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Volume 04, No.1 Pages 41 - 43

6. 談話室・ユーザー便り/OPEN HOUSE・A LETTER FROM SPring-8 USERS

DESYより
From DESY

西野 吉則 NISHINO Yoshinori

Deutsches Elektronen-Synchrotron (DESY)、Hamburger Synchrotronstrahlungslabor (HASYLAB)

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1.はじめに
 1998年5月から、DESYの放射光研究所HASYLABに滞在し、原子スケールのX線ホログラフィーに関する研究を行っている。本稿では、HASYLABの話題や、最近の研究概要について報告をする。

2.DESYにおける放射光利用
 DESYは、ドイツ北部、ハンブルクに本拠地のある研究機関で、素粒子物理学、及び、放射光関連分野での研究が行われている。
 素粒子物理学の実験施設では、HERAが稼働中で、4つの大規模な国際的研究グループが実験を行っている。そのうち2つの研究グループ(ZEUS、HERMES)には、日本の研究機関からの研究者も参加している。
 放射光利用研究には、2つの蓄積リングが用いられている。一つは、放射光専用に使われているDORIS Ⅲ(4.45GeV、周長289.2m)で、もう一つは、PETRA Ⅱ(12GeV、周長2304m)である。PETRA Ⅱは、HERAへの入射が本務で、HERAへの入射がない時のみ、放射光利用が可能となる。DORIS ⅢのⅢや、PETRA ⅡのⅡは、これらの加速器が、当初素粒子実験用に作られ、その後放射光用に変更が加えられた事に由来し、DORIS Ⅲは、DORISの現在のヴァージョンが3である事を意味する。ちなみに、DORIS、PETRAで素粒子実験が始まったのがそれぞれ、1974年、1978年と、両施設とも歴史ある施設である。その歴史を感じさせる物は施設内に遍在する。
 DORIS Ⅲには、11の偏向電磁石ビームラインと10の挿入光源ビームラインに、42の実験ステーションがあり、PETRA Ⅱには、1つの挿入光源ビームラインに、2つの実験ステーションがある。これら放射光施設は、HASYLABによって管理・運営されている。DESYのサイト内には、HASYLABの他、放射光を利用している研究機関として、EMBL(European Molecular Biology Laboratory)やマックス・プランク研究所がある。また、DESYは、ハンブルク大学の学生教育施設としての役割も担っており、サイト内に大学院の建物がある他、DESY内の研究室にも学生が配置されている。

3.自由電子レーザー計画
 DESYの将来計画に、全長33kmにおよぶ電子陽電子リニアコライダ、TESLA(TeV-Energy Superconductiong Linear Accelerator)がある。TESLAでは、TeV領域での素粒子実験の他、自由電子レーザーを用いた研究が計画されている。現在、DESYのサイト内に、TESLAのためのテスト施設TTF(TESLA Test Facility)が建設中である。
 TESLAにおける自由電子レーザーの計画は、3つのフェーズから成り、現在は第一フェーズが進行中である。第一フェーズでは、超伝導線型加速器で電子を390MeVまで加速し、4.5mのアンジュレータモジュール3台を光源として用いる。これにより、波長42nm、パルス長500fsの、真空紫外自由電子レーザーが得られる。真空紫外領域でのSASE(self-amplified spontaneous emission)に基づく自由電子レーザーの検証、及び、様々な機器モジュールのテストが、第一フェーズでの目標である。11月末現在、3台中2台の超伝導クライオモジュールの据え付けが完了しており、アンジュレータは、DESYサイト内の別の場所で、テストが行われている。第一フェーズは、1999年内に完了する計画である。
 第二フェーズでは、第一フェーズの線型加速器を延長し、電子を1GeV以上に加速する。光源に、4.5mのアンジュレータモジュール6台(全長30m)を用い、波長6nm以下の自由電子レーザーを得る予定である。仕様は、その時点での最新技術を用いるため、適宜変更されるとの事である。第二フェーズは、2002年に完了する計画である。また、第二フェーズのTTFには、実験ホールが併設され、第二フェーズ終了後の2003年から、一般ユーザーによる、自由電子レーザーを用いた実験が始まる。
 第三フェーズは、TESLAを用いた、X線領域でのSASEに基づく自由電子レーザー(XFEL)を指すが、多くの事が未確定である。
 ちなみに、第二フェーズの建屋の建設は、ある一大イベントのため、既に始められている。そのイベントとは、2000年に、ハンブルク近郊のハノーファーで行われるEXPO 2000で、実験ホールは「未来の光」と題された展覧会場として使われる。

4.グループの雰囲気
 HASYLABでは、G.Materlikをリーダとするグループに所属している。グループには、現在、15名程の人が所属している。グループは更に、研究テーマ毎に、いくつかのサブグループに別れていて、X線定在波、X線ホログラフィー、光電子分光、X線光学等の研究を行っている。前述の様に、DESYはハンブルク大学の教育施設としての役割も担っているため、グループには、多くのハンブルク大学の学生、大学院生がいる。従って、グループの雰囲気は、日本の大学院の研究室と大差はない。当然の事ながら、周りの日常会話はドイツ語である。このあたりの雰囲気は、同じDESY内でも、各国の寄せ集め所帯で、日常会話が英語の、素粒子実験とは大きな違いがある。
 周りには多くの大学生、大学院生がいるので、ドイツの大学の問題が、時折話題に挙がる。ドイツでは、他の国と比較して、大学卒業(ディプロマ取得)や博士号取得に要する期間が長く、学生の高齢化が問題になっているそうである。EU統合を控えて、教育制度も、他のEU諸国に合わせる方向で、すなわち、より短い期間で博士号が取れる様、改革をするという議論もあるそうだ。また、ドイツは失業率が10%を超える状況が続いており、学生が、より実利に結びついた、就職に良い進路を選ぶため、学生の理学離れが急速に進んでいるそうだ。ハンブルク大学の物理学科の学生は、一時期の半数程にまで減っているとの事である。

5.原子スケールのX線ホログラフィー
 原子スケールのX線ホログラフィーは、X線回折パターンから、ホログラムを抽出し、そのホログラムから、サンプルの3次元原子配置像を再現する事を目的としている。なお、像の再現には、計算機を用いた、数値解析を行う。原子スケールのX線ホログラフィーには、XFH(X-ray Fluorescence Holography)とMEXH(Multiple-Energy X-ray Holography)という、2つの手法があるが、後者は、HASYLABを含む研究グループにより、最初のアイデアが出された。XFHでは、特定のエネルギーを持った蛍光X線をホログラム測定に用いるが、MEXHでは、エネルギー可変の放射光をホログラム測定に用いる。
 これまでの研究で、原子スケールのX線ホログラフィーは実証されているが、実用化に至るまでには、依然、基礎的な問題や、実験面、データ解析面で改良すべき点も残っている。HASYLABグループでは、現在、これらX線ホログラフィーの基礎面に焦点をあてた研究を行っている。
 最も基礎的な問題は、これまでに論文発表されている実験では、後にHASYLABグループにより指摘された様に、純粋にXFHやMEXHの手法が取られておらず、それらの混合した手法が取られている事にある。従来の混合手法は、実験セットアップがより簡便であるが、一般に、歪んだ像が得られる事が予想される。
 筆者らは、1998年9月及び10月に、HASYLABビームラインBW1及びビームラインCにおいて、一つの実験セットアップの中で、複数の検出器を用い、純粋なMEXHと、混合手法の、2つの手法で、同時に、ホログラム測定をする実験を行った。サンプルには、既知の構造を持つ、Cu3Auを用いた。筆者のこれまでの解析によると、MEXHでは、ほぼ完全な位置に原子像が得られる一方、混合手法では、実際の原子位置からずれた像が得られる事が示された。また、混合手法によるデータから、データ解析の段階で、その混合部分を除去する試みも行った。これにより、再現像に改善が見られ、原子の位置を示すピークが、ほぼ実際の位置に変わった。この実験解析により、従来の混合手法に見られる再現像の歪みは、純粋なMEXH手法を取る、または、解析段階で混合部分を除去する事により、改善する事が示された。
 今後の展望としては、より統計誤差の少ないデータを得るため、より高計数率の検出器を用いた実験を行う事、また、より簡便でかつ物理的背景が明確な解析手法の確立、等をテーマにした研究を行いたいと考えている。
 

 
 
HASYLAB実験ホール 
 
西野 吉則 NISHINO  Yoshinori
勤務先:(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町三原323-3
TEL:07915-8-0851 FAX:07915-8-0850

滞在先:Hamburger Synchrotronstrahlungslabor (HASYLAB)
Deutsches Elektronen-Synchrotron (DESY)
Notkestrasse 85, D-22607 Hamburg, Germeny
TEL:+49-40-8998-2888 FAX:+49-40-8998-2787
e-mail:nishino@desy.de



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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