Volume 07, No.3 Pages 131 - 136
1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8
加速器診断装置の現状
Present Status of Accelerator Diagnostics Beamlines
1.はじめに
加速器診断装置(Ⅰ)は、蓄積リング38セルのBM2偏向電磁石を光源とする放射光の観測により電子ビーム性能を評価し、蓄積リングの安定なビーム性能の維持と性能向上に役立てることを目的として作られたものである。また、加速器科学に関連する技術開発・研究のために放射光を利用した試験・測定なども行う。白色光源という偏向電磁石からの放射光の特徴を生かし、可視光、紫外線からVUV、X線までの広いエネルギー範囲の光を最大限に利用出来るように作られている。
加速器診断装置(Ⅰ)の建設に先立ち、平成10年には放射光の可視光成分を大気中に取出してビーム診断に利用するためのミラーチェンバ等を蓄積リング収納部内の光取出し部に設置して、光子計数法による単バンチ純度測定、可視光ビームイメージを撮像するビームプロファイルモニターによる光源ビームサイズ測定などを開始した。単バンチ純度の測定[1]は、蓄積リング少数バンチ運転の試験・調整、バンチ純度の向上に大きく貢献した。ビームプロファイルモニターは、加速器診断装置(Ⅰ)の建設工事開始を期に、改造されたミラーチェンバと共に蓄積リング14セルに移設され、分解能向上のための改良を経てSPring-8独自のビームサイズ測定用二次元干渉計[2]に発展し、蓄積リングのビーム調整に不可欠のモニターとなっている。
加速器診断装置(Ⅰ)の整備は、単バンチ純度測定やビームプロファイルモニターの初期成果の検討を踏まえた装置の設計、検討を平成10年から開始して、平成13年に装置全体が一通り完成した。これらの加速器診断装置(Ⅰ)の黎明期のことは文献[3]に紹介しているので、詳しくはそちらを参照していただきたい。ここでは、一通りの完成を見た平成13年度以後の加速器診断装置(Ⅰ)の現状と今後の計画を紹介する。また、挿入型光源などを設置して利用することが出来る加速器診断装置(Ⅱ)についての計画も簡単に紹介する。
2.加速器診断装置(Ⅰ)の概要
加速器診断装置(Ⅰ)の構成を、図1に示す。ビーム診断光取出し基幹部は、蓄積リング38セルのBM2偏向電磁石光源点で発生した放射光を、実験ホール内に建てられた遮蔽ハッチに導くために蓄積リング収納部内に設置された超高真空装置であり、蓄積リングと真空的に一体となっている。基幹部と遮蔽ハッチは、平成11年に完成した。
図1 加速器診断装置(Ⅰ)全体図
可視光輸送部は、基幹部を通って実験ホールの遮蔽ハッチに導入された放射光から分離された可視光成分を可視光実験室に導くためのものである。遮蔽ハッチ内には、次に述べるX線輸送部の上流側に可視光取出し用のミラーチェンバが設けられている。放射光の可視光成分の鉛直方向の角度拡がりが、光子エネルギーの高いX線成分に比べて大きいことを利用し、放射光の鉛直分布の内の下側の裾の部分を金属ミラーで下向きに反射させる事により、可視光成分を分離している。金属ミラーの基板は光学研摩した無酸素銅であり、反射面にはアルミニウムを蒸着してある。取出しミラーで下向きに反射された可視光線は、遮蔽ハッチ床面のピットに設けられた可視光輸送管を通してハッチ外部の可視光実験室に導かれる。放射線の遮蔽効果を高めるために、可視光輸送管はハッチ外で屈曲されており、全体を鉛で遮蔽している。取出しミラーで分離された放射光には紫外線も含まれており、可視光実験室では紫外線を利用したビーム診断も可能である。可視光輸送部と可視光実験室は、平成12年に完成した。可視光実験室では、各運転サイクルのビーム調整やマシンスタディー、夏と冬の長期運転停止期間前後の加速器のビームパラメータの測定等の機会に、ストリークカメラによるバンチ長測定やポッケルスセルを用いた高速シャッター付き光子計数法による単バンチ純度測定等、電子ビームの縦方向(時間方向)についての診断が継続して行われており、光源電子ビームの品質を改良する上で、重要な知見が得られている。単バンチ純度の測定では10-9台の不純バンチの計測を1000秒で行えるようになっている。セベラルバンチ運転時のバンチ当たりの電流を0.5mAとしたときに10-9以下の不純度と言った場合には、その隣のバンチ内の電子が15個程度以下であるということになる。現在も単バンチ純度測定装置は改良を行っており、最終的にはバンチ内の電子が0個か1個かが判別できる装置とすることを目指している。
X線輸送部は、遮蔽ハッチ内でX線を利用したビーム診断並びに加速器科学に関連する開発研究等を行うためのものであり、平成13年に完成した。X線輸送部を、図2に示す。後で述べる蓄積リング電子ビームのサイズ測定を行う上で分解能を悪化させる原因となり得る透過波面の歪み等の発生を避けるため、また、白色X線としていわゆる硬X線だけではなく真空紫外光や軟X線等も利用可能とするために、上流側の基幹部との間に、SPring-8の通常のX線ビームラインにあるようなBe窓の真空隔壁は設置されておらず、全体が超高真空仕様となっている。X線輸送部の主要装置として、単色X線を得るための二結晶分光器、X線ビームを整形するための四象限スリット、X線ビームの位置を測定するための蛍光板モニターやワイヤスキャナー、X線強度を調整するためのフィルター等が置かれている。二結晶分光器は、シリコン単結晶の(111)反射を用いて4keVから14keVまでの光子エネルギー範囲をカバーし、高次の(333)反射を用いれば最大で42keVまでの単色X線が得られるように設計されている。分光器も、他のX線輸送部装置と同様に超高真空仕様である。分光器の第一結晶と第二結晶は、水冷された無酸素銅ホルダーにより間接的に冷却されている。二結晶分光器の下流側で白色X線が利用できるように、分光器真空チェンバ内で結晶及び結晶駆動機構を光軸から退避することが可能な構造となっている。後で述べる冷却水への放射光照射実験や光脱離実験などのために、専用の実験用チェンバなどを設置するためのスペースが、X線輸送チャンネルの2ヶ所に設けられている。
遠赤外線レーザー室には、後で述べる逆コンプトン散乱によるMeV領域γ線生成実験に用いるための遠赤外線レーザー装置が設置される。
図2 加速器診断装置(Ⅰ)X線輸送部
3.蓄積リング電子ビームのサイズ測定
X線輸送部には、光源電子ビームのサイズ、形状を測定するためのビーム診断装置として、X線ビームプロファイルモニターが組み込まれている[4]。このビームプロファイルモニターは、微小な鉛直方向エミッタンスが精度良く評価出来るように、回折限界分解能(1σ相当)として1μm級を目指しており、冒頭で述べたビームプロファイルモニターや二次元干渉計で用いた可視光線ではなく、より波長の短いX線を用いて電子ビームの像を観測する。
結像のための光学素子としては位相型ゾーンプレートを用いる。ゾーンプレートの色収差を避けるために、二結晶分光器を用いて単色X線を得る。光源電子ビームのX線像は、X線輸送部の最下流に設置されたX線ズーミング管により測定する(図3)。測定に用いる単色X線の光子エネルギーは約8keVである。ゾーンプレートの直径は1.4mm、ゾーン数468、最外ゾーン幅は0.75μmとした。遮光部の材質はタンタルで、厚さは2μmである。位相型ゾーンプレートのこれらのパラメータは、数値シミュレーションにより回折効率、色収差等結像性能の評価を行って決定した。
図3 X線ビームプロファイルモニター光学系
昨年のX線輸送部の完成後、X線ビームプロファイルモニターの立ち上げ・調整作業として、光軸の位置確認に用いる蛍光板モニターの位置校正、X線ビームの整形に用いる4象限スリットのブレード位置の校正、X線ズーミング管の動作試験等を進めてきた。二結晶分光器については、定位置出射のための結晶駆動機構の調整、分光性能評価のためのイオンチェンバを用いたロッキングカーブの詳細測定を行った。また、分光器のエネルギー校正のために、金属薄膜の吸収端構造の測定を行った(図4)。引き続き、ビームサイズ測定のための準備として、位相型ゾーンプレートを取り付けた真空チェンバの真空立ち上げと真空特性の評価、ゾーンプレート光学系の調整、X線ズーミング管の調整を進めている。
図4 加速器診断装置(Ⅰ)二結晶分光器を用いて測定した、銅薄膜の吸収スペクトル。
縦軸は線吸収係数に換算した値。横軸は、校正後のエネルギーである(正木、他)
4.加速器科学に関連する技術開発・研究
図2に実験用スペースと示されている場所には加速器科学に関連する技術開発・研究を行うための測定装置などを設置する。現在、フォトンアブソーバの光衝撃脱離についての実験計画、冷却水への放射光照射の影響についての調査、などを進めている。前者はフォトンアブソーバの熱負荷による温度上昇、応力の発生、真空特性を実験的に評価し、光源の高輝度化、高電流運転などに対応する技術開発を行う事を目的としている。また、後者は加速器に用いられている材料、付帯設備への放射光の影響、放射線損傷などの究明とそれらの対処を導き出す調査の中の1つのテーマとして行っている。
放射光照射によるフォトンアブソーバからの脱ガス(光衝撃脱離)は放射光照射ドーズの増加に伴い減少して行くことは知られているが、その詳細なメカニズムについては必ずしも明らかではない。蓄積リングの運転開始以来、放射光照射を受け続けていたフォトンアブソーバ各部の深さ方向の2次イオン質量分析を行った結果、放射光照射部ではフォトンアブソーバの材料である銅の中の炭素(C)と水素(H)の含有量が減少している結果が得られた。これまではフォトンアブソーバを大気中に取出して、2次イオン質量分析などの測定を依頼して行ったものであり、データの定量性、再現性などに問題を残している。近い将来に放射光照射を行っている所での、光衝撃脱離、温度・応力分布測定、表面界面分析がその場でできるようにしたいと考えている。
蓄積リングの冷却水中から多量の銅イオンが検出され、真空チェンバ冷却水流路、ストレーナなどに酸化銅が沈殿、堆積するという現象が観測されている。加速器のコンポーネントとして多く用いられる材料の1つである銅が純水中で起こす腐食については、古くから加速器科学の面からも研究されているが[5、6]、SPring-8では銅と純水が接している箇所に放射光が照射されるとその腐食が非常に早く進行する現象が観測されている。原因を調査するために、冷却水照射用の水冷フランジを製作して加速器診断装置(Ⅰ)で測定を行った。原因の完全な究明は成されていないが、腐食には純水中の溶存酸素量が大きく関わっていて、放射光照射により溶存酸素量とpHが変化することが測定されている(図5参照)。
昨年6月には、高周波加速空胴部で使用している銅フォトンアブソーバの冷却水路内面から放射光照射を受けている部分だけが局所的に激しく減肉して、冷却水が蓄積リング真空中にリークするというトラブルが発生した。高周波加速空胴は独立した冷却水系を使用しており、その他の箇所に設置されているフォトンアブソーバとは異なった系統の冷却水が流れている。後で分かったことであるが、高周波加速空胴の冷却水系には循環冷却水が直接に大気と触れる箇所があり、溶存酸素量がかなり高かったのではないかと考えられる。
図5 水冷アブソーバに放射光照射をしたときの冷却水中の溶存酸素量とpHの変化(大石、他)
5.MeV領域γ線生成実験
8GeV蓄積リングの電子ビームと遠赤外レーザー光との逆コンプトン散乱により、10MeV領域の狭い角度拡がりを持った直線偏光または円偏光のγ線を生成することが出来る。MeV領域γ線を利用した核物理、核物性等の研究の展開が期待されるだけでなく、生成された逆コンプトン光の偏光度の測定などを行い、電子ビーム診断にも役立てる事を考えている。レーザー逆コンプトン散乱によるγ線の生成・利用は新しいことではなく、現にSPring-8でもBL33LEPで波長351nmのアルゴンレーザーを用いた最大エネルギー2.4GeVの高エネルギーγ線が発生しており[7]、クォーク核物理などの研究が行われている。その他、国内外でもMeV~GeV領域のレーザー逆コンプトンγ線の生成・利用が行われている[8、9]。しかしながら、それらの内、蓄積リングを利用したレーザー逆コンプトン散乱の多くの場合には、蓄積電子の運動量アクセプタンスが生成するγ線のエネルギーより低いために、逆コンプトン散乱により電子ビームが失われてしまう。そのため、γ線強度を上げるのにも限度があり、実効的に蓄積ビーム寿命が短くなるため、放射光ユーザーとの共存という意味でも好ましくない。一方、SPring-8蓄積リングで10数MeVのレーザー逆コンプトン散乱γ線を生成する場合には、SPring-8蓄積リングの運動量アクセプタンスによるエネルギー巾が十分に拡い(±200MeV)のでレーザー逆コンプトン散乱により蓄積電子が失われることがない。また、高エネルギー低エミッタンスの電子との相互作用であるので、生成γ線の角度拡がりも従来にない小さいものとなる。これらのことがSPring-8蓄積リングで遠赤外レーザー逆コンプトン散乱によるMeV領域γ線を生成するメリットである。
これまでに、CO2レーザー励起の遠赤外レーザーの開発を行ってきた。CO2レーザーは遠赤外レーザー媒質である気体分子の励起エネルギーにチューニングする必要があるため、レーザー共振器の一方の反射鏡として回折格子を用いてCO2分子運動の回転量子数の異なった遷移を選択して、発振線が選択出来るようになっている。CH3OHを媒質とした遠赤外レーザーで高出力が得やすい118.8μmの発振をさせるために必要な、CO2レーザー9P(36)発振線で234.5Wの出力(連続発振)が得られている。これにより発振した118.8μmの遠赤外レーザー光はレーザーの出力ミラー直近で約1.9Wの出力(連続発振)が得られている。
図6に加速器診断装置(Ⅰ)で行う遠赤外レーザー逆コンプトン散乱の試験生成のためのレーザー光導入システムの概念図を示す。長波長レーザーであるためレーザー光の回折拡がりが大きく、実験ホールに設置された遠赤外レーザーの光を光導波管で輸送する。蓄積リングの収納部への導入には、遮蔽壁天井部の貫通孔に光導波管を通す予定であり、基幹部の途中に設置される最終ミラーを真空中に格納したチェンバの窓からレーザー光を入れる前で、レーザービームのサイズ、発散を最適化する。
現状のレーザー出力、レーザー伝送システムを用いて加速器診断装置(Ⅰ)で行うγ線生成試験で得られるγ線強度は計算値で104photons/sec程度であるが、γ線の偏極度の測定、電子ビームへの影響評価など原理的な測定には十分であると考えている。将来的には、レーザー強度の増加、レーザー光伝送・導入系の開発などを行い、生成γ線の強度を増すことを考えている。
図6 MeV領域γ線生成試験の遠赤外レーザー伝送システムの概念図(有本、他)
6.加速器診断装置(Ⅱ)の計画
加速器診断装置(Ⅱ)は、蓄積リング5セルの直線部にビーム診断などを目的とした挿入型光源装置を設置し利用できる、2番目のビーム診断用システムとして計画している。平成14年度には既に製作した基幹部の据付、実験ホールへの遮蔽ハッチの建設、直線部の改造などを行う予定である。直線部は様々な光源装置等の機器を交換して設置できるようにする計画である。また、高精度のビーム位置モニターの設置も検討する予定である。
ビーム診断としては、直線部に挿入型光源を設置して電子ビームのエネルギー広がり等を測定することが考えられるが、直線部の上下流に位置する偏向電磁石のエッジ部からの放射光を用いたビーム診断なども検討している。また、ここでも加速器科学に関連した材料分析などの技術開発・研究を行うつもりである。計画の詳細は今後の検討となるが、挿入型光源などもビーム診断等に適した機器設計を行うことになる。
7.謝 辞
加速器診断装置の建設に当たっては、JASRI加速器部門を始めとしてSPring-8の多くの人達が関係している。ここで紹介したことも多くの関係者の努力、互いの協力の結果である。氏名を挙げるときりがないので省略させて頂くが、関係者に感謝します。
参考文献
[1]K.Tamura:Proc.of 12th Symposium on Accelerator Science and Tecnology,Wako(1999)p546.
[2]M.Masaki and S.Takano:Proc.of 5th European Workshop on Diagnostics and Beam Instrumentation,Grenoble(2001).
[3]高雄勝、高野史郎、大熊春夫:SPring-8利用者情報、Vol.4,No.2(1999)pp.5-9.
[4]M.Masaki et al.:Proc.of 5th European Workshop on Diagnostics and Beam Instrumentation,Grenoble(2001).
[5]H.Scho¨ler and H. Euteneuer:Proc.of EPAC88,Rome,June 7-11(1988)p.1067.
[6]R.Dortwegt and E.V.Maughan:Proc.of the PAC2001,Chicago(2001)p.1456.
[7]藤原守:SPring-8利用者情報、Vol.5,No.4(2000)pp.266-270.
[8]L.Federici,G.Giordano,G.Pasquariello,P.G.Picozza,R.Caloi,L.Casano,M.P.de Pascale,M.Mattioli,E.Poldi and C.Schaerf,et al.:Nuovo Cimento 59B(1980)p.247.
[9]H.Ohgaki,S.Sugiyama,T.Yamazaki,T.Mikado,M.Chiwaki,K.Yamada,R.Suzuki,T.Noguchi and T.Tomimasu,IEEE Trans.Nucl.Sci.,NS-38(1991)p.386.
文献[2]と[4]は、http://www.esrf.fr/conferences/DIPAC/Proceedigs/stampedpdfs/PS-17lowerstamp.pdfおよび・・・・・/PS-18lowerstamp.pdfからダウンロードできる。
また、PAC95以降のPAC,EPAC,APACのプロシーディングスは、http://accelconf.web.cern.ch/AccelConf/toppage.htmlから検索、ダウンロードできる。
高野 史郎 TAKANO Shiro
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
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大熊 春夫 OHKUMA Haruo
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