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Volume 05, No.2 Pages 88 - 93

2. 共用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE

粉末結晶構造解析ビームライン(BL02B2)の試験調整運転状況
The Present Status of the Large Debye-Scherrer Camera Performance and the Beamline Optics at BL02B2 in SPring-8

高田 昌樹 TAKATA Masaki[1]、山片 正明 YAMAKATA Masaaki[2]

[1]名古屋大学大学院 工学研究科 Graduate School of Engineering, Nagoya University、[2](財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン部門 JASRI Beamline Division

Abstract
A Large Debye-Scherrer Camera is installed at BL02B2 and is designed for the research on accurate structure analyses by powder specimens in the area of materials science. The aim of the instrument is a rapid data collection of high counting statistics and high resolution powder diffraction pattern from a little amount of powder specimen for any kinds of materials. The present status of the Large Debye-Scherrer Camera performance and the beam line optics are reported with some preliminary experimental results at BL02B2.
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1.はじめに
 粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2は、平成10年6月の補正予算により整備されたビームラインの一つである。平成11年第8サイクル(1999年6月24日〜)からビームラインに放射光が導入され、第9サイクルから試行的に供用が開始されている。SPring-8の様な硬X線領域における第3世代高輝度光源では、物性との関連を重視した精密構造、即ち、精密構造物性に対する期待が国際的にも高まっている。本装置は、この様なSPring-8ユーザーの期待に出来るだけ応えるために設計した。具体的には、フラーレン関連物質、強相関系物質、ゼオライト関連物質等の先端材料について、物性と関連した構造を研究するために、1)構造の温度変化が容易に測定できること、2)粉末試料から精密な構造を明らかにすることが出来ることを重要な要素と考え設計・建設された。本稿ではビームライン輸送部光学系の概要、実験ステーションの概要、運転状況を含めて報告する。

2.ビームライン輸送部光学系
2-1.ビームライン設計

 本ビームラインでは透過粉末X線回折法を用いた精密構造解析を行うことから、高平行度・高エネルギー分解能・高エネルギーなX線がビームラインに要求される。そこで、本ビームラインでは、水冷の前置コリメータミラーと2結晶分光器により平行度・エネルギー分解能の向上を図った。
 図1にビームライン輸送部の各コンポーネントの配置図を示す。フロントエンド部を通過した最大水平取り込み角0.73mradのX線ビームは、水冷スリットによってその大きさを制限する。その直後のコリメータミラーが光軸方向に1mの長さを持ち、かつ視射角が固定の2mradであることから、水冷スリットの垂直方向の大きさは最大2mmまで開口可能である。ミラー機構は、高エネルギー分解能を得ることを目的とした分光器上流のコリメータミラーであることから、平面形状の母材(長さ1m、幅50mm、 厚さ50mm)をベンダーで子午線方向に湾曲して得られる円筒面形状を採用した。ミラーベンダーは、SPring-8標準のクランプ回転型湾曲機構である。ミラーには白色X線が入射するため最大200W程度の熱負荷がかかるため、母材に熱特性の優れたシリコン単結晶を使用し、さらに側面に間接冷却機構を取り付けた。本ビームラインでは高エネルギーX線の使用も特徴の一つであることから、実用的な視射角の下限である2mradにミラーを固定した。またミラーコーティング材には高エネルギー領域まで高い反射率を持つPtを使用した。これらにより、カットオフエネルギーが38keV付近に期待される設計となっている。ミラー視射角が固定であることから、ミラー以降のコンポーネントは上方に4mradの傾きで設置され、実験ハッチにも4mradの傾きで放射光が導入される。分光器としては、SPring-8偏向電磁石用標準型分光器を採用した。分光器の結晶には、フラックスをできるだけ損なわないように、水冷機構等の加工を最小限にした間接冷却結晶を使用した。分光器は真空中での結晶面の切り替え機能を有しているので、Si 111,311,511の中から結晶面を選択する事によりエネルギー分解能を短時間で変更可能である。以上の光学系により実験ハッチには、最大44mm(水平)×2mm(垂直)のX線ビームが入射される。 
 
 
 
図1 ビームライン概念図 
 

2-2.光学系の現状と問題点
 99年6月24日よりコミッショニングを開始し、ハッチの漏洩検査終了後、光学系調整を開始した。本ビームラインで得られたフラックス密度(1mm2 @試料位置、リングカレント100mAに規格化)及びエネルギー分解能のデータを図2、3にそれぞれ示す。フラックスはイオンチェンバー(応用光研S-1194B1)にArガスを流して測定した。また、エネルギー分解能は、実験ハッチ内の回折計に取り付けた分光結晶(Si 311)を用いて測定した。図中のパラメーターは、分光器の結晶とミラーのベント量(△▲;平行光、◇◆;ミラーにより適度に集光した状態)である。これらのデータからフラックスとエネルギー分解能は、相補的に選択可能であることがわかる。現在、パラメーターを選択して実験が行われている。分光器の結晶に間接冷却結晶を使用したため、結晶への熱負荷が心配であったが、コリメータミラーで熱負荷が低減される効果もあり、結晶は大きなダメージを受けていないことが確認されている。また、結晶への水配管が改良されたため、以前の流水時の振動による出射光の振動は観測されていない。 
 
 
 
図2 BL02B2のフラックス密度 
 
 
 
図3 BL02B2のエネルギー分解能 
 
 本ビームラインでは、高エネルギーX線の使用を目的として視射角2mradのPtコーティングミラーを採用した。しかしながら視射角固定のため積極的にカットオフエネルギーを調整できず、低エネルギーX線を利用したいユーザーにとって、高調波が問題となっている。現在使用しているミラーの反射率エネルギー依存性を図4に示す。図には、反射率のモデル計算も合わせて表示した。モデルは、Si基板の上にバインダーのCr層、その上にPt層が積層されたもので、Graded Index法によって計算した。モデルパラメーターは、PtのDensity Ratio d(バルクのPtとコーティング時の密度の比)、Ptのコーティングの厚さt、PtのRoughness(表面粗さ)σである。視射角は2.0mradとした。図中の計算値はそれぞれ以下のパラメーターで計算した①理想的なミラー d=100%、σ=10Å(ほぼ理想値)、t=500Å(仕様書の値)、②仕様の許容下限のミラー(他のミラーでの実績を基準)d=80%、σ=30Å、t=500Å。この図から、反射率の急激な低下(カットオフエネルギー)が24keVに、またコーティング表裏からの反射の干渉により反射率のエネルギー依存性プロファイルに凸凹が観測されていることがわかる。この結果は、このミラーコーティングのDensity Ratioが約40%であり、厚さが230Å程度であることを示している。モデル計算との比較から、現在使用しているミラーは、高エネルギー側において反射率が低くフラックスを損なっていることも明らかである。高調波の問題も合わせて解決するため、ミラー表面にPtとNiをミラーの幅方向に半分ずつコーティングすることを現在進めている。これにより、使用するエネルギーに伴ってPt(26keV以上)とNi(26keV以下)とを使い分け、高調波の問題を解決することが可能となる。 
 
 
 
図4 ミラーの反射率のエネルギー依存性

3.実験ステーションの概要
 実験ステーションにおいては、精密構造物性研究のための粉末回折計、大型デバイシェラーカメラが設置され、整備が進められている。この装置は、SPring-8放射光の高エネルギー・高平行性ビームといった特長を利用した、微量粉末結晶の室温及び高・低温における、透過型回折計である。透過法では、一般に試料のX線吸収をデータ解析において考慮する必要がある。しかしながら、本装置では高エネルギーX線の使用により、重元素を含む試料についても吸収の角度依存性が無視できる程度に小さい。また、粉末回折パターンのバックグランドの影響を複雑にするガラスキャピラリーからの散乱も、高エネルギーX線を用いる事により、無視できるほど弱くなり、プロファイル解析の精度を向上させる。高エネルギーX線を用いた粉末回折では、通常回折角が小さくなり、ブラグ反射ピークの重なりが激しくなるが、SPring-8ではビームの平行性が非常に高いため、半値幅が非常に狭くなり、ブラグ反射ピークの分離も極めて良好になる。検出器としてイメージングプレート(IP)を使用し、50×50µm角によって読み取りを行うことにより、半値幅の狭いブラグ反射を正確に読みとることが可能である。本装置では、上記の利点を生かした精度の高い迅速測定を様々な物質について行い、粉末試料の精密構造解析を行うことを目的としている。

3-1.大型デバイシェラーカメラ
 大型デバイシェラーカメラとその架台の正面図と側面図を図5に示す。2θ軸にカメラ半径278mmの湾曲型カメラを搭載し、ω軸のクロスゴニオに、キャピラリーに封入した試料を固定し、X線を露光し測定を行う。露光中はω軸を指定した角度範囲で遥動し、試料の粒度分布によるデバイリング上の回折X線強度の不均一を出来るだけなくす事ができるようになっている。図6に装置の写真を示した。試料の中心軸あわせは、カメラ下側に装着してあるCCDカメラを用いて、テレビモニター上のカーソルで行う。黒い扇形のスリット部分の裏側にIPを固定しセットする。スリット幅は10mmで200×400mmのIP上に重ねて露光できるようにIP固定部をモーターコントロールで動かす事ができるようになっている。図7にNISTの標準試料CeO2 のデバイシェラーパターンを10回露光したものを示してある。1枚のIPに最大20パターン露光する事が可能である。露光したIPは実験ハッチの外側にあるフジフィルム社製の読取装置BAS2500を用いて行う。読み取り分解能は50×50µm角と100×100µm角を読み取り時に選択する事が可能である。50×50µm角読み取りを行えば、IP上の1画素が0.01°となる。露光したデバイシェラーパターンは自作の1次元切り出しプログラムで1次元の粉末回折データにする事ができる。 
 
 
 
図5 大型デバイシェラーカメラの側面図及び正面図 
 
 
 
図6 大型デバイシェラーカメラ  
 
 
 
図7 IP上に記録された10本のCeO2 のデバイシェラーパターン
 
 本装置の評価テストとして標準試料を用いて測定した結果を図8に示す。NISTの強度標準試料であるCeO2 の粉末を直径0.1mmのガラスキャピラリーに充填し1時間露出したものである。入射X線の波長は0.5Åである。図8は220反射のプロファイル解析の結果である。半値幅は0.0289(2)°と、極めて角度分解能の高い回折プロファイルが得られていることが分かる。半値幅の2θ依存性を図9に示す。比較的角度依存性は小さい。図から分かるように、本装置では、2θで0度から80度近くまで測定可能であるが、回折強度は期待されたものに比べて、まだ、十分強いとは言い難い。今後、光学系の最適化と実験条件の調整により、測定強度の向上を目指す。今回得られた59本の反射(d=0.413Å)を用いたリートベルト解析結果はRI =2.8%と良好なものであった。その結果を図10に示す。 
 
 
 
図8 CeO2 の220のプロファイル 
 
 
 
図9 実験室系、PF、大型デバイシェラーカメラでの粉末回折図形の半値幅の回折角依存性 
 
 
 
図10 CeO2 のリートベルト解析の結果

3-2.低温・高温実験
 本装置では、構造物性の研究を粉末試料で行えるように、試料の低温、高温装置を装備している。高温装置は、高温ガス吹きつけタイプで800℃まで試料温度を上昇させることが可能である。図11に高温ガス吹きつけ実験中の様子を示す。図12にはIP上に記録されたBaTiO3 の温度変化の実験の結果を示す。高温でTetragonal相からCubic相へ構造相転移していく様子がわかる。また、低温装置についても、同じアタッチメントを使用して、窒素ガス吹きつけ装置を装着できるようにしてある。この場合は100K程度までは試料温度を下げる事が可能である。
 さらに、本装置は、ω軸を中空とし、低温用クライオスタットを、軸の中空部を通して搭載したまま使用できるようにしてある。クライオスタットを搭載したままω軸を遥動しながらデータが測定できるため、低温でも、試料の粒度分布による影響の少ない均一な強度分布のデバイリングを測定する事ができるようになっている。この低温装置では20Kまで試料の温度を下げる事が可能である。 
 
 
 
図11 高温ガス吹きつけ装置による高温粉末回折実験 
 
 
 
図12 BaTiO3 の粉末回折図形の温度変化

3-3.制御

 回折計のモーター駆動はステッピングモーターによりおこなわれ、SPring-8標準のモータードライバが接続されている。制御ソフトはLabVIEWにより製作されている。温度コントロールについては、現在のところ、マニュアル制御で行っている。

4.今後の予定
 本装置は、粉末構造解析ビームラインとして、精密構造物性SGの活動により、何とか供用開始には間に合わせる事ができたが、データ−精度の評価、低温、高温実験のための温度コントロールシステムの整備等の課題が残っている。これらを、随時整備していく予定である。
 最近このビームラインでの実験結果を基にした研究成果の報告が論文発表され始めている[1]。今後、さらに多くの研究成果が、このビームラインより生み出される事を望んでいる。


5.おわりに
 以上述べたように、本ビームラインの運転はまだ問題が残るもののほぼ順調に進み、多くの実験が進められている。ここに至るまでに、多くの方々のご協力をいただきましたので、この場を借りて感謝いたします。特に、ビームラインの仕様確定及び建設にご協力いただいた多くのSPring-8利用系スタッフの皆様、立ち上げの中心メンバーである西堀英治氏(名大・工)、久保田佳基氏(大阪女子大)、黒岩芳弘氏(岡山大・理)、坂田誠氏(名大・工)、池田 直氏(SPring-8)、名古屋大学工学部応用物理学科工作室のスタッフ、理学電機株式会社、BaTiO3 の試料を提供してくださった、秋重幸邦氏(島根大)ならびに、実験ステーション立ち上げの主体となった精密構造物性サブグループのメンバーの方々に深く感謝いたします。

[1]Y.Moritomo,Sh.Xu,A.Machida,T.Akimoto,E.Nishibori,M.Takata and M.Sakata : Phys.Rev.B Rapid Comm.(2000)in press.



高田 昌樹 TAKATA  Masaki
名古屋大学大学院 工学研究科
〒464-8603 名古屋市千種区不老町
TEL・FAX:052-789-4455 
e-mail:takata@nuap.nagoya-u.ac.jp
略歴:1987年 広島大学大学院 理学研究科博士課程後期修了
1987年 名古屋大学工学部助手
1997年 島根大学総合理工学部助教授
1999年 名古屋大学大学院 工学研究科助教授


山片 正明 YAMAKATA  Masaaki
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン部門 光学系グループ
〒679-5198 
兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-1843 
FAX:0791-58-0831
e-mail:yamakata@spring8.or.jp
略歴:平成8年 東京大学大学院 理学系研究科鉱物学専攻博士課程修了。同年日本原子力研究所入所。高圧力実験及びビームライン建設に従事。平成10年(財)高輝度光科学研究センター入所、現在にいたる。日本高圧力学会・日本結晶学会会員。



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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