Volume 05, No.4 Pages 250 - 252
所長室から 21世紀のわが国科学技術とSPring-8
From the Director’s Office
(財)高輝度光科学研究センター 副理事長、放射光研究所長 JASRI Vice President, Director of JASRI Research Sector
わが国の学術研究・科学技術研究開発の基本方針は科学技術会議で検討され、10年毎の科学技術基本計画として纏められてきた。現在進められている次期基本計画の策定作業では、21世紀のわが国のあるべき姿として、「知的存在感のある国」「安全で安心感のある国」「国際競争力のある国」を挙げているとのことである。わが国が科学技術分野でフロントランナーの一員になり、創造的な知的活動で世界に貢献し尊敬される国になることを目指している。
このような考え方に則して言えば、SPring-8のような先端的研究基盤施設の役割は、知的存在感のある国造りの中心施設になることであり、安全で安心感のある国、国際競争力のある国の実現に寄与することであろう。そのためには、創造的な研究活動をより重視する共同利用方式に転換することが必要である。言い換えると、独創的な研究が競争的に進められ、秀れた研究成果を生み出す「フロントランナー型施設」としてSPring-8を運営して行く時代になって来ている。このように考えて、私たちは新しい共同利用の仕組みを検討して来た。そのなかで、これまでにまとまった案は諮問委員会や利用研究課題選定委員会などに提案し、その審議を経たものから順次実行に移してきている。ここでは最近の動きについて報告し、ユーザーの意見や批判を得たいと思っている。
(特定利用制度)
特定利用制度は新しい共同利用制度の一環として制定されたものであり、この制度が順調にスタートし優れた成果を生み出していくことを期待している。最近2000Bから始まる特定利用制度の第1回課題募集が行われ、9件の応募があった。手法的により高度な実験に挑もうとするものが多く、また、目標とするサイエンスも新規制に富んでいるように思われる。これらの提案は利用研究課題選定委員会特定利用分科会での書類審査、面接審査を経て利用研究課題選定委員会で選定され、3年間に亘る研究が始動することになる。
この制度の新設については諮問委員会で審議されたが、その中で、どのくらいのビームタイムをこの制度のために確保すべきかが議論された。この制度を有意義にするためには、できるだけ多くのビームタイムを割り当てる必要がある。分野によっては50%近くまで必要になるとの意見も出されたが、とりあえず共同利用に使われるビームタイムの10%~20%を限度として特定利用課題に提供することになった。しかし、今回提案された殆どの特定利用計画が、単独でもこのビームタイム枠を越える多くのシフト数を要求している。取りあえず各ビームラインには1つの特定利用課題しか認めないことにしているが、採択課題数が増加していくのは必至で、対応策としては最終的には運転時間増と、ユーザータイム増を実現して行く必要があろう。
特定利用制度では実験技術的により高度な手法や装置の開発を伴う研究課題も多い。この場合、実験チームのメンバーがSPring-8に常駐して研究開発にたずさわり、また、施設者側と密接に協力することが必要になる。さらに、テスト実験を行うための短いビームタイムを頻繁に確保することも必要になろう。このような研究スペースの確保やビームタイム配分の仕方なども今後の検討課題である。
(課題採択と申請課題の有効期間)
ユーザーがSPring-8を利用する場合、できるだけ効率的に実験を完了し、速やかに成果をまとめて発表することが望ましい。これはまた、SPring-8が先端的研究基盤施設として機能するための重要な要因である。そこで私たちは、どうすればSPring-8の性能を十分に使いこなした実験を効率よく行えるかの検討を進めてきた。
この点に関連してSPring-8利用者懇談会は、共同利用についてアンケート調査を実施し、その整理を行っている。その結果をもとに、共同利用課題申請の有効期間を1年にするよう提案している。実験計画をたて実施する立場からは、申請課題の有効期間が半年というのは短すぎる。また、共同利用期間に予定されている実験をまだ行っていないのに、次期申請の締め切りが来たので継続申請を出さなければならない場合もある。このようなことが生じるのを防ぐ意味で有効期間を1年に延ばすことが望ましい、というのが意見の主な理由である。しかし実際には、1年の有効期間が必要かどうかは研究分野によって異なり、また、ビームラインにもよっている。この問題は特定利用制度とも関連しているので、その推移を見ながら検討したいと思っている。
一方重要な検討課題として、共同利用研究課題審査における課題採択率とシフト採択率の問題をあげることができる。SPring-8の場合、申請課題が多くて要求シフト数は利用できるシフト数の数倍になっている。ところがこれまで課題採択にあたっては、できるだけ多くの研究者に使ってもらうという観点から、課題採択率を高くしてきた。そのため、多くの課題について配分シフトは要求シフトの30%以下に減らされる事態になっている。ところがESRF等ではその逆で、課題採択率は常時50%を下回るかわりシフト数はその課題を完了できる程度に与えられている。
課題選定委員会でこの問題を検討するために、私たちは委員会に提案する今後の方策を検討した。その結果、(1)ビームタイム配分はビームライン担当者が行うことにして、課題選定委員会は申請課題の評価のみを行う、(2)評価の結果に従ってビームタイムを割り当てる場合、シフト採択率を上げて採択課題には実験が遂行できるシフトを与え、その期で予定した実験が完結できるようにする、(3)ビームタイムの配分は、ビームラインごとに柔軟にして実験できるようにする、という案にまとめ、課題選定委員会に検討をお願いした。このほか、実験に用いる試料の事前チェックや実験装置のテストを行うことができるテスト時間を設けることも今後早急に検討することにした。
このような案を実施するについても、実験分野(ビームライン)の独自性を考慮する必要があろう。そこで研究分野を分類して、(a)1回の実験に長い時間を使って実験する比較的少数のユーザーグループからなる分野(軟X線など)、(b)比較的短いビームタイムを使う多数のユーザーグループがある分野(蛋白質立体構造解析など)、(c)上記以外の分野とする。この中で(a)の分野では既に提案に近い運営を行っているので従来通りとし、(c)の分野で課題採択率を下げてシフト採択率を上げる方式を採用することにする。この場合、申請課題の有効期間1期(半年)内に採択された課題には、実験が終了するようビームタイムが配分されるので、原則として同一課題の継続申請は認めないことにする。この案では、採択された実験に必要なら、ビームタイムを分割して配分することも可能にして、実験の効率を高めることを主眼にしているので、結果として多くのユーザーにSPring-8を利用していただくことになると信じている。この案は課題選定委員会で審議中であるが、認められれば2001Aから実施したいと考えている。
(2001年以降の運転時間)
SPring-8の運転時間は1999年が約5000時間で、ユーザータイムはその70%に当たる3500時間弱である。2000年についても長期の夏期運転停止期間をとっているので、1999年とあまり変わらない全運転時間になると思われる。しかし2001年には夏期運転停止期間を短くする予定にしており、全運転時間を5500時間ぐらいまで増やすことが可能で、そのため来年度予算に運転時間増と人員増を要求している。また、新設ビームラインの立ち上げ調整期間も短縮できるので、ユーザータイムには全運転時間の80%相当の4500時間を確保できると思っている。なお、2000Bではユーザータイムが極端に短くなっているので、マシン調整に予定している2001年第1サイクルをユーザータイムにあてて、共同利用期間を2001年1月末までに延長することも考えている。
自由電子レーザー(FEL)の研究開発
現在JASRIはドイツDESY研究所から国際協力の提案を受けて検討中である。また、原研がアメリカDOEと進めている国際協力に、APSとSPring-8との協力が含まれている。両者ともまだ正式には実現していないが、協力の内容にX線領域の自由電子レーザー(FEL)開発を含んでいるのが特徴的である。とくにDESYの場合、TESLA計画でオングストロームFELの実現を目指しており、その際のキーテクノロジーである長尺アンジュレータの開発と高熱負荷光学素子の開発でSPring-8との協力を希望している。前者では真空封止型アンジュレータ技術に、後者では長尺アンジュレータビームラインの利用に注目している。
一方、理研では北村英男主任研究員が中心になって、SPring-8キャンパスでオングストロームFELの開発を行う計画を検討している。高性能線型加速器の開発も含む大型計画であるが、既存の線型加速器を部分的に利用して比較的少ない予算でX線領域FEL開発・利用の一番乗りを狙うことも考えられよう。いずれにせよ、そのためにはかなりのR&Dが必要になる。
ところで先日、藤家原子力委員長代理がSPring-8を視察され、長尺アンジュレーターの組立現場を訪問された。その時SPring-8キャンパスにおけるFEL開発計画と、FELに関する国際協力が話題になった。SPring-8にはFELの開発の鍵ともなる技術があり、国際競争ではトップランナーになる可能性も有している。このような場合には、国際協力と国益のどちらを選ぶかという問題として広く検討すべきであろうと言うのがその場の結論であった。
FEL計画はまだきわめて初期の段階にあり、実現に向けて動き出すかどうかも定かでない計画である。今回は夏の夢物語として、本欄に書かせていただいた。