3に示されたクォーク核分光装置と呼ばれる実験装置が配置されている。クォーク核分光装置は、双極電磁石、位置検出器、飛行時間測定装置などで構成されており、レーザー電子光と標的の衝突の結果生成される電荷を帯びた中間子や核子などのハドロンの運動量を1 %の精度で測定することができる。さらに粒子の運動量と速さの情報から質量を計算し、運動量が2 GeVまでのπ中間子とK中間子を分離する能力がある(図4)。
レーザー電子光のエネルギーと方向の間には対応関係があるが、実験に使われる1 GeV以上の光は超前方領域に集中するので、その対応関係を用いてレーザー電子光のエネルギーを決定することは事実上不可能である。そのため、レーザー電子光のエネルギーは、レーザー光に散乱された反跳電子のエネルギーを測定することによって求める。反跳電子のエネルギーは、偏向電磁石の下流に設置されたタギング検出器で測定する。この測定のエネルギー分解能(半値幅)は、30 MeVである。
図1 BL33LEPレーザー電子光ビームライン
図2 レーザー光学系
図3 クォーク核分光装置
図4 クォーク核分光装置によって分析された粒子の質量分布。
3.最近の実験結果から
現代の物理学では物質をつくる最小の構成単位はクォークと呼ばれる素粒子と考えられている。しかし、クォークを単独で物質の中から取り出すことはできず、クォークは常に3つのクォークからなる固まり(バリオンと呼ばれる粒子、陽子はその一例)とクォークと反クォークからなる固まり(メソンと呼ばれる粒子、パイ中間子はその一例)として観測されてきた。クォークは6種類あり、以前は基本粒子と考えられていた100種類以上あるバリオンやメソンはクォークの異なる組み合わせとして理解することができる。
クォークが単独で観測されず、いつも3つか2つの固まりとして存在することを、“クォークの閉じ込め”と呼び、原子核・素粒子物理の大きな未解決の問題の一つになっている。この謎を解くために有効な方法の一つは3つ或いは2つ以外のクォークの組み合わせで出来ている粒子を探すことである。クォークのふるまいを決定する基本法則と考えられている量子色力学(QCD)によれば、以上の組み合わせの他に6つのクォークで構成されている粒子や4つのクォークと1つの反クォークで構成されている粒子が可能だからだ。しかしながら、これらの状態は30年に及ぶ様々な実験によっても発見されることはなかった。
単純な3クォーク状態以外のバリオンの可能性について、最近の実験データの解析により、LEPSでは、以下にあげる2つの興味深い観測結果が得られた。
Λ(1405)粒子というストレンジクォークを一つ含んだ粒子がある。この粒子はその質量がK中間子と核子の質量の和より僅かながら低く、QCDに基礎をおくChiral Unitary Model[3]と呼ばれる最新の理論ではメソンとバリオンの分子共鳴状態として記述される。この理論によれば、Λ(1405)は、その崩壊幅(質量幅)が崩壊モードに依存する。また、核物質中では、その幅が非常に大きくなって事実上粒子としての性質が消滅する。
LEPSではレーザー電子光ビームを水素標的に照射し、γ p → Λ(1405)K +という反応でΛ(1405)を生成した。さらにΛ(1405)→ Σ+ π- 及びΛ(1405) → Σ- π+ という2つの異なる崩壊モードをπ中間子の電荷の符号で区別し、それぞれにたいする崩壊幅の差を調べた。
図5に示すように Σ+ π- モードの崩壊幅は Σ- π+ に比べ狭くなっている[4]。この観測結果はChiral Unitary Modelの予言と一致する。理論のさらなる検証のために原子核中でのΛ(1405)の生成とその崩壊幅の測定を目的とする実験を今年度行う予定である。そのために、短寿命のΣ粒子を標的のすぐ近くで運動量分析する装置(タイムプロジェクションチェンバー)を開発した(図6)。
LEPSでは更に反ストレンジクォークを含むバリオン(Zバリオン)の探索も行った。Zバリオンは、主に60年代から70年代初頭にかけて主に1700 MeV/c2以上の比較的質量が大きい領域で精力的に探索され、存在を示唆する実験結果もでたが、確定的な証拠は得られず、その存在が疑問視されていた[5]。ところが最近、QCDに基づく対称性を使った理論で、非常に軽く(〜1530 MeV/c2)かつ幅の狭い(<15 MeV/c2)Zバリオンが予言された[6]。この粒子は、Z+粒子と呼ばれ、二つずつのu及びdクォークと一つの反sクォークで構成されている。
LEPSでは液体水素標的のすぐ下流に設置されたプラスチックシンチレーターを標的としてZ+を探索した。プラスチックに含まれる炭素原子核中の中性子n によるγ n → Z+ K− → n K+ K−反応は、終状態のK 中間子対を観測することにより選び出すことができる。始状態の光子エネルギーと終状態のK−中間子運動量の情報から残りのn K+系の質量を計算して、その不変質量分布がZ+に対応するピークを持てば、Z+生成反応が同定されたことになる。始状態の標的中性子が原子核中で動いていること(フェルミ運動)によるn K+系の質量の計算値のずれは、終状態のK中間子対のエネルギー・運動量のベクトル和と光子エネルギーから求めた終状態の中性子の計算質量と真の中性子質量の差を求めることによって補正した。また全イベントの85 %を占めるファイ(Φ)中間子生成反応からの寄与は、K中間子対の不変質量分布に鋭いピークを持つことから簡単に除去できた。
図7にK+N系(Nは核子。pまたはn。)の不変質量分布を示す。実線で示されるプラスチックシンチレーターからの寄与ではK+n系とK+p系からの寄与があるが、破線で示される液体水素標的からの寄与ではK+p系からの寄与のみである。そして前者にのみ質量が1.54 GeV/c2の付近に鋭いピークが見られる。この発見については更に詳細な解析が終了し、その結果は学術雑誌に投稿中である[7]。
LEPSで引き続き行われている液体重水素標的を用いた実験や、世界各地で行われている検証実験で、その存在が再確認されれば"クォークの閉じ込め"の謎を解く大きな足がかりを得ることになる。
図5 Λ(1405)の不変質量分布。π+Σ-チャンネル(上)とπ-Σ+チャンネル。
図6 タイムプロジェクションチェンバー
図7 K +N系の不変質量分布。実線はプラスチックシンチレーターからの寄与、破線は液体水素標的からの
寄与を示す。
参考文献
[1]R.H.Milburn,Phys.Rev.Lett.10(1963)75.
[2]T.Nakano et al.,Nucl.Phys.A684(2001)71c.
[3]J.C.Nacher,E.Oset,H.Toki,and A.Ramos,Phys.Lett.B455(1999)55.
[4]J.K.Ahn,in Proceedings of the PANIC2002 conference(2002),to be published.
[5]Particle Data Group,Phys.Lett.B170 (1986)289.
[6]D.Diakonov,V.Petrov,and M.Polyakov, Z.Phys.A359(1997)305.
[7]T.Nakano et al.,hep-ex/0301020(2003).
中野 貴志 NAKANO Takashi
大阪大学 核物理研究センター
〒567-0047 大阪府茨木市美穂ヶ丘10-1
TEL:06-6879-8938 FAX:06-6879-8899
e-mail:nakano@rcnp.osaka-u.ac.jp
略歴:
1991年 京都大学 理学研究科博士後期課程単位取得退学
(理学博士)
1991年 アルバータ大学 研究員
1993年 大阪大学 理学部助手
1996年 大阪大学 核物理研究センター助教授
2000年 大阪大学 核物理研究センター教授
現在、レーザー電子光ビームを用いたクォーク核物理研究