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Volume 04, No.3 Pages 65 - 67

3. 共用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE

赤外ビームライン(BL43IR)の紹介
Introduction of BL43IR for Infrared Spectroscopy

難波 孝夫 NANBA Takao[1]、木村 洋昭 KIMURA Hiroaki[2]

[1]神戸大学大学院 自然科学研究科 Graduate School of Science and Technology, Kobe University 、[2](財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン部門 JASRI Beamline Division

Abstract
BL43IR at SPring-8 is a beamline which covers a very wide wavelength region from 5000A to 100 µm and exclusively dedicated to infrared spectroscopy. The performance of advanced experiments which can not be carried out with small storage rings is expected. The beamline is now on construction so as to be opened to common users in the fiscal year of 2000.
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1.はじめに
 放射光の赤外線成分の利用を目的とするこのビームライン(BL)はBending Magnet(BM)のBLであるが、このBMを占有するものでは無い。つまり、波長が極めて長いという赤外線の特殊事情を反映させて、BM直下に位置して本来不要な光をダンプするためのクロッチアブソーバーから直接光を取り出す工夫がなされたBLであり、このBMからのX線利用と両立出来る。従って、当該SGが赤外BLを設置したからといって、SPring-8の貴重なBLを一本「駄目にする」訳ではないことに予め言及して、一本でも多くの高エネルギー光(X線・軟X線)利用BL建設を待ち望んでいるユーザーの不安を取り除きたい。さて、この赤外線利用のBL建設の提案は10年ほど前、利用者懇談会に形成された赤外物性サブグループ(SG)によってである(提案代表者は難波孝夫(神戸大学))。昨年度末に予算が計上された後はSG内に作られた建設作業Gを中心に2000年7月の利用開始を目指して具体的なBLの仕様が決められつつあるのでその概要を紹介する。BLには赤外干渉計の回りに4種類の実験ステーションが配置される予定である(後述)。SG内の夫々の分担は次の通りである。
 ・全体の取りまとめ:難波孝夫(神戸大。SG側)、木村洋昭(JASRI側)
 ・フロントエンド部:木村真一(神戸大)、高橋俊晴(京都大)
 ・干渉計回り:岡村英一、木村真一(神戸大)
 ・ビーム輸送系:岡村英一、木村真一(神戸大)
 ・顕微鏡ステーション:篠田圭司(大阪市立大)、近藤泰洋(東北大)、難波孝夫
 ・表面科学ステーション:桜井 誠(神戸大)
 ・吸収・反射ステーション:中川英之、福井一俊(以上、福井大)、岡村英一
 ・磁気光学ステーション(平成12年度立ち上げ予定):木村真一
 この赤外BLの設置場所として種々の事柄を考慮の結果、セル43の偏向電磁石B2から放射光を取り出すことになった。本来このポートは放射光利用が計画されていなかったところなので、このBLの建設が決まってからはSPring-8の設置可能BL数は61本から62本に変わっている。このBLは電子軌道に対して直角方向に展開するので、実験ホール側の位置は直上流のBLを1本飛び越し、41XUとBL43ISの間となる。取り出している偏向電磁石からいうと、BL43B2という事になるが、これらの特殊な事情からBL43IRというのが正式な名称となった。

 2.何故SPring-8で赤外BL?
 これについてはこれまで放射光関連の学会・研究会、SPring-8の各種の会合を通じて主張して来たところであるが、何しろ大型X線光源であるSPring-8に極微小エネルギーを持った赤外線利用のBLという訳であるから、機会を捕らえてその意義を強調する必要があるかと思い、ここでも繰り返す。図1は加速電子の描く軌道半径を変えた時に得られる光子数を示しており、電子軌道の曲率半径が大きくなると半径の三分の一乗で光子数が増え(図のa)、且つ縦(ψ)方向の光の放射角度が軌道面の中心(ψ=0)に向けて小さくなることを示している(b)。このこととSPring-8の電子エミッタンスが極めて小さく且つ軌道が安定していることにより、実験室光源やコンパクトSRでは考えられない程に高い光子密度を持った高輝度赤外線が実験ステーションで利用出来ることになる。100mA運転時でのSPring-8で得られる輝度をコンパクトSRの場合(UVSOR、100mA)と比較したものが図2に示してある。このビームラインではこのような高輝度赤外線を積極的に利用する課題が遂行される予定である。
 
 
  
 
図1 電子の軌道半径を変えた時の放射光のスペクトル分布(a)と角度分布(b
 

 
 
図2 SPring-8とコンパクトSRの光子密度の比較
 
3.世界ではどうなっているのか?
 いろいろな分野での放射光科学の発展に伴なって放射光の利用波長範囲がどんどん長波長(低エネルギー)領域へと拡大されつつある。赤外放射光の利用は1985年に我が国の分子研で開始されたが最近急速にその利用が広まり、今では以下の施設で特色ある研究が進められている(括孤内は所在地と利用開始年)。UVSOR(分子研、日、1985)、NSLS(BNL、米、1986)、MAX-I(Lund、Sweden、1992)、SIRLOIN(Orsey、仏、1994)、SRS(Daresbury、英、1995)、SRC(Wisconsin、米、1997)、ALS(Berkley、米、1997)、NIST(Gaithersburg、米1998)、DAPHNE(Frascati、伊、2000)。X線が発生するところ必然的に高輝度赤外線が得られるから今後益々その有効利用が盛んになると思われる。
 
4.どんな研究が出来るか?
 赤外BLは顕微分光ステーション、表面科学ステーション、吸収・反射分光ステーション、磁気光学ステーションの4種類の実験ステーションがある。その配置を図3に示す。
 
 
 
図3 BL43IRの観測系の光学配置図(模式的) 
 
4. 1  顕微分光ステーション
 高輝度の赤外線で始めて可能な実験を目指す。物質科学や地球科学的見地からダイヤモンドアンビルセルを用いた高圧・低温・高温環境での物質の様々な構造と電子構造の変化を振動分光実験により明らかにする。医学的な見地から生体物質の極微小部分の組成分析(2次元イメージング)も目的に入っている。
4. 2  表面科学ステーション
 一般的な表面科学の手法である電子線エネルギー損失分光(EELS)と併用するかたちで高輝度赤外線を利用した表面赤外吸収反射分光法(IRAS)と呼ばれる実験を行う。
4. 3  吸収・反射分光ステーション
 一般的な微小試料についての吸収反射分光実験とともに、放射光の時間構造を利用したピコ秒-ナノ秒時間領域での時間分解分光実験を行なう。
4. 4  磁気光学ステーション
 10テスラ以上の高磁場中における磁性体の光物性実験により物質の電子構造をその磁気的性質と関連させて解明する。
 
 SPring-8ではその極めて小さな電子ビームのエミッタンスのおかげで、F/100以上という実験室光源やコンパクトSRでは考えられない程の優れた赤外分光用のOpticsを実現することが出来る。以上に挙げた実験は全てこの恩恵をフルに利用した実験である。
 
5.現状と今後の予定
 現在設計及び発注作業が進んでいる。本BLの具体的な説明は次々号に掲載する予定である。
 今後の建設スケジュールに関しては、’99年夏期長期シャットダウン中に収納部内の工事を含めて光分器から上流の部分を全て完成させる予定でおり、順調にいけば9月の第9サイクルには実験ホール側に放射光を取り出して干渉計から下流の据え付け・調整に入れる予定である。
 又’99年4月1日から、このBLの担当者としてJASRI利用促進部門の森脇太郎氏が配属となった。
 
6.最後に
 一本のBLが陽の目を見る影には周りからの多くの支援が隠されている。特に、SPring-8の目指す波長とは一見その対極にある領域での利用研究を目指す赤外BLが実現した(正確には「しつつある」)のは物質科学が一見関連のなさそうな他分野の研究に支えられる部分が多いということを(利用波長領域を異にするが)暗黙のうちに理解していただけた多くの研究者の理解と協力の御陰である。記して謝する。
 
  
難波 孝夫 NANBA  Takao
神戸大学大学院自然科学研究科教授
〒657-8501 神戸市灘区六甲台1-1
TEL・FAX:078-803-5642
e-mail:Nanba@phys.sci.kobe-u.ac.jp
略歴:1974年10月 東北大学大学院理学研究科後期課程修了、
同年東北大学理学部助手、1989年神戸大学助教授を経て1992年より現職。理学博士。日本物理学会、応用物理学会、日本放射光学会、日本高圧学会、日本分光学会各会員。
研究テーマ:強相関電子系の光物性。
趣味:仏像拝顔。



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794