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Volume 16, No.2 Pages 67 - 75

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

ここまでわかった高速相変化のメカニズム -実用相変化記録材料-
Two Contrastive High-Speed Phase-Change Mechanisms Revealed

松永 利之 MATSUNAGA Toshiyuki[1]、児島 理恵 KOJIMA Rie[2]、山田 昇 YAMADA Noboru[2]、ジャーコ・アコラ AKOLA Jaakko[3]、ロバート・ジョーンズ JONES Robert[4]、小原 真司 KOHARA Shinji[5]、池永 英司 IKENAGA Eiji[5]、小林 啓介 KOBAYASHI Keisuke[6]、本間 徹生 HONMA Tetsuo[7]、高田 昌樹 TAKATA Masaki[8]

[1]パナソニック(株) マテリアルサイエンス解析センター Materials Science and Analysis Technology Center, Panasonic Corporation、[2]パナソニック(株) デジタルネットワーク開発センター Digital & Network Technology Development Center, Panasonic Corporation、[3]タンペレ工科大学 物理学研究科 Department of Physics, Tampere University of Technology、[4]ユーリッヒ総合研究機構 固体物理学研究科 Quantum-Theory of Materials, Institut für Festkörperforschung、[5](財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI、[6](独)物質・材料研究機構 共用ビームステーション Beamline Station, NIMS、[7](財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室 Industrial Application Division, JASRI、[8](独)理化学研究所 播磨研究所 Harima Institute, RIKEN

Abstract
 今日の代表的な実用相変化記録材料として、GeTe-Sb2Te3擬二元系化合物とSb-Te二元系にGeやAg、Inなどを少量添加した多元系化合物の二つが挙げられる。これらは、常温では数十年以上もアモルファス相が安定に保たれると同時に、瞬間的な加熱により数10 ns(ナノ秒、10-9セカンド)の短時間で結晶化させることも可能である。その時間差は、実に1017~18倍に及ぶ。ただ、両者の結晶化の様子は大きく異なっており、前者は、アモルファス中に無数に存在する結晶核が起点となって、ビット全体が一斉に結晶に変化するのに対して、後者は、アモルファスビットの周辺結晶部からビットの中央部に向かって、結晶成長が瞬時に進行する。この違いは、前者のアモルファス中には無数の結晶の欠片(結晶核)が潜んでいて、それらが高速結晶化の担い手になるのに対し、後者は、アモルファス中で、原子結合の連鎖的な組み換えが起こって、バラバラだった分子配向軸が、連鎖的且つ一瞬で整列して、アモルファスから結晶に高速相変化することにある。
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1.はじめに -相変化現象を記録に利用する-

 DVD-RAM(digital versatile disk - random access memory)やブルーレイディスク(Blu-ray disc/BD)の光メモリーに代表される書き換え型の相変化記録メディアにおいては、物質の可逆的な相変化に伴う光学特性の変化を利用して情報の蓄積が行われる。同様に、PCRAM(phase-change random access memory)と総称される電気メモリーもようやく実用段階に到達し、ここでは、相変化に伴う物質の電気抵抗変化が利用される[1][1] M. Wuttig and N. Yamada: Nat. Mater. 6 (2007) 824.。いずれも、記録状態、消去状態にアモルファス相、結晶相を(或いはその逆に)対応させる。通常、物質は温度や圧力等の周囲条件に応じた安定相を取り、その状態(相)を固相、液相、気相と変えるが、その意味で、アモルファス相はこれらの安定な相とは意味合いがやや異なる。すなわち、原子が規則正しく配列されエネルギー的に安定な固相が結晶相であるのに対して、アモルファス相では原子の規則性はごく短い範囲に限られていて、エネルギー的には準安定な「もう1つの」固相である。相変化デバイスではアモルファス相は、記録材料にレーザー照射や通電加熱をパルス的に行うことで、記録材料上に瞬時に溶融し急冷するという条件を作り出すことによって形成することができる(図1参照)。一方、結晶相は上記パルスをより緩やかな温度変化を生じるように加えることで、アモルファス相をアニール(焼鈍)することにより得られる。ここでの不思議は、アモルファス相の熱的安定性である。例えば、上記光メモリーの場合には常温では数十年(保存状態さえ良好であれば、恐らく100年以上)もアモルファス相が「安定」に保たれる。その一方で、レーザー加熱を行った場合には、数10 nsの短時間で結晶化が完了する。その時間差は、実に1017〜18倍である!今日の相変化記録メディアを支えている代表的な材料は、Ge-Sb-Te三元系の中から見出された。一つは、GSTと呼称されるGeTe-Sb2Te3擬二元系化合物[2][2] N. Yamada, E. Ohno, K. Nishiuchi and N. Akahira: J. Appl. Phys. 69 5 (1991) 2849.であり、もう一つは主成分がSb-Te二元系で、それらにGeやAg、Inなどを少量添加した化合物である[3][3] H. Iwasaki, Y. Ide, Y. Harigaya, Y. Kageyama and I. Fujimura: Jpn. J. Appl. Phys. Series 6 Proc. Int. Symp. on Optical Memory 68 (1991).。後者の代表的な化合物は、Ag-In-Sb-Te四元系化合物であり、AISTと呼ばれている。これら材料のアモルファス相、結晶相には共通した特徴が観られる。先ず、これら多元系化合物の平均の最外殻p電子数は、3内外の値をとるということが挙げられる。アモルファス相においては、各原子は凡そ8-N則に従った配位原子を有し、s電子とp電子とは(部分的に)互いに混成して、比較的強固な共有結合性のクラスター(分子)を無数に形成している。固体全体の原子配列は、クラスター同士が稜共有、頂点共有によって結ばれ、結合角の分布に広がりを持った長距離秩序性に欠ける、所謂、アモルファス構造を作り上げている。一方結晶の方は、xyz方向に伸びたp電子が隣の原子との結合の主役となり、B1(NaCl)型、A7(As)型[4][4] 桐山良一、桐山秀子:構造無機化学 共立出版(1979).の(歪んだ)6配位構造(八面体配位構造)を形成する。平均p電子数が3であることから、隣り合った原子でp電子を共有し、共鳴結合によって三次的に周期性を持った原子配列(結晶)が構築されている。アモルファス相はより絶縁体的、半導体的な電気特性を示し、一方で結晶相はより(半)金属的な性質を示す。可視光に対しては、前者はより透明、一方で後者はより不透明となる。これらGST、AISTの融点は600〜650℃であるがデバイス上に作り込まれたアモルファスビット(記録マーク/記録素子、図1参照)は、(ガラス転移点を超えた)400〜500℃にまで加熱することにより、既に述べたが、室温では十分に安定であったものが数10 nsの短時間で直ちに結晶相に変化する。このように、両者は多くの共通点を持っているが、ただ、両者の結晶化過程は著しく異なっている。前者は、アモルファス中に無数に存在する結晶核(結晶構造の一部と同じ原子配列を持った原子鎖、原子環、原子団)が起点となってビット全体が一斉に結晶に変化するのに対して、後者は、アモルファスビットの周辺結晶部からビットの中央部に向かって、結晶成長が瞬時に進行する。即ちこのことは、前者の結晶化時間はアモルファスビットのサイズに殆ど依存しないが、後者はビットが小さくなるほど結晶化に必要な時間を短くすることができる(一方で、ビットの不安定性も増すものと思われるが)と考えられるのである。言うまでもなく、今日、急ピッチで進む情報化社会にあってそして省資源が叫ばれる中、更なる高速高密度記録媒体の開発が急がれる。具体的にはビットあたり(現行:数10 ナノ秒→)サブナノ秒の書き換え速度を持つ、(現行:100 GB(ギガバイト、109 Byte)/ディスク→)TB(テラバイト、1012 Byte)級の記録デバイスの開発が急務となっている。ただ、GST、AISTの特性が余りにも優れているため、それ以上の機能を持つ材料の開発ができていないのが現状である。そのような状況の中で更に特性に優れた新しい材料を開発するためには、これら現行材料の相変化メカニズムを深く追及することがその近道となるであろう。GSTの結晶化メカニズムについては、これまで比較的多くの研究がなされてきたが、AISTの方は基礎的な研究がやや立ち遅れていて、アモルファスの構造さえ殆ど調べられていなかった。私たちは今回、X線回折、EXAFS、光電子分光、量子化学的分子動力学計算などSPring-8の高度な実験設備、並びに国際的な解析プロジェクトを形成することによって、AISTのアモルファス相の構造を詳細に解析することに成功した[5][5] T. Matsunaga, J. Akola, S. Kohara, T. Honma, K. Kobayashi, E. Ikenaga, R. Jones, N. Yamada, M. Takata and R. Kojima: Nat. Mater. 10 (2011) 129.。本編では、明らかにされたアモルファスの構造、並びにその構造から導かれたこの材料特有の高速相変化メカニズムについて述べたいと思う。

 

図1 相変化記録原理図。光ディスクにおいて記録を行う場合は、強いパワーでレーザー照射を行い、照射部を瞬時に融点(600〜650℃)以上に加熱して溶融した後、急冷してアモルファス状態の記録マークを形成する。また消去する場合には、レーザーパワーをやや弱くし400〜500℃程度にまで昇温することで、上記アモルファスマークをアニールすることにより結晶化する。そして、記録した信号を再生する場合には、記録マークに変化を与えない程度にレーザーパワーを十分低くして照射し、その反射光の強度変化を読みとるのである。

 

 

2.今日の相変化記録の成功をもたらした、GeTe-Sb2Te3擬二元系化合物

 先ず、AISTのアモルファスや結晶の構造、および高速相変化メカニズムを述べる前に、GST系の構造、相変化メカニズムについて触れておこう。このGeTe-Sb2Te3擬二元系材料はその発見以来、30年近く経った今も尚、変化記録材料として最もよく利用されている。この化合物の発見によって、ビットあたり数10 nsでの記録の書き換えが可能となったと同時に数十年以上にわたる長期間の記録保持が可能となったのである[2][2] N. Yamada, E. Ohno, K. Nishiuchi and N. Akahira: J. Appl. Phys. 69 5 (1991) 2849.。しかも、現行の光ディスク記録メディアにおいては、その記録層の厚みは数 nmにまで薄くなっているにも拘わらず充分な光学的変化を得ることができ、且つ、数万回〜数十万回に及ぶ書き換えも可能にしている。今日の相変化記録の成功はこのGeTe-Sb2Te3擬二元系化合物の発見にあったと言っても過言ではない(図2にBlu-ray discに記録したアモルファスマークを示す)。この擬二元系化合物は、先ず、その結晶状態に大きな特徴を持っている。スパッタ法により成膜されたGeTe- Sb2Te3擬二元アモルファス薄膜は適切な条件下で、例えばレーザー照射などによりアニールするとGeTeから、少なくともSb2Te3-67%(Ge1Sb4Te7)の組成領域までNaCl型構造(図3(a)参照)に単一相として結晶化させることができるのである[6][6] T. Matsunaga, R. Kojima, N. Yamada, K. Kifune, Y. Kubota, Y. Tabata and M. Takata: Inorg. Chem. 45 (2006) 2235.。この単一相への結晶化は、高速相変化にとって非常に重要な特性の一つである。しかもNaCl型構造(空間群:Fm3m[7][7] International Tables for Crystallography, edited by T. Hahn (Kluwer 1995), Vol. A.)は立方晶であり、立方晶は結晶の中で最も等方的な対称性を持っている。これら二つの特徴は、原子の移動を極力抑えて、言い換えれば原子の僅かの移動でアモルファス相から結晶相に構造変化可能であることを意味している(二相に分離したり異方性の強い結晶への構造変化は、大きな原子移動を伴うであろう)。Teは擬二元組成に依らず、Clのサイトを常に100%占有する。一方で、Ge(p電子数:2)とSb(p電子数:3)はNaサイトをランダムに占有するが、このサイトには平均p電子数が2となるように擬二元組成に従って、徐々に(原子)空孔が含まれてゆく[6][6] T. Matsunaga, R. Kojima, N. Yamada, K. Kifune, Y. Kubota, Y. Tabata and M. Takata: Inorg. Chem. 45 (2006) 2235.。一方で、Teのp電子数は4であるので、よって、この化合物結晶の平均p電子数は(組成に依存することなく)3となる。言うまでもないことであるが、これら結晶中ではどのような結合経路を辿って行っても-Te-Ge(Sb)-Te-Ge(Sb)-Te-Ge(Sb)-となって、同種原子対が原子鎖の中に存在しない。Teの隣はGe(Sb)、Ge(Sb)の隣は常にTeである。実はこの構造的な特徴がアモルファス中にも潜んでいる。

 

 

図2 相変化光ディスク(Blu-ray disc)上に形成されたアモルファス記録マークの走査電子顕微鏡写真。暗く(黒く)見える楕円状-銀杏の葉状の斑点が記録マークである。アモルファスマークはそれら周辺の結晶部よりも暗く写っており、即ち二次電子放出量が結晶のものより少ない。この写真はアモルファス、結晶の化学結合状態に差があることを明瞭に示している。

 

図3 GST(B1:NaCl型)とAIST(A7:As型)の結晶構造。前者は、4a(Cl)サイトをTeが100%占有しており、一方、4b(Na)サイトはGs、Sb、および原子空孔によってランダムに占有されている。この空孔のため特にGe、Sbの原子位置には静的な乱れが観られるが、何れの原子も平均的には等距離6配位構造となっている。一つの原子に着目すると、4経路辿ると、最短で元の原子に戻れる(4員環/赤矢印)。ただ、(例えばA原子の位置に)空孔が存在すると6経路以上のものが現れる(6員環/青矢印)。一方、後者AISTは六方晶の単位胞が細線で示されているが、主成分であるSbと残りの少量元素が、共にランダムに6cサイトを占有している。A7構造は二種類の擬似的な単純立方晶で構成されており、何れの原子も3+3配位構造を持っている。この結晶の場合も、ほぼ、4、6員環のみで構成される。

 

 

 GeTe-Sb2Te3擬二元系アモルファス化合物は三種類の原子より構成されており、もしも、全ての原子が完全にランダムに配列するならば、アモルファスの構造中全ての結合経路を辿って行けば、六種類の原子対が組成比から予想される割合で見つかる筈である。ところが、逆モンテカルロ(RMC)解析、分子動力学的な解析においてもアモルファスの構造を形成しているのは、結晶と同様、主にGe-TeとSb-Teの二種類の原子対であるという結果が導かれている(図4(a)参照)。しかも、原子環の分布をみてもこのアモルファス構造中には4員環(図4(a)のABAB squareに相当)が、そして6員環も、飛び抜けて多いのである[5][5] T. Matsunaga, J. Akola, S. Kohara, T. Honma, K. Kobayashi, E. Ikenaga, R. Jones, N. Yamada, M. Takata and R. Kojima: Nat. Mater. 10 (2011) 129.(ここで比較のため、図3で示したNaCl結晶を見て頂くと結晶はほぼ4員環、6員環のみで組み立てられることが分かる)。即ち結晶周期を持たない原子鎖に、三次元の繰り返し周期を与えるだけで(Ge、Sb、Teの原子を置き換えることなく)、NaCl型構造を得ることができるのである。アモルファス中の原子の配位数は、結晶中での配位数が6であるのに対し8-N[8][8] N. F. Mott: Philos. Mag. 19 (1969) 835.に従う傾向にあり、また、原子間距離も(結晶に比べ)縮んでいて、上でも述べたが、より共有結合性を増している。これは、溶融状態から余りにも高速で冷されたため三次元周期構造を形成する時間がなく、とりあえず近場の結合エネルギーの高い原子同士(Ge-TeとSb-Te)が結びついてGeTe4やSbTe3等の分子を形成し、分子同士はTeを介して(結合角に分布を持って)頂点、稜共有してアモルファスの構造を作り上げた結果と解釈できる[9,10][9] S. Kohara, K. Kato, S. Kimura, H. Tanaka, T. Usuki, K. Suzuya, H.Tanaka, Y. Moritomo, T. Matsunaga, N. Yamada, Y. Tanaka, H. Suematsu and M. Takata: Appl. Phys. Lett. 89 20 (2006) 020201.
[10] J. Akola, R. O. Jones, S. Kohara, S. Kimura, K. Kobayashi, M. Takata, T. Matsunaga, R. Kojima, and N. Yamada: Phys. Rev. B 80 (2009) 020201.
。このアモルファス構造は安定で、常温では数十年もその相を安定に保つことができる。上では述べなかったが、アモルファス中にはGe-Te、Sb-TeのほかGe-Geの等極結合も少なからず存在し、これがアモルファスの構造を安定化させていると考えられる。しかしながら、この安定したアモルファスも400〜500℃まで昇温すると反応速度が一挙に1017〜18倍に跳ね上がり、NaCl型の結晶原子配列を持った原子鎖、原子環、原子団(クラスター)が最初の結晶核となってGe-Geの結合を切断しつつ、それらの周りのアモルファス部を瞬時に、10数nsで結晶化させることができるのである。その結果、アモルファスビットはアニール直後、ランダムな結晶方位を持った平均粒径10〜20 nm程度の微結晶で埋め尽くされた組織を呈することとなる。

 

図4 GST(Gs2Sb2Te5/赤玉:Ge、青玉:Sb、黄玉:Te)とAIST(Ag3.5In3.8Sb75.0Te17.7/白玉:Ag、紅玉:In、青玉:Sb、黄玉:Te)のアモルファスの構造。前者には大きなボイド(空隙/ピンクで塗り潰した部分)が観られる。このボイドは結晶成長の妨げとなるが、このアモルファス中には結晶の欠片が無数、潜んでおりそれら結晶核の周りで結晶化が(同時に)進む。一方、後者には殆どボイドが見られない。そのため、ボンドの交換による(三次元方向での)縦横無尽の連続的な結晶化が可能となっている。

 

 

3.AISTアモルファス相の構造解析から分かったこと -高速結晶成長による相変化-

 GSTの発見から遅れること5年、もう一つの実用高速相変化材料が発見された。それは、Sb-TeにAg、Inを少量添加した化合物、通称AISTである[3][3] H. Iwasaki, Y. Ide, Y. Harigaya, Y. Kageyama and I. Fujimura: Jpn. J. Appl. Phys. Series 6 Proc. Int. Symp. on Optical Memory 68 (1991).。この材料も書き換え型の相変化材料として非常に良い特性を示し、現在も尚、GSTとともに実用に供されている。読者の皆さんがマーケットでDVD-RAM、Blu-ray discを手にされたときそれらの大半はGST、AISTの何れかがその相変化材料として用いられている筈である。ところが、このAISTのアモルファスの構造はGSTの基礎研究が先行したこともあり、研究例が余り多くない。しかもスパッタ法により成膜されるため得られる試料が微量であること、更にTeも含めてAg、Inの試料全体に占める割合が少ないこと、また、Ag、In、Sb、Teの原子番号が互いに接近しておりX線回折法ではそれぞれの原子が見分け難いこと等がアモルファスの構造だけでなく、結晶構造の解析をも困難にしてきた。ただ、結晶構造は、SPring-8を用い10年ほど前に詳細な解析が行われている[11][11] T. Matsunaga, Y. Umetani and N. Yamada: Phys. Rev. B 64 18 (2001) 184116.。AISTのベース材料であるSb-Te二元系においては、古くからSb2Te3金属間化合物の存在が知られていた[12][12] T. L Anderson and H. B. Krause: Acta Crystallogr. B 30 (1974) 1307.。しかしながら、近年の研究によりこの二元系はSbとSb2Te3の間にSb2(n+m)Te3mで記述される立方積層型の複雑な長周期構造が次々と存在し、所謂、ホモロガス相[13][13] L. E. Shelimova, O. G. Karpinsky, P. P. Konstantinov, M. A. Kretova, E. S. Avilon and V. S. Zemskov, Inorg. Mater 37 4 (2001) 342.を形成していることが明らかとなった(ただ、これらの相が非整合構造をとっているのか、或いは整合構造をとっているのか、現在熱く議論されているということを付記しておく[14][14] K. Kifune, T. Fujita, Y. Kubota, N. Yamada and T. Matsunaga: under submission to Acta Crystallogr. B)。例えば、AIST材料の代表的な組成の一つであるAg3.5In3.8Sb75.0Te17.7に関しては、その母材のSb-Teは15層程度の複雑な長周期(ホモロガス)構造をとる筈である。ところが、AISTにおいてはAg、Inの添加により構造が単純化しSb(や、As、Bi)と同じ6層のA7型構造を有していた(NaClも6層構造である)。即ち、4種類の元素は空間群:R3m[7][7] International Tables for Crystallography, edited by T. Hahn (Kluwer 1995), Vol. A.において6cサイトをランダムに占有している。ただ、原子配列がYahn-Teller歪[15][15] Solids and Surfaces: A Chemist’s View of Bonding in Extended Structures by Roald Hoffmann (VCH, 1988).を生じることによって電子構造の安定化が図られている(もしもこの歪がなければ、xyz方向にp電子結合した単純立方晶になる筈である[16][16] 小林啓介、加藤義喜、小松原毅一:日本物理学会誌 31 4 (1976) 253.。これは、図3(b)において二つの擬立方体が全く同じ立方体になることを意味している)。そのため何れの原子も近くに3つ、遠くに3つの近接原子を有した3+3配位構造を形成する(図3(b)中の黒い太実線と灰色の太実線)。近くの3つの最近接原子同士を次々に繋いでいくと、それはx-yaH-bH)方向に広がる折れ襞構造を持った原子面を構成する。三つの最近接原子から中心原子までベクトルを引いたときそれらの合力ベクトルは全て図5(b)下に示されるように、その原子面に垂直となる。言い換えると、これらの合力ベクトルは互いに平行であり、且つ、cH軸に平行となっている。次節で詳しく述べるが実はAIST、即ち主成分のSbのアモルファス構造はこれらの合力ベクトルがランダムな方向を向いているだけと考えることができる(図5(a)参照)。そしてアモルファスから結晶への構造相転移はこのベクトルが同じ方向に揃ってゆく過程である、と捉えることができるのである。

 AIST化合物のアモルファスの構造については、EXAFS(Extended X-ray Absorption Fine Structure/広域X線吸収微細構造)を用いた先駆的な研究が散見される[17][17] H. Tashiro, M. Harigaya, Y. Kageyama, K. Ito, M. Shinotsuka, K. Tani, A. Watada, N. Yiwaki, Y. Nakata and S. Emura: Jpn. J. Appl. Phys. 41 (2002) 3758.。しかしながら、その全体構造については殆ど分かっていなかったと言って良いであろう。今回私たちはSPring-8のビームラインBL04B2で高エネルギーX線回折、BL14B2でXAFS、BL47XUで硬X線光電子分光の実験を行い、アモルファス構造解析に成功した。更に、これらの実験結果を詳細に吟味、検証するために原子配列・電子状態およびそのダイナミクスを大規模密度汎関数(DF)-分子動力学(MD)シミュレーションにより、ユーリッヒ総合研究機構のスーパーコンピューターを用い理論計算を行った[5][5] T. Matsunaga, J. Akola, S. Kohara, T. Honma, K. Kobayashi, E. Ikenaga, R. Jones, N. Yamada, M. Takata and R. Kojima: Nat. Mater. 10 (2011) 129.。解析されたアモルファスの構造が既に図4(b)に示されている。GSTのアモルファス相には4つの原子から構成されたリング(4員環)と6つの原子から構成されたリング(6員環)が多く存在し、これら結晶性の原子環が結晶核となり得るのであるが、AISTの方には様々なリングが存在する中、結晶性の4員環、6員環が突出して多いという分布は観られなかった。しかしながら、このアモルファスの構造には主成分であるSbが基本的に、その結晶と同じく3+3の配位構造を持っているという、結晶との共通点が見出だされたのである。但し、近くの3つとは原子間距離がより短く、言い換えればより強く共有結合していて、一方、遠くの3つとは原子間距離がより長くなっている(これは近くの3つの原子のみに注目しアモルファス中のSbは8-N則が教えるところの3配位構造をとっている、と言っても間違いではない)。ただ、これら強固に共有結合した3配位の分子同士は、頂点共有、稜共有によってフレキシブルに繋がれているため、合力ベクトルはてんで出鱈目な方向を向いていることが図5(a)下から分かるであろう。これが配位構造は結晶と似ているものの、原子配列に結晶のような周期性を持っていない理由である。それでは、この出鱈目なベクトルを同一方向に揃える(=結晶にする)にはどうしたら良いのであろうか‥‥。そうである、短い結合を切断しその短い結合と、適当な長い結合を交換(スイッチ)すれば良いのである(図5上の左右参照)。この交換を引き起こすエネルギーは光であり、熱である。この結合の交換により、隣り合った合力ベクトルの方向を(最初は近似的にではあるにせよ)より揃ったものに変化させることができる。そして、また同じメカニズムにて次のベクトルを揃えることができる。これが結晶との界面からアモルファス記録マークの中心に向かって、順次、進行して行くわけである。同時に、ベクトルは結晶化のためのアニールの効果により、より平行度を増して行くであろう。光ディスクにおいて結晶-アモルファス界面(ドメインウオール)を形成している結晶粒は、ランダムな方位で分布していると考えられるが、このベクトルの平行化はx方向だけではなくy方向にもz方向にも進行させることができる。言い換えれば、任意の方向に進行させることが可能である。実際の消去(アモルファスマークの結晶化)は、レーザーがトラック方向(ディスクの円周方向)に掃引されるのでマーク左右の周辺部から中央部に向かって針状に結晶化が進み、AISTの場合(GSTで観られる微結晶が集積したモザイク組織とは異なり)、針状(微)結晶が方向を揃えて中心に向かって成長した組織が観測されるのである。尚、アモルファス中Teはこれも8-N則に従った2配位のものが主成分となっている(一部、3配位以上のものも存在する)が、Teの添加はアモルファスを安定化させるために不可欠である。事実、Sbのみでもアモルファス薄膜を形成することができるが、そのアモルファス相は非常に不安定で、常温で放置すると膜厚、成膜条件に依存するが数時間〜数日で結晶相に変化する。然るに、Teを10%〜15%含ませることにより結晶化温度を150〜200℃にまで引き上げることが可能で、実用の相変化記録材料とすることができるのである。一方、Ag、Inはアモルファスの安定化にも寄与していると考えられるが、上で述べたように、結晶構造の単純化にも大きく貢献している。

 

図5 AISTの(a)アモルファスと(b)結晶の構造。両者とも3(近)+3(遠)配位構造である。近くの3つの配位原子から中心原子に向かう合力ベクトルが矢印で示されている。アモルファスに於いて、これらのベクトルはランダムに配向しているが、結晶では互いに平行且つ互い違いに折れ襞状に分布している。図の上に(a)、(b)の構造からそれぞれ、一つの配位多(八)面体を取り出して示している。光、熱などのエネルギーを与えることにより、ボンドの交換が生じ、配位ベクトルの向きを変化させることができる。

 

 

4.更なる高密度記録メディアの開発を目指して

 本稿で取り上げた実用相変化記録材料の一つ、GeTe-Sb2Te3擬二元系化合物はNaCl型構造が擬二元組成に従って連続的に出現する。この特徴は材料の組成を変化させることによって、レーザー波長や記録膜を含めたデバイス全体としての光学特性とのマッチングを取りながら、最適なデバイス特性を得ることを可能としている。なぜならば、この材料のアモルファスと結晶の電子状態、言い換えれば光学特性は組成により連続的に変化するからである。一方でSb-Te二元系化合物もその組成比、或いは添加元素に変化を持たせることにより特性を変化させることが可能である。これらGSTとAISTは共通して主にSbとTeが用いられており、この2つの材料が書き換え型DVDやBDの基本構成元素といっても過言ではないものと思われる。しかし、この2つの材料のアモルファス構造や書き換えメカニズムは、原子レベルで大きく異なっていることが今回の研究から明らかにされた。GSTではアモルファス相に無数に存在する、数個から数十個の原子で構成された結晶相と同じ原子配列の領域が結晶核となり、原子の再配列によってアモルファス全体が(ほぼ)同時に結晶化(記録の消去)するのに対して、AISTではアモルファス相と結晶相間での原子配列の変化は僅かで、近接の結合状態のスイッチ的交換に起因する“配位ベクトル”の雪崩的再配列により、結晶化(記録の消去)が起こるという大きな違いがあったのである。

 超高密度記録デバイスへの要求は止まるところを知らない。記録密度が上がれば当然、記録ビットは小さくなって行く。例えば、1 PB(ペタバイト、1015 Byte)ディスクが開発されれば、記録ビットは数百個の原子で構成されることとなる。このような、最早、バルクとは言えない微小な凝集体を用いて更なる高速相変化を如何に実現するか、記録の安定保持性をどのように確保するかが、今後、我々開発屋に架された課題となろう。ただ現在、既にこれらGST材、AIST材を用いて多層薄膜を構成し、それらの層界面で特定の原子に着目し、それらの原子位置を選択的にスイッチさせて、超高速の繰り返し書き換えを実現しようといった取り組みが始まっている[18][18] J. Tominaga, R. Simpson, P. Fons and A. Kolobov: Proceedings of EPCOS 2010 (2010).。更に、ここで取り上げたカルコゲナイド化合物は熱電変換材料として実用化するための基礎、応用研究が盛んになされている。また、将来、太陽電池への応用も考えられる。このようにカルコゲナイド化合物はまさに機能性材料の宝庫と言えよう。このような機能性材料の解析を詳細に行うためにも、勿論言うまでもなく、これまでSPring-8は大きな役割を果たしてきたが今後、極微小部、極薄膜部で生ずる反応過程をより詳細に解明できるXFEL(X-ray Free-Electron Laser/X線自由電子レーザー)“SACLA”への期待は大なるものがある。CREST事業“反応現象のX線ピンポイント構造計測”プロジェクトで培われた測定技術との有機的な結合により、測定、解析の場の構築が待たれる。

 末筆ではあるが終わりにあたって、今回の研究成果が来るべき低炭素社会に適合する次世代の相変化光ストレージに向けて、より小さなエネルギーでより高速書き換えが可能な相変化記録材料の開発が急速に進展すれば、それは筆者等の望外の喜びである。尚、本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。謹んで、御礼申し上げます。

(1)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域:「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」

(研究総括:田中 通義 東北大学 名誉教授)

研究課題名:「反応現象のX線ピンポイント構造計測」

研究代表者:高田 昌樹(理化学研究所 放射光科学総合研究センター 主任研究員)

研究期間:平成16年10月〜平成22年3月

(2)戦略的国際科学技術協力推進事業「日本-フィンランド研究交流」

研究領域:「機能性材料」

研究課題名:「大規模分子動力学シミュレーションと放射光X線を用いた高速相変化材料の構造解析および新規材料設計」

日本側研究代表者:小原 真司(JASRI 利用研究促進部門 主幹研究員)

フィンランド側研究代表者:ジャーコ・アコラ(タンペレ工科大学 物理学研究科 特別研究員)

研究期間:平成21年4月〜平成24年3月

 また、アモルファスの構造解析結果は、SPring-8:課題番号2007A1223、2008A1409、2009A1980のX散乱、およびXAFS実験を通して得られました。

 

 

 

参考文献

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[10] J. Akola, R. O. Jones, S. Kohara, S. Kimura, K. Kobayashi, M. Takata, T. Matsunaga, R. Kojima, and N. Yamada: Phys. Rev. B 80 (2009) 020201.

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[18] J. Tominaga, R. Simpson, P. Fons and A. Kolobov: Proceedings of EPCOS 2010 (2010).

 

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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