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Volume 16, No.2 Pages 139 - 140

4.SPring-8 通信/SPring-8 Communications

利用研究課題審査委員会を終えて 分科会主査報告4 -分光分科会-
Proposal Review Committee (PRC) Report by Subcommittee Chair - Spectroscopy –

柿崎 明人 KAKIZAKI Akito

東京大学 物性研究所 The Institute for Solid State Physics, The University of Tokyo

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 平成21、22年度のSPring-8利用研究課題審査委員会(審査委員会)委員と分光分科会(分科会)主査を務め、申請された実験課題の審査に携わってきました。以下では、SPring-8における課題審査の現状と2年間の感想を述べようと思います。

 

 私が主査を務めた分光分科会で審査される研究課題のほとんどは、光電子分光、磁気円・線二色性分光、光電子回折、発光分光、赤外分光などを実験手法とするもので、軟X線、硬X線領域の放射光を利用してさまざまな物質の電子状態とその光励起に対する応答を解析し、物質固有の性質の起源を明らかにしたり、材料開発に役立てる指針を得ようとする課題です。6名の分科会委員の仕事は、申請された数百件の研究課題からSPring-8のビームラインBL15XU、BL17SU、BL19LXU、BL25SU、BL27SU、BL39XU、BL43IR、BL46XU、BL47XUで前(後)期に行うべき課題を選び、その優先順位を決めることです。こう書くと大変そうに思えますが、実際にはSPring-8がレフェリー制度を取り入れているため、分科会での実際の仕事は、レフェリーがそれぞれの研究課題について、研究の意義や過去の実績、実現可能性などをある一定の指針に従って点数で表した評価をもとに、複数の分科にまたがる課題の各分科における採択状況を見ながら課題の採否とビームタイムの配分量を決めることです。レフェリーから高い評価を得た課題にビームタイムが優先的に配分される事はいうまでもありません。

 

 SPring-8は、その利用がスタートしてから10年以上が経過し、研究課題の審査に関してもこれまで多くの経験が積み重ねられてきました。審査やビームタイム配分を適正に行うための対策も数多く講じられています。特に一般研究課題に対しては、研究分野間の不均衡や配分ビームタイムの不平等を生じさせないための工夫、その見直しと改訂が毎年なされています。優れた利用研究であればSPring-8に実験課題を申請して認められ、確実に放射光を利用できる可能性が高いということがユーザーに対して担保されているともいえます。一方、近年SPring-8では産業利用が本格的に行われ、長期利用研究課題や各種優先研究課題も実施されるため、一般課題へのビームタイム配分枠が減少傾向にあります。今後、これまで以上に優れた研究課題の申請がユーザーには求められていくことになると思われます。

 

 審査委員会や分科会では、研究課題の採否とビームタイムの配分だけでなく、SPring-8のアクティビティを向上させるためのさまざま事項も議論されます。SPring-8は、APS、ESRFと並び称せられ、わが国唯一の高輝度X線放射光施設として毎年数多くの研究成果を生み出していますが、全発表論文数を施設が提供しているビームタイムの全シフト数で割った値でスケールすると、APS、ESRFと較べてSPring-8の論文数/シフトが少ない事は明らかです。発表論文の数だけがSPring-8のアクティビティの指標ではなく、掲載雑誌のIFが研究の質を表しているとは限りません。しかし、概して専用ビームラインからの発表論文数が共用ビームラインに較べて少ないこと、年を追って老朽化していくビームラインや実験設備の改善・更新の進捗状況がユーザーにあまり周知されていないのではないかと思えることなど、アクティビティを向上させるためにSPing-8がこれから改善すべき点もあるように思います。

 

 審査委員会や分科会自身でも、一般課題と優先課題の併願の是非、それぞれの分科会が担当する研究分野の統廃合など、いくつかの点を議論し改善していくことが必要です。レフェリー制度の公平性や透明性の向上もその一つです。先に述べたように、SPring-8ではレフェリー制度を取り入れられていて、申請された研究課題を各研究分野の専門家に点数で評価していただき、分科会での議論に役立てています。しかし、レフェリーは多くの課題について公平に審査し点数を付けているはずですが、寄せられる評点やコメントに首を傾げる事も少なくありません。自身の研究テーマに近い申請課題に特に厳しい評点を与えたり、不穏当なコメントを寄せるレフェリーもいます。分科会では、レフェリーの個人差を排除するようにして審議しますが、評点の個人差をその都度勘案することは容易ではありません。レフェリーが付けた点数をそのままではなく、評点の標準偏差を採用することも評点の公平性の向上に繋がるのではないかと思います。事務局の負担がどの程度か解りませんが、標準偏差の採用はすでにある機関で行われています。また、前(後)期の採択研究課題決定後にレフェリーの氏名を公表することも積極的に検討していいと思います。これは科研費の審査では行われていて、科研費の配分決定後にレフェリーの氏名が公表されるようになって以後、エキセントリックなレフェリーコメントが減ったと聞いたことがあります。

 

 放射光を利用する科学は確実に進展しています。SPing-8がサイエンスの社会で担っている役割と責任も今以上に大きくなっていくことは明らかです。今後もSPring-8での利用研究が発展していく事を望んでやみません。

 

 

柿崎 明人 KAKIZAKI Akito

東京大学 物性研究所 軌道放射物性研究施設

〒277-8581 千葉県柏市柏の葉5-1-5

TEL:04-7136-3400 FAX:04-7134-6083

e-mail:kakizaki@issp.u-tokyo.ac.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794