ページトップへ戻る

Volume 16, No.2 Pages 81 - 84

2. ビームライン/BEAMLINES

先端触媒構造反応リアルタイム計測ビームライン BL36XUの計画概要
BL36XU: Catalytic Reaction Dynamics for Fuel Cells

宇留賀 朋哉 URUGA Tomoya[1]、唯 美津木 TADA Mizuki[2]、岩澤 康裕 IWASAWA Yasuhiro[1]

[1]電気通信大学 燃料電池イノベーション研究センター Innovation Research Center for Fuel Cells, The University of Electro-Communications、[2]自然科学研究機構 分子科学研究所 物質分子科学研究領域 Institute for Molecular Science, National Institutes of Natural Sciences

Abstract
 先端触媒構造反応リアルタイム計測ビームライン(BL36XU)の建設が、電気通信大学、分子科学研究所および、北海道大学の3者が中心となり、2012B期の利用開始を目指して現在進められている。  BL36XUは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が進めている「固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発」プロジェクトの研究開発テーマ「時空間分解X線吸収微細構造(XAFS)等による触媒構造反応解析」の一環として建設するものであり、高い時間・空間分解能をもつ専用XAFS計測ステーションを構築し、燃料電池電極触媒の高性能化、高耐久性を実現するために必要な情報を提供することを目的としている。本稿では、本研究開発テーマの目的、ビームラインの概要および、建設状況について紹介する。
Download PDF (381.06 KB)

 

1.本研究開発テーマの概要

 地球温暖化というグローバルな社会問題を解決し、かつ新産業創成のための様々な研究開発が推進されている。それに加えて、資源・エネルギーに乏しい我が国は、持続可能な低炭素社会の構築が緊急の課題となっている。燃料電池の研究開発はその中の最重要研究開発項目の一つであり、国家プロジェクトとして、学術界と自動車、家電メーカーなどの産業界が、基礎学理と応用技術の両面から開発研究を進めてきた。しかし、自動車用燃料電池については、依然として、実用化促進のカギを握る研究項目として、触媒の耐久性の向上と高効率化が解決すべき問題の一つとして残されている。

 水素やメタノールなどを燃料として、外部に電気を取り出す燃料電池システム(図1)では、白金を中心とした貴金属などのナノ粒子を導電性カーボンの上に担持した触媒をアノードとカソードとして固体高分子膜(電解質)をはさんで一体化した膜/電極接合体(MEA)が用いられているが、解決すべき課題も多い。アノードとカソードをつなぐ電解質には高いプロトン導電性が求められることから、燃料電池運転時には両極の触媒は強酸性条件にさらされ、特にカソード表面の金属触媒の劣化が深刻な問題である。白金以外の金属は運転時の強酸性条件における耐久性が白金よりも著しく低いため、燃料電池触媒には高価な白金を大量に使用しなればならない。しかしながら、耐久性の最も高い白金ですら、燃料電池の繰り返し運転によって電解質中に溶出して触媒劣化を引き起こすため、これが燃料電池自動車実用化・普及の大きな障害となっている。

 

図1 燃料電池の基本原理とin-situ 透過XAFS測定

 

 触媒性能の向上や触媒劣化の抑制の問題を解決するには、燃料電池作動条件における電極触媒の働きや劣化現象を捉えて理解することが重要であるが、燃料電池を支配するパラメータは大変複雑であり、水や燃料が大量に存在する燃料電池の発電条件下で、実電極触媒の働きや劣化を捉えることのできる手法は極めて限られている。燃料電池内では、電極、高分子電解質、水、炭素担体、反応ガスなどが複雑に混合分散し不均一でもあるため、超高真空下での表面分析に威力を発揮する電子分光法、電子顕微鏡、走査プローブ顕微鏡などは適用できず、またガスとのみ接している表面の分析に有益な情報を与える赤外吸収分光などの振動分光法、超高速レーザー分光法、熱分析なども使用が難しい。透過力の高い硬X線を利用したX線吸収微細構造(XAFS)法は、燃料電池発電条件における電極触媒のin-situ(その場)構造解析を可能にする最も強力なツールであると言える。

 空間的に不均質な燃料電池電極膜上で起こる様々な現象を、時々刻々変化をしながらダイナミックな反応が進行する燃料電池の発電下における電極触媒の作用や変化を時間軸に沿って捉えるために、燃料電池発電条件下のXAFS計測に特化し、in-situ時間分解、空間分解XAFS計測ができる専用のビームラインを建設する。燃料電池のin-situ XAFS構造解析による集中的な研究開発拠点として、燃料電池の発電や電池性能の計測、in-situ時間分解XAFS、insitu空間分解XAFS、蛍光X線3次元構造マッピング計測システムが整った新規ビームラインであり、次世代燃料電池触媒の開発や触媒劣化抑制に向けた基盤構造反応情報取得を目指す。

 

 

2.先端触媒構造反応リアルタイム計測ビームライン

2-1.ビームラインの概要

 本ビームライン建設の主目標は、既存のXAFSビームラインのもつ時間・空間分解性能を上回るXAFS計測技術を燃料電池触媒分析に適用することにより、質・量共に高い情報を迅速に集積し、新規燃料電池開発にいち早くフィードバックすることにある。したがって、高度な計測手法の開発・構築と共に、これらの計測手法を適用する場面で煩雑な調整作業を必要とせずに、その場燃料電池実験に特化したユーザーフレンドリーな環境で利用展開することを目指している。

 BL36XUが目標とする主要な性能仕様を以下に述べる。時間分解能性能としては、高速クイックXAFS法により1 ms以下を、エネルギー分解XAFS法により100 µsを目標とする。平面空間分解性能としては、走査型顕微XAFS法により、100 nmを目指す。深さ分解性能としては、実燃料電池膜に対しては1 µm以下を、モデル電極については100 nm以下を目指す。計測エネルギー範囲は、白金代替の候補となる高触媒活性をもつ元素の探査に対応できるよう、5〜30 keVに設定されている。上記の性能目標を達成するために、以下に述べるビームライン光源・装置類の導入を進めている。

 

2-2.光源

 挿入光源には、高速クイックXAFS計測および、エネルギー分散XAFS計測を可能とするために、エネルギー幅の調整可能なSPring-8標準真空封止型テーパーアンジュレーターを導入する。

 

2-3.ビームライン輸送系

 ハッチは、光学ハッチ1棟と実験ハッチ1棟から構成する(図2)。実験ハッチは、100 nm集光ビームを形成するため、集光光学素子の縮小率をできるだけ高めるように、実験ホールの最下流に設置する。

 

図2 BL36XUハッチ上面図

 

 光学ハッチ内には、2枚の水平偏向ミラーを7.5 mの距離を置いて設置し、両者の傾き角を2 mradに設定することにより、ミラー反射X線を光源からのガンマ線から30 mm分離し、ガンマストッパでガンマ線のみ除去する配置を採用する。第1ミラーは平面形状とし、高い熱負荷がかかるため、液体窒素冷却を行う。

 第2ミラーには水平集光機能を持たせ、試料位置での集光を行うと共に、エネルギー分散XAFS計測において必要なエネルギー幅を確保するため、後述するポリクロメーター位置でのビームの拡大を行う役目も持たす。

 高速クイックXAFS計測に用いる分光器には、5〜30 keVのエネルギー範囲に対応するために、Si(111)(5〜15 keV用)とSi(220)(15〜30 keV用)の小型チャネル結晶をそれぞれ搭載した2台のコンパクト分光器をタンデムに設置し、切り替えて使用する。コンパクト分光器は、10ミリ秒程度の時間分解能で計測可能とすることを目標とする。コンパクト分光器結晶は液体窒素冷却を行う。

 実験ハッチ内の上流エリアには、2台の上下偏向ミラーを設置する。両ミラーにより、高調波除去と上下集光を行う。4台のミラーには、表面にPtとRhがストライプコートされ、XAFS測定エネルギー領域に依存し、コート面を切り替えて使用する。

 ビームライン輸送系最終端には真空隔壁としてBe窓を設置し、その下流に水冷アルミ窓付きのHe層を設置する。

 

2-4.XAFS計測系

 実験ハッチ下流エリアには、実験定盤、検出器、光学素子および、試料周辺機器等を設置する。100 nmビーム形成には、5〜15 keV用と15〜30 keV用の2台のKBミラーシステムを設置し、定盤上の自動併進ステージにより測定エネルギーに対応し切り替える方式とする。

 ミリ秒時間分解能のクイックXAFS計測用には、BL40XUで開発された角度走引機構にガルバノスキャナーを用いた高速駆動分光器を導入する。エネルギー分散XAFS計測には、測定エネルギーに応じ、ブラッグ型(5〜12 keV用)あるいはラウエ型(12〜30 keV用)の湾曲結晶ポリクロメーターを導入し、切り替えて使用する。

 検出器としては、多素子Ge検出器(微弱蛍光X線計測用)、二次元ピクセル検出器(深さ分解XAFS計測用)、一次元位置敏感検出器(エネルギー分散XAFS計測用)などを整備する。また、in-situ実験に使用する反応ガス種の供給除害装置を整備する。

 

2-5.建設スケジュールと現状

 BL36XUの建設申請に対しては、平成22年8月にビームライン建設検討委員会より建設許可を頂き、直ちに建設を開始した。ビームラインの建設は平成24年9月に完了予定で、2012B期から放射光を用いた立上げ調整を進め、利用実験を開始する計画である。

 平成23年4月時点での建設状況を以下に述べる。光学ハッチおよび、実験ハッチについては、平成22年度のビームタイム休止期間中に集中的に建設工事を実施し、3月末に建設が完了している(図3)。輸送系光学素子装置類に関しては、コンパクト分光器を除く装置類の製作が完了している。これらの実験ホールへの設置は、平成24年度に行う。挿入光源および、基幹チャンネル部については、平成23年度に本体製作を行い、平成24年8〜9月に蓄積リング収納部内への設置調整を行う計画である。

 

図3 BL36XU光学ハッチ(手前)と実験ハッチ

 

 

3.今後の計画

 本研究開発プロジェクトは、5年間のプロジェクトであり、BL36XU建設完了後に残る期間は、2年半である。このため、BL36XUの迅速かつ正確な立上げ作業を行い、ビームラインを早期にフルスペックで利用展開すべく、準備を進めている。BL36XU利用開始までの期間は、建設作業および新規計測手法の開発と並行して、既存の共用ビームラインを用いたin-situ時間・空間分解XAFS計測を行い、燃料電池触媒の構造解析データの集積を進めていく計画である。

 

 

4.謝辞

 BL36XUの建設に当たっては、JASRIの後藤俊治氏、高田昌樹氏、竹下邦和氏、高橋直氏、大橋治彦氏、木村洋昭氏、山崎裕史氏、湯本博勝氏、古川行人氏、松下智裕氏、石澤康秀氏および、理化学研究所の北村英男氏、田中隆次氏らより、多大な協力を頂いている。また、JASRIの大野英雄専務理事と理研の石川哲也センター長には多大なご配慮を頂いた。この場を借りて謝意を表したい。

 またBL36XUの建設は、NEDO開発機構「固体高分子形燃料電池実用化推進技術/基盤技術開発/MEA材料の構造・反応・物質移動解析開発/時空間分解X線吸収微細構造(XAFS)等による触媒構造反応解析」プロジェクトから支援を受けている。

 

 

 

宇留賀 朋哉 URUGA Tomoya

電気通信大学 燃料電池イノベーション研究センター 特任教授

〒182-8585 東京都調布市調布ヶ丘1-5-1

TEL:042-443-5922

e-mail:urugat@spring8.or.jp

 

唯 美津木 TADA Mizuki

自然科学研究機構 分子科学研究所 物質分子科学研究領域 准教授

〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38

TEL:0564-55-7351

e-mail:mtada@ims.ac.jp

 

岩澤 康裕 IWASAWA Yasuhiro

電気通信大学 燃料電池イノベーション研究センター長 特任教授

〒182-8585 東京都調布市調布ヶ丘1-5-1

TEL:042-443-5921

e-mail:iwasawa@pc.uec.ac.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794