Volume 07, No.6 Page 342
所長の目線
Director’s Eye
(財)高輝度光科学研究センター 副理事長、放射光研究所長 JASRI Vice President, Director of JASRI Research Sector
田中耕一氏が蛋白の質量分析におけるソフト脱着イオン化法の発明でノーベル化学賞を受賞した。新聞やテレビは、サラリーマンの受賞とか、田中氏の素朴な反応を取り上げて喜んでいるが、私は分析・解析技術が受賞の対象になったと言うことに、大きな意義を感じた。
その話に入る前に、関連したことにちょっと触れておきたい。私はこのニュースを聞いて、共同受賞者はいるのだろうか、いるなら誰だろうと思ったのであるが、テレビは田中氏の名前が読み上げられる場面だけを繰り返すばかりで、結局それは分からなかった。後で新聞に蛋白質研究のほかの受賞者の名前が比較的小さく出ているのを見た。その一人は、かねてから噂に上がっていたスイスのヴュトリッヒ教授であった。ヴュトリッヒ教授は、現在の蛋白3000プロジェクトの前身である理研の蛋白解析計画の立案に深く関与していた。
さて話を戻して、私が大きな意義を感じたと言うのは、はなはだ打算的な話ながら、これはSPring-8の直面している困難の一つの突破口となりうる出来事だと思ったからである。SPring-8は基本的には、非常に性能の良い光源であってさまざまな用途があるが、特にこれまで出来なかったような分析、解析に威力を発揮する。分析が用途のすべてとは言わないが、SPring-8は、いろいろな目的に対して現存の最高の分析機器であると言うことが出来る。ところが、いまの日本においては、研究予算に関し、「その研究から最終製品に至るシナリオが出来ているような研究を優先する」と言う論調が優勢な時期である。SPring-8が一番得意な分析能力を掲げて売り込みに行くと、手伝いになら使ってやる、式のあしらいを受ける。行政の中でわれわれを応援してくれる立場の人も、「何か製品化まで出来るような筋書きを用意して欲しい、そうでないと予算を取るのは非常に難しい」との意見であった。そのような基準で測られる限り、SPring-8がご期待に沿うような成果を挙げることは至難であると言わざるを得ない。
製品化につながると言う議論に即して言えば、工業製品に関連した研究で、品質の基本的な性質に関連するような解析・評価法がいくつかSPring-8で開発されている。それは日本の産業界の共有の財産である。各社が製品を開発してSPring-8へ持ってきて解析すれば、それが正しく評価出来るのである。そのようなことが出来るようになりつつある。だが、これまでは解析はどんなに重要な役割を演じていても、世間の目からは所詮日陰の身でしかありえないような状況がずっと続いていた。
こんな風に頭を悩ましていた私にとって、分析技術の開発にノーベル賞が与えられた、と言うのは大朗報であった。これを機に、分析・解析の大道具としての放射光の意義を大声で説き、運転費をほかの予算に仰がざるをえないような悩ましい状況を解消できるかもしれないからである。人の褌で相撲を取るのは気が引けるところもあるが、千載一遇のチャンスであることは間違いない。利用者諸氏も、委員会や審議会などで機会があれば、超高性能分析機器としてのSPring-8の意義に言及していただけると有難い。これまで言ってみたけど駄目だった、とおっしゃるかも知れない。それは上に述べたように当然で、今なら言ってみれば効果が現れる可能性があるのである。
(今回から、「です、ます」文を止め、書きなれている文体に変えさせて頂いた。)