Volume 04, No.6 Pages 42 - 45
4. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
高エネルギーXAFSによる硬質磁性材料Sm2Fe17Nxの研究
Study of Hard Magnetic Materials Sm2Fe17Nx by High Energy XAFS
静岡理工科大学 物質科学科 Department of Materials Science, Shizuoka Institute of Science and Technology
- Abstract
- High energy XAFS studies of Sm : K-edge in Sm2Fe17Nx with x=0.0, 0.5, 1.07, 1.55, 1.85, 2.04 and 3.0 were carried out at room temperature. In the XANES region, we firstly found the change of the shape near the absorption edge jump. It was considered that this change was due to the change of the Sm electron state by nitriding. In the results of the Fourier transformation of the XAFS oscillations, it was supposed that the local structure of Sm atom also changed by nitriding.
1.はじめに
Sm2Fe17N3は、1990年にCoeyとSun[1]により磁気特性が報告された比較的新しい硬質磁性材料である。希土類元素であるSmと鉄の合金に、第三成分としての窒素原子を導入した化合物であり、この化学組成からNd-Fe-B系と類似のように思われる。事実、Sm2Fe17N3の飽和磁化はMs=1.54Tであり、Nd2Fe14BのMs=1.60Tとほぼ同じ値である。一方、Nd2Fe14Bのキュリー温度はTc=588Kであるのに対し、Sm2Fe17N3はTc=752Kと高温側に存在すること、一軸性磁気異方性がSm2Fe17N3ではμ0Ha=26Tと、Nd2Fe14Bのμ0Ha=7Tに比べて三倍以上であることから、Nd2Fe14Bに変わる新しい磁石材料として工業的にも注目されている。
Sm2Fe17Nx(0≤x≤3)の磁気特性は、第三成分である窒素原子の導入量に依存し、格子定数、単位格子の体積、キュリー温度及び窒素原子の導入量xの間にほぼ線形の比例関係が存在することが、最近明らかになった[2]。このことより、窒素原子の導入が結晶格子を膨張させ、Fe-Fe間距離を広げることにより磁気モーメントを増加させ、さらには状態密度の低エネルギー部分に窒素原子の2p電子による新たなバンドを導入させ、フェルミレベル付近のバンド構造を大きく変えることで、磁化及びキュリー温度を向上させると考えられている[3]。一方Sm原子に対しては、窒素原子の導入が4f電子の結晶場を面内の異方性から一軸の異方性へと、異方性を向上さすように働くとされている。
結晶構造に関しては中性子線回折により、窒素導入していないNd2Fe17が粉末法により行われている[3]。また窒素導入したものに関しては、X線粉末法による構造解析が行われている[4]。その結果、Sm2Fe17Nxは、Th2Zn17構造(菱面体晶系:空間群 m)であり、N原子は9eサイトに存在することを明らかにしている。しかし、窒素導入した中間相を含むSm2Fe17Nx(0≤x≤3)化合物に関する構造解析はいまだ行われていない。
一方、窒素原子の導入により、単位格子の体積はおよそ7%増加しているにもかかわらず、Fe-Fe間距離に関して上記の結晶構造モデルから計算すると、窒素原子導入前後で距離が延びるものもあるが、逆に窒素原子に押されて短くなるものもあり、ほとんどのサイトで距離的に変化していない可能性が示唆されている。
EXAFSによる局所構造に関する研究は、FeのK吸収端及びSmのL2,L3吸収端で行われている[5]。その結果、SmのL3吸収端のXANESスペクトルでは、Sm原子の電子状態に関しての窒素原子導入による変化は観測されていない。一方、Fe原子に関しては、窒素原子の導入により電子状態はα-FeとSm2Fe17の中間状態を取っており、いくらかの電荷移動がFe原子とN原子の間に起こっていることが報告されている。また、SmのL3吸収端のEXAFS解析より、N原子は9eサイトに存在すると報告している。しかしながら、粉末X線構造解析の結果から計算したところ、Sm原子に近接する3つのサイト(18f、6c、18h)に存在するFe原子とのSm-Fe原子間距離の差は0.02Å以内であり、上記3つの吸収端が数百eV以内に存在していることを考慮すると、解析は非常に困難と思われる。
一方、Sm:K吸収端(46.834keV)を利用した高エネルギーXAFSの場合、この化合物では残りの元素がFe原子とN原子であるため、吸収端の邪魔をする元素がほかに存在しない。従来のL吸収端でのXAFS測定では、精密な解析に耐える透過法の良質なスペクトルを得る為には、膜厚の薄い均一な試料を準備することが困難な場合が多かった。高エネルギー領域では、X線の透過能が大きく、比較的厚い試料でよいので均一な試料の準備が非常に楽である。今回も、試料厚みは0.25mmであった為、測定試料準備が非常に容易であった。もちろん、内殻空孔の励起寿命の効果によりXAFSシグナルが鈍ってしまう恐れは十分考えられるが、高エネルギーXAFSにはそれを補うに十分な魅力があると思われる。幸い、SPring-8ではBL01B1が早くからXAFS専用の共同利用ビームラインとして立ち上がっており、このビームラインでは50keV付近の高エネルギーX線が定常的に使用できる。そこで、Sm:K吸収端(46.834keV)を利用した高エネルギーXAFSにより、窒素導入によるSm原子周りの局所構造の解析を中間相を含むSm2Fe17Nx(0≤x≤3)で行い、磁気特性に及ぼす窒素原子の効果を明らかにすることとした。
2.実験
測定した試料は窒素濃度x=0.0、0.5、1.07、1.55、1.85、2.04、3.0の7種類である。これらの試料は、静岡理工科大学・小林久理真研究室より頂いた。窒素濃度xの値は、窒化処理の前後での試料の質量差より求めた値である。粉末X線回折による予備測定の結果、x=0.0と3.0の試料に対し、残りのx=0.5、1.07、1.55、1.85、2.04の試料は若干結晶性が良くなかった。
測定は、SPring-8のBL01B1で室温透過法にて行った。試料の厚みは0.25mmであり、試料が非常にサラサラしている為、バインダーとしてBNを混ぜ、プレス機で錠剤状にした。モノクロはSi(511)を使用した。用いたイオンチャンバーの長さ及び検出ガスは、I0:17cm、Ar(50%)+Kr(50%)、I:31cm、Kr(100%)である。
3.結果と考察
得られたスペクトルをFig. 1に示す。図では見やすくする為、若干横軸をずらしている。高エネルギーX線領域による内殻励起寿命を反映して、立ち上がりがダラダラしているが全ての試料で良好なスペクトルが測定できた。Fig. 2にはx=3.0のXAFSシグナルを示しておいた。波数k=14Å−1まで、明瞭なXAFSシグナルが現れていることが分かる。なお、窒素原子の導入によるケミカルシフトは、今回の分解能の範囲では観測されなかった。最近、江村ら[6]はセレニウム化合物のK吸収端付近のX線吸収スペクトルのエネルギー微分値を取ることにより、化合物(酸素、窒素、炭素)の違いによる明確なケミカルシフトを観測している。我々も、Fig. 1の吸収端付近のエネルギー微分値を求めたが、窒素の導入量に対しまったく変化が認められなかった。このことは、Sm2Fe17Nx(0≤x≤3)化合物においては、窒素原子の導入によりSmイオンに荷数の変動は起こらないか、もしくは非常にわずかな変化であり、少なくとも1電子単位ではないことを示唆している。
Fig.1 Observed XAFS spectra of Sm2Fe17Nx (x=0.0, 0.5, 1.07, 1.55, 1.85, 2.04, 3.0). Origin of each spectra was shifted.
Fig.2 XAFS oscillation χ(k) of Sm2Fe17N3
次に、XANESスペクトルの立ち上がり近傍の拡大図をFig. 3にて示す。窒素を導入していないx=0の試料では、図中の矢印で示すあたりに明瞭な構造が現れている。この構造は、窒素原子の導入量の増加とともに変化していることが分かる。x=0で見られるこの構造は、1sから6pへの遷移に対応していることが、Capehartら[5]のFe:K吸収端のXANESスペクトルの結果から類推される。従って導入された窒素原子はSm原子に対し、やはり影響を与えていたことが明らかになった。このことは、L吸収端では観測されておらず、今回のSm:K吸収端の高エネルギーXAFSで初めて明らかになったことである。
Fig.3 Extensions of the absorption edge jump. The structure indicated by arrow changes by nitriding.
最後に、今回測定したXAFSスペクトルをフーリエ変換したものをFig. 4に示す。点線で示したピークがFe原子に対応していると思われる。位相補正を行っていない為、横軸の値は実際の値から大きくずれているが、Fe原子と思われる第1ピークの位置が、x=3.0で若干伸びている以外は、ほとんど窒素の導入量に依存していないように見える。このことは、はじめに述べた結晶構造からの計算と一致しているように思える。しかし、XAFSスペクトルを抽出して比べてみると、XAFSスペクトルの振動周期が僅かずつではあるが、窒素の導入量の増加とともに短くなっていることが確認され、格子が僅かながら膨張していると考えられる。むしろ、Fig. 4で第1ピークの内側が、窒素の導入量の増加とともに膨らんできていることが、Sm原子周りの局所構造を複雑なものにしていると考えられるが、具体的にどのような構造変化を反映しているのかは、現時点では分かっていない。少なくともSm原子周りの3つのサイト(18f、6c、18h)のFe原子との距離が、窒素の導入により変化していることが想像されるのみである。
Fig.4 Fourier transfers of XAFS oscillation of Sm2Fe17Nx (x=0.0, 0.5, 1.07, 1.55, 1.85, 2.04, 3.0).
高エネルギーXAFSの解析には、西畑が述べているように[7]、内殻励起寿命やエネルギーの原点であるE0の決定方法(現時点では単純に吸収端の変曲点としているが)等の問題があり、現在試行錯誤中である。一方、低温実験は温度因子の寄与を大きく減少させることが出来る為、内殻励起寿命の問題もかなり軽減されそうであることが、西畑[8]により報告されており、我々は12月に低温での測定を予定している。
4.まとめ
今回、我々が行ったSm2Fe17Nx(0≤x≤3)のSm:K吸収端での高エネルギーXAFSの結果について紹介した。やはり、Sm2Fe17Nx(0≤x≤3)化合物は窒素の導入によりSm原子の電子状態もFe原子同様影響されることが確認できた。希土類元素のXAFS測定は、今までL吸収端を使って行われてきたが、SPring-8等の第三世代の大型放射光施設においてはK吸収端を使った高エネルギーXAFSによる測定が比較的容易に行える。L吸収端での測定に比べて、K吸収端では試料準備が比較的容易であること、試料周りに関しても低エネルギー程気を使わなくてよい事、そしてやはりK吸収端でなくては見えないものがあること等、利点は多く今後増加するものと思われる。
本研究は、静岡理工科大学の小林久利真、横山克巳、大村正志、関西学院大学理学部の寺内暉、八木健一郎、JASRIの西畑保雄らとの共同研究である。また、本研究は課題番号1998A0217-NX-np及び1999A0300-CX-npで行ったものである。
参考文献
[1]J. M. D. Coey and H. Sun : J. Magn. Magn. Mat., 87, L251(1990)
[2]K. Kobayashi : Proc. 13th Int. Workshop on RE Magnets and their Applications P.717
[3]S. S. Jaswal, W. B. Yelon, G. C. Hadjipanayis, Y. Z. Wang and D. J. Sellmyer : Phys. Rev. Lett. 67, 644(1991)
[4]C. J. Yang , W. Y. Lee and H. S. Shin : J. Appl. Phys. 74, 6824(1993)
[5] T. W. Capehart, R. K. Mishra and F. E. Pinkerton : Appl. Phys. Lett., 58, 1395(1991)
[6]中川 貴、北氏義康、山本孝夫、桂 正弘、江村修一:第2回XAFS討論会 2P09(1999)
[7]西畑保雄:放射光学会誌 第11巻 38(1998)
[8]Y. Nishihata, S. Emura, H. Maeda, Y. Kubozono, T. Tanaka, I. Watanabe, M. Takahashi, H. Kimura, J. Mizuki, T. Emoto, T. Uruga and H. Kasatani : SPring-8 User Experiment Report No2,(1998A)9(1999)
笠谷 祐史 KASATANI Hirofumi
静岡理工科大学 物質科学科
〒437-8555 静岡県袋井市豊沢2200-2
TEL:0538-45-0111(内線472) FAX:0538-45-0110
e-mail:kasatani@ms.sist.ac.jp
略歴:1989年 広島大学大学院 理学研究科博士課程後期 修了
1995年 静岡理工科大学 物質科学科 講師