Volume 07, No.5 Pages 276 - 291
1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8
第10回(2002B)利用研究課題の採択について
The Proposals Accepted for Beamtimes in the 10th Public Use Term 2002B
財団法人高輝度光科学研究センターでは、利用研究課題選定委員会による利用研究課題選定の結果を受け、以下のように第10回共同利用期間における利用研究課題を採択した。
1.募集及び選定日程
(募集案内)
4月26日 利用研究課題の公募についてSPring-8ホームページに掲示
(一般課題)
6月1日 一般課題募集締切り(郵送の場合、当日消印有効)
6月25、26日 分科会による課題審査
(特定利用課題)
5月16日 特定利用課題募集締切り
5月20~27日 特定利用分科会による書類審査
6月3日 特定利用分科会による面接審査
(一般課題及び特定利用について課題選定及び通知)
7月12日 利用研究課題選定委員会による課題選定
7月19日 機構として採択し、応募者に結果を通知
2.選定結果
今回の公募では751件の課題応募があり、これまでの最高となった。ここ数年、1年の前半の共同利用期間(A期)では応募が少なく、反対に後半(B期)では大幅に増加する傾向が続いていた。今回も同様の傾向となっている。連続する2回の公募状況を足し合わせ1年単位でまとめたのが次の表である。応募課題数及び採択課題数は、年とともに増加している。
応募課題数 採択課題数
第9回+第10回(平成14年2月~15年2月) 1,394 992
第7回+第8回(平成13年2月~14年2月) 1,121 866
第5回+第6回(平成12年2月~13年1月) 1,006 606
第3回+第4回(平成10年11月~12年1月) 823 504
今回の公募では成果専有利用の応募が7件あり、また特定利用への応募が4件あった。第1回から今回の公募までの、分野別、所属機関別、ビームライン別の応募数及び採択数を表1に示す。また、関連するデータを図1、図2に示す。
今回の採択結果は、件数では応募751件に対し採択472件(採択率63%)であった。また、採択された課題のシフト数では要求5,321シフトに対し配分4,124シフト(シフト充足率78%)であった。また、採択された課題の平均シフト数は8.7と前回の8.8とほぼ同じであった。利用研究課題選定委員会では、従来より採択された課題の要求シフト数と配分シフト数の比(シフト充足率)を出来るだけ大きくするような方針のもとに選定審査が行われている。今回、平均のシフト充足率は78%であり、前回の80%とほぼ同じ割合であった。
研究分野別の採択課題数は、散乱・回折、生命科学、分光、XAFS、実験技術方法、産業利用の順であった。また、採択課題の実験責任者の所属機関別では、国立大学が全体の半分以上を占めていることはこれまでの共同利用を通じて変わっていない。
今回の共同利用の対象としたビームライン毎の応募・採択課題数、課題採択率、採択された課題の要求シフト数・配分シフト数、シフト充足率、平均シフト数を表2に示す。採択課題数の多かったビームラインは、BL41XU(構造生物学Ⅰ)の46件(1課題あたり3.5シフト)、BL40B2(構造生物学Ⅱ)の34件(1課題あたり4.4シフト)、BL02B2(粉末結晶構造解析)の33件(1課題あたり5.8シフト)、及びBL20B2(医学イメージングⅠ)の27件(1課題あたり7.0シフト)であった。これらのビームラインでは当然ながら1課題あたりの配分シフト数は平均シフト数より少ない。ビームラインごとの採択率が低かったのはBL02B1(結晶構造解析)の38%であり、以下BL19B2(産業利用)42%、BL25SU(軟X線固体分光)45%と続く。シフト充足率は、前述のように今回の審査では前回と同程度であったが、その中でシフト充足率の低かったビームラインは、BL02B2(粉末結晶構造解析)47%、BL40B2(構造生物学Ⅱ)58%等である。表3に、所属機関別に各研究分野毎に応募・採択数をまとめて示す。これからは、民間からの各分野への応募状況と、産業利用分野への各所属機関からの応募状況がわかる。
特定利用(通常課題の実施有効期限が6ヶ月であるのに対し、3年以内の長期にわたって計画的にSPring-8を利用することによって顕著な成果を期待できる利用)では、今回の公募で4件の応募があり、そのうちから1件が採択された。審査は外部の専門家を含む特定利用分科会での書類審査、及び面接審査の2段階で行われた。採択された課題については概要を後述する。
成果専有利用として7件の応募があった。この課題について公共性・倫理性の審査と技術的実施可能性及び実験の安全性の審査が行われ全件採択された。内訳は、民間からが5件、その他からの申請が2件であった。
表1 利用研究課題公募内訳
図1 各公募時における応募課題数と採択課題数
図2 採択課題の研究分野別所属機関別分類
表2 ビームラインごとの採択状況
表3 2002B応募課題数と採択課題数:研究分野と機関分類
3.利用期間
年間の前期と後期の共同利用の利用時間に長短のアンバランスが通常以上に大きくなることを緩和するためこれまでと同様に、今期も来年の第1サイクルを加えることとした。このため、今回募集した第10回(2002B)共同利用の利用期間は2002年第7サイクルから2003年第1サイクルまで(平成14年9月から平成15年2月まで)となり、この間の放射光利用時間は237シフト(1シフトは8時間)となっている。このうち共同利用に供されるビームタイムは共用ビームライン1本あたり190シフトとなる。
4.利用対象ビームライン及びシフト数
今回の募集で対象としたビームラインは総計33本でその内訳は、共用ビームライン25本(R&Dビームライン3本を含む)とその他のビームライン8本(原研ビームライン3本、理研ビームライン4本、及び物質・材料研究機構ビームライン1本)であった。今回の募集から新たに加わったビームラインは、BL15XU(広エネルギー帯域先端材料解析:物質・材料研究機構)、BL19LXU(理研 物理科学Ⅱ)、及びBL29XU(理研 物理科学Ⅰ)である。さらに2002B期には、BL37XU(分光分析)ビームラインへBL39XU(磁性材料)ビームライン機器の一部が移されることから、BL39XU(磁性材料)へ希望のあった応募課題の一部について審査の結果、BL37XUにおいてビームタイムを配分した。
今回の採択では、これまでと同様に、生命科学分科における蛋白質結晶解析に使用する分科会留保シフトをBL41XU(構造生物学Ⅰ)及びBL38B1(R&D(3))で設けたこと、産業利用に留保シフトを設けたこと、及び今年度からナノテクノロジー総合支援プロジェクト及びタンパク3000プロジェクトに対応する応募課題を含めたことなどから共同利用として採択された全課題の総ビームタイムは約4,100シフトとなった。
5.生命科学分野及び産業利用分野におけるビームタイムの留保
生命科学分野におけるSPring-8の利用では、特に実験試料の特殊性から、短い時間でもいいから試料の出来具合をチェック出来るような利用をしたい、試料が出来たときに緊急に利用したいと言った要望が強い。このような要望に応えて、今回もBL41XU(構造生物学Ⅰ)及びBL38B1(R&D(3))で合わせて15シフトのビームタイムを留保した。
また、今回から産業利用分野への応募を一般課題募集時から行い22課題に117シフトを配分したが、前回までと同様の留保枠も72シフトを確保した。
6.ナノテクノロジー総合支援プロジェクト及びタンパク3000プロジェクト
(1)ナノテクノロジー総合支援プロジェクト
「ナノテクノロジー総合支援プロジェクト」は、ナノテクノロジー分野の振興に資するため、個別の研究機関や研究開発プロジェクトでは整備の難しい大型・特殊な施設・設備とその利用に関する高度な技術を活用できる環境を整える事を目的としている。
文部科学省は、日本のナノテクノロジーを戦略的に進めるため、産官学の研究者が無料で最先端の施設・設備を利用できるようにするとともに、最新の国内外の情報を提供するなど、ナノテクノロジー関連研究者を支援するための「ナノテクノロジー総合支援プロジェクト」を本年度より開始した。東京・虎ノ門に情報収集・発信・研究者交流などを行う、ナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンター(センター長=岸輝雄、物質・材料研究機構理事長)を開設するとともに、全国の大学や独立行政法人など14機関を大型施設・特殊設備の共同利用センターに指定した。
大型放射光施設SPring-8では、「共用ビームラインを活用した放射光利用解析支援」として、ナノテクノロジー分野に特化した支援実施に適したビームラインを活用し、利用研究支援を行う。
今回は開始直後の調整として、応募課題数91件に対して選定課題数が60件で選定率66%シフト充足率75%となった。
(2)タンパク3000プロジェクト
ポストゲノム戦略の中核として我が国発のゲノム創薬の早期開発の実現等を目指し、我が国の研究機関の能力を結集して特許化までを視野に入れた研究開発を推進するために、平成14年度から文部科学省の「タンパク3000プロジェクト」が始まった。このプロジェクトは日本全体で5年間に、全基本構造の3分の1にあたる約3000種類以上のタンパク質の構造および機能を解析することを目標にしている。この内、SPring-8ではタンパク質の解析に必要な放射光をプロジェクトに参加する研究機関に供与する。
今回開始直後の調整として、タンパク3000プロジェクトの中核機関もしくは関係する研究グループから一般課題として応募のあった課題をタンパク3000課題とした。応募課題数は34件で、選定課題数が32件、選定率が94%、配分シフト数が100シフト、シフト充足率が63%であった。残り212シフトは留保シフト的扱いとした。
7.産業界の利用
表3に示すように今回の公募で、民間からは各研究分野に合わせて56件の応募があり、29件が採択された。前回が応募37件で採択26件であったことと比較して、今回は民間からの課題の応募数が大きく伸びたが採択数は3件しか増加しなかったので採択率は大きく低下した。しかし、留保している72シフトに今後採択される予定の課題を考慮すれば、最終的な産業利用分野の採択率は他分野と同程度になるものと期待される。また、産業利用分野に各研究機関から合わせて50件の応募があり、20件が採択された。両者を合わせて、民間からもしくは産業利用分野いずれかへの応募総数は81件で、採択総数は38件であった。
表1及び表3の応募及び採択課題の所属機関分類は実験責任者の所属で分類している。そのため、表1及び表3には、実験責任者が大学またはJASRI等の職員などであるが、共同実験者に民間の研究者が加わっている共同研究課題については表れていない。今回の公募では、このような共同研究課題として18件の応募があり、そのうち7件が採択された。このような共同研究課題も含めた産業利用関係に対する総合割合は、一般課題全体に対して応募数で13%、採択数で9.5%であった。
8.課題選定審査における留意点
(1)今回からBL02B1(結晶構造解析)における1年
課題の募集を開始した。これは、回折・散乱分科1では半年では終了しない課題が大半を占めており、シフト数の要求の少ない課題でも2回実験を行うことに重要な意味があるためで、2年間試行することとした。今回は、全採択課題14件の内11件が1年課題であった。
(2)XAFSにおける試しの必要な課題のための分科留保は、今回は該当無しであった。
(3)課題選定では、1課題に十分な実験時間を確保するために、選定された課題の要求シフトに対する配分シフトの比率(シフト充足率)を確保することにつとめた。また、前回同様、平和目的の確保、挑戦的な課題の確保を念頭に置いた審査を行った。
9.特定利用課題の選定
2000B共同利用から開始したSPring-8特定利用については、今回は1件の課題が選定された。今回採択された課題は、平成14年9月から3年以内の期限で実施していただくものである。今回選定された研究課題の概要を以下に示す。
課題番号:2002B0003-LD1-np
課 題 名:光照射放射光X線粉末解析による光誘起現象の研究
実験責任者:守友浩(名古屋大学)
利用するビームライン:BL02B2
3年間の要求シフト数:180シフト
2002Bの要求シフト数:36シフト(配分36シフト)
研究概要:
近年、光照射による物質の電子・磁気相の制御に関する研究が盛んに成されるようになってきた。光・磁気現象は学問的に新しいだけでなく、その光機能性が磁気メモリー・磁気センサー等に利用できる可能性を秘めており、こうした光誘起現象の研究開発は、材料科学の分野の中で大いに伸びると考えられる。光誘起現象の機構を理解し、実用可能な光機能性材料を開発するためには、原子座標を含めた構造情報が不可欠である。また、光照射に伴う原子座標の変化の時間発展を調べることにより、光誘起スピン転移の機構が解明できるはずである。しかしながら、[Fe(ptz)6 ](BF4)2 の低温相やK0.2 Co1.4[Fe(ptz)6]6.9 H2Oに関しては、光照射がない場合の原子座標すら報告されていない。これは結晶作成の困難さや烈しい一次相転移のため単結晶構造解析が困難なためであり、そのため光誘起現象の研究の進展は著しく遅らされている。
本課題では試料を選ばない高い汎用性を持つ粉末解析法や、光照射下に伴う原子間の化学結合の変化を決定することができるMEM/Rietveld法を選択し、「光照射下放射光X線粉末回折」の技術開発と、その技術を用いて光誘起現象の研究を行う。それにより光照射下で高角度分解の統計精度の高いX線回折パターンを測定し、原子座標や原子間の化学結合等の精密構造物性の決定を目指している。
本課題において、「光照射下放射光X線粉末回折」のノウハウの確率、鉄錯体と鉄コバルトシアノ錯体の光誘起現象の機構の解明、新規光機能性材料の発見、光照射によるマンガン酸化物の相の制御などの成果が期待できる。これらの成果により、光誘起現象の研究および光機能性材料の探索が飛躍的に加速すると考えられる。
課題選定委員会での審査結果
本課題は、光励起下における材料の光誘起相転移現象ならびに物性との相関を直接理解するという物理的興味と、そこから得られる知見をもとに新機能性材料開発の発展が期待される課題として、特定利用課題実験で加速的に展開を計るべきものと判断される。しかし測定方法ならびに装置の開発は独自の工夫を希望する。またできるだけ短期間での成果確保に留意して計画的に実験を遂行していただきたい。