Volume 07, No.6 Pages 364 - 365
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第19回国際結晶学会議(IUCr XIX)報告
Report on IUCr XIX
今年の夏、8月6日から15日にかけて、第19回国際結晶学会議がスイスのジュネーブにおいて開催された。この会議は、3年おきに開催される結晶学の国際会議である。当初、イスラエルのエルサレムにおいて行われる予定であったのが、中東情勢の急激な緊張化の結果、やむを得ずイスラエル結晶学会主催のまま開催地をスイスのジュネーブに変更したという経緯がある。古い歴史を持ち、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教にとっての聖地であるという他に類のない特殊な性格を帯びた古都を訪れることができないのは非常に残念なことであった。
学会の開催場所はジュネーブ国際空港のすぐそばにある国際会議場(PALEXPO)であった。大きな催しものを開催することのできる会議場で、2003年には世界通信技術展示会が開催されるという。倉庫のような大きな箱型の建物の中に、500人は収容できると思われる会議室が3つとそれより少し小さめの会議室が3つ程あり、6つのセッションがこれらの会議室を用いて同時進行で行われた。ポスター会場はこれら会議室の上の階にある広い展示場をパーティションで半分に区切って設営されていた。同じ場所には協賛企業の展示、売店などがあったが、非常にゆったりとしたスペースがとってあった。この国際会議場は交通の便もよく、ジュネーブ駅から約10分おきにでるバスで15分で行く事ができたため、市街にあるホテルとの行き来が楽であった。
学会のスケジュールは、午前と午後に基調講演があり、その間に2時間半の昼食兼ポスターセッションが行われるというものであった。ポスター発表は前半の4日間と後半の4日間に分かれての発表であったが、それぞれ500近い発表があった。展示期間が4日間ということもあり、ディスカッションに充分な時間が取れたのではないかと思う。また、ポスター会場内にはコーヒーのサービスがあり、コーヒーを片手にアットホームな雰囲気で議論がきた。
さて、学会の内容であるが、結晶学といっても無機、鉱物の研究から生体分子の研究まで研究対象の幅が広い。ここでは、筆者がタンパク質の構造解析に携わっていることもあり、生体分子についての講演についていくつか紹介する。
まずは初日の午後のセッションにあったM.Rossmann博士の細菌ウィルスのコネクターの構造解析の発表について紹介する。コネクターは細菌ウィルスがキャップシド中に2本鎖DNAを取り込むのに用いる複合体で、gp10というタンパク質が12量体を作ることにより構成される。その構造は、円錐の先端部分を切り取ったような形状をしており、その中央にDNAが通るための大きな穴が開いているというものであった。DNAをウィルスキャップシド内に取り込む機構について考察をおこなうため、極低温電子顕微鏡により得られたウィルスの密度図にコネクターの原子モデルをあてはめ、ATPの分解で得られたエネルギーを用いてコネクターを回転させることにより、らせん構造を持つ2本鎖DNAが巻き上げられるというモデルを提唱していた。K.Moffat博士は、生体分子の反応中間体を捉えるという動的構造解析について講演された。最初に、時分割構造解析を映画に例えて説明した後、ミオグロビンのヘムに結合した一酸化炭素がレーザー照射により乖離した後、再びヘムに結合していく様子を時分割ラウエ法を用いて捕らえた結果を示した。差フーリエ電子密度図のピークの形状が、時間とともに変化してゆく様子は、本当にアニメーション映画のようであった。V.Ramakrishnan博士は、30Sリボソームの構造について講演された。リボソームは50ものタンパク質、核酸が複雑に組み合わさってできたリボ核タンパク質で、生体内でのタンパク質合成にたずさわっていることから生命活動の中枢を担っている複合体といってよい。細菌のリボソームを構成する30SリボソームとmRNA、tRNAとの複合体の構造解析を行うことにより、リボソームが遺伝情報をもとに正確かつ効率的にタンパク質を作り出すことができるのは、mRNAのコドンとtRNAのアンチコドンの間にできるWatson-Crick型塩基対を30Sリボソームが水素結合を通じて認識しているためであると結論付けていた。
また、構造解析の手法に関する講演としては、照射ダメージを用いた構造解析が目を引いた。X線照射ダメージはタンパク質構造解析の妨げになるため、照射ダメージによりタンパク質にどのような構造変化が起きるのか、そして、どのようにそれを防ぐのかという問題は、タンパク質の構造解析を効率的に行うために抑えておく必要のある事項である。その為、照射ダメージに関する講演がいくつかあったが、その中に、照射ダメージによる構造変化を逆手に取り、位相決定に利用してしまうという話があった。いわば、欠点を利点にしてしまうという発想で、面白く感じられた。ただ、明らかに照射ダメージのある結晶から得られたタンパク質の構造が、どのように評価されるか疑問に感じられたが。
ここで紹介したもの以外にも、面白い講演はたくさんあったが、ここではこの程度にとどめておく。ただ、ポストゲノムの時代を反映し、タンパク質構造解析の自動化、高速化など構造ゲノム研究を支える基盤技術に関する発表が多かったのが今回の会議の特徴ではなかったかと思う。
学会前半は天候に恵まれず、学会中日の日曜日も朝から雨であった。それでも、せっかくはるばるジュネーブまでやってきたので一人で市内をぶらぶらしてみたが、レマン湖畔に沿って1kmほど歩いたところにある公園からみた市街は、湖と山に挟まれ、小さいが落ちついた雰囲気のある街だと感じられた。開催時期が日本のお盆に重なったこともあり、帰りのフライトが思うように取れず、やむを得ず8/13に帰国の途に付くこととなったが、学会後半の講演を聴く事ができなかったことと、晴れ渡った青空の下でジュネーブの町を散策できなかったことが心残りであった。最後に、学会を主宰していただいたイスラエル結晶学会の皆さんに感謝すると同時に、中東に平和が戻りいつの日か国際結晶学会議がエルサレムで開催できることを祈って筆を置かせていただく。
長谷川 和也 HASEGAWA kazuya
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