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Volume 04, No.6 Pages 4 - 16

1. ハイライト/HIGHLIGHT

理研ビームラインの現状
Present Status of RIKEN Beamlines

石川 哲也 ISHIKAWA Tetsuya

理化学研究所 播磨研究所 X線干渉光学研究室 Coherent X-ray Optics Laboratory, Harima Institute,RIKEN

Abstract
Four beamlines completed, and to be completed by RIKEN are introduced in terms of their characteristics, accomplishment, and future perspective. Status of two biostructural beamlines (BL45XU and BL44B2) are for user operation. Physics beamline I (BL29XU) started commissioning, but to be extended as a 1 km beamline by the end of FY 1999. Physics beamline II (BL19XU) will be completed as the first long undulator beamline in SPring-8 in autumn 2000.
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1.はじめに
 理化学研究所は2本の構造生物学研究用ビームライン(BL44B2, BL45XU)と1本の物理科学研究用ビームライン(BL29XU)を完成させて理研独自研究に用いるとともに、広く放射光利用技術開発をも行って、他ビームラインに波及させる役割も担っている。平成10年度には、SPring-8の最大の特徴の1つである30mアンジュレータビームライン(BL19XU)を理研物理科学研究用ビームライン2として建設に着手するとともに、物理科学ビームライン1(BL29XU)の1km化も開始された。これらのビームラインの多くは、既に建設状況報告等を本誌上で行っているので、本稿では各ビームラインの特徴を簡潔にまとめ、また現在までの利用研究成果、今後の展開に関して概観する。但し、BL19XU に関しては今まで纏まった報告をしていないので、ここで建設状況を含めて記述したい。
 本稿は、各担当者によって準備された原稿を、石川の責任で「繋ぎ合せた」ものであり、この結果生じた表現等の不統一があるがお許しいただきたい。

2.構造生物学研究用ビームラインの現状
2-1.BL45XU蛋白質結晶解析ブランチ[1]
2-1-1.特徴

 BL45XU[2-4]はタンデムアンジュレータ[5]からの光をビームスプリッタとしてのダイヤモンド分光器[6,7]を用いて分岐して2つのステーションで同時使用するビームラインである。蛋白質結晶解析ブランチはビームスプリッタの透過成分をトリクロメータに導入し、さらに3波長同時分光を行う「トリクロマティックコンセプト」に基づくデザインを採用した。これは、蛋白質などの巨大分子結晶に対する多波長異常分散(MAD)法[8,9]に最適化するために考案したものである。MAD法は、原子の異常散乱効果が結晶からの回折強度に影響を与えることから、その強度差に基づいて部分構造情報を引き出すことができることを応用した位相問題の解決法である。この方法によって解析を自動化できる大きな利点があるが、その強度差は相対的に小さいうえ、波長に依存するため、波長を最適化して強度差を大きくしたり、できるだけ系統誤差を抑えるような実験上の工夫が必要になる。
 トリクロメーターはダイヤモンド透過型の二結晶モノクロメーターを3つ連ねたもので、それぞれの二結晶間にビームチョッパと呼ぶ回転式シャッタを持っている。シャッタの回転によって出射光の入切を任意の組み合わせで迅速に行うことができる。このため、格子長が比較的小さい結晶については二波長を同時に入射してデータ収集することもできる。
 データ収集は現在R-AXIS 4を検出器とした振動写真法によって行っている。放射線損傷による結晶劣化などの系統誤差を抑えるため、ビームチョッパで波長を切替えながら同一振動角でのイメージ収集を連続して行えるようにした。データの冗長度を高めたいときにMAD法ではしばしば用いられるインバースビームジオメトリにも対応し、露光毎に分光器のチューニングを行って、入射強度を最適化している。
 また、データ収集中のリング電流値や入射X線強度がロギングできるようにして、フィードバックをかけやすいようにした。これらの機能は、検出器に付属の制御ソフトウェアに独自に手を加えることによって実現している。最適な測定波長の決定は、分光器とシリコン系の検出器を用いて試料の蛍光X線測定を行って、吸収端近傍の異常分散効果を見積ることにより行っている。
 平成9年夏の試験調整運転以降現在までに、光学系の安定動作やデータ収集系の整備などを進めてきた[10]。中でも特に、リング蓄積電流値の向上や、より高輝度な光をという要求などに対応して、分光結晶まわりの改良を行っている。より吸収の少ない薄いダイヤモンド結晶の導入や、それを歪ませずに保持するための結晶ホルダーの改良を行っている。今夏の運転停止期間中には、シャッタ−スリット系の改良によりシャッタ動作速度の改善ならびに光軸調整作業の簡素化を行ったほか、制御計算機をPCとしてLinuxに統一し今後の新規デバイスの導入更新をより容易にした。

2-1-2.成果
 本ステーションでの結晶構造解析のためのデータ収集は平成9年冬から開始し、これまでに、表1のような試料について主としてMAD法による解析が行われている[11]。ここではある亜鉛蛋白質を例として取り上げ、その解析手順について述べる。 
 
表1 解析の進度状況 
 
 
 
 分子量13kDaのサブユニット4つとそれぞれに結合した4つの亜鉛原子からなる本蛋白質の結晶はP212121の空間群に属し、格子定数はa=54.7、b=69.3、c=144.7Åである。この結晶にMPDを抗凍結剤として浸漬導入して、低温窒素ガス吹き付けにより100Kに保持した状態で、データ収集を行った。測定波長の決定は、まず、検出器からの信号をマルチチャンネルアナライザーで分析し、対象原子からの蛍光線のエネルギーを確認して、必要なウインドウを設定する。次に、分光器のエネルギースキャンを行いながら、試料からの蛍光X線量を測定し、図1のようなプロファイルを得た。これは2つの異常分散項f', f''のうち後者に相当し、最大のところでデータセット内の異常分散効果が最大になる。さらに、変化率が最大になるところでf'項が最小になるので、これらと離れた適当な波長との差Δf'が最大になるように波長を選択した。 
 
 
 
図1 蛍光X線スペクトルの例 
An expample of fluorescence XAFS from protein samples
 
 データ収集は表2のような条件で行った。データ精度を向上させるためインバースビームジオメトリを使った。3つのデータセットをそれぞれ処理し、異常分散差パターソン図を描画した結果4つの異常散乱子サイトが確認された。これは直接法によっても認められた。この情報をもとに各反射の位相を計算し、精密化を行った。電子密度図は容易に主鎖を辿ることができるものだったが、4量体間の222対称に基づく電子密度平均化操作によって、さらにアミノ酸側鎖構造も明瞭になった。これをもとに分子モデル構築を行い、分子動力学的手法を援用したモデル精密化を行い、現在分解能1.7Åにおける結晶学的信頼度因子R=20.2%を得ている。分子モデルを図2に示した。現在はこの蛋白質の基質複合体の構造解析もほぼ終了し、分子認識に関しての検討を行っているところである。
 
 
表2 データ収集  
 
 
 
 
 
図2 得られた分子モデル
An example analyzed molecular models 
 
2-1-3.今後の展開
 イメージングプレート(IP)をベースとした市販の二次元検出器は、読みだしにかかる時間が露光時間に対して長く、高輝度な放射光の利点を充分に生かしきっていなかった。開発中の高速読みだしIP検出器と多素子CCD検出器とによる、迅速データ収集系の確立に向けて現在準備を進めている。
 今後は、ビームラインの高度化に関しては構造生物物理研究室が引続き行い、利用支援については段階的に研究技術開発室に運用を移行していくことになる。

2-2.BL45XU小角ブランチ
 筋収縮に代表される生体物質間の相互作用は非常に弱い力から成り立っている。その物理化学的性質と構造とは溶液中において温度、イオン強度、圧力などの摂動を加えることにより明らかになる。本ビームラインは生体物質の溶液散乱を中心にして筋繊維や筋蛋白質配向ゾルからの繊維回折像を取り扱っている。ESRFのID2に代表される第3世代の挿入光源小角散乱ビームラインはほとんどがトロイダルミラー1枚のみの集光になっているが、本ビームラインは2枚のミラーをK−B配置に配置し挿入光源の平行性とあいまってより理想的な光学系を目指している[12,13]
 1011 photons/sec以上の光量に対しては通常の一次元位置判別型検出器(PSPC)では飽和してしまう。しかし、大光量に耐えうるイメージングプレートやCCDでは回折像では実績があっても溶液散乱のような構造がなく、高い定量性が要求される応用ではほとんど使用されることがなかった。そこで、イメージインテンシファイアー+CCD検出器を用いさまざまな散乱について検出器の特性が小角散乱の解析結果にどのように影響するかを調べ、定量測定のプロトコルを確立した[14]。その結果、挿入光源のビームサイズの小ささ、強度もあいまって約70μlの容量で分子量18kDaの蛋白質が0.2mg/mlの濃度で測定できるようになった。これは光散乱でも計測するのが難しい低濃度である。磯貝らは人工蛋白分子の設計評価に本ビームラインを使用した[15]。また、藤沢らはストップドフローミキシング装置を用いた時分割測定のシステムの開発に取り組んでおり、蛋白質折れ畳みの現象を約9m秒きざみで時分割測定するのに成功している。これらの測定は従来S/Nが悪く見えなかった蛋白質折れ畳み現象の大きさの変化を明確にし、中間状態の数、時定数などから重要な知見が得られた[16, 17]。X線回折でも時分割測定は行われており、岡らは紫膜反応中間体のM型からN型への構造転移がどのヘリックスの変化によるものかを明らかにした[18]。岩本らは筋繊維中のアクチンにS1を化学架橋したミオシンS1のヌクレオチド結合に伴う構造変化のX線解析を行った[19]。本ビームラインは現在カメラ長が2.2mしかないがそれでも最小小角分解能は150nm程度あり、日本で唯一1Åの波長で100nm以上を計測できるビームラインである。麻生らとの共同研究ではピルビン脱水素酵素複合体という分子量1.5MDaの超分子複合体の塩強度による構造変化を調べた[20]。畠山らとの共同研究では糖膜蛋白質で膜にチャンネルを形成するCEL−3蛋白質の結合糖特異性が末端ガラクトースの結合様式に影響を与えることがわかった。内藤らとの共同研究ではbicelleと呼ばれる膜蛋白質NMRに良く使われるディスク状脂質の構造物性について調べ、低濃度の脂質でもスタックすることがわかった[21]
 時分割測定ではfluxがあってもビームが不安定では良いデータが取れない。現在ミラーの集光部の安定性を高める努力を山本が中心となって計画中である。BL40B2、BL40XUと小角散乱を測定できるビームラインが増えて行く中で、世界的に見て短い本ビームラインのカメラ長を伸ばしていく努力が期待される。
 検出器に関しては東工大、JASRIとの共同研究でマイクロストリップ型X線検出器を開発しており、一様性を大きく向上させることに成功し溶液散乱への応用が現実のものとなりつつある[22]
 試料セルに関しては本ビームラインの大きな柱となる高圧下でのX線小角散乱測定を進めるために高圧ジャンプ装置と高圧ストップドフロー装置を開発中であり、耐圧試験はいずれもクリアーしており実用に向け細かいつめを行っている。本ビームラインをサポートする形で平成11年度より科学技術振興調整費総合研究「筋肉アクチン・フィラメントの構造と動態:筋収縮と調整の研究」プロジェクトが走り出しており、今後筋肉調節蛋白質を中心とした研究が行われるであろう。

2-3.BL44B2
 理研ビームライン2(BL44B2)は平成7年の設計開始、平成8年の建設開始を経て、平成10年2月からコミッショニングを開始し、同年4月からユーザー供用を開始した。ビームラインの仕様の詳細については本誌での紹介[12,13]、およびビームラインWWWページ[25]を参考にしていただくことにして、ここでは供用開始後にビームラインで行われているサイエンスに重点を置いて述べる。本ビームラインは偏向電磁石を光源としており、挿入光源に比べてビーム輝度において劣るものの、広いエネルギー範囲のX線を手軽に利用できるという特長を生かして、蛋白質結晶の単色X線回折測定、白色X線回折測定、および、生体希薄試料の蛍光XAFS測定を3つの柱とした実験課題が進行している。以下にそれぞれの実験成果について述べる。

2-3-1.蛋白質結晶のX線回折実験
 X線回折実験ハッチでは、主に蛋白質結晶を試料とした構造解析実験が行われている。単色X線を利用した通常の構造解析実験がX線回折実験のほぼ半分を占めるが、これ以外にビームラインの特質を生かした実験として、分解能1Å程度の高分解能実験、および結晶内で反応中間体構造を捉える実験(白色ラウエ実験を含む)があり、それぞれについて興味深い実験結果が得られている。また、実験装置上の改良として、X線回折実験ハッチに平成11年6月より米国MARUSA社のX線二次元CCD検出器が導入された。従来のイメージングプレート検出器に比べ、ダイナミックレンジ(IP:20bit、CCD:16bit)、受光面積(IP:300mm×300mm, CCD:φ165mm)において劣るものの、イメージ1枚あたりの読み出し速度が大幅に高速化(IP:4分、CCD:3秒)されたことにより、X線露光実験のduty比が格段に向上した。これにより、上記の実験において、単位時間あたりに得られるデータセット数がほぼ10倍に増加している。

2-3-2.通常の蛋白質X線結晶構造解析実験
 通常の構造解析実験には、構造未知の蛋白質の結晶から出発して結晶構造を解く場合と、すでに類似構造が解かれている蛋白質について、類似構造を元に構造解析を行う場合の2種類がある。当然、構造未知蛋白質の構造解析のほうが、より労力を必要とする。構造未知の蛋白質構造を解く場合には、重原子多重同型置換法または多波長異常分散法が用いられるが、どちらの方法においても結晶中に含まれる原子の異常分散効果を利用するので、ビームラインに対しては、異常分散項を最適化するために入射X線のエネルギー可変性が要求される。BL44B2では固定出射型二結晶分光器と白金コートしたベント−シリンダーミラーの組み合わせにより、6〜25keVのエネルギー範囲で試料位置に約0.2mm×0.2mmに集光したX線を供給することができる。酸素センサー情報伝達蛋白質FixLのセンサードメインの構造解析例(宮武 他)では、この結晶に含まれる鉄原子のK吸収端(7.15keV)のX線を利用して構造解析が行われた。この研究により、この蛋白質分子がとっている二量体構造がはじめて明らかにされた。これ以外にも以下にあげるように、異常散乱原子を利用した構造解析研究や、類似構造を利用した分子置換法による構造解析が行われている。 
 
試 料 名                                実 験 者
酸素センサー蛋白質                    宮武 他(播磨理研)
光合成系2蛋白質                        沈  他(播磨理研)
Enoyl-CoA Hydratase               久野 他(和光理研)
カルシウムATPase                      豊島 他(東大)
アミノアシルtRNA合成酵素        Vassylyev 他(播磨理研) 
 
2-3-3.高分解能解析
 従来2Å程度の分解能で構造解析されることの多かった蛋白質の構造解析も、放射光の利用による測定精度の向上や、さらなる微細構造を明らかにする要求とあいまって、1.0Å程度で構造解析が行われることも珍しくなくなってきた。特に蛋白質分子内での構造多形や、活性部位における水素原子の位置が、蛋白質機能と関連して本質的な役割を果たす場合には、構造解析を高分解能で行うことが必須となっている。高分解能構造解析を行うためには、強度の高い短波長X線を利用できることが必要条件であるが、これは第3世代放射光源のもっとも得意とするところである。BL44B2では、波長0.5Åまでの集光したX線を利用して0.65Å分解能までのデータ収集が可能である。これまでに以下に示すような構造解析がなされ、蛋白質結晶の異方性温度因子の精密化や水素原子位置の同定が行われている。 
 
試  料  名                      分解能                実  験  者
一酸化窒素還元酵素             1.0Å                  清水 他(播磨理研)
ヘモグロビン                          1.2Å                   朴  他(播磨理研)
FAD結合蛋白質                     0.9Å                  森本 他(姫工大)
キチナーゼA1                       1.1Å                 野中 他(長岡技科大)
レクチン                              1.04Å                野中 他(長岡技科大) 
    
2-3-4.反応中間体構造解析
 蛋白質分子がつかさどる酵素反応のメカニズムを知るためには、蛋白質が休止状態にある構造を知るだけでは不充分である。そこで、結晶中で蛋白質の反応が起こる条件を人為的に作り出して、その反応の中間段階での構造解析をすることができれば、さらに酵素反応のメカニズムに近づくことができる。このような蛋白質結晶中での反応中間体構造解析は、近年いくつかの系で行われているものの、いかに反応の開始を制御をするかという部分に多くの試行錯誤を必要とするために、あまり一般的な方法とはなっていない。BL44B2では、ビームラインとして反応中間体構造解析のノウハウを蓄積し、一般的に実行可能な実験にするための方法の開発を行っている。反応中間体解析の方法としては大きく分けて、1.温度を下げることなどにより反応中間体をトラップする、2.白色ラウエ法などで実時間の構造変化を追跡する、の2つの方法がある。これまでに1の方法で、バクテリオロドプシンのM中間体を低温トラップし、M中間体の構造解析に成功している(神山 他)。このM中間体構造においては、基底状態の構造との間に明瞭かつ特徴的な差が見られている。2の方法は1の方法よりさらに技術的な困難が伴うので、まず1の方法で条件を押さえた後に、2の方法を試みるのが一般的である。2の方法については、一酸化炭素結合型ヘモグロビン結晶を用いて、ナノ秒パルスレーザー(YAG励起色素レーザー)とサブミリ秒パルス白色X線を同期させた時間分割ラウエ実験を行っている(森本 他)。また、蛋白質結晶ではないが、蛋白質1分子に金クラスターなどの微小結晶を特異的に結合させ、蛋白質分子の動きを微小結晶からのラウエ回折の動きによって捉えるという実験も行われている(佐々木 他)。 
 
試 料 名                                測 定 対 象                 実 験 者
バクテリオロドプシン                  M中間体                    神山 他(名古屋大)
ヘモグロビン−CO                        CO光解離中間体         森本 他(阪大)
ルシフェラーゼ                             発光反応中間体           中津 他(京大)
ミオシン、ATPase等                   X線1分子計測            佐々木 他(JASRI) 
 
2-3-5.生体希薄試料の蛍光XAFS実験
 当初のビームライン計画では、生体希薄試料の蛍光XAFS実験ユーザーも想定し、19素子SSDを検出器として、6〜30keVの範囲で蛍光XAFS測定が可能になっており、鉄およびマンガンの吸収端での蛍光EXAFS実験がすでに行われている。しかしながら、現状のユーザーのほとんど大部分は蛋白質結晶構造解析のユーザーであり、蛍光XAFS実験が行われるのは全ビームタイムの5%以下となっている。現状では、われわれの蛍光XAFS実験の試料サイズ(5mm×5mm)は、回折実験用の蛋白質結晶(0.2mm×0.2mm以下)に比べて非常に大きいので、蛍光XAFS実験では入射光子密度よりも入射光子数がより重要となり、ビームサイズが小さいメリットが生かされていないという問題がある。SPring-8の特徴を生かした蛍光XAFS実験を行うためには、より高い入射光子数が得られるアンジュレータのギャップスキャンと組み合わせた蛍光XAFS測定が有効であろうと考えている。
 
試   料   名                              実 験 者
一酸化窒素還元酵素 他                城  他(播磨理研)
光合成系2蛋白質                          小野 他(仙台理研)
 
2-3-6.今後の展開
 これまでのビームラインの立ち上げおよびユーザーランは順調に進行しており、また平成11年6月のX線二次元CCD検出器の導入をもって、第1期のビームライン機器整備はほぼ終了した。第2期には実時間構造変化測定のための機器整備、二結晶分光器のグレードアップ等を計画しているが、第1期が終わった現在は、まず現状の機器を利用して実験結果を出すことに力を注ぐべきであろう。通常の構造解析はもちろんであるが、BL44B2の特徴をいかした高分解能、反応中間体の構造解析がより多く進むことが望まれる。これら2つの実験は現状では別々のテーマとして進行しているが、反応中間体構造から反応機構を推定する際には、当然、より高分解能の測定によって求められた構造をもとに議論を進めるべきである。今後、これら2つのテーマを融合させた高分解能反応中間体構造解析がすすめば、よりインパクトのある実験成果が期待できる。

2-4.理研構造生物学研究用ビームラインの運用
 播磨理研の研究技術開発室は平成10年4月に設置された。これは理研ビームラインの運用、ユーザー対応とメンテナンス(平成11年度よりJASRIに委託された項目を除く)、利用研究をさらに発展させるための技術開発などを目標としている。さて前項で述べたように、構造生物学研究用の理研ビームライン2本(BL45XUとBL44B2)では、既にその建設が完了し活発な利用研究が展開されている。特に、蛋白質結晶解析のための利用はユーザー数が多く、密度の濃いユーザー対応を必要とする。この点を考慮し研究技術開発室では、これまでに蛋白質結晶解析関連のユーザー対応担当者を両ビームラインに配置し、それぞれの建設担当研究室との協力の下でビームラインの運用を行っている。なおBL45XUの小角散乱ブランチについては、その運用への参加は今後の課題である。
 蛋白質結晶解析関連の基本的な運用方針は、ビームラインの高度化と利用研究の共存である。当面は、利用可能なビームタイムの30%を高度化枠として確保し、建設担当研究室にその運用を一任している。この枠ではビームラインの光学系や実験機器、解析ソフトウエアなどの高度化と平行して、各要素の高度化が進む度に、具体的な蛋白質結晶試料を用いてシステム全体の評価実験が行われている。
 研究技術開発室では、夏期の長期シャットダウンを除いて1年のマシンタイムを3四半期(ほぼ4月〜6月、10月〜12月、1月〜3月)に分け、ほぼ3ヶ月周期でビームタイムの割り振りを行っている。このように短い周期で利用スケジュールを立案するのは、蛋白質結晶解析におけるビームライン利用の特殊性のためである。蛋白質結晶解析では回折強度測定から直接的に得られる統計的パラメータではなく、測定データに基づいて計算した電子密度図の質によって実験の成否が判断される。通常はこの電子密度図の検討にかなりの時間を要するため、一連のビームタイムの中は測定データの評価に基づくフィードバックをかけ難いことが多い。ビームタイム後数週間経過した後に実験が不十分であったと判明した場合には、可能な限り早期に再測定を行えることがビームライン利用効率の向上に欠かせない。
 高度化枠を除いた利用枠70%の中には、上記と同様の趣旨から、保留枠として14%を確保し、再測定への早期対応を可能にしている。この保留枠により、配分されたビームタイムで完結できなかった測定の延長や、突然結晶化に成功した場合の利用要求にも対応できる。研究技術開発室では残る56%(JASRI共用へ20%を供出しているBL44B2では36%)に対して、ユーザーからの利用希望を集計し利用スケジュールを立案している。ただしこのスケジュールでは、各ビームタイムで測定すべき蛋白質試料の特定は行っていない。蛋白質の結晶化には現在でも不確定要素が多く、ビームタイムに合わせて最良の試料を調製できるとは限らない。一方、構造生物学の研究者は通常複数の研究対象を設定し、結晶化を平行して進めていることが多い。割り振られたビームタイムに対して、その時点でもっとも回折強度測定に適したものを試料として選ぶことで、ビームラインの利用効率を高く維持できると考えている。
 蛋白質結晶解析は言うまでもなく現在隆盛を極める構造生物学の基礎である。このため理研ビームラインの利用要求は拡大の一途をたどっているが、新しく蛋白質結晶解析に挑戦するユーザーには経験者による適切な助言が不可欠である。この点でユーザー対応担当者の果たすべき役割が重要となる。研究技術開発室では各担当者に数人のメンバーからなるチームを構成させ、特定の構造生物学研究を進めるとともに、そこで蓄積したノウハウをユーザーに技術指導する体制を整えたいと考えているが、現状では十分なマンパワーを確保するに至っていない。この点を補う意図を込めて、研究技術開発室ではビームタイムのグループ運用を奨励している。これはもともと実験とデータ処理(できれば電子密度図の計算まで)を複数のグループが交互に行うことでビームラインの利用効率の増大を目指したものであったが、経験豊富なユーザーが初心者に適切な助言をしていただければと願っている。なおこのグループ運用の柔軟性は、ビームラインのX線検出器がイメージングプレートからCCDに変更されつつある現状では、それによるデータ収集時間の短縮ゆえに、今後さらに重要性を増すものと思われる。
 以上述べてきた蛋白質結晶解析関連の運用法は本年4月から実施したものであり、まだその効用を議論できるだけの実績を積んだものではない。しかしながら本来の理研ビームラインを構造生物学研究に占有している我々としては、その研究成果を世に問う責務を負っており、目的達成のためにビームラインの運用法を今後とも積極的に改善していきたいと考えている。

3.物理科学研究用ビームラインの現状
3-1.BL29XU

 理研ビームライン3(BL29XU)は、平成8年の設計開始、平成9年の建設開始を経て、平成10年12月からコミッショニングを開始した。平成11年4月から利用研究を一部開始している。平成11年度補正予算により、1km化が決定され平成12年3月末の完成に向けて工事が急ピッチで進められている。ビームラインの仕様、試験運転状況、1km化計画の概略について、本誌で既に紹介している[26-28]ので、ここではその後の展開と今までに紹介できなかった点を中心に紹介したい。本ビームラインは挿入光源からの可干渉放射光の本格利用に向けての利用技術開発の舞台とすることが計画段階での主要目的であったが、望外の速さでの1km化の実現と30mアンジュレータビームラインの実現によって、本格利用そのものを見据えることが可能となってきた。
 BL29XUは標準型の真空封止アンジュレータと標準型の回転傾斜配置二結晶分光器で構成される汎用的な硬X線ビームラインである。実験ハッチには常設の実験装置は存在せず、ビームライン付属の各装置は人力で実験ハッチ内に移動させることが出来る設計となっている。従って、(実験ハッチは決して広くはないが)それぞれの研究に応じて様々な実験装置を設置することが可能である。このような汎用性を生かして本ビームラインでは、可干渉X線光学の研究、レーザーと放射光を用いた光学実験、XAFS測定、各種検出器の評価など様々な研究が行われたり計画されている。特殊な光学素子や装置が、光源、フロントエンド、輸送チャンネル、実験ハッチに存在せず、必要に応じて実験ハッチ内に設営することが基本的な方針である。実験ステーション機器としては、現在のところ汎用精密回折計とレーザーシステムが用意されている。

3-1-1.精密回折計とその応用
 精密回折計はX線領域での可干渉光学の研究とその応用のために利用される。シリコン完全結晶などを用いたX線光学素子は、例えば反射角などの角度に対する要求がµradのオーダーであり、時にはnradを切る角度安定度が必要になる。その一方で360度回転という広い角度をカバーしなければならないという要求もある。一見相反する要求「非常に細かい角度分解能と広い可動範囲」を満たすために特殊なゴニオメーターが必要である。このような状況の下で本ビームラインで用意されたゴニオメーターは、統一的な設計方針に従って製造されており、以下に述べるようにモジュール化された構成を基本としている[29,30]
 一般にBL29XUで行われるようなX線光学実験では必要とされる回折計の機能・形態が実験によって全く変わったものとなる。従って回折計は単一の実験に適した特殊な形ではなく、なるべく各機能ごとに分かれたものを組み合わせることによって実験に必要な形となる方が望ましい。このため各種ゴニオメーターやステージ類は互いに組み合わせることが出来るような大きさ、重さで、うまく組み合わさるような位置にネジ穴が切られていたり、スペーサーが用意されている。例えば4軸回折計が必要になった場合、χサークルとφゴニオとω-2θゴニオを組み合わせてχ-φ-ω-2θ回折計を作成する(もちろんこれは構造解析専用の4軸回折計には性能的に及ばないが)。この回折計の高さや水平位置を調整する必要がある場合にはXステージとZステージを組み合わせて、その上にχ-φ-ω-2θ回折計を載せれば良い。また試料のあおりを調整する必要が生じればφゴニオの上にTxステージとTyステージを載せれば良く、試料の位置を変えたければXステージを2つ載せれば良い。これで8軸の可動軸を持つ回折計が出来たことになる。またこれらの軸は全てステッピングモーターで実験ハッチ外から駆動することが出来る。
 BL29XUの精密回折計利用の一例を図3に示す。この回折計の配置は本ビームラインでこれまで組まれたものの中で最も複雑なものの1つである。この実験は放射光の空間コヒーレンスを測定すること、そしてコヒーレンスの長さからそれを作る光源の大きさを導きだすことを目的としている[31]。このために用いられたゴニオメーターの内、上流から5つの結晶のBragg角を調整するθ軸は全て0.005arcsec /pulseの高分解能のものである。また3番目と4番目の結晶は高分解能軸の上に回折面内のφ回転を行うゴニオメーターが載せられている。Si333のチャンネルカット結晶を(++)に配置しエネルギー分解能を上げたビームを、続くSi311非対称結晶とSi220結晶の(+−)配置で拡大し、3枚刃の不等間隔干渉計にて干渉させ、その像をX線CCDカメラで撮影している。計9回の回折を受けたビームであるが、本ビームラインの高精度回折計ではドリフト等の不安定性による不具合は全く見られない。 
 
 
 
図3 BL29XU精密回折計
A precision diffractometer at BL29XU experimental station 
 
3-1-2.放射光同期短パルスレーザーシステム[32]
 放射光とレーザー光による非線形光学過程、ポンプ−プローブ法による高速エネルギー緩和過程等様々な物理過程の研究や工学的応用研究を行うために、当該ビームラインで得られるアンジュレータ光と高出力ピコ秒パルスレーザー光を同期照射できるシステムの開発を行った。この同期技術は、レーザー光を種光とした電子ビームにおける高調波発生法にも応用できるものである。
 一般に2つのパルス光を同期照射させる為には、それらを同期させる技術と、照射のタイミングを必要な精度でモニターする技術の両方が不可欠である。
 まず、同期技術に関して、SPring-8で放射光と短パルスレーザーを同期させる為には、当施設で得られる放射光パルス幅が数psと短いため、高い時間精度が要求される。当システムでは、低ジッターで外部トリガーにより発振するパルスレーザーとして、モードロックチタンサファイアレーザー発振器を採用した。これは、パルス幅80fsで繰り返しがRF基準信号の1/6の周波数84.76MHzで発振するものである。外部トリガー信号とレーザーパルス間のジッターは、帯域50GHzのサンプリングオシロスコープと立ち上がり数psのフォトディテクターを用いて測定した結果、5.7ps(FWHM)以下と見積もることができた。このレーザー光を種として再生増幅器にてパルス増幅すると、パルスエネルギー0.6mJ、パルス幅2ps、繰り返し約1kHzで放射光パルスに同期した出力光が得られる。さらに、光パラメトリック増幅器により、紫外光から赤外光までの広い波長域に変換することもできる。このレーザーシステムは、BL29XUの実験ハッチ横に建てられたクリーンユニット付きレーザーブースに格納されており、出力光は、実験ハッチのダクトからステアリングミラーにより実験ハッチ内に導かれている(図4)。 
 
 
 
図4 放射光同期短パルスレーザーシステム
SR-Laser synchronization system at BL 29XU 
 
 次に、照射タイミングのモニター法であるが、BL29XUで得られる硬X線と、レーザー光の照射タイミングを正確に測るために、X線ストリークカメラを導入した。ピコ秒の精度が要求される場合、ストリークカメラにかけるトリガー電気信号のジッターをも無視できなくなる。そこで、ストリークカメラの同一光電面上に放射光、レーザー光の両方を照射する手法により、電気信号のジッターやドリフトに関係なく2つのパルス光の時間間隔を数ピコ秒の精度で測定することに成功した。このモニター法により、1時間以上にわたって、2ps以内の精度で同期が達成されていることが観測された。また、達成された精度が高い為、他のビームラインのアンジュレータによる放射パワーの影響も無視できないことがわかった。すなわち、BL29XU以外の全部のアンジュレータのIDギャップ全開時と最小ギャップ時で放射光パルスの約40psのシフトが観測された。これは、高周波加速空胴における位相安定性の原理に基づく計算結果と1psの精度で一致している。今後、他のビームラインの放射パワーに依らず一定のタイミングで照射できるよう何らかのフィードバックを検討する予定である。

3-1-3.X線励起・可視分光システム
 高輝度硬X線放射光により励起されたサンプルが発する可視域の蛍光を分光できるシステムを整備した。まずはガス状のサンプル用に、2個のBe窓付きの合成石英管でできたサンプルセルを用意した。サンプルセル中のガス圧は、実験ハッチの外に設置された真空系で調整できる。このセルの前後にイオンチャンバーを置き、吸収端等をモニターできるようになっている。分光器はサンプルセルの横に設置されており、グレーティングを選ぶことにより、190nm〜3μmの範囲で分光することができる。 また、この分光器に取り付けられる検出器としてCCDアレイを用意した。このシステムを用いて、Krガスの蛍光スペクトルの測定を行った。その結果、測定系の分解能0.5nmより狭い幅をもつ多くのスペクトルが観測された。これらのスペクトルの中には、比較実験により得られたKr放電管の蛍光スペクトルには現れていないスペクトルが存在することがわかった。

3-1-4.今後の展開
 平成12年4月から、1kmビームラインとしての試験調整運転を開始する。5月以降は状況にも依るが、長尺利用と実験ホール内利用の比率は1:1程度となることを想定している。1kmビームライン建設工事は10月現在基礎工事、実験棟建設工事が順調に進んでいる。またビームライン建設に伴う外周道路高架化工事も9月に完成した。図5に10月時点での建設状況の写真を示す。  
 
  
 
図5 BL29XU長尺ビームライン基礎工事風景。光源から200m付近地点からの下流側(左)および上流側(右)。
Current view of 1km beamline construction;left:downer stream,right:upper stream from 200 m point from the source.
 
 BL29XUでは、1km化が完成後、大面積空間可干渉性を利用する研究を進めるとともに、従来の延長として放射光X線光学の最先端を目指す研究も進められる。 
 

3-2.BL19XU-30mアンジュレータビームライン
 SPring-8の30mアンジュレータビームラインの魁として、BL19XUの建設が平成10年度から3年計画で理研ビームライン4として開始された。周知のようにSPring-8には4箇所の長直線部があるが、BL19XUはそのうちの中尺ビームラインに繋がる所である。現在長直線部には多数の収束用電磁石が配置されているが、JASRI加速器部門の田中ら[33]により、マグネットフリー長直線部の構成が検討され、多様な解を持つことが示された。また挿入光源及びフロントエンドは、理研超放射物理学研究室とJASRIビームライン部門光源グループ、輸送チャンネルと実験ステーション機器の一部は、理研X線干渉光学研究室とJASRIビームライン部門光学グループ、また制御・インターロックに関しては理研X線干渉光学研究室とJASRIビームライン部門制御グループで検討し、平成10年度内に契約作業を終了した。ビームラインハッチの放射線遮蔽計算に関しては、原研の浅野らが担当した。

3-2-1.光源の性質
 現在予測されている電子ビームパラメーターを表3に示す[34]
 アンジュレータは真空封止のプラナー型であり、5セグメントを連結した構造をもつ(図6)。アンジュレータパラメーターを表4に示す。
 これらのパラメーターから、最大放射パワーは35kW、1次のアンジュレータピークのエネルギー範囲は7.5〜18.5keVとなる。図7にBL19XUのスペクトル計算結果、及び軟X線領域の30mアンジュレータのスペクトル計算結果を示す。硬X線領域では標準アンジュレータ(4.5m長)から1桁輝度の増大が見られるが、軟X線領域では2桁以上の増大が期待される。 
 
表3 BL19XUの電子ビームパラメーター
水平ベータトロン半径            20 m
垂直ベータトロン半径            20 m
水平エミッタンス                    6.0 nmrad
エミッタンスカップリング     0.1 %     
 
 
 
図6 BL19XUアンジュレータ概観図。下図の円内の拡大図を上図に示す。
Schematic view of a long undulator to be installed in BL19XU. 
 
表4 BL19XUのアンジュレータパラメーター
全長                              27 m
全磁石長                        25 m
磁場周期                        32 mm
周期数                            781
最小ギャップ                12 mm
最大K値                         1.77 
 

 
 
図7 長直線部アンジュレータで得られる輝度
Brilliance calculated for long undulators 
 
3-2-2.輸送チャンネル・光学系と実験ステーション
 輸送チャンネル、実験ステーションの概要を図8に示す。輸送チャンネルはほぼ標準仕様であるが、液体窒素冷却二結晶分光器を使うことが予定されている。本ビームラインはタンデムに設置された3つの実験ハッチを持ち、それぞれのサイズはビーム光軸方向に5m、それと直交方向に3.4m である。前の2つの実験ハッチは高さ3.3m、最後部のハッチは高さ4.5mである。第1実験ハッチにはBL29XU の精密回折装置と互換性を持つ回折装置が設置され、干渉性放射光の評価実験、光学実験に用いられる。この装置は可搬性があり必要に応じて実験ハッチ外に搬出することが可能である。第2実験ハッチはオープンハッチであり、利用者が持ち込む装置を用いての利用研究が可能である。第3ハッチには15T超伝導電磁石付きX線回折計が設置され、磁気散乱回折研究を中心とした物性研究に利用される。 
 
 

図8 BL19XUの輸送チャンネルおよび実験エリア
BL19XU optics and experimental area layout
 
3-2-3.X線磁気散乱実験装置
 高温超伝導体や強相関物質、さらに低次元磁性体などに見られるように、試料作製技術の進歩に伴う磁性体の多様化が著しい。近年精力的に研究が行われている磁性物質の多くは、興味ある物性が極低温や強磁場、または、超高圧といった条件下で得られることが多く、測定技術に要請される性能も急速に高度化している。計画中のX線磁気散乱実験装置は15Tスプリット型超電導磁石(SCM)を備えた回折計であり、X線用としてはNSLSに設置されている13T-SCMをぬいて世界最強磁場となる。これによって強磁場、極低温の物性に関する新たな発見ができるものと期待される。
 図9に15T-SCMの完成予定外観と回折計の軸構成を示した。15T-SCMは垂直方向に磁場を発生し、垂直方向の開口角は5°となっている。また、X線入射・出射用の窓は45°の広さで4箇所設けられ、非対称に配置されている。回折計はベースに手動Z1とビーム傾き補正用Z3、試料部に2θ1ω1χ1 (55°)、φの回転軸と試料位置調整用にX1、Y1の並進をもつ。また、2θ1アームに取りつけられた検出部は偏光解析が行えるように設計されており、θ2、2θ2χ2χ3で構成される。χ3で示した1/4サークルは回折ビームを軸として59.5°の範囲でθ2、2θ2χ2、を傾斜させる。 
 
 
 
図9 15T超伝導マグネット磁気散乱回折装置 
 
 X線磁気散乱実験では、磁気散乱強度が電荷散乱に比べて約6桁も小さいために、両者を効率よく測定するためにはダイナミックレンジの広いX線検出器が有効である。したがって、本計画ではYAP、Nalシンチレーションカウンターの他に、新たにAPD[35]が用意され108 photon/sec以上の計測を可能にする予定である。さらに、入射光として垂直直線偏光や円偏光も選択出来るように、実験ハッチ内にはダイヤモンド移相子を設置する。移相子ユニットはBL39XUに既設の装置と同型であり、一部インバー合金の使用やセンサーの増設など数点の改良を加えたものとなる[36]
 以上のように本計画のX線磁気散乱実験装置は、世界の頂点を誇る性能であり、活発な磁性研究の舞台として多くの研究成果を生み出すことが期待される。 
 
3-2-4.建設スケジュール
 平成12年夏のシャットダウン時にリングマグネット再配置とフロントエンド・アンジュレータ設置工事が予定されている。輸送チャンネル・実験ステーション建設も平行して進められ、平成12年秋にコミッショニングを開始する予定である。

4.おわりに
 本稿では、4本の理研ビームラインの現状について報告した。構造生物学研究用の2本のビームラインではハードウェアがほぼ完成し、活発な利用研究が展開されている。一方、物理科学研究用ビームラインは、1kmビームライン、30mアンジュレータビームラインのいずれもSPring-8を特徴づけるビームラインであり、理研のみならず、全国・全世界での利用研究が期待される。


参考文献
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[35]KEK-PF 岸本俊治助教授の御協力による。
[36]JASRI 鈴木基寛氏の御協力による。 



石川 哲也 ISHIKAWA  Tetsuya
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