Volume 08, No.2 Pages 112 - 113
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
(第6回SPring-8利用技術に関するワークショップ)
SPring-8利用研究の最前線
このセッションは、“SPring-8での利用研究は第三世代施設を生かしているか?”もしくは“SPring-8放射光X線の特徴を生かした利用研究はどのようなものがあるのか?”、といった素朴ではあるが施設者側にとって深刻な質問に答えることを目的として企画された。したがって、セッション名は「SPring-8利用研究の最前線」と大きくしてある。この様なセッションを持つことによって、SPring-8という第三世代放射光施設で今後行われる利用研究に先端的で挑戦的な課題がより多くなることをねらっている。なお、講演者としては出来るだけ若い研究者を指名させていただいた。以下には、プログラムの順番とは異なるが、各講演の概略をお伝えする。
蓄積リングのトップアップ運転と将来のリングの高度化(熊谷教孝、JASRI)
熊谷氏の講演は、加速器の現状(低エミッタンス運転−3nm・rad、軌道安定化プロジェクト、低エネルギー運転)、トップアップ運転の技術的な問題と導入スケジュールおよび将来(輝度の改善、極短パルス生成技術、超伝導ウイグラーによる高エネルギーX線の発生)など利用者にとっても重要で盛りだくさんの内容であった。低エミッタンス運転やトップアップ運転は利用に直接関係する報告で、利用者はこの様な情報を見逃さないようにアンテナを張っておかなければならない。
High Resolution Inelastic X-ray scattering at SPring-8 : The Instrument and its application (A. Baron, JASRI)
Baron氏の話はX線および中性子線を使った非弾性散乱の特徴の概観から始められた。ついで、X線を使うならどのような特徴(Niche)を生かすべきか−対象を非晶質とする、少量で実験が可能および電子散乱など−に言及した。装置に関してはモノクロメータおよびアナライザー結晶についてかなり詳しい説明が行われた。BL35XUでの利用研究では、液体マグネシウムとシリコンについてフォノン励起ピークが準弾性ピークの両側に見られ、解析の結果マグネシウムとシリコンのダイナミックスの差が明らかになった。また、MgB2に関する実験では、幾つかの温度でのエネルギー損失スペクトルの測定からフォノンピークとその分散が認められている。今後、おもしろい物性と絡めた研究が期待されるが、生命現象の解明につながる応用はないであろうか。
オーバーサンプリングによるX線散乱イメージング(西野吉則、理化学研究所)
イメージングという言葉からは、位相コントラスト法、X線顕微法やトモグラフィなどの手法が思い浮かべられる。また、構造解析といえば結晶構造解析ということになろう。ここで取り上げた手法は何とも不思議な気持ちにさせられるものである。たとえば、10〜100nmといった大きさの規則性のない粒子を対象として、その散乱強度をナイキストの定理で求められるサンプリング間隔よりも2倍以上密に測定し、粒子の初期電子密度をランダムに設定して実空間と逆空間の間で段階的に精密化していく方法である。類似の手法は、タンパク質結晶構造の精密化に使われる“Solvent-flattening”があるので、実はそれほど不思議な方法ではない。この方法を応用すると、X線顕微法よりもはるかに高空間分解能のイメージングを行うことが出来る。今後の応用研究が待たれる。なお、この手法を応用するためにはビームの干渉性が求められる。
高輝度マイクロビームを使った生物微細試料の回折(岩本裕之、JASRI)
この報告は私にとっては“ようやくやってくれました”といったところである。SPring-8計画の当初、放射光ビームの密度が非常に高いことから、ミクロン級のマイクロビームを使えば微小な結晶性領域からの回折が記録できるのではないかと期待したことがあった。微小結晶の集合体からの回折実験は、粉末回折像を与えるので一般的には三次元構造解析に持ち込むことは大変難しい。とすれば、1個の微小結晶からの回折実験に期待することになる。岩本氏は2ミクロンのマイクロビームを用いて筋繊維を構成する筋原繊維(1個の微小結晶)からの回折像を記録することに成功した。この実験はBL45XUで行われたが、3桁くらい高フラックスであるBL40XUではこの種の実験は容易であろう。生物試料でこの様な実験が可能であることから、回折強度が格段に強い非生物試料に多くの可能性があることを示している。ただし、このような回折像からの構造解析に至るにはさらに越えなくてはならない問題が多くあることを付記する。
超高分解能CT法と応用(竹内晃久、JASRI)
放射光X線が高密度ビームとして使えるとしたら、高空間分解能イメージングを研究課題として取り上げるのは必然であろう。竹内氏は、まず古典的な“投影型”トモグラフィーの分解能の限界が1ミクロン程度であることを紹介した。ついで、グループで最近開発している“結像型”マイクロトモグラフィーにふれ、その分解能が原理的には10〜100nmにまで到達できることを述べている。BL47XUで行われている開発研究の結果、空間分解能が現時点では0.6ミクロンである。今後の課題は、この高空間分解能三次元トモグラフィー法の応用ではなかろうか。
以上、SPring-8のX線の特徴をそれぞれ生かした研究の例を取り上げた。私にとっては大変おもしろかったと思っている。反省点は、この様なセッションをこの時期にやったことであろう。率直に言って、聴衆の少なさには大変残念な思いがある。ほかのセッションの状況も考慮すれば、来年からの利用技術に関するワークショップの持ち方などに大きな転換が必要であると感じた。
植木 龍夫 UEKI Tatsuo
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