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Volume 04, No.5 Pages 25 - 30

3. 共用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE

BL09XU実験ステーションの現状
Current Status of BL09XU Experimental Station

依田 芳卓 YODA Yoshitaka

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 実験部門 JASRI Experimental Research Division

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1.はじめに
 BL09XUはSPring-8標準のX線ビームラインであり、挿入光源には周期長32mmの真空封止型水平偏光アンジュレータ、ビームラインモノクロメーターとして定位置出射型の回転傾斜配置Si二結晶モノクロメーターを備えている。第一結晶はピンポスト冷却を用いている。利用研究としては精密光学系を用いた核共鳴散乱実験、X線干渉・非線形光学実験、多軸回折計を用いた表面界面構造解析等がなされている。ビームラインの概要についてはこれまで利用者情報誌に掲載されたBL09XUに関する記事を参考にしていただきたい[1][2]。本稿ではBL09XU実験ハッチに設置された精密光学系と多軸回折計の2つの回折計の仕様、現状を説明し、それらを用いた利用実験を紹介する。また最後に核共鳴散乱実験をおこなう際重要な、少数バンチ運転およびバンチ純度に関しての現状を報告する。

2.精密回折計
2-1.精密ゴニオメーター

 実験ステーションはビーム方向8m、横方向4mの広さで高さは3.5mである。Fig. 1に示すように2つの光学定盤のうしろに多軸回折計が置かれる。精密ゴニオメーターにはタンジェンシャルバータイプのゴニオメーターとω-2θタイプのゴニオメーターがある。タンジェンシャルバータイプのゴニオメーターはステッピングモータで制御され、モータドライバの設定をフルステップにした場合、0.005 arcsecが1パルスでの送りとなる。ω-2θタイプのゴニオメーターも同様にステッピングモータで制御され、モータドライバの設定をフルステップにした場合、ω軸は0.0001°、2θ軸は0.0002°が1パルスでの送りとなる。 
 
 
 
Fig. 1 Schematic overview of the experimental hutch. 
 
 精密ゴニオメーターは光学定盤の上に置かれ、組み合わせて回折実験に用いられる。BL09XUの特徴としてこれらのゴニオメーターの配置の自由度が高いことが挙げられる。それはゴニオメーターを左右両側からビームにアクセスできる点と定盤の表面が研磨されており、ゴニオメーターの下に敷いたエアパッドによりゴニオメーターが容易に移動できることによる。これらのシステムはKEK AR-NE3で開発されたものである。2つの定盤全体は±100mm上下移動可能であり、また各ゴニオメーターは左右、上下方向に±50mmモータにより移動可能である。 
 
2-2.温度安定性
 Siを室温でモノクロメーターとして使用した場合14.4keVのX線に対し、0.1℃の温度変化によりモノクロメーターを出射したX線のエネルギーが3.7meV変化してしまう。モノクロメーターのエネルギー分解能はTable 1で示すようにこの程度なので、実験の内容にもよるがモノクロメーターのSiの温度安定性として0.02℃程度が要求される。そのため実験ハッチはFig.1に示すように空調機が備えられ、さらにFig.2に示すように光学定盤はビニールのシートでカバーがかけられている。サーミスタ高精度温度計(テクノセブンD642)を用い、測定された一日の温度変化をFig.3に示す。温度の絶対値にはオフセットがかけられている。ビニールのカバーの外側の空気、ビニールのカバーの内側の空気、ビニールのカバーの内側にありゴニオメーターに取り付けられた高分解能モノクロメーターのホルダー、3カ所の温度が表示されている。カバーの外側の空気は±0.04℃、カバーの内側の空気は±0.015℃、ホルダーは±0.005℃に保たれていることがわかる。ホルダーはゴニオメーターを介して大きな熱浴である定盤に接しているため1時間程度の周期をもつ温度変動を吸収しているものと考えられる。現在ビームラインモノクロメーターを出射したX線が高分解能モノクロメーターにあたることにより、高分解能モノクロメーターの温度が上昇することが確かめられており、100mA運転になった今後さらに注意が必要であると考えられる。 
 
Table 1 High-resolution monochromators for 14.4 keV available at BL09XU. 
 
 
 
 
 
Fig.2 Covered two optical table in the experimental hutch. 
 
 
 
Fig.3 Temperature stability in the experimental hutch. 
 
2-3.高分解能モノクロメーター
 高分解能モノクロメーターは核共鳴散乱実験をおこなう上で、重要な役割を果たす。核共鳴弾性散乱実験においては共鳴に寄与しないX線を除き、S/Nを高めるとともに、核共鳴非弾性散乱実験においてはエネルギー走査をおこなうために利用される。現在、BL09XUでは14.4keVのX線に対して、3種類の高分解能モノクロメーターが用意されている。それらの配置および測定されたエネルギー分解能、蓄積電流値100mA換算で得られるフラックスをTable 1に挙げる。エネルギー分解能は57Feフォイルの核共鳴前方散乱を利用して測定された。3.5meVと2.5meVのモノクロメーターは2つのチャンネルカットをいれこに組み合わせたものである。Si511のチャンネルカットを2つの分解能で共通に用い、Si975チャンネルカットの非対称度を変えることによりエネルギー分解能を変えている。Si975の平板結晶を2枚利用したモノクロメーターは分解能は優れているが、ビームが水平方向より38°傾いて出射するので注意を要する。 
 
 
 
Fig.4 One of the nested channel cuts placed on the tangential-bar type goniometer 
 
2-4.精密回折計を用いた研究例
グラファイト単結晶にインターカレートされたFeCl3の核共鳴非弾性散乱の方向依存性
 核共鳴非弾性散乱は物質のダイナミクスを研究する新しい手法である。原子核の共鳴準位を利用しているため、ある特定元素が関わる振動モードだけを見ることができるという特徴をもつ[3]。また異方性のある試料の場合、入射方向によって異なる振動モードを観測可能である。ここではグラファイト単結晶にインターカレートされたFeCl3の動的挙動を核共鳴非弾性散乱により調べた例を紹介する[4]
 グラファイトは典型的な層状物質のひとつであるが、層状構造を保ったまま化学物質を層間に挿入(インターカレート)できることが知られており、グラファイト層間化合物としてその特徴的な物性が注目されている。高分解能モノクロメーターより出射したX線をグラファイトの層に対して、平行および垂直に入射し、入射X線のエネルギーを走査しながら、APD検出器により時間遅れ成分を測定した。どちらのスペクトルにもマルチフォノンの影響が強く出ているが、そのプロファイルは明らかに異なり、垂直に入射したスペクトルには平行に入射した場合に比べて高いエネルギー(10meV付近)にピークをもつ。これはグラファイト面に平行な方向には動きやすい(柔らかい)が、垂直方向には動きにくい(硬い)という描像と一致している。 
 
 
 
Fig. 5 Nuclear resonant inelastic scattering of stage-1 graphite-FeCl3 intercalation compounds at 298 K. Incident x-ray direction is (a) parallel and (b) perpendicular to the graphite layers. 
 
X線パラメトリック変換
 X線パラメトリック変換とは1つのX線光子が2つの光子に分かれる非線形光学現象であり、X線管球を用いて1971年はじめて観測されたが[5]、それ以来信頼できる報告はなかった。近年放射光においてもはじめて観測されたが[6]、ここでは放射光の偏光特性を利用してπ偏光入射、90°の散乱角においてX線パラメトリック変換を観測した例を紹介する。X線パラメトリック変換の偏光因子は入射光、シグナル光、アイドラー光、および逆格子ベクトルによって決まり、結晶の対称性に依らない。またX線の線形散乱であるトムソン散乱の偏光因子とも異なる。測定データをFig.6に示すが、位相整合条件を満たす角度において同時検出されたシグナルにピークがみられる。これによりトムソン散乱では禁止されるπ偏光入射、90°の散乱角においてX線パラメトリック変換を観測することにより、トムソン散乱と異なる偏光依存性をもつことが確認された。 
 
 
 
Fig.6 Angular scan of the diamond crystal when the π polarized X-ray was incident on the crystal. Black circles: coincidence rate of two APD detectors. White circles: Bragg reflection intensity detected by one APD detector placed on the Bragg reflection direction. Solid line: Calculated profile whose peak intensity is adjusted to the data. 
 
3.多軸回折計
 多軸回折計(神津TDT-17)はFig.1に示すように実験ハッチ内2つの光学定盤の下流に配置されている。この回折計はおもに大気中での試料の表面界面構造解析に用いられる。超高真空槽を備えた多軸回折計は計画されている表面界面ビームラインにおいて実現される予定である。

3-1.多軸回折計
 Fig.7に示すように主要なコンポーネントはω軸、χ軸、φ軸、2θ軸をもつ標準的な4軸回折計であり、X、Zおよび±3°のストロークをもつα軸をもつステージの上に置かれる。すべての軸はステッピングモータにより制御される。それぞれの軸の1パルスあたりの移動量をTable 2に示す。ω軸には分解能0.0005°のエンコーダが付けられている。XZステージにのった2つの4象限スリット(最大開口は20×20mm2 )が入射X線と回折X線を空間的に制限するために用いられる。すべてのモータは回折計用ソフトウェアSPECにより制御されている。2θ軸上には小型のゴニオメーターが取り付けられており、0.4°のアクセプタンスをもった1次元もしくは2次元のソラースリット(Huber 3030-1)またはアナライザー結晶をバックグランドノイズを削減するために検出器の前に取り付けることが可能である。入射ビーム強度はイオンチャンバーによりモニターされ、シグナルの検出にはNaI(Tl)シンチレーション検出器またはGe SSDが利用可能である。 
 
  
 
Fig.7 Multi-axis goniometer for surface and interface structure analysis 
 
Table 2 Finest step of the multi-axis goniometer when the motor drivers are in the mode of full step. 
 
 
 
3-2.多軸回折計を用いた研究例
 Bragg反射励起に伴うCTR散乱強度の変調
単結晶に表面が存在することにより生じる結晶からの2次元回折波はCTR(Crystal Truncation Rod)散乱と呼ばれる。このCTR散乱の強度が、結晶のBragg反射の励起に伴い変調を受けることが、3波に拡張されたDarwinの動力学的回折理論により予想された[7]。その後の研究により、変調のプロファイルが結晶表面の原子配列を反映して敏感に変化することが分かっている[8]。Fig.8はSi(001)単結晶の224Bragg反射励起に伴うCTR散乱の変調を観測した例である。この変調のプロファイルから表面回折波の位相の情報が得られる。この変調を実験により観測する場合、分散の効果をできるだけ小さくする必要がある。一方で、変調が表面構造に敏感になるのは、CTR散乱強度がBragg反射強度に比べ7桁から10桁程度弱い場合である。従って、このような変調の観測は、SPring-8の低エミッタンスビームではじめて可能となったものである。 
 
 
 
Fig.8 Modulation of the Si (001) CTR scattering intensity by the Si224 Bragg reflection. Black circles: Bragg reflection intensity. White circles: CTR scattering intensity. Solid and dotted line: Calculated profile of Bragg reflection and CTR scattering intensity respectively. 
 
4.少数バンチ運転
 入射X線の時間構造は核共鳴散乱のようなタイプの時分割測定には、実験上極めて重要である。SPring-8の蓄積リングはハーモニック数2436、つまり一周に2436の電子を貯められるバンチがあり、バンチ間の間隔は約2nsecである。SPring-8の加速器は任意のバンチフィリングパターンに電子を蓄積できるという大きな特徴を持つが、電子の寿命やエミッタンスを考慮すると、トータルの蓄積電流が増えるにつれて選択できるバンチフィリングパターンが限られてくる。1998年の10月から蓄積電流が70mAとなった。70mA運転で実施されたバンチフィリングは試行的な部分もあり、12bunch+48bunch train、12bunch+48bunch train、3train×21bunch、7train ×21bunch、14train×21 bunch、14train×20 bunch+single bunch、2train×116bunch、116 bunch、と多様にわたった。バンチフィリングによる寿命の違いはあったが、すべての運転は順調におこなわれた。今後100mA運転の場合の典型的なバンチフィリングをFig.9に挙げる。174bunchは短寿命の核種の実験等に、14train×21bunchは核共鳴非弾性散乱の実験等に、10bunch+1/12fillingは核共鳴前方散乱等の実験に利用される予定である。上記以外にも任意のバンチフィリングに電子を蓄積できる特徴があるので、寿命等の問題はあるが、実験に最適なフィリングを希望可能である。いずれにしても少数バンチフィリングが必要な場合は、申請の際に希望するバンチフィリングを記述(現在は特記事項の欄)することになっている。 
 
 
 
Fig.9 Planed typical bunch filling for time resolved experiments at 100 mA operation. 
 
 不純バンチはメインバンチからの時間遅れの領域にあらわれ、核共鳴散乱のシグナルと重なるため、バンチ純度は核共鳴散乱実験において非常に重要である。1999年第6サイクル、等間隔の116バンチフィリングにおいて測定されたバンチ純度をFig.10に示す。検出器にはAPD検出器を真空槽中で用い、放出された光電子をおもにカウントした。2nsecおきの不純バンチがすべての時間領域においてみられる。13nsec付近から再びバンチ純度が悪化するのはバンチフィリングの関係で、41.3nsecに再びメインバンチがあるためと考えられる。4バンチめ(メインバンチから7nsecから9nsecまでの積分)の純度は5×10−9 程度であった。すべてのバンチを合わせたバンチ純度はこの値よりさらに1桁以上悪いと考えられる。57Feによる核共鳴散乱の場合には断面積も高く、寿命も141nsecと比較的長かったが、高エネルギー領域のメスバウアー核には寿命の短いものが多く存在するため、今後これらの利用にバンチ純度は大きな鍵となると予想される。 
 
 
 
Fig.10 Bunch purity measured by APD detector at 116 bunch filling.
 
5.まとめ
 BL09XUは第一期の立ち上げはほぼ終了し、核共鳴散乱、表面界面構造解析とも通常の利用実験はおこなえる段階に入ったといえる。しかしながら最先端のビームラインとしては諸外国と足並みをそろえた程度であり、まだまだ開発、改良すべき点は多い。例えば核共鳴散乱、表面界面構造解析とも検出器のダイナミックレンジの問題、高エネルギー核種の利用を進めるための高エネルギー用高時間分解能検出器、高エネルギー用高エネルギー分解能モノクロメーターの開発、モノクロメーターのさらなる高分解化、ビームラインモノクロメーターを含めたスループットの問題、集光光学系の利用、偏光光学系の利用などが挙げられる。開発要素が多いため、今後も各SGと協力して高度化を進めていきたい。またバンチフィリングの問題を寿命の点で解決し、測定の精度を高めるトップアップ運転に期待したい。

 BL09XU実験ステーションの建設、立ち上げは菊田惺志氏、原見太幹氏、泉 弘一氏、矢橋牧名氏、高橋敏男氏、秋本晃一氏、中谷信一郎氏をはじめとする核共鳴散乱SGの方々および表面界面構造解析SGの方々の協力のもとおこなわれました。高分解能モノクロメーターの設計、製作には張 小威氏、趙 際勇氏、三井隆也氏に貢献していただきました。核共鳴非弾性散乱の方向依存性の実験データは北尾真司氏、瀬戸 誠氏よりお借りしました。Bragg反射励起に伴うCTR散乱強度の変調の実験データを高橋敏男氏、矢代 航氏からお借りしました。バンチ純度の測定データは岸本俊二氏からをお借りしました。以上の方々に感謝申し上げます。
 また少数バンチ運転に協力していただいている加速器の方々に感謝申し上げます。
 

参考文献
[1]依田芳卓:SPring-8利用者情報 Vol.1,No.2,21(1996).
[2]矢橋牧名:SPring-8利用者情報 Vol.3,No.4,19(1998).
[3]M.Seto,Y.Yoda,S.Kikuta,X.W.Zhang,and M.Ando:Phys.Rev.Let.74,3828(1995).
[4]S.Kitao,T.Mitsui,T.Harami,Y.Yoda and M.Seto:Jpn.J.Appl.Phys.38,Suppl38-1,535(1999).
[5]P.Eisenberger and S.L.McCall,Phys.Rev.Lett.26,684(1971).
[6]Y.Yoda, T.Suzuki,X.W.Zhang and S.Kikuta,J.Synchrotron Rad.5,980(1998).
[7]T.Takahashi and S.Nakatani,Surf.Sci.326,347(1995).
[8]矢代 他, 日本物理学会講演概要集 第53巻第2号第2分冊,416(1998). 
 
依田 芳卓 YODA  Yoshitaka
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 実験部門
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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