Volume 05, No.2 Pages 94 - 99
2. 共用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE
高エネルギーX線回折ビームライン(BL04B2)の試験調整運転状況
Trial Run of the High Energy X-ray Diffraction Beamline BL04B2
[1](財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 利用促進部門 JASRI Experimental Facilities Division、[2](財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン部門 JASRI Beamline Division、[3]日本原子力研究所 関西研究所 放射光利用研究部 Department of Synchrotron Radiation Facilities, JAERI Kansai Research Establishment、[4]東京工業大学大学院 理工学研究科 Department of Chemistry and Materials Science, Tokyo Institute of Technology、[5]広島大学 総合科学部 Faculty of Integrated Arts and Science, Hiroshima University
1.はじめに
高エネルギーX線回折ビームラインBL04B2は平成10年6月の補正予算により整備された4本の偏向電磁石ビームラインのうちの1本である。1999A期第8サイクルにビームラインへ初めて放射光が導入され、1999B期第9サイクルより試行供用が開始となり、光学系の調整ならびに実験ステーションの立ち上げ調整が行われた。各装置の立ち上げ調整は順調に進んでおり、2000A期より本格的に利用実験が行われる運びとなった。
本稿では、ビームラインおよび実験ステーションの概要、ならびに立ち上げ状況を報告する。
2.ビームライン概要
本ビームラインは38keV以上の高エネルギー単色X線を用いた、さまざまな物質のX線回折・散乱実験を行うことを目的に建設された。図1に輸送チャンネル・光学系の構成を示す。輸送チャンネルの構成はいたってシンプルなものであり、水冷スリット・分光器・単色スリットからなる。ビームラインの仕様についての詳細は先の報告[1]を参照していただきたい。
図1 輸送チャンネル・光学系の構成
本ビームラインでは既存の共用偏向電磁石ビームラインでは行われていなかった高エネルギー領域での集光光学系を組むために、水平振りの湾曲型結晶分光器を採用している。この分光器は、ミラー調整機構と同一の機構を有した1枚振り分光器であり、使用している分光結晶の長さは700mmである。分光結晶のブラッグ角は3°に固定されており、反射方向は下流に向かって水平右方向である。そのため、分光器より下流のコンポーネントは6°に曲げて設置されている。このようにブラッグ角が固定されているため、使用するエネルギーは結晶の反射指数を切り替えることにより離散的に選択することとなる。そのため、得られるエネルギーとしてはSi 111 反射で37.8keV、Si 220 反射で61.7keV、Si 311 反射で72.3keVなどが挙げられる。これまでのところ、分光結晶の準備状況により使用できるエネルギーはSi 111 での38keVに限定されていた。そのため、現在60keV以上の高いエネルギーを使用するためのSi 220 結晶の準備が進められている。2000A期第6サイクルには結晶の取り付け調整を終え、ユーザー実験での使用を開始する予定である。
この分光器は、子午線方向に結晶をベントすることにより横方向の集光を行うことが可能である。図2に分光結晶をベントさせた場合(集光時)およびさせていない場合の水平方向の強度分布を示す。なお以下は、入射X線をTC slit 1により2mm(垂直方向)×10mm(水平方向)として測定した結果である。分光結晶をベントさせ試料位置でX線が集光した場合(黒:Bend)では、集光させていない場合(白:Flat)に比べ数十倍強度が増加することを確認した。それぞれについてイオンチェンバーを用いたFlux測定を行った結果、結晶をベントさせていない場合では6.0×108 photons/sec/1×1㎜2(100mA換算)であり、また、結晶をベントさせ集光した場合では2.7×1010 photons/sec/1×1㎜2(100mA換算)であった。次に、図3にベント量にともなう水平方向の強度プロファイル変化を示す。これは高エネルギー放射光用イメージングプレート回折計使用時における試料位置(光源から62m地点)を集光点とした場合の結果である。なお、スキャンには0.1mmφのコリメータを使用した。ベント量を66000pulseから72000pulseまで変化させるにつれ半値幅は顕著な変化を示しており、この地点で最も集光した状態では半値幅360µmであった。なお、使用するビームの状態(BendあるいはFlat)は実験・使用目的に応じて選択することが可能であり、焦点位置は各実験装置での試料位置に応じて、湾曲結晶の曲率半径を変更することで調整を行う。
図2 Bend時(集光時)およびFlat時の水平方向の強度分布
図3 ベント量にともなう水平方向の強度プロファイル変化
3.実験ステーション
図4に実験ステーションの構成図を示す。実験ハッチは光軸方向に10m、光軸と垂直方向に3mの大きさを持ち、後述する計4台の測定装置がタンデムに設置されている。これらの装置は同時に用いられるわけではなく、実験目的に応じて単独で使用される。以下に各ステーションごとに、目的および装置の概要、ならびに立ち上げ調整状況を記す。
図4 実験ステーションの構成図
1)ランダム系物質用高エネルギーX線二軸回折計
本回折計は、主に液体やガラスなどのランダム系物質の回折パターンを、単色の高エネルギーX線(E>37.8keV, λ<0.328Å)を用いて、従来の回折実験よりも大きい波数ベクトル(Q=4πsinθ/λ>30Å−1 )まで透過法で精度よく測定することを目的に設置された装置である。調整は、小原真司(JASRI)、松本徳真、鈴谷賢太郎(原研)、坂井一郎(立命館大)、梅咲則正、清水川豊(大工研)らのメンバーによって、昨年の秋から年末にかけて行われた。調整内容は、モノクロメータの最適な集光条件の把握とTC1スリットによる偏光成分の変化の把握が主なものであった。図5に、昨年の末に測定された典型的なランダム系物質であるシリカガラス(φ5.5mmの円柱)の規格化された回折パターンI(Q)を示す。測定条件は、TC1スリットの縦幅0.5 mm、湾曲モノクロメータ結晶Si 111 のベンド量79000pulse、入射ビームエネルギーE=37.62keV、測定回折角2θ=3°〜80°(Q=1.0〜24.5Å−1 )、ステップ幅Δ2θ=0.15°(ΔQ=0.05Å−1 )、測定時間は1点20sec、全514点で約3時間で、透過法でNaIシンチレーション検出器を用いて行われた。この回折計は、高温融体の回折実験を想定し比較的重量のある電気炉等を搭載出来るようにカウンターを水平方向に動かす横振り型となっているので、偏光因子の影響で2θ=70°〜90°の高角度範囲では十分な統計精度が得られないのではないか、つまり、大きいQまで精度よく測定することは(現在の37.8keV付近に固定されたエネルギーでは)難しいのではないか、と懸念されていた。しかし、図5からわかるように、測定時間が3時間程度であり高角度側は偏光因子による大きな強度の減少があったにもかかわらず、Q=24.5Å−1 まで高い統計精度で測定されており、高いQの領域に残っているわずかな振動もよく捕えられていることがわかる。これまでこうした実験では、白色X線を使うか、実験室系でMo-KαやAg-Kα線を用いて長い日数カウントを溜めることでやっとQ=16〜19Å−1 までのデータを1つ得てきていたので、単色光を用いた3時間足らずのテスト実験でこうしたデータが得られたことは、今後この分野のデータの質と量が飛躍的に向上することを予感させるものである。より高いS/Nの向上とより低いQ領域を測定可能にするため、ビームストッパーの改良や真空散乱槽の導入、Ge半導体検出器の導入など、いくつかの課題が残っており、それらは今年中に順次解決される予定である。
図5 シリカガラスの規格化された回折パターンI(Q)
こうした回折計の調整の他に、梅咲グループが本回折計用に作製した高温融体用電気炉の調整が、オフラインで行われている。本電気炉は、ジルコニアヒーターを用いており1800℃まで昇温可能で、高温を要するためこれまでデータの質・量が不足していた酸化物融体の実験にも十分使えるものとなっている。回折計に設置された本電気炉の写真を図6に示す。回折実験が単色光・角度分散・透過法であるため、非常にシンプルな設計であり、低バックグラウンドが期待できるが、問題は融液をどのような容器で保持するかである。回折用の試料容器は、肉薄で吸収の小さい軽元素からなっているのが望ましく、回折ピークの出ない非晶質であればなおさら良い。さらに熱衝撃、腐食に強いものを求めて、様々なセラミックス・金属容器のテストがオフラインで続けられているところである。
図6 回折計に設置された電気炉
2)湾曲型イメージングプレート自動回折計
本回折計は、高エネルギーX線を利用して吸収や消衰効果を軽減した高精度の単結晶構造解析と、高輝度X線を利用した低分子微小結晶の構造解析用ワイセンベルグカメラである。
本装置はκ軸を用いた3軸型ゴニオメータ、円筒状イメージングプレート、イメージングプレート自動読みとり装置、そして窒素吹き付け型低温装置からなる。κ型3軸ゴニオメータの採用により、測定時の回転軸選択の自由度が非常に大きくなっている。イメージングプレートの大きさは420×240mmでカメラ半径は120mmであるので、円周方向に−60°〜+140°、左右方向に±45°という広い測定範囲をもっている。測定は軸を立てない振動写真法と軸を立てたワイセンベルグ法の両方が可能であるが、高エネルギーX線による逆格子の縮小を考えると回折点の重なりの回避が望めるワイセンベルグ法が有効になると思われる。測定は制御用コンピュータのLinuxマシンから全自動にて行えるようになっている。また、測定された回折データはDENZOプログラムにより指数付け、積分強度の測定まで、自動的に行われる。測定済みデータはLinuxマシンに接続したMO、CD-RまたはDATを経由して持ち帰ることも可能だが、そこにインストールされているmaXusプログラムによりオンサイトで解析することも可能である。また、窒素吹き付け型低温装置は空気中から乾燥窒素を取り出し、それをヘリウムクライオスタットにて冷却して試料に吹き付けるタイプであるので、液体窒素補給の必要はない。
現在まで、CeO2 粉末の他、有機化合物、多核金属錯体、鉱物などの単結晶について構造解析を行なった。図7、8にCeO2 粉末の回折パターンおよび多核金属錯体(NH4 )6[P2 W18 O62 ]. nH2 Oの単結晶回折パターンを示す。特にこの化合物において、吸収効果の軽減により高精度の解析が可能になることが実証された。短波長のX線を用いているため、逆格子はかなり収縮しているが、各辺20Å程度(体積約8000Å3 )の格子を持つものに対しては軸を立てない振動写真法で測定が可能である。ワイセンベルグ法を効果的に利用すればかなり大きな単位格子を持つ結晶まで測定可能であると思われる。現在、微小結晶からの回折を効果的に収集できるよう、バックグラウンド低減を目指した装置の高度化を推進中である。
図7 CeO2 粉末の回折パターン
図8 多核金属錯体(NH4)6 [P2 W18 O62].nH2Oの単結晶回折パターン
3)超臨界金属流体小角散乱実験装置
ファン・デル・ワールス流体に比べ分子間相互作用が大きい金属流体は、臨界点を迂回して液体状態から希薄な気体まで大きく体積膨張させる過程で物性が大きく変化する。典型的な液体金属である水銀は、臨界点(臨界温度(Tc)=1470℃、臨界圧力(Pc)=1673bar、臨界密度(ρc=5.8g/cm3 )近傍の密度9g/cm3 まで体積膨張したとき金属から絶縁体へ転移する。融点近傍で半導体的性質を示す液体セレンは、臨界点(Tc=1615℃、Pc=385bar、ρc=1.85g/ cm3 )を超える超臨界領域に金属的流体セレンが出現する。
このような超臨界金属流体の金属−非金属転移と臨界点近傍の密度揺らぎがどのように関わっているか調べることは大変興味深い。しかしながら金属流体の臨界定数はファン・デル・ワールス流体に比べ大きく実験が困難であるため、これまで長距離構造に関する研究はあまり行われていなかった。我々は金属流体の臨界点近傍の密度揺らぎを調べるため、SPring-8の放射光を用いたX線小角散乱実験を行う。
図9はBL04B2ビームラインに設置された小角散乱分光計の概要を図示したものである。上流の光学ハッチのモノクロメータで38keVに単色化されたX線を試料に入射し、散乱X線は、ヘリウムパスを通じて、カメラ距離約3mにあるイメージングプレートを用いて検出される。図10は、X線小角散乱実験用高圧容器の側面図を示す。高圧容器はヘリウムガスにより加圧され、流体水銀の超臨界領域を含む1700℃、2000barまでの温度、圧力領域をカバーする。入射X線用の高圧窓としてダイヤモンド、散乱X線用の窓は径の大きいベリリウムを用いた。観測可能な運動量領域は、高圧窓の制約があるため0.05Å−1 から0.7Å−1 までの範囲である。現在、流体セレンのX線小角散乱測定を行っている。
図9 小角散乱分光計の概要
図10 X線小角散乱実験用高圧容器の側面図
4)高エネルギー放射光用イメージングプレート(IP)回折計
本回折計は、スリット式光学ユニットと試料用ゴニオメータ、及びカメラ距離可変機構との平面IP式自動読み取り機を装備した粉末X線回折測定装置である。各機器やその機能は一般的なもので構成されるが、ダイヤモンドアンヴィルセル(DAC)を用いた高圧X線回折実験を行うことを前提に設計されている。本ビームラインの特性である高エネルギーX線を使用することによって、アンヴィルに対する高透過性と、限られた観測ウィンドウの中での高波数領域までの観測という特性を生かすことができる。なお、IP読み取り機は、本回折計の前段に配置される高温高圧容器による小角散乱実験用の二次元検出器としても使用される。
本装置は、IP自動読み取り装置としてRigaku製R-AXIS IV++を搭載し、そのピクセルサイズとして100×100µm2 及び50×50µm2 、それぞれの条件での受光面が300×300mm2 及び300×200mm2 を選択可能である。カメラ距離は1500mmの可変移動式であり、高エネルギーX線仕様のビームラインでありながら、低波数領域の実験にも対応することができる。光学ユニットは38keVまたは60keVのX線を使用することを前提で設計され、厚さ5mmのTa製ブレード式X-Yスリット、ビームモニター用IC、X線シャッター、X線アテネーター、X線ピンホール、試料用θゴニオ、及び試料位置調整用顕微鏡で構成されている。なお、本ユニットは、小角散乱実験時には揃って退避する機構を有している。
1999B0191-ND課題において本装置の立ち上げ調整と、当初の性能確認と試験を兼ねた高圧X線回折実験を大石、一色(JASRI)、石松直樹(原研放射光)、浜谷 望(お茶大)、赤浜裕一(姫工大)をメンバーとして行った。また、本ビームラインでの集光機能を使用した場合、強度的にはアンジュレータビームラインであるBL10XU極限構造物性DAC用X線回折装置のケタ落ち程度と見積もることができた。
図11は本装置を用いて測定したCeSb高圧相(tetragonal構造)の粉末X線回折パターンである。試料はDACによって加圧され、その圧力は24.0GPa(室温)、入射X線は集光された状態で0.8mm角に整形し、露光に45分を要した。高エネルギーX線効果により、回折線のDACによる吸収やIPへの斜め入射の影響が少なく、高次数反射までの回折線が明瞭に観測することができた。ただし、詳細に回折パターンイメージを観察すると、回折線幅の縦横異方性が観測されている。また低角領域で明らかなように、モノクロメータ結晶の3次光による回折線が混在しており、回折強度を用いた精密解析には十分な注意が必要と考えられる。
図11 BL04B2で測定したCeSbの高圧X線回折パターン、(1)低圧相(4.2GPa)、(2)高圧相(24GPa)
4.おわりに
以上に述べたように、ビームライン光学系ならびに実験ステーションの各装置の立ち上げ調整は順調に進み、2000A期からは本格的な共同利用実験が始まっている。ここに至るまでに、多くの方々のご協力・ご尽力を頂きましたので、関係者の皆様にこの場を借りて感謝いたします。特に、ビームライン建設にあたってはSPring-8利用系スタッフの皆様、実験ステーションの立ち上げに関しては主体となった各サブグループのメンバーの皆様に深く感謝いたします。
参考文献
[1]後藤俊治他:「平成10年度整備偏向電磁石ビームライン」SPring-8利用者情報 Vol.4,N0.3(1999)53-64.
一色 麻衣子 ISSHIKI Maiko
(財)高輝度光科学研究センター 利用促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-2750 FAX:0791-58-2752
e-mail:maiko@spring8.or.jp
大石 泰生 OHISHI Yasuo
(財)高輝度光科学研究センター ビームライン部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0831 FAX:0791-58-0830
e-mail:ohishi @spring8.or.jp
鈴谷 賢太郎 SUZUYA Kentaro
日本原子力研究所 関西研究所
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0838 FAX:0791-58-2740
e-mail:suzuya@spring8.or.jp
尾関 智二 OZEKI Tomoji
東京工業大学大学院 理工学研究科
〒152-8551 東京都目黒区大岡山2-12-1
TEL・FAX:03-5734-2442
e-mail:tozeki@cms.titech.ac.jp
田村 剛三郎 TAMURA Kozaburo
広島大学 総合科学部
〒739-8521 広島県東広島市鏡山1-7-1
TEL:0824-24-6556 FAX:0824-24-0757
e-mail:tamura@mls.ias.hiroshima-u.ac.jp
乾 雅祝 INUI Masanori
広島大学 総合科学部
〒739-8521 広島県東広島市鏡山1-7-1
TEL:0824-24-6556 FAX:0824-24-0757
e-mail:inui @mls.ias.hiroshima-u.ac.jp