Volume 04, No.2 Pages 1 - 4
1. ハイライト/HIGHLIGHT
SPring-8の発展をめざして
Future Prospects of SPring-8
SPring-8は供用開始以来1年半近くになり、先行したビームラインは立ち上げが済み、本格的な実験へ移行しつつあります。これまで多くの関係者のご尽力により全体的に順調に進展しています。試行錯誤の面もありますので、放射光利用をいっそう円滑に進めるために知恵を出しあっていく必要があります。
ここでは、これまでSPring-8内外でいろいろな機会に話題になり、また議論されてきたことをいくつか取り上げてみます。さらにそれらの議論が煮詰まり、SPring-8の活動に反映されていってほしいと思います。
<ビームラインの拡充と利用>
ビームラインの性格づけ
ビームラインは当初、研究課題名の例えば「XAFS」ビームラインというように「課題」型で表されていましたが、その後、「高フラックス」ビームラインというように「ビーム特性」型で表されるものが多くなってきました。これはつぎのような事情によります。ビームラインには3つぐらいの実験ステーションが並びますが、研究課題の守備範囲の大きさによっては必ずしもそのすべてを占有する必要がない場合があります。つまり、あるビーム特性をもつビームラインをつくれば、それに適したいくつかの研究課題の実験ステーションが設置できることになります。
ビームラインの利用方式
第3世代大型放射光施設のESRF, APSとビームラインの利用モードを比較してみますと、共用ビームラインと専用ビームラインをもつSPring-8はESRFに近いようです。APSはCAT方式によるプロジェクト研究を全面的に採用していますので、研究目的によっては類似の実験装置が並ぶ場合がありますが、各ビームラインごとに“企業努力”が発揮されて、焦点を絞った研究の中から効率よくすぐれた成果が得られるようにしています。
SPring-8での共用ビームラインは一般利用者に広く開放され、多岐にわたる研究がかなり平均化して割り振られたビームタイムで実施されています。第2回利用期間(H10.4〜H10.10)では応募数305件、採択数229件(採択率75.1%)、第3回利用期間(H10.11〜H11.6)では応募数392件、採択数258件(採択率65.8%)でした。この利用モードを中心としつつも、現在建設中のかなり多くのビームラインが立ち上がった段階で、プロジェクト型を加えてはどうかという考えがあります。これはある研究課題を期間を限定して重点的に実施するものです。研究の実体にあわせて利用モードを多様化することにより全体的に高いレベルの成果がより多く見込まれると期待されるからです。一方ですでに試行的な研究に対するビームタイムの割りあてが部分的にありますが、今後、試行実験用や初心者用の枠の確保も必要でしょう。これにより本番の実験を効果的に実施できますし、放射光利用研究をこれから始めようとする方の小手調べとしても役立ちます。
21本目以降の共用ビームライン
現在稼働しているビームラインは第1フェーズの共用ビームライン10本、兵庫県(1本)と産業界(2本)の専用ビームライン3本、原研3本、理研3本とR&D用1本の合計20本です。共用ビームラインは20本目まで整備の見通しが得られていますので、21本目以降についてビームライン検討委員会で検討されることになりました。従来どおり利用者懇談会のサブグループなどから共用ビームライン計画趣意書が提出されます。今回は特に施設者側からも提案を求められています。これは、すでに建設済みと建設中のビームラインが多数あり、それらの利用状況や将来にわたる利用研究の見通しなどについてJASRI自身がかなりの情報や見解をもっているので、それも勘案して全体的に整合のとれた形で検討したいという意向であると思います。そこで以下では施設側で議論されていることを私見を含めて紹介します。
SPring-8の共用ビームラインを増設してゆくにあたって第一に重要なことは、X線領域で高輝度光が必要な研究はほとんどすべてカバーできるようにするべきであることです。つまりごく特殊な課題のほかは、いずれかのビームラインで実験が可能であるようにするのが必要でしょう。軟X線領域についても、約500eV以上で際立った実験が可能ないくつかのビームラインが考えられます。
増設の際にまず急いで対応しなければならないのは、利用者が過密になっている相乗りのビームラインをできるだけ解消することでしょう。「分析」と「磁気吸収」はその例です。
分野別に見ますと、物質科学では「表面・界面」、「磁性」、「構造物性」などの研究をもっと重点的におこなえるようにする必要があります。生命科学では関係するビームラインの数はESRFやAPSと較べて遜色がなくなっていますが、将来的に微小結晶解析用、時分割測定用などのビームラインの必要性が指摘されています。
またRI実験棟へあと2本のビームラインの導入が考えられます。医学利用実験棟への3本目のビームラインは先行している2本のビームラインでの基礎実験の結果をもとにした医学利用研究検討会での検討を待って決められることになるでしょう。
SPring-8の特長を出すもののひとつとして、50 keVから150keVの「高エネルギーX線」ビームラインの設置が考えられます。このエネルギー領域はコンプトン散乱や一部の試みのほかはまだ手つかずの領域です。際立った現象としては、吸収がごく小さくなる、高エネルギー準位の励起が可能になる、消衰効果が低減する、高Q領域をカバーできる、相互作用が大きくなる散乱現象があるなどで、それらの特徴を生かす多くの研究分野があります。
世界各地の先端的放射光施設では、インハウス・スタッフが新しい実験技術と実験手法の開発を競い合っており、SPring-8でもそれを強力に推進する必要がありますので、施設者用R&Dビームラインの整備・充実が求められます。
なお全体のビームラインの数が限られていることから、増設するビームラインについては、すでにその例があるようにダイヤモンド結晶を用いてビームを分岐し、3つの実験ステーションで同時に実験ができるようなトロイカ方式を積極的に取り入れていくべきでしょう。偏向電磁石ビームラインについてはクロッチの拡大も検討項目になります。既存のビームラインについては、ビームラインが増えていく状況の中で全体的に利用の仕方の見直しも必要になるでしょう。
既存のビームラインの高度化
ビームラインの増設とともに、すでに利用しているビームラインに接続する実験ステーションの設備の拡充を進めることも重要です。SPring-8実験ステーション機器整備委員会で検討されることになっていてますので、その公募の折りに機器などの高度化・整備に関する提案を関連のサブグループなどからおこなっていただきたいと思います。
産業界の利用
いずれの放射光施設でも放射光利用が半導体産業、新素材産業やバイオ産業などに大きな貢献をすることが期待されています。第3世代大型放射光施設での産業界の利用についてみますと、ESRFでは本格的な取り組みはこれからのようですが、APSではCAT方式に企業も参加して積極的に推進しています。SPring-8では専用ビームラインとしてすでに兵庫県ビームラインが産学共同を指向して利用研究を開始しており、さらに産業界13社の共同体ビームラインが2本稼働し始めましたので、まことに喜ばしいことです。昨今の経済状況を反映して滞りがちであった企業の放射光利用の研究活動がこれを契機に活発になればよいと思います。
全国から多くの分野の研究者が集まるSPring-8は、まさに異分野交流の格好の場です。同じ分野でも基礎研究と応用研究の交流の場です。このような交流から新しい研究展開がみられるのはよく知られたことで、産官学の交流を積極的に推進すべき所以でもあります。
<少数バンチでのリングの運転>
21バンチモードのように少数バンチモードでの蓄積リングの運転を積極的に望む研究課題はいまのところ核共鳴散乱だけです。将来的にこの高速のパルス特性を用いる研究は増えていくと思われますが、全体から見れば少数のチームに限られるでしょう。問題はマルチバンチの場合に寿命が100時間程度であるのに、少数バンチにすると20時間前後に短くなってしまうことです。これの対策として検討されているのは、少数バンチモードでの運転期間を短縮し、その期間内にいくつかのビームラインでこの種の実験を集中的にこなすことができるようにするというものです。一方、リングの運転の仕方を一時期変えることも考えられます。カップリング定数を若干変えてビームサイズを少し大きくし、寿命を長くすることです。
将来的にはマシンスタディの積み重ねによって見通しが得られれば、両立させることが可能になると思います。それはリングへの電子の入射を絶えず繰り返し、蓄積電流を最高値に保つ、いわゆるトップアップ運転の導入です。
<SPring-8利用者懇談会との関係>
企画・行事の共催
利用者懇談会とJASRIはご承知のように、日本放射光学会年会のときに開かれる放射光科学合同シンポジウムに、他の放射光施設とその利用者団体とともに共催の形で参加し、全国的に放射光科学の研究交流を図っています。一方、SPring-8に固有のことがらは、利用者懇談会とJASRIが共催するSPring-8シンポジウムで議論され、また集中した議論の必要なテーマについてはワークショップも開かれています。
サブグループの役割
SPring-8の建設フェーズでは、共用ビームラインの実験ステーションの建設は利用者懇談会のサブグループ内につくられた建設チームが協力して進められてきました。今後30本程度が完成するまで建設が続きますが、それのうちすでに10本は利用フェーズに入っています。これに伴い、サブグループの役割は、立ち上げた実験ステーションの機器の性能の向上、新たな機器の導入などの高度化の作業への協力が主要なものになると思われます。建設フェーズのときと同様にサブグループの会合を随時開き、得られた実験結果の議論とともに実験に関わるハードとソフトについて高度化の観点から検討していただきたいと思います。
要望・提案の双方向的なやりとり
施設側と利用者懇談会はSPring-8における放射光利用研究を進展させる共通の目標のもとに“持ちつ持たれつ”の関係にあります。SPring-8の「利用研究課題選定委員会」、「ビームライン検討委員会」など利用に関わる主要な委員会には利用者懇談会から委員候補者の推薦をいただいています。
利用者は研究計画に従い、放射光利用研究をおこないますが、その使用したビームラインの放射光の特性、実験ステーションの測定装置の性能や周辺機器の整備状況など実験に関わる多くの面で要望や提案などがあると思います。サブグループの会合、拡大世話人会、SPing-8シンポジウムや総会などで施設側との忌憚のない意見交換を通じてより円滑な放射光利用が図られることが望まれます。
なお従来、技術支援方策検討委員会において作業の安全確保、試料の廃棄処理、共用付属施設、情報システムなどについて検討され、可能なものから具体化しています。
上記のような各種の活動を利用者懇談会がおこなっていますが、それらが有効に機能するための基本は、SPring-8を利用する方々にできるだけ会員になっていただくことですので、よろしくお願いいたします。
<研究ハイライトの出版>
SPring-8は供用開始以来、先行したビームラインでは立ち上げ段階を経て研究成果が挙げられつつあります。SPring-8で得られた研究成果は利用者が個別に論文の形で発表されますが、一方でSPring-8として顕著な成果をまとめて、全般的な活動状況を報告していくことが必要です。この作業をおこなうために「SPring-8研究広報ワーキンググループ」がSPring-8内につくられました。これは菊田(JASRI)、 植木(JASRI)、下村(原研、JASRI)、井上(理研)、それに利用研究課題選定委員会分科会主査の先生方がメンバーになっています。一昨年10月から昨年の夏期のシャットダウン前までのビームタイムで実施された研究の中から顕著な成果をまとめる作業が進められており、Research Highlights(仮称)が英文、60ページ程度で、この4月に出版されます。この後、毎年出版される予定です。この編集作業および他の広報用にも顕著な研究成果を的確に把握したいと思いますので、広報に価する成果と思われる情報を自薦・他薦を問わず随時、植木利用促進部門長あてにお寄せ下さいますようにお願いいたします。
なおSPring-8の出版物としてはこのほか、「SPring-8 Annual Report」と「SPring-8利用者情報」が刊行されていますが、さらに一般向けとして「ひかりの丘から−SPring-8 News」も年3〜4回発行される予定です。これは4頁程度のニュースレターの体裁のもので、SPring-8の現状と研究成果が分かり易く紹介されます。
<SPring-8のCOE化に向けて>
SPring-8ではJASRIが放射光利用研究の供用を広く推進し、高いレベルの研究成果が得られるように努めるのが主要な任務です。一方、原研と理研が独自の研究活動を展開しています。ビームラインで利用に供されているのはまだ全体の1/4ですが、この1年間の利用者は1800名を越えています。顕著な研究成果も出始め、これからその数は増加の一途をたどると期待されています。全ビームラインが利用可能になれば、多様な放射光利用研究の課題に対応できるようになり、利用者は年間7000名を越える放射光科学の一大拠点になると思われます。
このような状況の中でJASRI、原研と理研の研究活動も一層拍車がかけられ、SPring-8全体でCOE(Center of Excellence)と呼ぶのにふさわしくなることが望まれます。それにはJASRI自体がしっかりした研究機能をもち、JASRIからも先端的研究分野で先導的な役割を果たすことが、上記の任務を補完するうえからも重要です。航空・電子等技術審議会が「JASRIは世界最先端の施設の運営維持及び共用促進の観点から、自ら積極的に研究開発を実施していくことが必要である」との見解を示しています。JASRIでは他との重複を避け、例えば「超」のつくような放射光利用技術の開発をおこなうとともにそれを用いた新しい解析手法の確立をめざすことが考えられます。キーワードでいえばInstrumentationとMethodologyです。
SPring-8が全体的によく機能するには、JASRI、原研、理研の3者が研究交流や技術交流を活発におこなうことが肝心で、実際その方向へ向かっています。さらにビームラインの使い方にできるだけ相互乗り入れの形を導入し、ある研究課題にとってもっともふさわしい実験ステーションを利用するようにすれば、よりよい成果が期待されます。3者の独自性を維持しつつも、相互のバリヤーをできるだけ低くして、一体的な利用形態に近づけるのがよいと思われます。
本年度から始まった播磨国際フォーラム事業は、SPring-8のサイトが国際的な研究交流の場としての役割を担う行事のひとつになります。これは兵庫県とSPring-8が主催して、放射光と関連分野のトピックスについて「播磨コンファレンス」としてゴードンコンファレンスに近い形で開かれるものです。第1回は吉森昭夫先生(岡山理大)がオーガナイザーとなってFrontiers of Surface Scienceのテーマで海外10ケ国15名を含む41名が参加し、実りの多い会議でした。
<将来展望>
SPring-8は第3世代大型高輝度光源としての特長を十分に生かして利用し尽くし、物質科学から生命科学にわたる広範な分野を格段に進展させることをめざしており、設置可能な62本のビームライン(従来の61本に赤外線利用の1本を加算)を早期に建設することが最大の目標であることは、言うまでもないことです。その中で30mの長直線部4本は他の第3世代大型リングにはなく、世界でいちばん特性のすぐれた光源の実現と利用が可能で、放射光科学の将来を占う意味でも重要なものです。
SPring-8は高性能の加速器の集合体ですので、それをいろいろなR&Dに有効に生かしていくべきでしょう。例えばライナックに注目すれば、サブピコ秒領域の極短電子パルスの発生とそれによるパルス放射光の利用が考えられます。さらに、短波長の自由電子レーザーの基礎研究が挙げられます。第4世代光源に関してもそれへ向けての萌芽をつくっていく必要があるでしょう。
菊田 惺志 KIKUTA Seishi
(財)高輝度光科学研究センター 理事 放射光研究所副所長
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