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Volume 04, No.3 Pages 53 - 64

3. 共用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE

平成10年度整備偏向電磁石ビームライン
Bending Magnet Beamlines Constructed in the 1998 Fiscal Year

後藤 俊治 GOTO Shunji

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 JASRI Beamline Division                       

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1.概要
 平成10年6月の補正予算により4本の偏向電磁石ビームラインの整備が加えられた。その後、急ピッチでビームラインの各要素、ステーション機器の仕様確定、発注、および製作がなされ、現在、ハード的にはほぼ完成している。4本のビームラインの内訳は、日本原子力研究所担当分の粉末回折ビームライン(BL02B2)、汎用白色偏向電磁石ビームライン(BL28B2)、理化学研究所担当分の汎用単色偏向電磁石ビームライン(BL40B2)、および高エネルギー単色偏向電磁石ビームライン(BL04B2)である。 ビームライン配置の経緯については、すでに報告されている通りで、実験ホール全周を見渡して、今後のビームライン増設にとってできるだけ場所的に障害とならないことを配慮して選ばれた[1]。その上で、隣接ビームラインとの境界条件を解決しつつ、また、それぞれの光学系、ステーション機器について考慮しつつフロントエンド、光学系・輸送チャンネル、遮蔽ハッチのアウトラインが決められた。 ここまでくると各仕様の詳細を決めるのはそれほど難しくなく、過去の標準偏向電磁石ビームライン建設の経験に基づいて各ビームラインの仕様、構成が具体化されていった。仕様のいくつかについては、現在稼動中のビームラインの使用経験に基づいた反省から若干見直された点も含まれている。
 本報告では、4本の偏向電磁石ビームラインについてフロントエンド、光学系・輸送チャンネル、遮蔽ハッチ、制御・インターロック、および実験ステーションの概要、および現状について述べる。 なかには、これらのビームラインに限らず、ビームライン全般に関わる記述も含まれるが、この場にて報告することにする。 
 
  
 
図1 フロントエンド機器配置図(BL02B2)
 
2.各ビームラインの仕様・構成

2-1.フロントエンド
(1)フロントエンドの構成・仕様
 BL02B2、BL04B2の2ビームラインに関してはこれまでにも増して遮蔽ハッチ、フロントエンド、光学系・輸送チャンネルをどのように構成するかが問題となった。すなわち、既存のBL02B1、BL04B1ハッチの裏側にあたる狭いスペースをどのようにし、その下流にいかにしてビームラインを展開させるかが最大の課題となった。イオンポンプ系による超高真空セクションとターボ分子ポンプ系による高真空セクションのどちらがより保守の頻度を少なくすることができるかという検討の結果、収納部出口からフロントエンドの超高真空のビームパイプを下流に十数m延長することとした。また、既存のハッチの側面を共通壁として用いるのは、ハッチ工事が容易でないとの判断から、周囲をフロントエンド遮蔽体により囲うことを基本方針とした。この部分はいわばパネル解体が容易なミニハッチで、フロントエンド真空コンポーネントの保守の際には取り外し可能な構造とした。 これは既設のBL08W、BL14B1の裏にあたるBL08B2、BL14B2の建設においてもひとつの解決策を与えるものとなろう。
 今回建設分のフロントエンドの特徴は、従来の偏向電磁石(BM)用のものと異なり、積極的に水平取り込み角を制限したことにある。これは、各ビームラインの光学系がクロッチアブソーバで決まる最大水平取り込み角を必要とせず、マスク等により収納部内で必要な水平取り込み角にすることが遮蔽の観点からもより好ましいからである。 B2ビームラインからの放射光は、蓄積リングにあるクロッチアブソーバによって全幅で2.1mradの拡がり(トータルパワー:309W@100mA運転時) に成形されてフロントエンドに入ってくる。従来のBM用フロントエンドでは、B1ビームライン用も含めて、ほとんどこの拡がりを遮ることなく輸送チャンネルに送っていたが、BL02B2、BL04B2では0.73mradに、BL28B2、BL40B2では1.2mradに制限した。典型的な例として、BL02B2のフロントエンド機器配置を図1に示す。この中で放射パワーの制御に寄与する機器としては、MBS閉時に全放射パワーを受けるアブソーバの他に、前置マスク、主マスク、BMサブマスクがある。設計コンセプトの一つである標準化の観点から、面間寸法や冷却構造といった形状的な設計は標準型のものと同一とし、取り込み角を決定する受光部の寸法のみ変えることを基本方針とした。その結果、
・前置マスクは標準型と同じで1.82mradに制限
・主マスクはB2用の共通のものとして1.42mradに制限
・BMサブマスクで上述の各ビームライン毎に要求される取り込み角に制限
することにした。輸送チャンネル・光学系の必要とする取り込み角はもっと小さなものであったが、 BMサブマスクでの出口開口サイズが極端に小さくなることによる真空的なコンダクタンスの減少が粗排気やベーキング時の障害とならないように本寸法に落ち着いた。このように水平取り込み角を制限したことにより、フロントエンド遮蔽体内に設置される壁外ニップルのパイプサイズをICF114対応のものにし、コンパクトにすることができた。その場合でも、関連する設置誤差が全て最も大きい場合を想定しても、パイプ内壁と放射光とのクリアランスは15mm以上確保できるので問題はない。今後も光学系の要求に合わせて、同様の方針が採られることになる。
 また、従来の仕様からの大きな変更点として、光軸調整用フィルタの駆動方式をステッピングモータ駆動から圧空駆動に変えたことが挙げられる。当然のことながら、駆動方式が変わっても2種類のフィルタが選択できる仕様は変わっていない。光軸調整用フィルタは、低蓄積電流での試験調整時にスクリーンモニタで光軸確認をおこなう際に挿入され、放射光の低エネルギー成分を除去する役目を担っている。今までは制御系からステッピングモータにより動かし、ビームラインインターロックがそれとは独立に開閉ステータスを監視するようになっており、使用できるのは低電流蓄積時かつインターロックがMANUALモードである場合に限られていた。すなわち、人間の条件判断が介在していたため、SPring-8の運転開始当初、インターロックがAUTOモードの状態で誤ってフィルターを挿入することにより機器保護上ビームアボートさせてしまうことが何度か生じた。 今回の変更により駆動出力、ステータス取り込み、モードを含めた各条件での駆動の可否をインターロック系がすべて管理することになったことから、光軸調整用フィルタ誤操作によるビームアボートという事態は今後起こり得なくなった。挿入光源用フロントエンドの光軸調整用フィルタも今後建設分のものは同様の仕様が採用される。
(2)フロントエンドの建設状況
 マシン収納部内の建設は、平成10年度冬期運転停止期間中(1998年12月19日〜1999年1月24日)に完成させねばならず、また他の既設ビームラインでも高度化に向けたフロントエンド改造工事を実施したため、今までで最も過酷な停止期間となった。さらに大変だったのが壁外作業である。従来のFEと比べて壁外部の長さが約15mも延びたことと、フロントエンド遮蔽体内の作業エリアが非常に狭いために、ハッチ側との工事の干渉が今まで以上に発生した。お互いの工事期間が短く限定されていたためこの事態は仕方のないものであったが、ハッチ完成後にフロントエンドを建設するスケジュールが両者にとって理想的である。
 できるだけフランジ接続箇所を減らすために壁外ニップルの長さを最大4mとしたためベーキング時の熱膨張に起因するトラブルが心配であったが、スムーズな逃がし構造とベローズによる吸収が設計通りに働き、壁外の超高真空も順調に立ち上がっている。 

 

表1 BL02B2、BL04B2、BL28B2、BL40B2の各ハッチの基本仕様  

 
 
 
2-2.放射線遮蔽ハッチ
 放射線遮蔽ハッチは、輸送チャンネルの機器、試料等で散乱された放射線を法的に定められた許容線量以下に遮蔽するものである。本稿では、ハッチ設計における基本的な原則、一般事項に重点を置いて述べる。ハッチの基本構成要素は、フロントエンド部が格納されるフロントエンド遮蔽体、輸送チャンネルが格納される光学ハッチ、実験ステーションが収納される実験ハッチおよび冷却水、電力等のユーティリティー等に大別される。対象となるビームラインの性格によってこれらの基本要素の寸法、構成およびが配置が決定される。表1にBL02B2、BL04B2、BL28B2、BL40B2の各ハッチの基本仕様を示す。
(1)全体配置
 BL04B2のハッチ全体配置を図2に示す。ハッチの全体配置は、基本的には光学系、ステーション機器、既設ハッチ等の境界条件によって決定された。光学ハッチ上流側はマシン収納部の収納壁に連結される場合と分離される場合があるが、分離される場合にはフロントエンド遮蔽体が設置される。光学ハッチと実験ハッチが分離された構造の場合はシールドパイプで連結される。隣り合うビームラインとの干渉については、「隣り合うビームライン光軸との角度二等分線を越えない。また上流側ビームラインとの二等分線に関しては光源点から40m以上の区域に関しては更に2等分線から±0.5mの不干渉領域を設ける」ことを原則としている。
(2)フロントエンド遮蔽体
 図2に示すBL04B2の上流側に既設BL04B1ハッチが示されている。このようにB1ビームラインが先行して建設された場合は、既設ハッチと収納壁との間隔が狭く標準ビームラインコンポーネントを設置することは困難である。したがってこの部分はフロントエンドが延長されており必要最小限のフロントエンドコンポーネントが設置されている。
 フロントエンド遮蔽体はこの部分を覆う遮蔽体であり、人が内部に立ち入ることができないよう必要最小限の大きさとなっている。フロントエンド遮蔽体は、厚さ10mmの鉛板を鉄ではさみこんだサンドウィッチ構造のモジュールで構成される。このモジュールはフロントエンドコンポーネントのベーキング等のメインテナンスの際には容易に脱着できる構造である。
(3)ハッチパネル
 ハッチパネルは、鉄・鉛・鉄のサンドウィッチ構造のモジュールで構成される。鉛板の厚さは表1に示してあるがBL40B2光学ハッチ側面部の括弧内の数値はBL40INハッチとの共通壁の部分をあらわす。 ハッチモジュール間の隙間には補助遮蔽が施され、ハッチ壁と収納壁、床面には一辺200mm、厚さ4mm以上の鉛のL型遮蔽体が設置されている。ハッチ構造および施工は耐震クラスC以上の耐震構造を有している。
(4)扉
 ハッチには自動扉および手動扉が備えられている。自動扉は通常人が出入りする為の扉で、手動扉は物品の搬出入のために用いられる。扉の敷居部分に関しては床を掘り、ステンレス製のガイドを設け、その下には厚さ4mm以上の鉛の遮蔽体が納められている。自動扉の駆動は圧搾空気により、ハッチ内・外の開閉ボタンにより操作する。開閉ボタンはLED自照式であり、操作可能時のみ点灯する。自動扉の安全装置としてエリアセンサ、タッチセンサが備えられており、タッチセンサ感知後の空走距離は5cm以下に規定されている。自動扉には電気錠、手動扉には内側からの施錠機構が備えられており、扉開閉状態の他にそれらの錠の状態もビームラインインターロックに取り込まれている。
 光学ハッチでは、分光器設置位置の正面に自動扉と手動扉を組み合わせた開口2mの両開きスライド扉を設置することを基本としている。BL40B2の場合はBL40INハッチとの干渉のため上記原則を踏襲せず、モノクロメータ設置位置には開口2mの手動扉を取り付け、別に開口1mの自動扉を設けている。
(5)ケーブルダクト
 ハッチ天井および側面にはケーブルおよび配管等ユーティリティをハッチ内部に導入するケーブルダクトが設置されている。天井部ケーブルダクトは、ビームラインインターロック用ケーブル、ユーティリティ等恒常的に設置される配線、配管に用いられ、側面ケーブルダクトは一時的な配線、配管等に使用する。光学ハッチには一時的な配線、配管等はほとんど想定されないので側面ケーブルダクトは設けていない。
(6)ケーブルラック
 ハッチ天井には、動力線用と信号線用の幅500mmケーブルラックが2段重ねとして設置されている。ハッチ内には動力線用と信号線用の幅300mmケーブルラックが2段重ねとしてハッチ内を周回するように巡らされている。ただし、光学ハッチ内収納壁側のケーブルラックは光軸から550mm収納壁側に離れた位置に配置することを原則とし、この他にビームと直角方向に分光器付近で渡されている。
(7)給気、排気ダクト
 ハッチ天井部には原則として3mおきに交互に給気ダクトおよび排気ダクトが設置されている。給気ダクトは、蓄積リング収納壁に既設の空調ダクト吹き出し口に繋ぎ込まれており、排気ダクトからの総排気量は毎時ハッチ体積の10倍以上である。
(8)冷却水、圧搾空気、電気等
 冷却水、圧搾空気のサービスポートが光学ハッチ内2ヶ所、実験ハッチ内1ヶ所に設置されている。 冷却水分岐ポートは4系統の冷却水の供給停止が独立におこなえ、圧空分岐ポートは6系統の圧搾空気の供給停止が独立におこなえる。配管は基本的にすべてステンレス管であり、冷却水基幹配管は口径25A、ハッチ内への冷却水配管は10A、圧搾空気基幹配管は20A、ハッチ内への冷却水配管は10Aである。
 三相200Vおよび単相200V各3個口のコンセント盤が光学ハッチ内2ヶ所、実験ハッチ内1ヶ所に設置されている。対応コンセントは松下電工㈱引掛防水ゴムコードコネクタWF8330およびWF8340相当品である。AC100V系統については、3個口以上の抜け止め型コンセントがハッチ内外に取り付けられている。上部デッキまたはコントロールラック近傍は別系統の専用コンセントが設置されている。電気配線は、原則として実験系と光学系、制御系は各々独立にクラスター化させ、不用意な機器の接続によってビームライン全体に影響をあたえる可能性を少なくしている。  
 
 
 
 
 
図2 BL04B2ハッチ全体図
 
2-3.輸送チャンネル・光学系
(1)輸送チャンネル
 フロントエンドの下流に続く輸送チャンネル・光学系の構成を図3に示す。光学系に応じてそれぞれの特徴をもつが、BL04B2の水平偏向の分光器を除けばごく標準的な偏向電磁石ビームライン用コンポーネントによって構成されている。ただし、スリット、スクリーンモニタなどは使い勝手や送り精度等について考慮し構造等に少しずつ改良が加えられている。今回、BL04B2、BL40B2では光学ハッチと実験ハッチが分離されたためその間は鉛を巻いたシールド真空パイプによって接続することにした。今後も隣接ビームラインとのスペースの取り合いから分離型のハッチ構成をとるビームラインが建設されると想定されるため、シールド真空パイプも標準コンポーネントに加えられる。
 輸送系の排気ユニットもこれまでと同様で300L/sクラスのターボ分子ポンプとオイルフリーのスクロールポンプを適当に配置することにより高真空を維持する。ただし、インターロックに取りこむ真空計についてはコールドカソードゲージでなく電離真空計を採用することとなった。長時間の使用においてこれらの得失についても調べていく予定である。
 輸送チャンネル機器の据え付けについては3月末から開始され、すでに確立されたアライメント・据え付け手順により据え付け作業が順調に進められている。5月の連休前には大半の作業が終えられている予定である。
(2)各ビームラインの光学系の特徴
 第一期標準偏向電磁石ビームラインであるBL01B1、BL02B1の光学系の特徴は、
・前置コリメータミラーによる高エネルギー分解能化
・二結晶分光器第二結晶によるサジタル集光と、後置集光ミラーを用いた二次元集光
・分光器を傾斜架台、集光ミラーを昇降架台上に設置したカットオフエネルギーの可変化
・可変傾斜分光器での反射指数の切り替えによる広エネルギー範囲のカバー
と、多様なニーズに応えるという意味では申し分ない構成であったが、これらの特徴をまんべんなく引き出すための調整はかなりの労力を必要とするし、その分コストも要した。これに対して、今回の単色ビームラインであるBL02B2、BL04B2、BL40B2の光学系は許される範囲で各実験ステーションの使用目的に特化した色合いが強く、各実験ステーションの要求においてあまり重要視されない機能を無くしてしまうことによりコストダウンが図られた。多機能でなくした分だけ短期間にその性能を引き出すことが可能となるものと考えられる。
 それぞれの光学系の特徴について簡単にまとめると、以下のようになる。
(a)BL02B2
 高分解能粉末X線回折において、ビームラインに要求されるX線の特長は、高平行度および高エネルギー分解能である。そこで、本ビームラインでは水冷の前置コリメータミラーと標準二結晶分光器によりエネルギー分解能の向上を図る。また、このミラーには、分光器に入射されるX線を平行光にすることに加えて、分光結晶にかかる熱負荷を軽減する効果もある。ミラーの視射角は2mrad固定で最大30 keVまでのエネルギーに限定されるが、通常使用するX線のエネルギーが25keVであることから、高調波は十分に低減される。ミラー以降のコンポーネントは分光器を除いて斜め上4mrad傾けて設置される。
(b)BL04B2
 ブラッグ角を3°に固定し、結晶の反射指数を切り替えることにより30keV以上のエネルギーを離散的に選択することが可能である。Si 111反射で37.8 keV、220反射で61.7keV、311反射で72.3keVなどが得られる。 反射方向は下流に向かって水平右方向で、分光器下流のコンポーネントは6°に曲げられて設置される。
 ミラーのベンダー機構と同一のものを有し、子午線方向に結晶をベントすることにより横方向の集光を可能とする。
(c)BL40B2
 標準分光器により分光後、後置シリンドリカルミラーをベントさせることにより二次元集光を図る。 ミラーの視射角は固定で、最大20keVまでの使用と集光効率の点から3.2mradが選ばれた。反射方向は斜め下であり、ミラーの下流のコンポーネントは6.4 mrad傾けて設置される。
(3)分光器および分光結晶
 BL02B2およびBL40B2に設置される標準型二結晶分光器については、駆動機構が3月末に納入され、現在その性能を評価中である。図4にその評価の様子を示す。今回の分光器はこれまで得られてきた性能を損なうことの無いようにした上で全体の設計が見直され、今までかなりの負担になっていた立ち上げの作業が軽減できるように改善された。また、結晶への水配管のデザインも変更され、流水時の振動による分光性能の低下を防ぐものと期待される。分光結晶は可変傾斜配置によりSi 111、311、511反射を切り替えて使用する標準品が準備済みで、第一結晶はフィンによる直接水冷であり、第二結晶は使用者の希望により間接水冷平板結晶と集光ベンド結晶が選択できる。
 一方、BL04B2の分光器は基本的に700mm長のミラー調整機構をベースとしたもので1枚振りの分光器である。主な違いはブラッグ角3°に合わせて入射側、出射側のフランジにあらかじめ3°のオフセットがつけられている点である。分光結晶の大きさは700mm×50mm×20mmのシリコン単結晶で、切削および研磨が順調に進んでいる。分光器はすでに光学ハッチ内に設置され、個別の軸調整、動作確認、配線、配管作業等を待つのみとなっている。
(4)ミラーおよびミラー調整機構
 BL02B2では、高エネルギー分解能を得ることを目的としてミラーを分光器の上流に設置し、コリメータミラーとして使用する。ミラー形状は平面形状の母材をベンダーで子午線方向に湾曲して得られる円筒面形状である。ミラーには最大200W程度の熱負荷がかかるため、間接水冷却機構が側面に取り付けられる。母材は熱特性の優れたシリコン単結晶で、コーティングはPtである。
 BL40B2では、ミラーを分光器の下流に設置し、二次元集光ミラーとして使用する。ミラー形状は曲率半径70 mmのサジタル円筒面の母材をベンダーで子午線方向に湾曲して得られる擬似トロイダル形状である。ミラーには熱負荷がかからないため、冷却機構は使用しない。母材は石英で表面コーティングはRhである。
 ミラーの寸法はBL02B2用、BL40B2用共に長さ1m、幅100mm、厚さ50mmである。子午線方向のslope errorは3µrad(rms)以下、micro-roughnessは0.5nm(rms)以下である。
 ミラーベンダーは、SPring-8標準のクランプ回転型湾曲機構である。この機構は4点荷重型湾曲機構の動作安定化を計ったもので、ミラーの光軸方向の両端部をクランプし、両端に同等な曲げモーメントを加えるものである。形成される曲面は円筒面である。
 現在、両ビームラインのミラー本体および湾曲機構は製作が完了し、ミラー調整機構については光学ハッチ内への据付作業が完了し、最終的な調整が進められている。   

 

 

 

図3 輸送チャンネル・光学系の構成
 
 
 

 図4 標準分光器の評価の様子 
  

2-4.制御・インターロック
 SPring-8におけるビームライン制御システムは、挿入光源、フロントエンド、および輸送チャンネルの全てのコンポーネントと遮蔽ハッチ等の放射線安全に関わる機器を総合的に管理するシステムとして、入射器系から実験ステーションにおけるユーザインターフェース部まで、幅広くカバーする制御系である。
 ビームライン制御システムは、大別すると、(1) 光学系の精密ハンドリングを主体としたデータ収集系を含んだ機器制御、(2)ビームラインの運転に伴う人的保護および機器保護を目的としたインターロックシステム、および、(3)安全性と作業効率の高いネットワークシステム、により構成されている。
 ビームライン制御システムは、機器フロントエンドシステムとしての下位VME系と、実験ユーザー用オペレータコンソールとしてのビームライン管理ワークステーションとがネットワーク上に配置された「ネットワーク分散型」の制御系となっている。これらは、複雑かつ高度なネットワーク通信技術の上に成り立っているため、昨今騒がれ出したネットワークにおけるセキュリティ問題は、ビームライン制御システムにおいても十分な考慮が必要となる。 その解決策として、「ファイアウォール」により隔離した制御専用のネットワークを張り、安全性の高い制御環境を構築している。
 安全で円滑なビームライン運転を実現するためには、加速器制御系や安全系との密接な情報交換が必要となる。 各制御系との取り合いは、蓄積リング制御用ネットワーク上に置かれたデータベースサーバを介しておこなっている。また、データベース上に記録されたデータは、SPring-8内においてWebにより閲覧することができることは特筆すべき点である。
 ビームライン制御システムは、ビームライン調整や簡単な運用にあたって必要なGUI(Graphical User Interface)等の必要最低限度の操作をおこなうためのプリミティブな制御機器群により構成されている。実際のユーザー実験等においては、実験ステーション機器の制御用コンピュータなどの、さらに上位の制御システムが必要となると考えられる。 そのためビームライン制御システムでは、上位制御システムを想定したインターフェースを用意することにより、実験ステーション機器とモノクロメータやミラーとの連携操作など、さらに高度な制御系の構築が可能なシステム設計としている。インターフェースとしては、最近のコンピュータシステムのほぼ全てにおいて利用可能な、RS-232CとEthernet上のBSD Socketを採用した。
 ビームラインの運用において最も重要な放射線防護のために、人的保護を目的としたインターロックシステムを構築している。インターロックシステムはビームライン毎に独立したシーケンサにより構成され、ビームライン管理ワークステーションと専用ネットワークを介して、緩やかに結びついている。 このインターロックシステムは、ビームラインの健全性を保つため、真空や高熱負荷からの機器保護も担保している。機器構成として、高い信頼性と将来の高度化に対応の容易なPLC(Programmable Logic Controller)を採用した。今回採用したインターロックシステムは、これまでの経験をもとにした改良をおこない、新たなインターロックシステム基本設計(BLIS98)に基づいて構築している。一例として図5にBLIS98におけるフロントエンド部の操作画面を示す。レベル化されたアラーム表示など、視認性・操作性を考慮した改良が随所に見られ、誤認による誤った操作を防ぐユーザーフレンドリな画面レイアウトを実現した。同時に、操作レスポンスの高速化がおこなわれている。MBSの開閉、退出シーケンスの許可状態など、きめ細かい情報表示により、迅速な異常時対応が可能となっている。また、ビームラインにおける全てのインターロックステータスをデータベース化することにより、迅速な異常時対応が可能となっている。 
 
 
 
図5 BLIS98におけるフロントエンド部の操作画面 
 
  
 
図6 粉末回折ビームライン用回折計の構造
 
3.実験ステーション
 
3-1.粉末回折ビームラインBL02B2
(1)実験の目的・概要
 本ビームラインでは、粉末試料のX線回折実験から得られる結晶構造の情報を基に、物性との関係等を明らかにすることを目的として研究をおこなう。 精密結晶構造解析には、これまで単結晶試料がよく用いられてきた。ところが、粉末試料においても、放射光をX線回折に用いることにより、極めて高精度の回折パターンが得られるようになった。最近では、回折パターンから求められる電子密度分布を基に、物性との関係が活発に議論されている。本ビームラインでは、粉末試料に高平行度・高エネルギー分解能なX線を照射し、角度分散法によって回折実験をおこなう。本回折計では試料の温度を12Kから1000Kまでの広範囲で変化させることができるため、結晶構造学や物性研究において極めて有効な装置になるものと期待される。
(2)回折計
 図6に回折計の構造を示す。回折計には、IP(イメージングプレート)を検出器としたデバイシェラー型カメラを採用した。フィルム距離を約300mmと大型にしたこと、IPの読み取りが50µm□であることから、高い分解能が得られる。また、回折角80°の範囲を二次元検出器のIPを使用して検出することから、短時間での実験が可能である。通常、試料保持にキャピラリを使用した透過法による実験をおこなうが、高エネルギーX線を用いることから吸収補正が少ない高精度な実験が可能となる。試料の選択配向を考慮し、ステッピングモータを使用した試料のω回転も可能である。
 回折計のアタッチメントとして、カウンタアーム、分光結晶そして放射型スリットも取り付け可能である。分光結晶を使用したカウンタ法により、より高分解能な実験が可能である。また、IPをストリークカメラとしても使用でき、温度変化に伴う相転移現象等の観測も可能である。さらに試料のω回転とIPを制御して、単結晶ワイセンベルグカメラとしても使用できる。低温実験には、He循環式低温装置を用意した。これにより12Kまでの低温実験が可能である。また、高温実験には高温空気吹きつけ装置を用意したので1000Kまでの実験が可能である。回折計の制御には、制御用コンピュータ上にGUI(グラフィカルインターフェース)を用意したので、操作しやすく、回折計の予備知識が少ない方にも容易に実験が可能である。 
 
 
 
図7 高エネルギー単色偏向電磁石ビームライン用機器 
 
3-2.高エネルギー単色偏向電磁石ビームラインBL04B2
 BL04B2は高エネルギーX線回折用のビームラインであり、使用できるX線は、先に述べた通り、通常の回折実験用ビームラインで使用される領域より高いエネルギー値に設定されている。既存の共用偏向電磁石ビームラインではおこなわれていなかった高エネルギー領域での集光光学系を組むために、本ビームラインでは水平偏向の湾曲結晶型分光器が採用されている。湾曲結晶の曲率を変更することによって焦点位置の調整が可能で、準平行光を利用することも検討されている。
 BL04B2では、高エネルギーX線による高波数領域までの回折・散乱プロファイルの測定を目的としたり、高透過能を利用した試料アセンブリを要する実験等をおこなう。実験ハッチ内には、以下に記す (1)〜(4)の計4台の測定装置が収納され、図7に示されるような形で直線的に配置されている。これらの装置は同時使用される訳ではなく、採択課題数に応じたビームタイム配分がおこなわれる。
(1)高エネルギー放射光用イメージングプレート(IP)回折装置:図7①
 平板型IPを装備した汎用粉末X線回折装置であるが、ダイヤモンドアンビルセル(DAC)を使用しての超高圧X線回折実験装置として設計されている。使用する高エネルギーX線(38〜70keV)の高透過性を利用する。超高圧が発生するために観測窓の大きさが制限され、取り出し角が狭くなっているDACにおいても、高波数領域の回折線の測定が可能である。 また、相反する低波数領域の分解能を得るために、可変のカメラ距離が最大2000mmまで確保されている。本装置は前述の集光系の焦点位置にDACが置かれるように配置され、高圧実験では本ビームラインでの微小試料に対する最大X線フラックスが利用できる。
(2)高エネルギーX線回折計:図7④
 本装置においては、高エネルギー単色X線(60 keV以上)を用いて、液体やガラス等のランダム系物質の散乱パターンを高い波数ベクトルQまで透過法で測定することにより、既存の装置によるものより一段と精度の高い構造解析を目指す。本装置は、試料部に高温電気炉を有し、検出系にシンチレーションカウンタの他、半導体検出器や位置敏感検出器が配備され、高エネルギーX線に対応するスリット系への工夫が施されている。
(3)超臨界金属流体X線小角実験装置:図7②
 水銀のような高い臨界点を有する金属流体を対象に、臨界点近傍の密度揺らぎ等の長距離構造を研究するため、高透過能を利用し、高温高圧X線小角散乱実験をおこなうための装置である。検出器には (1)に装備されたIP測定・読み取りシステムを使用する。この場合、カメラ距離が約4mとなり、小角散乱実験が可能となる。コンプレッサー等の高圧機器は実験ハッチ内に収納される。
(4)ワイセンベルク型単結晶X線回折計:図7③
 本装置そのものは従来型の装置であるが、高エネルギーの単色X線を用いることによって、結晶内でのX線吸収や消衰効果による影響を極力除いた、高精度の結晶構造解析が実現できる。湾曲型IP自動読み取り機構を装備しているため、効率の良いデータ収集が可能である。
 
3-3.汎用白色偏向電磁石ビームラインBL28B2
 BL28B2は、ビームラインとしては分光器を持たない白色ビームラインであり、X線トポグラフィを主目的とした汎用回折装置が設置される。本回折装置は、光軸と垂直に並進移動して光軸と回転中心を一致させる光軸調整架台上に搭載される。
 回折装置本体は垂直回転軸のω-2θ二軸ゴニオメータの2θアーム上に水平回転軸を搭載し、この水平回転軸アーム上にX線TV等の画像検出器が搭載される。ω軸上の試料方位調整機構として、水平直交方向の並進移動機構、二軸のスイベルステージ、垂直方向の昇降ステージがこの順番で搭載されている。すべての軸は、SPring-8標準の5相ステッピングモータで駆動される。この装置では、回折装置の直前に分光結晶を置いて、単色X線を試料に入射することも可能である。
 試料環境制御装置として、赤外高温装置が装備されており、高温実験に対応している。また、BL20B2の単色トポグラフ装置用に用意されたクライオスタットを用いた低温実験に対応することも検討されている。 
 

 
 
図8 BL40B2で想定されている実験のモード
   (a) 小角散乱長尺配置
   (b)同短尺配置
   (c)結晶回折基本配置
 
3-4.汎用単色偏向電磁石ビームラインBL40B2
 このステーションでは、モード変更することにより小角散乱実験と蛋白結晶回折実験の両方をおこなうことができる。図8にBL40B2で想定されている実験のモードを示す。モードの変更は、小角散乱実験におけるX線の焦点を検出器に近接させ入射光から小角度域の散乱あるいは回折を記録する目的と、蛋白結晶解析における大きな角度を持つ回折点を記録する目的のために必要となる。このステーション設計では、汎用性を重視し、実験室での回折実験とかなり近い使い方ができるように考慮した。したがって、開発要素は含まれていない。
 本ビームラインでは、偏向電磁石からの放射光をSPring-8標準二結晶分光器で分光後、全反射ミラーで集光し、12keVのときおよそ1012 photon/secの強度のX線が得られる。 回折実験をおこなう場合、使用可能な波長範囲は0.7〜1.8Åある。小角散乱実験モードにおいて、X線は実験ステージ上の4象限スリットを通過し可動試料台上の試料を貫き真空パス内のビームストッパでとらえられる。回折X線はパスのカプトンあるいはマイラ膜を抜け、固定カメラ長 400mmもしくは1000mmの位置で検出器を露光する。結晶回折実験モードにおいては、結晶を倒置型のゴニオメータヘッドに置く。カメラ長は150 mmである。検出器として300×300mm2以上の検出面をもつ自動読みとり検出器を設置する。結晶解析においては、クライオ実験ができるように機器の整備と配置をおこなう。図9に結晶解析基本モードを示す。光源側上流から、シャッター・スリットユニット、ビームパス、倒置型ゴニオメータユニット、検出器がステージ上にある。小角散乱実験モードのとき、ゴニオメータユニットがステージの下に収納され、検出器がビームパスに近接する。ステージはフレキシブルに使用でき、小角用パスの分割、あるいはパスおよび検出器全ての待避ができる。
 
 
 

図9 BL40B2ステーション機器(結晶解析基本モード)
 
4.おわりに
 以上述べてきたように、随所に改善および新たな施策を交えつつ、また、既存ビームラインとの折り合いをつけつつ、4本のビームライン共にほぼ同じペースで順調に建設、機器の整備が進められている。 夏期停止期間前後には試験調整運転がはじめられる見通しである。
 これらのビームラインの仕様確定および建設にご協力いただいた多くのSPring-8利用系スタッフの皆さん、および、利用者懇談会の関連サブグループメンバーに感謝します。また、ビームライン建設に関して各方面にてご尽力を頂いた原研、理研、財団の事務の皆様、多田室長をはじめとする安全管理室の皆様に感謝します。
 
参考文献
[1]石川哲也:SPring-8利用者情報Vol.3,No.5,7〜10(1998)

 

後藤 俊治 GOTO  Shunji
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン部門
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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