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Volume 05, No.3 Pages 203 - 207

4. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

リンの液体−液体1次相転移
A First – Order Liquid – Liquid Transition in Phosphorus

片山 芳則 KATAYAMA Yoshinori

日本原子力研究所 関西研究所 放射光科学研究センター Synchrotron Radiation Research Center, JAERI Kansai Research Establishment

Abstract
We have found an abrupt, pressure-induced structural change between two distinct forms of liquid phosphorus at about 1 GPa by an in-situ X-ray diffraction method. Features of the transformation strongly support the view that it is a first-order liquid-liquid phase transition.
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1.はじめに
 「液体−液体相転移」という言葉は、多くの方にとって目新しいかもしれない。我々は、純粋な液体に二つの特徴的な構造が存在し、圧力を変えると突然、その間で変化することを、リンで初めてその場観察した[1]。そのどこがおもしろいのか、利用者情報誌の読者の方には「そんなことは小学生でも知っている」と叱られそうなところから解説してみた。もし、興味を持たれた方がいらっしゃれば、最近出版された論文[1]と解説[2]、実験法などの解説[3,4]、液体−液体相転移の一般的な解説[5-7]などを参照していただけると幸いである。
 よく知られているように、物質は、固体(solid)、液体(liquid)、気体(gas)の3態(相)として存在する。温度や圧力を変えると物質のとる相が変わる。身近な例では、水(液体)を熱すれば水蒸気(気体)になるし、冷やせば氷(固体)になる。圧力効果を見る機会は少ないだろうが、ダイヤモンドアンビルセルという装置で水を加圧すれば氷になるのが見られるし、真空ポンプで減圧すれば水蒸気になる。ある温度(T)・圧力(P)でどの相が存在するかをあらわしたのが温度圧力相図である。Fig.1(A)に純粋な物質の例を示す。境界線を横切るとき物質の構造が変わり、密度やエネルギーも不連続に変わる。このような変化を1次の相転移という。 
 
 
 
Fig.1  Possible phase diagrams for a pure substance. 
 
 さて、固体の中でも結晶は、原子や分子が周期的に規則正しく並んでできている。面白いことに、同じ物質でも違った結晶構造をとる場合がある。最も有名な例は、黒鉛(グラファイト)とダイヤモンドだろう。この二つの結晶は同じ炭素原子でできているが、色も硬さも全く違う。これは原子の結合の仕方が違うからである。実は、ダイヤモンドは高圧で安定な構造で、黒鉛は高温高圧下でダイヤモンドに変わる。逆の変化は室温では起きないが、温度を上げてやると常圧でダイヤモンドは黒鉛になってしまう。このように、ある物質にいくつかの結晶構造があり、温度や圧力によって最も安定な構造が変わるとき、相図の固体の領域はFig.1(B)のように境界線で区切られる。この間で密度に飛びがある場合、それも1次の相転移と言う。これまで、様々な物質で多くの高圧相が見いだされてきた。
 一方、液体に圧力をかけると何が起こるのだろうか? そもそも、液体は自由に形を変えるし、そんなものに構造があるのだろうか? しかし、液体といっても、原子は自由に運動しているわけではない。実は、液体中の原子の並び方は、固体での並び方を多かれ少なかれ反映している。もちろん、液体では、原子に決まった位置はなく、動きまわるし、原子の周りの様子は原子ごとに違う。しかし、ある原子の周りに他の原子がどれくらい離れて何個いるか、ということの平均値、いわゆる短距離秩序は、固体と似ている場合が多いのである。結晶固体で圧力をかけたとき構造が変わるとすれば、当然、液体でも対応する変化が起こると期待される。でも、それは、どんな圧力で、どのように起こるのだろうか?
 常識的には次のように考えられてきた。液体中では原子が動きまわり、さまざまな原子配置が許されるので、圧力とともに少しずつ高圧相的な構造が混じっていき、変化は徐々に起こるだろう。従って、構造の違いで区別できる相というものはないだろう、というのである。よって、相図の液体中には境界線を引くことができず、Fig.1(B)しかありえない。
 しかし、これまでの研究でも、ある温度範囲で液体の構造が比較的急に変わる、という現象はわずかだが見いだされていた。純物質ではないが、例えば、液体セレン−テルル合金では、組成や温度によって、半導体から金属への転移が起こる。この変化では、数百℃といった範囲で液体の密度が温度上昇とともに増加する。つまり、普通の熱膨張とは全く逆で、この間に構造が変わっていく。このように比較的狭い温度範囲で構造の変化が起きる場合は、境界は幅を持ったものになる。相図は、Fig.1(C)のように描けるだろう。
 液体の中に本当に1次の相転移が存在するのではないか、という提案もわずかにある。たとえば、十分低い温度の過冷却状態の水に低密度水と高密度水の2種類があり、ある圧力で移り変わるのではないか、という説がある。液体炭素でも1次相転移が起こるらしい。この場合、相図にはFig.1(D)のように液体の領域に境界線が引ける。しかし、水では過冷却の困難さ、炭素では融点の高さのため、構造研究による直接の確認はされていない。そのため、液体−液体転移の存在を疑う人はまだ多い。
 液体の構造変化を調べるには、原子の並び方をX線回折やEXAFSで調べたり、密度を測るのが一番確実である。しかし、高圧下でそうした測定をするのは非常に難しい。まず、高圧にするには試料を非常に小さくしなければならない。その試料は圧媒体やヒーターといった邪魔者に何重にも囲まれている。加えて、液体の回折は弱くブロードである。このように、いくつもの困難が重なった高圧下のその場観察実験が可能になったのは、放射光の強力な高エネルギーX線のおかげである。放射光を初めて高圧の液体に適用した辻らによって、いくつもの液体が調べられきた[8]。しかし、液体−液体相転移といえるものはなかなか見つからなかった。 
 
2.リンの液体‐液体相転移
 今回、実験を行ったリンは、興味深い物質で、固体にいろいろな構造がある。白リンはリン原子4つからなる正四面体型の分子でできた分子性結晶だが、黒リンはリン原子が2次元的につながって層をつくり、それが積み重なっている。赤リンは一般にアモルファスで、リン原子が3次元的につながった網目状の構造を持つと考えられている。これらの同素体では、融点も異なる。白リンは、44℃で融解するが、黒リンや赤リンの融点は600℃程度である。白リンの融体も結晶の白リンと同じようにP4 分子からできている。しかし、黒リンを融かした液体の構造は直接調べられていなかった。もう一つ興味深い点に、融点極大がある。大部分の物質の融点は圧力とともに上がっていくが、黒リンの融点は約1GPaまで上がり、そこから逆に下がる(GPaは圧力の単位で、1GPaが約1万気圧)。融点が上がるときは、融けるときに体積が増加する(密度が減る)が、下がるときは、逆に融けると体積が減少する(密度が増える)。よって、融点極大付近では、液体の密度が圧力とともに急激に増加しているはずで、この領域で液体の大きな構造変化が期待される。
 我々は、黒リンを融かした液体のX線回折実験を、完成して間もないBL14B1ビームラインでキュービック型マルチアンビルプレスSMAP180を用いて98年から行った。まず、融点極大より高い2GPa付近の液体の構造を調べたところ、白リンを融かした液体とは違って、P4 分子という単位がなくなり、原子が網目状の構造をつくっていることがわかった。これはアモルファスの赤リンと似た構造である。この結果は、実は、我々の予想と違っていた。この構造は融点極大以下の圧力で予想されていたものだったのである。なぜなら、白リンの融体は温度を上げていくと、350℃くらいで急速に固体の赤リンに変わってしまうし、計算機シミュレーションでも、高温の液体リンは網目状になるという結果が得られていたからである。融点極大以上の圧力では、それとは違った構造、すなわち、この網目構造が切れて金属的になった構造だろうと予想されていた。では、融点極大以下の圧力で、液体の構造はどうなっているのだろうか? あまり大きな変化はないのではないか?
 そこで、次に、融点極大以下の圧力で液体の構造を調べることにした。このような低い圧力をこの装置で安定して発生させるには、大きなサイズのアンビル(試料を押す部分)を使わなくてはならない。夏の休止期間中にそれを手配し、後期のビームタイムにのぞんだ。その結果、低圧で測定された回折パターンは前に測定されたものと全く違うことがわかった。低圧での液体の構造は、白リンの融体のように、正四面体のP4 分子からできているようなのである。いくつかの圧力で黒リンを融かして測定してみると、ちょうど1GPaくらいのところを境に観測される回折パターンが変わる。
 ここで、どうしてX線回折で液体の構造がわかるのか、実験から得られた動径分布関数から簡単に説明する。動径分布関数というのは、ある原子から、距離rだけ離れたところに、どれくらい他の原子がいるかを表すものである。Fig.2の上の二つが1GPaより低圧、下の二つが高圧での動径分布関数だが、全く違う形をしている。低圧では、はっきりしたピークは第1ピークだけで、遠くのには弱くてブロードな極大しかない。これは、分子内だけに強い結合があり、分子間の相関は弱いという分子性液体の特徴と一致する。一方、高圧では、第1ピーク以外に、はっきりとした第2、第3ピークがある。これは、一番近い原子だけではなく、それより遠い原子にも強い結合をたどって到達できることを意味する。すなわち、強い結合による網目構造ができていると考えられる。このほかに、リンのいろいろな同素体や同族のヒ素の構造との比較、計算機シミュレーションの結果との比較、動径分布関数の元になった構造因子と呼ばれる関数の検討によって、構造が推定された。 
 
 
 
Fig.2  Radial distribution functions for liquid phosphorus at various pressures [1]. 
 
 二つの構造の間でどれくらい急激に変化が起こるか調べるには、固体を融かしてその構造を調べるより、液体の状態で圧力を変化させる方が手っ取り早い。年明けのビームタイムで早速その実験を行った。約0.8GPaで融解させ、少しずつ圧力を増して、X線回折パターンを測定していった。しかし、パターンはほとんど変わらない。本当に圧力が上がっているのだろうか?何か間違えているのでは? と不安になるほど、何も変わらない。そのうち、測定中に急に回折パターンに変化が現れた。見ている間にどんどん形が変わっていく。この実験ではエネルギー分散型X線回折法という方法を用いているので、リアルタイムで回折パターンが観察できるのである。この様子を示したのがFig.3である。ずっと(a)のような回折パターンが観測されていたが、圧力を少し上げると、急に第一ピークが減少しはじめ、新しい位置にピークが出現しはじめた(b)。十数分もたつと、(c)のパターンになって落ち着いた。このパターンは高圧で観測されるものと同じである。見ている間にパターンが変化する、ということは、液体の実験では初めての経験で、正直言って驚きだった。(a)と(c)の間の圧力差は、わずかに0.02GPaしかないのである。驚きはさらにあった。逆に圧力を下げていったところ、ほぼ同じ圧力で、今度はもとの分子性の液体に、やはり急激に戻ったのである。さらに、実験データを検討してみると、変化が起こっている間に測定されたパターン(b)は、変化が起こる前のパターン(a)と起こった後のパターン(c)をうまく足しあわせることによって再現できた。これは、変化の途中で二つの相が共存していること、中間の構造というものが観測されていないことを示している。 
 
 
 
Fig.3 X-ray diffraction patterns. The transformation from the low-pressure form (a) to the high-pressure form (c) is shown [1]. 
 
 以上のような特徴、すなわち、明確に区別できる二つの構造の存在、その間の可逆で急激な変化、中間の構造が観測されないことなどは、この変化が1次の液体−液体相転移であることを強く支持する。その場観察によって、とうとう相Fig.1(D)のような液体中の境界線が見つかったのである。この発見は、液体にはっきり区別できる構造はなく、圧力や温度によって連続的に変わる、という常識的な考え方を覆す。
 特殊な形をした分子では、液晶という固体と液体の中間のような相があるが、今の場合はリンという単体の元素である。また、普通の重合と違ってこの変化は可逆である。なぜリンでこのような変化がおこるのか? どんな過程で変化が起こるのか? 本当に1次転移なのか? 物性や動的構造はどう変わるのか? 他にも相転移を示す液体はあるのか? なんらかの応用に結びつかないか? など、多くの問いが未解決である。我々は、それに答えるため融解曲線や境界の精密決定、密度の直接測定、他の液体での実験など放射光を生かした研究を進めている。今後の実験、理論(シミュレーション)の進展によって、液体の高圧構造物性が解き明かされることに期待したい。 
 

謝辞
 共同研究者の水谷 剛(原研、現SES)、内海 渉、下村 理(原研)、山片正明、舟越賢一(JASRI)の諸氏、ビームラインの建設・運営等でお世話になった多くのSPring-8の方々、この分野に筆者を導いてくれた辻 和彦氏(慶大)に感謝する。

参考文献
[1]Y.Katayama,T.Mizutani,W.Utsumi,O.Shimomura,Y.Yamakata and K.Funakoshi:Nature 403(2000)170.
[2]P.McMillan:Nature 403(2000)151.
[3]片山芳則:放射光 12(1999)375.
[4]内海 渉ら:日本結晶学会誌 42(2000)59.
[5]P.H.Poole,T.Grande,C.A.Angell and P.F.McMillan:Science 275(1997)322.
[6]O.Mishima and H.E.Stanley:Nature 396(1998)329.
[7]V.V.Brazhkin,S.N.Popova and R.N.Voloshin:High Pressure Res.15(1997)267.
[8]K.Tsuji:J.Non-Cryst.Solids 117/118(1990)27.



片山 芳則 KATAYAMA  Yoshinori
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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