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Volume 16, No.2 Pages 147 - 150

4.SPring-8 通信/SPring-8 Communications

2011A期 採択長期利用課題の紹介
Brief Description of Long-term Proposals Approved for 2011A

(財)高輝度光科学研究センター 利用業務部 User Administration Division, JASRI

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 2011A期は5件の長期利用課題の応募があり、うち3件が採択されました。採択された課題の審査結果および実験責任者による研究概要を以下に示します。

 

 

-採択課題1-

課題名 X線マイクロトモグラフィ法によるヒト脳神経回路の解析
実験責任者名 水谷 隆太(東海大学)
採択時の課題番号 2011A0034
ビームライン BL20XU
審査結果 採択する

 

〔審査コメント〕

 脳神経回路をニューロンの3次元的なネットワークと位置付け、脳機能を探る試みは野心的である。生体試料の高分解能3次元イメージングはCTのアルゴリズムを利用して、高い分解能で実現しつつある。特に、神経回路のように複雑な3次元構造を有する生体試料では、その再構成像から得られる情報は非常に豊富である。申請者は、重元素色素染色法により、これまで困難であった神経組織の微細構造の可視化に成功し、元素特異的3次元構造の決定を可能にした。特に、特定のニューロン構造から神経回路網を抽出し、その神経回路図を決定する手法は高く評価できる。これらの手法に加え、本申請では、高分解能結像光学系を使用したシナプス構造の解明も視野に入れている。このような独創的な手法を駆使したヒト脳神経回路の解析には、健常者脳データの集積が重要である。そのデータ群を基礎にすることによって脳機能の解釈が正確に行えるものと思われる。

 長期利用課題では実験準備と測定および解析が膨大な量になると想像される。申請では、実験責任者以外は内部スタッフで構成されている。長期に亘る安定した研究体制を構築するためには、外部共同研究者の補強が必須であり、そのことによって計画の効率化が図れるものと思われる。

 以上の議論を踏まえ、本申請は長期利用課題として実施すべきと結論した。

 

〔実験責任者による研究概要〕

 本長期課題では、ヒト脳組織標本の神経回路を解析することにより、ヒトにおいて共通して見出される回路の特徴や、標本間で回路の違いを明らかにすることを主要な目的とする。

 ヒトの脳は、その中に張り巡らされた3次元的な神経ネットワークにより、「思考」「意志」「感性」等の高度な機能を発揮している。従って、ヒト脳組織の微細な3次元構造を解析すれば、神経回路に基づいた脳機能の理解が可能になる。

 このような観点から、実験責任者はヒト脳を含む様々な生体組織の3次元構造解析を進めてきた[1-4][1] R. Mizutani et al.: “Three-dimensional microtomographic imaging of human brain cortex” Brain Research 1199 (2008) 53-61.
[2] R. Mizutani et al.: “X-ray microtomographic imaging of three-dimensional structure of soft tissues” Tissue Enggineering Part C 14(4) (2008) 359-363.
[3] R. Mizutani et al.: “Building human brain network in 3D coefficient map determined by X-ray microtomography” AIP Conference Proceedings Series (2011) in press.
[4] R. Mizutani et al.: “Microtomographic analysis of neuronal circuits of human brain” Cerebral Cortex 20(7) (2010) 1739-1748.
。本課題で用いるX線マイクロトモグラフィ法は、近年急速な進展を見せている3次元構造解析法であり、ミリメーター単位の厚みをもつブロック組織標本でも、内部まで微細構造を決定できる[1][1] R. Mizutani et al.: “Three-dimensional microtomographic imaging of human brain cortex” Brain Research 1199 (2008) 53-61.。この方法をヒト脳組織標本に適用し、細胞〜細胞内小器官レベルでの3次元構造[2][2] R. Mizutani et al.: “X-ray microtomographic imaging of three-dimensional structure of soft tissues” Tissue Enggineering Part C 14(4) (2008) 359-363.を解析する。

 既に、マイクロトモグラフィ測定により得られる吸収係数マップから神経細胞の3次元モデルを構築する方法を確立し[3] [3] R. Mizutani et al.: “Building human brain network in 3D coefficient map determined by X-ray microtomography” AIP Conference Proceedings Series (2011) in press.、実際にヒト脳神経回路例を決定している[4][4] R. Mizutani et al.: “Microtomographic analysis of neuronal circuits of human brain” Cerebral Cortex 20(7) (2010) 1739-1748.。本長期課題では、この方法を複数の剖検脳標本に計画的に適用し、それぞれの神経回路を解析・比較する。

 例えば、個人ごとの精神的な「個性」は、神経回路の個人差と考えることができるが、それがどのような神経回路によるものかは、解析の対象となったことがない。複数例での構造解析から、神経回路の違いがどの程度のものであるかを明らかにすれば、「個性」を神経回路に基づいて理解するための基盤となる。

 また、神経回路のシミュレーション研究や、数理モデルによる脳の情報処理メカニズムの検討も行われてきているが、実際のヒト脳回路をベースとしたものではない。このため、それぞれ一定の解釈は与えられるが、ヒト脳機能と結びつけて議論することが困難である。本研究により得られる神経回路は実験的に決定されるものであり、実際の回路に基づいた情報処理メカニズムの研究が可能になる。このことは、将来的には計算機上でのヒト脳機能の再現につながると考えられる。

 なお、ヒト組織標本の解析については、病理学を専門とする研究者の協力のもと、臨床研究として別途審査を受けており、本課題においても、その認可内容に従って研究を実施する。

 

 

[参考]

[1] R. Mizutani et al.: “Three-dimensional microtomographic imaging of human brain cortex” Brain Research 1199 (2008) 53-61.

[2] R. Mizutani et al.: “X-ray microtomographic imaging of three-dimensional structure of soft tissues” Tissue Enggineering Part C 14(4) (2008) 359-363.

[3] R. Mizutani et al.: “Building human brain network in 3D coefficient map determined by X-ray microtomography” AIP Conference Proceedings Series (2011) in press.

[4] R. Mizutani et al.: “Microtomographic analysis of neuronal circuits of human brain” Cerebral Cortex 20(7) (2010) 1739-1748.

 

 

-採択課題2-

課題名 Energy scanning X-ray diffraction study of extraterrestrial materials using synchrotron radiation
実験責任者名 Michael Zolensky(NASA)
採択時の課題番号 2011A0035
ビームライン BL37XU
審査結果 採択する

 

〔審査コメント〕

 本課題は、隕石・星間宇宙塵・彗星由来の粒子とハヤブサにより回収された小惑星イトカワ由来と考えられる粒子に対して、マイクロビームによるエネルギー走査X線回折を適用し、これらの試料に含まれる鉱物の結晶学的特性を明らかにすることを目的としており、惑星科学にとってとても重要な研究である。測定手法は、BL37XUでK-Bミラーを集光系により入射X線を1〜2 mmに成形したマイクロビームを、上述の天体試料の薄片や粒子中の微小領域に照射し、平面パネル検出器によりラウエ写真を測定するものであり、撮像原理は新しいものではなく、BL37XUに既存の設備で、直ちに測定を開始することができる。ラウエ法では、できるだけ多くの回折点を記録するために、様々な波長を含む白色X線光を用いて測定を行うことが多かったが、回折点が重なってしまうためにX線回折パターンの解析が困難であることが難点であった。これは単色光を線源に用いることで容易に解決できるが、一方単色光により観測される反射の数が限られているために、結晶構造解析に用いるのに難があった。本課題で計画されているエネルギー走査X線回折測定は、白色ラウエ法と単色ラウエ法の折衷的な手法であり、試料周りの自由度の高いラウエ法のレイアウトで、効果的にX線結晶構造解析を行うことが可能であると考える。

 申請者等はNASAと日本の鉱物学のエキスパートが組んだ国際チームであり、隕石に含まれる微小領域の鉱物相の研究では既に多くの実績を持っている。今回も、ビームタイムが配分されれば、直ちに地球惑星科学分野に大きくインパクトを与える成果を挙げることができると考えられる。

 ただし、申請者グループが、小惑星イトカワ由来と考えられる粒子試料をまだこの段階で確保していないことが気になる。長期利用課題の実施において、この試料を十分量、確実に確保してほしい。また申請書では、系統的に様々な天体試料の測定を計画されているが、まず、小惑星イトカワ由来と考えられる粒子試料の測定を優先し、なるべく早い時期に実施されることを期待する。

 

〔実験責任者による研究概要〕

  In order to understand the birth and evolution of the solar system, it is essential to analyze extraterrestrial materials such as meteorites, interplanetary dust particles (IDP), lunar samples, cometary dust, and the samples of asteroid Itokawa. Because many of these samples were formed under extreme conditions quite different from the present earth, they often contain interesting minerals rarely found on the earth. However, these extraterrestrial samples are usually available only in sub-microgram quantities, which makes it difficult to fully characterize these rare minerals. The analysis of extraterrestrial materials has recently focused on chemical characteristics such as chemical and isotope compositions, and unfortunately, crystallographic data of these extraterrestrial materials are lacking in many cases. This situation arises from the fact that these rare minerals are small and it is difficult to obtain diffraction data. However, such rare and small minerals carry critical and unique records of their formation conditions in the early solar system. For example they are often present as several polymorphs formed at particular P-T condition. Thus it is essential that the crystal structures of these phases should be adequately characterized (e.g., Zolensky et al. 2000). We have been working on the synchrotron radiation (SR) X-ray diffraction (XRD) studies of crystal structures employing a micro-beam as small as 1 μm in size both at SPring-8 and KEK. SRXRD is most useful when we combine it with other analytical techniques such as electron microprobe analysis, which determines chemical compositions, because they have similar spatial resolutions. Instrumental settings which enable analysis on polished thin sections (PTS) are especially useful because PTS are the most common form of extraterrestrial samples available for most analyses. We have spent more than 15 years analyzing such extraterrestrial samples at KEK, but our polychromatic SR Laue method cannot directly yield accurate and unique unit cell parameters. In order to solve this problem, we have developed a stationary sample method using monochromatic X-rays at SPring-8, beginning in November 2009, where the irradiated area of the sample is always the same and is fixed. This means that all diffraction spots obtained must occur from the same area of the sample (Hagiya et al., 2010). We applied energy scanning of a microbeam of monochromatic SR utilizing the intense X-ray source of SPring-8 and found that this technique offers adequate X-ray diffraction data from 1 μm areas of extraterrestrial minerals on PTS. Since we have shown that this method works, we have begun analyzing many more extraterrestrial samples including NASA Stardust samples from Comet Wild-2 and JAXA Hayabusa samples from the asteroid Itokawa. In particular, we plan to analyze Itokawa samples as soon as they are distributed (probably, some time late in 2011), and will compare results with those from other extraterrestrial samples.

 

[References]

[1] K. Hagiya, T. Mikouchi, M. Zolensky, K. Ohsumi, Y. Terada, N. Yagi and M. Takata: “Derivation of the cell parameters of meteoritic olivine in a thin section by energy-scanning X-ray diffraction with synchrotron radiation” Meteoritics & Planetary Science 45 (2010) 5083.

[2] M. Zolensky, C. Pieters, B. Clark and J. J. Papike:“Small is beautiful: The analysis of nanogram-sized astromaterials” Meteoritics & Planetary Science 35 (2000) 9-29.

 

 

-採択課題3-

課題名 リアルタイム2D-GIXDによる有機半導体超薄膜の成長初期過程の観察
実験責任者名 吉本 則之(岩手大学)
採択時の課題番号 2011A0036
ビームライン BL19B2
審査結果 採択する

 

〔審査コメント〕

 本研究課題は、有機分子性結晶半導体の薄膜成長の極めて初期の様子をリアルタイムの2次元すれすれ入射X線回折法により観察するものである。このような観察を行う究極の目的は、成長初期過程を制御し、分子配向の制御と結晶粒界密度の減少を図り、有機のトランジスタ、発光素子、太陽電池等のデバイス作製で現在問題となっている障害を解消することにある。本グループはすでにその場観察用の真空蒸着装置を開発、改良し、実際に薄膜を成長させながらリアルタイムでX線による観察に成功している。本課題では、薄膜成長の重要なパラメータである基板温度の制御を可能にするとともに装置の高真空度化が計画されている。この装置開発のための研究資金が確保されていることから計画どおりに研究が進められる可能性は高く、有機半導体薄膜成長に関する重要な知見が得られることが期待できる。したがって、長期利用分科会における審議の結果、本申請を選定とした。なお、課題の遂行にあたっては、どのような分子性結晶を対象にすべきかを常に十分に検討し、その場観察法の発展のみにとどまらず有機デバイス開発研究自体に大きな波及効果を持つ成果が得られることを期待したい。

 

〔実験責任者による研究概要〕

 近年、有機トランジスタや有機太陽電池など有機半導体材料を用いた電子デバイスの開発が盛んに行われている。これらの有機電子デバイスを搭載した電気製品は、薄く、軽く、やわらかい製品とすることが可能であり、我々の生活様式を一変させる可能性を秘めている。しかしながら、現状の有機半導体素子では、性能が不十分であるだけでなく、安定性、耐久性、再現性に解決すべき問題がある。例えば、有機トランジスタのキャリアの移動度は、現状では非晶質シリコンと同等の1 cm2/Vs程度であるが、有機EL駆動用の薄膜トランジスタや高集積のロジックメモリに使用するためには、さらに一桁以上向上させる必要がある。そのためには新たな特性を発揮する新規物質の開発とともに、多結晶性の有機半導体薄膜中の粒界密度をいかにして減らすか、金属電極との接触抵抗をいかにして減らすか、という課題がある。また、安定性や耐久性に関しては、酸化に耐性をもったあらたな分子の開発とともに、膜中の水分等の不純物を減らし、界面に形成される構造欠陥を含むトラップをいかにして減少させるか、という課題がある。これらの問題を解決するために、有機分子の界面における詳細な構造を解明し、有機分子の配向、配列の制御を確立し、単結晶の薄膜を作製する技術を開発する必要がある。そのために、有機薄膜の蒸着過程、とりわけ第1分子層が形成される前後の初期過程の膜の構造をリアルタイムで知ることにより成膜制御に関する極めて重要な情報が得られると考えられる。

 申請者らはこれまで、実験室の薄膜用X線回折装置やSPring-8のBL19B2、BL46XUの多軸ゴニオメータを使って、1分子層以下の有機超薄膜を含む有機薄膜の構造解析に取り組んできた。昨年からは、光子計数型2次元X線検出器(PILATUS)を用いた、面内のすれすれ入射2次元回折(2D-GIXD)測定が可能となり、これにあわせてその場リアルタイム測定が成膜装置を作製し、薄膜形成初期過程のリアルタイム観測の実験に成功した。この中で、有機分子の分子構造によって薄膜形成様式が2次元的成長から3次元成長に変化することを捉えることに成功した。このような、有機薄膜の絶縁膜上および金属電極上の第1層目の構造は、それに引き続く有機半導体結晶の構造に影響を及ぼすだけでなく、素子の特性に直接的な影響を及ぼすことが知られている。したがって、2D-GIXDによって有機薄膜の形成過程をリアルタイムで観測することにより、1層目の構造形成メカニズムを解明することが実現可能な段階に到達しており、この研究を推進し、分子配向配列制御技術の開発に向けた展開が可能な状況となっている。

 本研究では、有機半導体が形成される過程を2DGIXDのリアルタイム観測によって明らかにすることを目的とし、基板上での有機半導体薄膜の1層目およびその後の数分子層の形成過程の3次元構造を調査する。さらに、末端官能基の異なる複数の有機半導体分子を用い、有機半導体薄膜の構造形成に及ぼす分子構造の効果を詳細に解明する。さらに、真空中での金属表面の作製とそれに引き続く有機半導体薄膜の形成過程の調査を行い、金属電極上での有機半導体の構造形成過程を明らかにする。また、基板温度を変化させ、基板上での分子の吸着過程と結晶成長過程に及ぼす温度と供給分子フラックスの関係を解明する。さらに、通電中の有機半導体の構造解明を行い、有機電子デバイスの劣化のメカニズムの解明に挑む。これらの研究によって、初めて観ることできる有機薄膜の形成過程の観測により得られる知見を総合し、分子の配向配列制御技術への展開を通じて、有機電子デバイスの進歩に重要な貢献ができると考えている。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794