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Volume 06, No.3 Pages 207 - 210

3. その他のビームライン/OTHER BEAMLINES

創薬産業ビームライン(BL32B2)計画
Pharmaceutical Industry Beamline (BL32B2)

西島 和三 NISHIJIMA Kazumi[1]、石川 哲也 ISHIKAWA Tetsuya[2]

[1]持田製薬株式会社 研開企画推進部 R&D Planning and Management Division, Mochida Pharmaceutical Co., Ltd.、[2]理化学研究所 播磨研究所 X線干渉光学研究室 Coherent X-ray Optics Laboratory, Harima Institute, RIKEN

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1.はじめに
 日本製薬工業協会加盟の製薬会社(22社)で蛋白質構造解析コンソーシアムを設立し、SPring-8に「創薬産業ビームライン」を専用ビームラインとして建設することになった。本稿では、当該ビームライン建設の目的、建設にいたるまでの経緯を紹介し、合わせてビームラインの概要を紹介する。ビームラインの概念設計は理研構造ゲノムビームラインのそれと平行して行われ、可能な限りにおいて互換性を確保することが考慮されている。本計画は、参加製薬会社、理化学研究所播磨研究所および7高輝度光科学研究センターの多数の研究者と事務方が議論を重ねた結果として成案となったものであり、本稿の著者はそれぞれを代表した報告者である。

2.目的:創薬産業ビームラインの目指すもの
専用ビームラインでの測定に期待すること

1.高輝度放射光を利用した微小結晶構造解析による結晶化に伴う経費、時間、および労力等の削減、さらにデータの質の改善。
2.コンソーシアム参加企業内でのビームタイムスケジュールによる計画的なタンパク質構造解析の実施。また、柔軟な運用体制による測定必要時のビームタイム確保。
3.施設使用料を支払うことによる研究成果の占有非公開。
4.理研播磨研究所との技術指導契約および研究者間情報交換によるコンソーシアム参加企業研究者の技術習得・技能向上。

タンパク質構造解析と知的財産
 昨年6月にヒトゲノム解読がほぼ(約90%)終わり、その後は遺伝子が作り出すタンパク質の機能解明に焦点が集まっている。昨年11月、横浜で開催された構造ゲノム科学の第一回国際会議はポストゲノム研究における国際競争の激化を予感させる内容であった。さらに、本年2月に国際ヒトゲノムプロジェクトとセレーラ社は人間の遺伝子数が当初推定の半分以下、3万〜4万程度であることを公表した。従って、一つの遺伝子が複数の異なるタンパク質を作っていることは確実であり、遺伝子特許のみでタンパク質の権利は押さえ難いとの解釈が示されている。タンパク質の働きを明らかにして知的財産を確保することが積極的に展開されることが予想される。たとえ遺伝子を特許で押さえられてもライセンスなどによって事業化に繋げることも可能である。ゲノム競争で遅れた日本の製薬企業の巻き返しは十分可能であると期待されている。

タンパク質構造解析と創薬
 病気の診断・治療技術の研究開発には関連タンパク質の解析が必須である。しかし、従来の創薬は標的タンパク質(受容体、イオンチャネル、酵素 等)の構造と機能を十分解明できない状況での試行錯誤の研究で、新たな薬物標的タンパク質を見出すことは限界に達していた。今後のヒトゲノム情報を利用した医薬品の創製(ゲノム創薬)は『タンパク質の構造と機能の解明』を基盤として展開することは確実で、固有の三次元構造を持つタンパク質の立体構造解析がその中心的技術である。
 即ち、『タンパク質の構造と機能の解明』を基盤とした医薬品研究開発の大きな流れは、『病気の原因解明 = 特定の病気の発症に関与する特定のタンパク質機能の解明』→『特定のタンパク質およびその複合体(タンパク質-薬物など)の立体構造解析』→『特定のタンパク質、あるいはタンパク質群相互作用を標的とする薬物設計』→『高活性かつ高選択な薬物の探索 = 副作用の少ない優れた新薬の研究開発』となるであろう。

構造解析情報を利用した創薬手法
 薬物標的タンパク質の構造と機能の情報を考慮しない古典的な構造活性相関の解析は生理活性化合物の後付け説明であり、そこから新規なリード化合物の探索を期待することは困難であった。一方、欧米主導の大規模なコンビナトリアル合成を中心とする探索研究は莫大なコストアップを伴い、かつ成功率という点でも限界が見えてきた。ゲノム−ポストゲノム研究の成果を活かしながら新薬開発を進めていくためには、生命科学情報の解析結果から論理的かつ効率的に薬物分子を設計する手法がこれまで以上に重要と認識されている。その結果として、より高活性かつ高選択で副作用の少ない薬物の設計と効率的な候補化合物の探索が期待されている。
 具体的には、標的タンパク質の立体構造情報、特に標的タンパク質-薬物複合体構造の詳細な解析情報を高い精度で活用した医薬品設計(Structure-based Drug Design)とコンピュータ薬物スクリーニング(in silico screening)が手法として定着してきた。たとえば、自動ドッキング等を応用したコンピュータ薬物スクリーニングは自社が保有するサンプル、および市販化合物や仮想化合物の三次元構造データベース(数十万〜数百万化合物)を対象とした検索である。スクリーニング結果として、少数の化合物群がヒットした場合はそれらの化合物のみを購入あるいは合成し、生理活性を測定することで、より迅速にかつ低コストで初期のリード化合物(シード化合物)群の探索が可能である。有望な新規リード化合物はさらに最適化されて開発候補化合物へと誘導される。また、標的タンパク質を含めた周辺タンパク質群の構造変化等が追跡できれば、薬物の作用機構がタンパク質レベルで解明されるので、新しい薬物スクリーニング系のアイデアに貢献する。

3.経緯:建設開始まで
1999年4月〜6月 SPring-8の利用促進
 日本製薬工業協会(以下、製薬協)の研究開発委員会(以下、委員会)において、製薬業界として取組むべきゲノム−ポストゲノム研究を協議していた時、JASRI関係者から放射光の利用による生体高分子物質の構造解析が紹介された。標的タンパク質の構造情報に基づく創薬がゲノム−ポストゲノム研究の成果を活用した創薬研究の中心であるとの認識から、委員会では第三世代放射光施設SPring-8に高い関心が示された。
 * 研究開発委員会:日本製薬工業協会(2001年3月、企業81社加盟)の21社が参加している委員会。創薬研究の基盤整備、および研究開発関連学問の発展・普及など研究開発を促進する環境づくりを推進。創薬研究検討部会、臨床開発検討部会、制度・国際化検討部会などに分かれて活動中。

1999年7月〜2000年3月 SPring-8訪問〜SPring-8構造生物産業応用研究会発足
 委員会の創薬研究検討部会(以下、部会)は一昨年7月にSPring-8を施設訪問した。初めて見学した印象として、今後の国際的な新薬開発競争に打ち勝つためには世界最高の性能を備えたSPring-8を創薬へ最大限活用する方策が必要と強く感じた。それ以後、施設関係者との情報交換を行いながら産業利用促進の方策等を部会で検討していた。
 一昨年秋頃、理化学研究所播磨研究所とJASRIの関係者からSPring-8の産業利用促進の具体的方策としてJASRIと共同研究を行うSPring-8構造生物産業応用研究会(以下、研究会)の発足が紹介された。また、米国製薬企業専用ビームラインの稼動状況等を含めて、創薬に関連したタンパク質の構造解析が欧米で確実に進展しつつあることも知らされた。これを契機に委員会では国内製薬企業による専用ビームライン建設および運用に伴う具体的な諸事項が協議され始めた。研究会発足時には製薬協加盟18社を含む企業26社が登録されていたが、委員会では研究会への積極的な参加を継続推進した。

2000年4月〜2000年9月 創薬産業ビームライン設置計画趣意書を提出
 研究会への製薬協加盟会社の参加は着実に増えていったが(2000年末、製薬協加盟25社を含む33社登録)、この研究会の活動期間は2002年3月迄であり、研究会がSPring-8を使用できる時期−時間もかなり限定したものとなっていた。委員会内外より、測定必要時に成果占有で使用可能な専用ビームラインを建設する要望が増していた。一方、タンパク質構造解析に適当なビームラインはSPring-8において残り少ないとの情報であった。
 委員会ではタンパク質およびその複合体の立体構造解析が次世代創薬の中心的技術であるとの総意から、大型施設共同利用を目的とした蛋白質構造解析コンソーシアム(以下、コンソーシアム)を設立し、専用ビームラインを建設することが最優先課題となった。そして、昨年9月に専用施設設置計画趣意書をJASRIに提出した。
 ビームライン名称:創薬産業ビームライン
 機関名:蛋白質構造解析コンソーシアム
 機関参加会社:
  日本製薬工業協会 研究開発委員会 加盟21社
 代表提案者名:奥田秀毅
     (塩野義製薬株式会社 取締役 業務部長)
  [日本製薬工業協会 研究開発委員会 委員長]
 連絡担当者名:西島和三
     (持田製薬株式会社 研開企画推進部 主事)
  [日本製薬工業協会 研究開発委員会 専門委員]

2000年10月〜2001年1月 米国調査〜準備会発足〜専用施設設置実行計画書提出
 コンソーシアムによる専用ビームラインの建設準備から運用体制、さらにタンパク質構造解析に基づいた創薬研究体制などの情報入手を目的として、昨年10月に米国調査(APS:Advanced Photon Source 内の米国製薬企業コンソーシアム IMCA-CAT:Industrial Macromolecular Crystallography Association - Collaborative Access Team 訪問等)を実施した。
 10月末にJASRIの専用施設検討委員会で設置計画趣意書が審査通過したことから、11月初旬にコンソーシアム設立準備会(12社参加)を発足し、11月末に専用施設設置実行計画書を提出した。その後、準備会では専用ビームライン設置契約書および利用契約書の内容をJASRIと協議し、コンソーシアム内の規約案等も検討した。

2000年2月〜3月 専用施設設置計画承認〜コンソーシアム参加企業確定
 本年2月末にJASRIの諮問委員会で専用施設設置計画が承認されたことから、コンソーシアム参加の最終調整を行った結果、若干の参加会社の変更があったが下記の22社参加となった。
 コンソーシアム参加会社(22社):
 エーザイ、大塚製薬、キッセイ薬品工業、協和発酵工業、三共、塩野義製薬、大正製薬、大鵬薬品工業、武田薬品工業、田辺製薬、第一製薬、大日本製薬、中外製薬、帝人、日本新薬、日本たばこ産業、万有製薬、藤沢薬品工業、三菱東京製薬、明治製菓、持田製薬、山之内製薬
参加会社は下記事項を了解している。
1.放射光を用いた結晶測定によるタンパク質構造解析を自社で実施する事。
2.ビームラインの測定時間は参加企業で均等に割り振る事。
3.所有権、利用権、業務実施に伴う義務等は参加企業で平等に分担する事。従って、専用ビームラインの建設投資額(約5億)および年間運営維持費(約1億)は均等負担。
4.参加は6年間(2001〜2006年度)の継続が前提。特別な事情(会社の合併等)が発生した場合の途中退会はコンソーシアムで協議。また、2006年度以降の退会−入会は、その時点での希望を考慮してコンソーシアムで協議。
 なお、運用体制を含めた規約等は4月末に開催予定の総会で決定する。

4.ビームラインの概要
 ハードウェアとしてのビームラインは、本誌本号で別途紹介されている「構造ゲノムビームライン」[1]との互換性を最重視して設計された。すなわち、ビームライン光学系としてはSPring-8標準偏向電磁石ビームライン用二結晶分光器の下流に下振りの湾曲シリンドリカルミラーを置いて、単色ビームを試料上に集光するものを採用し、実験ステーション機器としては、モザイク型CCD検出器と高速イメージング・プレート検出器の両方を装備した自動回折計を導入する。ビームライン概念設計図(図1)を示す。構造ゲノムビームラインとの最大の違いは、設置場所の違いによるフロントエンドの長さの違いであり、これはエンドステーション利用者には殆ど意識されないと思われる。一旦蓄積リングシールド壁外に出ると、構造ゲノムビームラインとの違いは殆どなく、実験ステーション機器やソフトウェアに関しても共通的に整備を進めることが計画されている。従って、構造ゲノムビームラインで開発された新技術を、タイムラグなく創薬産業ビームラインに取り込んでいくことが可能であるし、また両方のビームラインを利用するユーザーにシームレスな測定環境を提供できる。 
 
 
 
図1 ビームラインの構成

5.おわりに
 本ビームラインは2001年度内にハードウェアを完成、2002年5月連休前にビームライン光学系調整と実験ステーション機器調整を終了する予定である。連休後から試験的な利用実験を開始して、2002年秋には本格的な利用研究を展開する。

 コンソーシアム設立に関しては、理化学研究所研究顧問の勝部幸輝博士と(財)高輝度光科学研究センターの植木龍夫博士に御助力を頂いた。ビームラインの概念設計に関しては、(財)高輝度光科学研究センター放射光研究所・ビームライン部門の後藤俊治博士、竹下邦和博士をはじめとする多数のスタッフの御助力を頂いた。またステーション機器の概念設計に関しては、理化学研究所播磨研究所の山本雅貴博士、宮野雅司主任研究員の御助力を頂いた。その他にも計画の初期の段階から理化学研究所播磨研究所研究推進部や(財)高輝度光科学研究センター事務部門の多くの方々に助けて頂いたことを感謝する。

参考文献
[1]山本雅貴、後藤俊治、竹下邦和、石川哲也:SPring-8利用者情報、Vol.6 No.3(2001)


西島 和三 NISHIJIMA  Kazumi
持田製薬株式会社
(コンソーシアム準備会リーダー:日本製薬工業協会専門委員)
〒160-0004 東京都新宿区四谷1-22
TEL:03-3225-6616 FAX:03-3354-9759


石川 哲也 ISHIKAWA  Tetsuya
理化学研究所 播磨研究所 X線干渉光学研究室
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-2805 FAX:0791-58-2807
e-mail:ishikawa@spring8.or.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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