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Volume 04, No.5 Pages 34 - 37

4. その他のビームライン/OTHER BEAMLINES

理研ビームラインIII(BL29XU)の1km化
1km Extension of RIKEN Beamline III (BL29XU)

石川 哲也 ISHIKAWA Tetsuya

理化学研究所・播磨研究所 RIKEN Harima Institute

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1.はじめに
 SPring-8の他のX線領域第三世代放射光施設(ESRFおよびAPS)にはない特徴として、当初計画時から、1kmの長尺ビームラインを想定した土地計画がなされていたこと、また、長尺挿入光源を想定した蓄積リング設計がなされていたことがあげられる。平成10年度補正予算に於いて、これらのSPring-8の独自性を一挙に顕在化させるべく、30mアンジュレータビームライン(BL19XU)の建設が開始され、一方で既存のBL29XUの1km化が開始されることとなった。年次計画としては、30mアンジュレータビームラインは平成10年度〜12年度の3年計画、1km化は平成10年度〜11年度の2年計画であるが、後者は3次補正によるため、実質的には15ヶ月の期間しかない。これらの2つのビームラインは、諸般の事情により、理研ビームラインとして建設が進められているが、世界的に見て比類のないものであるため、以前からSPring-8アドバイザリー会議等でWorld-wideに開かれたビームラインとして運営していくことが要請されており、実際にそのような運営がなされる方向での検討が進められている。
 一方で、SPring-8のビームライン建設は空前のスピードで進行し、標準的なビームラインを建設できる場所は残り少なくなっている。従って、今後残された中尺・長尺ビームライン建設を進めていくことが課題となってくる。SPring-8では、平成9年〜10年の2年計画で、200m中尺ビームラインとして医学利用偏向電磁石ビームライン(BL20B2)を完成させ、また平成10年〜12年の3年計画で医学利用アンジュレータビームライン(BL20XU)を完成させようとしている。これらの、特に1本目の偏向電磁石ビームラインの建設により、蓄積リング棟外に出るビームライン建設での様々な問題点の一端が明らかになった。しかしながら、医学利用ビームラインが、既に完成している医学利用棟に引き込まれるビームラインであるのに対して、1kmビームラインでは、エンドステーションを収容するための建物を同時に建設していく必要がある。また複数の業者に発注した、屋外のビームライン基礎工事、ビームラインコンポーネント製作、据え付け工事、各種ユーティリティの敷設等を、限られた工期の中に押し込める必要があるため、かなり高度な工程管理が必要になる。ここでの経験は、SPring-8の新規ビームライン建設の最終段階に来ると予想される中尺・長尺ビームライン建設や、既存ビームラインの延長・拡張時に活かされるべきものであり、SPring-8全体として共有すべき財産であると考えられる。
 本稿では、現在進行しているBL29XUの1km化の状況報告は若干触れることにとどめ、むしろより一般的な長尺・中尺ビームライン建設に関して、BL29XUをベースとして議論したい。そのほうが、今後の「複製」でないビームライン建設への寄与が大きいと考えるからである。BL29XUに関するより詳しい報告は、もう少し現物が見えてきた時点で改めて行うことを考えている。

2.長尺・中尺ビームライン建設での検討事項
2-1. 輸送チャンネル

 長尺・中尺ビームライン輸送チャンネルで検討が必要となるのは、主として棟外部の構造であり、蓄積リング棟内および利用実験棟内は、ビームラインの個性は反映するものの棟外部分が決まれば附随して決まってくる。棟外輸送チャンネル設計で考慮すべき点は、放射線防御、真空、制御、耐候性、保守性等多岐にわたっている。放射線防御に関してはBL20B2建設時の検討で、「ビームラインダクト外部表面で一般区域の放射線レベルとなっていること」が指針として決定され、以後の長尺・中尺ビームラインではこれに沿って設計を行うこととした。偏向電磁石光源でかなり高エネルギーX線まで使用する予定のBL20B2では、真空ダクトに鉛シールドを施すことにより、遮蔽計算上外部表面で一般区域の放射線レベルとなるようにした。一方で、アンジュレータ光源でかつ高エネルギーX線が導入されないBL29XUでは、蓄積リング棟内実験ハッチ後方の数メートルのみを鉛シールドダクトとし、その後方はSUSダクトのみで放射線的問題は生じないことが判ったため、そのような構造とした。鉛シールドダクトの要否は、屋外部の構造を一変させる。すなわち、雨水による鉛の溶出を避けるため、鉛シールドダクトを使用した場合には、雨避けの覆いを全体にわたって付けることが必須となるが、SUSダクトの場合には必ずしも全体の雨避け覆いは必要とならない。BL20B2では棟外部輸送チャンネル全体に雨避け覆いを作ったが、BL29XUでは排気ポート設置場所に真空機器ハッチを置き、その間の真空ダクトは屋外に設置することとした。
 中尺・長尺ビームラインの棟外部の真空は一義的には使用目的からの要請によって決定される。例えば、軟X線ビームラインでは超高真空が必要になる場合が生ずるため、排気系としてはイオンポンプを用い、ガスケットも超高真空に対応する物を用いることが必要となる。このような場合には、まず真空側の要請をフィックスして、他をこれに適合させていくことが求められる。ベリリウム窓が使用できる、硬X線では若干事情が異なり、耐候性・保守性の観点から真空排気系を選択することも可能である。保守性の観点からは、棟外部に真空排気系を配置しないことが最善であり、輸送チャンネルダクトのコンダクタンスと真空ポンプの排気量の整合がとれれば、蓄積リング棟および利用実験棟内に大型真空ポンプを配置して、棟外部の排気系をなくす可能性が考えられる。実際大面積ビームを必要とするため大口径真空ダクトを使用しているBL20B2ではこれが可能であり、棟外部には真空ポンプを置いていない。しかしながら、1kmビームラインではこの方法は採用できず、また中尺ビームラインであっても、アンジュレータビームラインの小口径ダクトで済む場合には、真空排気系を分散配置させた方が効率的になる。BL29XUでは、最初に分散配置とする方針を決め、排気系の方式を検討した。保守性の観点から、標準的に蓄積リング棟内で用いられているターボ分子ポンプは使用できないと判断し、イオンポンプによる超高真空仕様と、ロータリーポンプによる低真空仕様の極端な2つが候補として残ったが、最終的には低真空とすることとした。これは、輸送チャンネルの真空度として低真空で良いこと、および耐候性の観点からガスケットとしてOリングが優れているためである。
 シャッター、分光器等の機器が配備された蓄積リング棟内の光学ハッチと、利用実験棟に設置されるステーション機器との距離が離れることは、中尺・長尺ビームラインの宿命であるが、ステーション機器の近くにいる利用者が、挿入光源ギャップを含めてビームライン全要素を制御できることは最低限の条件であり、制御系・インターロック系はこれを満足するように作られていなければならない。このために、BL29XUでは、長尺実験棟と蓄積リング棟の間に複数の光通信ケーブルを張り、双方向の制御を可能にしている。TVカメラの画像データも光に変換して送る予定であり、例えば長尺実験棟でのビームの動きをネットワーク経由で中央制御室で画像として見ることも可能となる。この他にも、中尺・長尺ビームライン制御に関しては様々な問題点があるが、より詳しい報告を後日まとめて行いたい。

2-2. 実験棟及び棟外部基礎
 医学利用棟、長尺実験棟の現存および現在建設中の中・長尺ビームライン実験棟では、蓄積リング棟実験ホールと同様に、実験ホールを作り、その中に実験ハッチを建設してステーション機器を設置することが、基本的な考え方になっている。これは、医学利用棟の場合には、実験ステーション仕様が固まる以前に建物設計がなされたため、実験ステーション設計に自由度を持たせる必要があったためであり、長尺実験棟の場合も類似の理由によっている。しかしながら、今後の中尺・長尺ビームラインでは、実験棟建設時に実験ハッチを部屋として準備してしまう可能性も考慮すべきであろう。
 ビームラインの建設時に、建物として十分な注意を要する点の一つに、床レベルがある。今後、恐らくは、中尺・長尺ビームライン建設とそれに附随する実験棟の建設は同時進行することとなると思われるが、設計時に床レベルに関して建物側と装置側で十分な協議を行うことが必要であろう。これに関連して、長尺ビームラインでは地球の曲率が問題となる。放射光は直進するので、蓄積リング棟で水平に出射されたビームは実験棟では水平でなくなる。基準面を水平面にとると、Lkm先でのビーム高さの誤差は、良い近似で

  ΔH=L2 /2R          (1)

と表される。ここでRは地球の半径であるが、平均半径の値6371kmを用いると、L=1の時ΔH=78mmとなり、無視できない大きさとなる。一方でL=0.2〜0.3の中尺ビームラインでは、10mm以下となり、ビームライン要素架台の高さ調整機構で吸収できる誤差となる。BL29XUの輸送チャンネル設計時には、ビームライン基礎は局所的な水平面とし、上記の誤差を架台により吸収する方式とした。
 1kmビームライン用台地は、レベルが先端に向かって僅かに変化しており、リング棟近辺と先端部には約1mの標高差がある。2本目以降の1kmビームライン建設の際には、この点にも注意する必要がある。また、1km離れると、隣のビームラインまでの距離が遠くなり、実験棟はビームライン毎に独立させたほうが効率的になる。しかしながら、中尺ビームラインの場合には微妙であり、医学棟方式の数本のビームラインをまとめて収容できる建物が良いのか、分離した建物が良いのかは、ビームラインの個性に依存するところが大きいように思われる。
 短工期で、実験棟とビームライン建設を同時に進行させることは、大量の制約条件を発生させる。従って、実験棟が十分に先行し、ビームライン建設が追掛けることが望ましいが、BL29XUでは両方が15ヶ月予算の制約の中で、工程のやりくりをしていかざるを得ない。今回の経験で、様々な対処方法が確立するとは思うが、今後の中・長尺ビームライン建設の年次計画を立てる際には十分な検討が必要であろう。

2-3. 周辺既存施設との干渉
 中尺・長尺ビームラインの場所によっては、既存消火栓、道路等との干渉が生ずる場合があるので十分な検討が必要となる。特に、リング棟外周歩道は必ず干渉する。建設計画策定時に、このための対策が盛り込まれていなければならない。BL29XUでは、外周道路との干渉がおこり、ビームラインをコンクリート製ボックスカルバート内を通し、道路をその上に付け替えることで対処した。1kmビームラインでは、この問題が再度生ずるが、現在の考え方は、新規ビームライン建設時に当該ビームライン用のカルバートを設置し、立体交差道路を延長するというものである。

3.おわりに
 ビームライン建設に於いては、設置許容誤差はセンチメートルのオーダーであるが、建物は図面と数十センチメートル違っていることは珍しくなく、また土地図面はメートルオーダーで誤差のあることも珍しくない。従って、ビームライン建設では、従来も行ってきたように、建物の実測により細部の設計を進めることが基本であるが、中尺・長尺ビームライン建設では、土地も実測することが必要となる。特に、今回のBL29XUでは想定される利用研究に、距離の絶対値が必要となるものがあるため、測量段階で高精度測距を行う必要が生じた。このために、NIKONフィールドステーションGF-1を用意したので、今後のビームライン建設や、それ以外でも利用希望があれば相談に応ずる。
 本フィールドステーションは、測角・測距の機能を持ち、測角機能は最小表示0.5”/1.0”の切り替え機能を持ち、角度精度は標準偏差で0.5”以内となっている。また、測距機能は、精密測距・高速測距の切り替え機能を持つ。測距範囲は気象条件良好時に2000m以上であり、精密測距では測定時間4秒で誤差±2mm、高速測距では測定時間1.8秒以内で誤差±5mmのカタログスペックを持っている。付属品として、望遠鏡接眼レンズ、1素子プリズムセットが準備してあり、BL29XUでの使用実績ではまずまずの値を出している。

 BL29XUの1km化に当たっては、理研播磨研究推進部の皆様に、企画段階からお世話になり、また和光本所契約業務部も加えて、昨年度最終四半期での契約作業に一方ならぬ御尽力を頂いた。原研建設の皆様には、道路の付け替え工事でお世話になり、理研播磨企画、建設の皆様にはビームライン基礎を含む長尺実験棟の建設、電気工事関連でお世話になっている。また、ビームライン延長に関する遮蔽計算は、原研の浅野芳裕氏の御尽力により、長尺実験棟の安全管理システムは、JASRI安全管理室の藤原茂樹氏の御尽力による。この他にも沢山の方々の御協力によって進行しているプロジェクトであることを銘記し、感謝の意を表したい。


石川 哲也 ISHIKAWA  Tetsuya
理化学研究所・播磨研究所 X線干渉光学研究室
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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