Volume 06, No.1 Pages 2 - 4
所長室から
From the Director’s Office
(財)高輝度光科学研究センター 副理事長、放射光研究所長 JASRI Vice President, Director of JASRI Research Sector
2001年を迎えて
明けましておめでとうございます。
1997年10月の供用開始以来3年が過ぎましたが、SPring-8の利用は順調に発展しています。私たちはこの間に、新ビームラインの建設と立ち上げ調整に多くの力を割きながら、稼働したビームラインによる利用研究の発展にも努めてきました。ハード面では、共用ビームライン(BL)が24本、専用施設が8本、原研BL3本、理研BL4本と加速器診断BL2本の合計41本のビームラインが稼働中あるいは建設中です。また、当初第2期計画と考えていた蓄積リングの大改造(長直線部4カ所を有する4対称リング化)も完了し、長尺アンジュレータ1基が設置されて世界最高輝度を実現しました。さらに本年度の補正予算には、共用、原研、理研ビームラインを合わせて3.5本の建設が認められています。
一方ソフト面では、昨年はユーザー時間が3,400時間になり、共同利用で採択された実験課題数は700を越えました。また、昨年の利用者延べ数は、共同利用と専用施設利用を併せて6,000人を越えています。このように急速なビームラインの充実とマシンの安定稼働によって、SPring-8から多くの研究成果が生み出され、国際会議や学術雑誌に発表されていますが、とくに世界的に評価の高い学術雑誌に発表された論文が多いのが特徴的です。
これまで度々述べてきましたが、2001年はSPring-8が本格的な利用フェーズに入る年と考えています。そのために、本年はSPring-8の運転時間を年間5,400時間程度にまで増やし4,300時間ぐらいのユーザー時間を確保するように計画しています。これに併せて、効果的なユーザー支援と長期に亘る施設の高度化を行えるようにJASRI放射光研究所の体制を整える予定です。我が国ではこれまで、SPring-8の様な共同利用研究施設では完成後引き続いて世界最高性能を維持する予算措置や体制作りに欠けていました。私たちは世界トップの性能を持つSPring-8が長くその立場を維持し、我が国から世界をリードする学術研究や産業技術開発を生みだす基盤的な研究施設になるよう努めたいと思っています。
昨年のJASRI創立10周年記念講演会で、江崎玲於奈博士は独創的な研究を進めるためにはリスクを恐れずチャンスに挑むことが大切であり、creative failureがbreakthrough / surpriseにつながることを強調されました。本格的な利用フェーズに入ったSPring-8の今年の課題は、creative failureを伴う独創的研究を重視する仕組みを作ることだと思っています。
なお今年はSPring-8に対して科学技術会議が定めた「大型研究施設に対する第3者中間評価」が行われるものと思われます。その準備の一環として、これまで実施した共同利用の追跡調査を行いたいと思っていますので、ユーザー、とくに課題実施責任者の方々にはご協力をお願いいたします。
SPring-8を最先端研究の主要施設に保つための方策
1.独創的・開拓的研究の推進と既設ビームラインの改造/高度化
昨年秋に成立した補正予算で、分光分析(共用BL)、量子構造技術開発(原研BL)、ハイスループット(理研BL、蛋白質結晶構造解析用で予算上は1.5本)ビームラインの建設が認められました。このほか、日本製薬工業協会が創薬産業ビームライン(専用施設、蛋白質高次構造解析用)の設置を提案しており、また、理研は来年度予算に軟X線ビームライン(発光分光)を要求しています。これらが全て認められると、稼働中と建設、計画中のビームライン総数は46本になります。
共用ビームラインは当初30本を予定していましたが、今回の補正予算で認められた分光分析ビームラインを含めると、25本が実現することになります。しかしまだ5本の予算化が残っており、その中には地球惑星科学BL(ウィグラー)や軟X線BL(長尺アンジュレータ)のようにビームライン検討委員会が高い順位で推薦したものもあって、引き続き予算要求の努力が必要であると思っています。
ところが、世界各国の放射光利用研究の進展は目覚ましく、ヨーロッパやカナダ、中国で新しい施設(新第3世代光源)の建設が進んでいます。また、基礎科学・産業技術の研究・開発において高輝度放射光の利用が急速に拡大していますので、我が国が科学技術分野で国際競争力を確保するには、ビームラインの新設と併行して既設ビームラインの改造/増強や実験ステーションの新設/高度化を急ぐ必要があります。
最近、科研費の特別推進研究など大型の競争的研究資金を得てSPring-8に実験装置を設置する研究課題が出てきています。国の方針は競争的研究資金を増やす方向ですから、このような研究課題は今後増加することと思います。SPring-8が我が国の独創的、開拓的研究の推進に果たす役割がますます高まるのは必至で、この場合、ステーションの増設だけでなく光源、光学系の高度化や実験ハッチの増設も含めたビームラインの改造/高度化が必要になります。
そこで新しくビームラインの改造/高度化の予算を平成14年度予算の中に計上するよう、関係機関に求めていくことにしました。これまでにも施設の維持・管理経費の中に高度化の経費が認められていて、ユーザーからの提案に基づいて実験ステーション周りの充実が進められてきましたが、今回の提案はもっと大幅なビームラインの改造を行い、常に最先端の研究を実施できる予算を要求しようというものです。なお、具体的な内容はSPring-8利用者懇談会のサブグループや個々のユーザーからの提案を基に、ビームライン検討委員会で検討することとなるでしょう。
2.JASRI放射光研究所の再編
SPring-8が利用フェーズに入るのに伴い、本年からユーザー時間が大幅に増加する予定です。この場合、実験に習熟していないユーザー数が急増する可能性も高く、ビームライン担当者の負担がさらに高くなると懸念されています。一方、SPring-8を世界最高の放射光実験施設として維持していくためには、ビームライン担当者などJASRIの研究者による恒常的な研究開発が不可欠です。この状況に対処するため、JASRI放射光研究所の組織を再編成することにして体制案を検討しています。基本的な考えはビームライン/実験ステーションをグループ化し、それに対応する研究グループ/チームを編成して、数人の研究者、技術者がグループとしてビームライン担当の役割を果たすとともに、実験手法、技術、装置の開発研究を進めようというものです。具体的には、これまでは加速器、ビームライン、実験、利用促進、施設管理の5部門で構成されていた研究所を、加速器、ビームライン・技術、物質・材料科学、生命・環境科学、施設管理の5部門に再編成する案です。なお、ここで出した加速器、施設管理以外の部門名は仮称です。ビームライン・技術部門が光源、光学系、検出器など全ビームラインに共通する部分を担当し、物質・材料科学と生命・環境科学の2部門を構成するグループ及びチームが数本の共用ビームライン(実験ステーション)を担当します。まだ検討段階で最終案はできていませんが、しかるべき手続きを経て本年4月から実施したい考えです。
3.産業界によるSPring-8利用
共同利用が軌道に乗り、SPring-8を利用した優れた研究成果も数多く発表されるようになって、産業界によるSPring-8利用も活発になってきています。産業界から提案された共同利用課題の採択率は、過去3年間の平均値で見ると、産業界でよく用いられる手法についてはかなり高く、例えばXAFSが15%、R&D1が10.2%になっています。このほか、産業界の専用施設では100%が産業界の利用であり、また、兵庫県ビームラインでは全体の57%が産業界からの課題です。とくに蛋白質構造解析では兵庫県ビームラインを多くの企業が利用しており、Natureに載るような業績も上げています。最近完成した共用ビームラインでも、採択課題の総数が少ないにもかかわらず、産業界からの課題の採択率は高く、トポグラフが16.7%、粉末構造解析が21.4%、イメージングが11.1%になっています。このように産業利用は順調に増加していますが、産業界の利用/産業技術開発への放射光応用をいっそう活発化するために、SPring-8では新しい試みを始めました。
第一は、共同利用ビームラインの一つとして本年春には完成する産業利用(産業技術開発)ビームライン(偏向磁石)の新しい利用法を検討していることです。このビームラインでは、現在産業界が主に使っている計測技術、即ち結晶(粉末)構造解析、XAFS、蛍光X線分析や反射率測定、蛋白質立体構造解析の標準的な装置を3つの実験ハッチに設置しており、取り扱い易い装置になる予定です。なお、第3ハッチは蓄積リング棟外に設置して産業界が実機モデルを持ち込んで行う実験も可能になっていて、世界で初めての試みです。利用法に関しては、医学利用ビームラインなどと同じく産業界の研究あるいは産業技術開発のための産学協力研究に重点を置く仕組みを検討しているところです。
第2には、今年度から産業界の利用と放射光技術開発を担当するコーディネータ制度新設の予算が認められたことで、昨年秋から専任のコーディネータが着任しました。また、利用促進部門の利用支援グループの人員が強化され、講習会やビームラインを用いた研修会などを積極的に開催するとともに、産業技術開発に向けて産学共同研究を推進していくことになっています。本年後半にはSPring-8の産業応用がさらに活発化するものと期待しています。