Volume 03, No.6 Pages 34 - 39
4. 原研・理研・R&Dビームライン/JAERI・RIKEN・R&D BEAMLINE
大強度X線ビーム入射時に於ける電離箱の挙動
The Behaviour of Ionization Chambers under the Injection of High Flux X-ray Beam
理化学研究所・播磨研究所 X線干渉光学研究室 Coherent X-ray Optics Laboratory, RIKEN Harima Institute
- Abstruct
- Ionization Chambers are widely in use as X-ray beam intensity monitors in synchrotron radiation experiments, but it has been known that proportionality degradation will be caused by electron-ion recombination process when high ionizing current is generated in the ionizing charged particle experiment. Proportionality degradation due to intense X-ray beam was experimentally investigated at the BL47XU to cope with the high current storage ring operation and improvement of beamline X-ray optics devices.
1.はじめに
「電離箱」は、X線ビーム強度モニターとして放射光利用実験に幅広く利用されているX線検出器である[1][2]。
本邦に於ける第三世代放射光施設SPring-8は蓄積リングの蓄積電流を段階的に増加させ、本稿執筆の時点(平成10年10月9日)に於いては入射直後の蓄積電流が定常的に70mAに達しており、今後そう遠くない時期に定常的な100mA運転が始まるものと思われる。SPring-8の最大の特色の1つとして非常に大きなX線ビーム強度が得られるアンジュレータビームラインに於いては、X線ビーム強度モニターとして使用されている電離箱には1μA以上の電離電流が発生する状況が頻繁に起こる。さらに、こうした蓄積電流の増加、あるいは光学系の性能向上などにより、X線ビームの強度が飛躍的に向上しつつあり、それに伴い電離箱もより大きな電離電流を発生することになる。
入射X線ビームの強度と検出媒体中に発生する電離電流との比例関係を利用する「電離箱」には、
①気体を検出媒体とするのでダイレクト・ビーム照射に耐えること
②暗電流が信号成分に比べて極めて小さく、ダイナミックレンジが広いこと
③ガスをX線吸収体とするため透過型検出器として使用できること
などの長所が存在し、これまで優秀なX線ビーム強度モニターとして機能してきた。しかし、荷電粒子を用いた実験から、電離箱に大きな電離電流が生成される場合(およそ1μAよりも大きい領域)にはこの比例性が成り立たなくなることが以前から知られていた[3]。
SPring-8には、従って、荷電粒子の場合と同様に、X線ビーム強度と電離電流との比例関係が破綻を来す領域に達するビームラインが存在すると言えよう。電離箱の指示する電流値を用いて、蓄積電流の減少、或いは光学系の変動に起因して時々刻々変化するX線ビームの強度に関する補正を実験データに施す場合、比例関係の破綻は極めて重大な問題であり、詳細な実験的・技術的研究が行われて然るべきであると考えられる。実は、こうした懸念は、SPring-8の青写真が引かれた頃から存在したにも関わらず、今日に至るまで遅々として明確な結論が導かれていない経緯があり、その意味に於いても同研究の速やかな実施が求められていた。
こうした理由から、SPring-8のBL47XU(R&DビームラインI)において、複数の種類の充填ガスについて電離箱の特性を測定し、ガスの種類によっては、蓄積電流20mA時において既に比例性が悪化することを確認した。本報告では、比例性の悪化の原因、特定の条件で比例性の悪化を確認する方法、比例性の悪化を避けるためのガスの選択、及び、電離箱に関連した研究の進展状況について述べる。
2.電離箱の一般論と予想された問題
まず、以下の議論のために、電離箱に関する若干の一般論を展開したい。典型的な電離箱は、図1に示すような一対の平行平板電極から構成され、印加電圧V[volts]、電極間距離d[m]、電離電流I(V)[A]を基本的な物理量とする[4]。今、この平行平板電極の中心軸に沿って、エネルギーEx-ray[eV]、強度φ0[X-ray photons/sec]のX線ビームが入射するとする。
図1 典型的な電離箱の構造
さて、I(V)をVの関数として計測すると、一般的には図2に示すようになることが知られている。十分に大きいVを印加した状態では、強い電場が再結合過程を無視できる程度まで抑制し、電離過程を通して初期に生成されたすべての電荷が電離電流へと寄与するようになり、I(V)はある値に漸近する。通常、この時の電圧V0を「飽和電圧」、I0を「飽和電流」、そして電離電流の印加電圧依存性を「飽和特性」と称する。電離箱が飽和状態にある時、測定される電離電流は入射X線光子の電離作用に依って生成される電荷の生成率に厳密に比例するとみなすことができて、電離箱に入射したX線ビーム強度は、次の式を用いて求めることができる:
図2 電流-電圧特性
ここで、ビーム強度はφ0[X-ray photons/sec]、測定によって得られた電離電流はI[A]、充填ガスのW値はw[eV/electron-ion pair]、入射X線のエネルギーはEx-ray[eV]、充填ガスの線吸収係数はμ[cm−1]、電極長さはx[cm]、電離箱中での前面不感層の厚さxdead[cm]でそれぞれ表されている。上記の式には、単純化のために電離箱の窓についての補正は含まれていない。
ここで、飽和特性についてさらに議論するにあたって、比例性の破綻、及び、電離プロファイルという2つの観点から考慮する必要がある。
まず、比例性の破綻を半定量的に考察してみる。X線照射下にある電離箱中では、発生した電子及びイオンは、印加された電場にしたがって対向電極に移動して電離電流に寄与する部分と、拡散過程或いは再結合過程によって消滅して電離電流には寄与しない部分とに大別される(電離電流の飽和過程は、厳密には、拡散過程、電場によるドリフト過程、再結合過程、X線による電荷の生成過程が関与する電子・イオンの輸送及び保存に関わる問題として連立偏微分方程式で記述される)。電子(或いはイオン)が対向電極に移動するのに要する時間tdriftは、電子(或いはイオン)のドリフト速度vd 及び易動度μを用いて、
tdrift = d/vd = d/(μE)
また、電子・イオン再結合時間trecは、電子及びイオンの空間密度分布が等しい場合、その数密度n及び再結合係数αを用いて、
trec = 1/nα
さらに、電子(或いはイオン)が拡散に依って電極に達するのに要する時間tdifは、拡散定数Dを用いて、
tdif = d2/(2D)
と表される。初等的には、ある電場の下で、一対の電子・イオン対が電離電流に寄与する確率Pは、
P=(1/tdif)/[1/tdrift + 1/trec+ 1/tdif]
〜1/[1+nαd/(μE)]
と書ける。但し、tdifは他の特性時間に比較して十分長いとして無視した。また、より定量的に考察する場合には、電子及び正イオン、負イオンの区別が必要である。
さて、上式から生成された電荷の50%が収集される電場の強さE0を
E0 =nαd/μ
と定義することができ、E0を利用して飽和の難易を定性的に議論することが可能である。特に、電離箱に大きな電離電流が生成される場合にはこの比例性が成り立たなくなるという実験事実は、nが増大した結果E0も上昇して、ある印加電圧では十分な飽和が得られなくなる現象と理解できる。
もう一つ考慮すべきことは、ガス中での光電子飛程とX線の偏光性に依存する、空間的な電荷の密度分布である。これは我々がビームプロファイルにちなんで電離プロファイルと呼んでいるもので、X線ビームを中心にして概略的には円筒形に分布すると考えられ、円筒分布の動径方向の広がりrplasmaは、X線ビームの動径方向の広がりrbeamと発生する二次電子の飛程rδとを用いて、近似的にはrplasma= (rbeam2+rδ2)1/2 程度と推定される。
しかし、より正確には、X線の偏光性に影響されて、円筒形からくずれるであろうと思われる。光電子飛程がビームプロファイルよりも非常に長い場合には、電離プロファイルはビームプロファイルとは大きく異なる形状をもち、再結合に直接影響する電荷キャリアの密度についても、ビームプロファイルよりもむしろ偏光及び光電子飛程を考慮した電離プロファイルを基に考えるのが適当である。
以上の議論から総合的に考えて、ガスの選択は、電流値のS/Nが悪くなりすぎない程度に吸収効率が小さく、光電子が電極に到達しない程度に光電子飛程が長いものがよい。これは原子番号が小さいガスが有利であることを示している。また、ドリフトと再結合が競合過程であることから、負電荷は負イオン化せずに電子のまま移動した方がドリフト過程がより優勢になろう。したがって、電子親和力が大きく負イオンを作りやすいO2などよりも、電子の保存される希ガスやN2、CO2などの方が有利であると予想される。
3.実験方法
実際にSPring-8のビームラインBL47XUにおいて、充填ガスを、空気、窒素、アルゴン、クリプトン、キセノンとして、飽和特性を測定し[5][6]、ガスの種類による依存性を調査した。X線エネルギーは14.3keVで、ビームサイズはFEスリットを用いて実験ハッチで約0.5㎜×0.6㎜に整形した。一次光の強度はおよそ1012[X-ray photons/sec]であり、高次光は二結晶分光器にデチューニングをかけることで抑制した。アルミニウムのアブソーバーが、入射X線強度を変化させるために使用され、アブソーバー厚さ1mm、2mm、3mmは14.3keVのX線に対して約1/10、1/100、1/1000の透過率を与えた。
実際に飽和特性を測定するために使用したセットアップを図3に示す。使用した電離箱(S−1194B1、応用光研工業製)は、SPring-8のビームラインの多くで、ビーム強度モニターとして共通に用いられているものである。空気が充填された場合、仕様上の最大許容電圧は2000Vである。今回の実験では、印加電圧は安定化高圧電源(ORTEC556)より印加され、電離電流は高感度ピコアンメーター(Keithley 486)によって測定された。SPring-8のビームラインではピコアンメータKeithley486に比較して、電流アンプKeithley428が使用されることが多いが、Keithley428が外部の電圧周波数変換器とカウンターでデジタル化するのに対し、今回使用したKeithley486は電流アンプとADCを内蔵している、簡便な絶対電流値計測器である。
図3 BL47XU実験における実験セットアップ
電気的な接続としては、低ノイズケーブル(日立電線製HLN)を使用し、また電離箱筐体を厚さ10mmのベークライト板で実験架台から絶縁し、ピコアンメーターはフローティング仕様になっているので、回路全体から見ると高圧電源の一箇所のみ接地し、一点アースの構成をとった。高圧電源ORTEC556のリファレンス電圧入力を用いて、ファンクションジェネレータからDC電圧を供給することによって、高圧電源と電流計測器を含んだGPIB制御の電流−電圧特性自動計測システムを構成した。
ガス供給システムとしては、次のようになる。供給側は、マスフローメーターを通った後、シンフレックスチューブで電離箱に接続した。排出側には、酸素濃度計(飯島電子工業製MC−7G−L)を用い、ガス置換の際にppmオーダーで酸素濃度を確認した。流量は50cc/minを目安とし、ただしガス置換する場合は目安として電離箱の内容積約500ccの20倍の量を流した。電離箱のガス出口にもシンフレックスチューブを接続したが、流出を確認するためにバブラーを使うと泡の生成によるガス圧の周期変動が電離箱の出力電流にのる可能性があるので、チューブの先は開放にして用いた。
4.実験結果と考察
実験したガスの中から、空気、窒素、アルゴンの飽和特性を図4から図6に示す。全体的な傾向として分かったことは、
(1)入射X線強度φ0が大きくなるほど、数密度nが大きくなり、飽和電圧が大きくなる。
(2)原子番号が大きいガスほど、①吸収が大きくなる、②光電子飛程rδが短くなる、③W値wが小さくなる、の効果で数密度nが大きくなり、飽和電圧が著しく大きくなる。
(3)入射X線強度とガスの種類によっては、電離箱の耐電圧の範囲で飽和が得られない。
図4 空気の飽和特性
図5 窒素の飽和特性
図6 アルゴンの飽和特性
図7 アルゴンでの比例性の悪化
また、空気とN2の比較に関しては、N2の飽和電圧の方が圧倒的に低い。これは、空気に含まれるO2、H2Oなどの電気陰性度の高い成分のため、負電荷が負イオンの形で移動するのに対し、N2では電子のまま移動するためと考えられる。
特定の条件において、電離箱の比例性を確認するために、飽和特性を測定することの他に、入射X線強度と電離箱の出力電流の関係を調べて、直接的に比例性を確認することができる。強度を変化させるためにアブソーバーを使うのが実用的であるが、あらかじめ高次光の程度がよく分かった上で使わないと見かけ上電離箱の比例性が悪化しているように見えることになる。横軸をアブソーバーの厚さとして、アルゴンの場合で図7に示す。飽和が完全でない場合には、電離電流に基づく入射X線強度は、過小評価を招くことになる。
傾向として、密度や原子番号が小さいガスの方がよい特性を示すので、純ガスの中でもっともよい特性を示したN2に対して、ヘリウムを混合した混合ガスについて特性を調べ[7]、その一例を図8に示す。
図8 ヘリウム窒素混合ガスの飽和特性
ここで、考慮すべきことは、光電子と電極との衝突、ガス混合比の精度(混合ガスの一様性)、Penning効果、放電である。
飽和電流とガスの混合比から求まる入射X線の絶対強度の推定値を図9に示す。この推定強度の計算には、蓄積電流の時間変化に対する補正、透過率の実測によるアブソーバー厚さの補正、ガスの混合比によるW値の補正を含んでいる。各ヘリウム濃度について、6通りのアブソーバーを使用したので、6個の測定点が重ねて表示されている。ここで、純粋にヘリウム100%の場合には、他の場合と比較して推定強度が1/3程度に小さくなっていることが分かる。ヘリウム100%の場合には、光電子がまだ大きなエネルギーを持っている時点で電極にぶつかってエネルギーを損失していることが推測され、絶対強度の測定やエネルギーを変化させる測定の場合には注意を要することが分かる。推定強度のその他のばらつきは、ガスの混合比の設定精度が原因として考えられ、またその他にW値がガスの混合比によって非線型に変化する効果(Penning効果)が含まれていることが、ヘリウム濃度の大きい側で推測される[8]。
図9 ヘリウム窒素混合ガスの場合の絶対強度の推定値
これらのことから、このエネルギーでヘリウム濃度80%までの領域が使用可能と結論される。また、実験を通して分かったこととして、ヘリウム100%の場合は特に放電を起こしやすく、ここで示した飽和電圧よりも極端に高い電圧を印加することは避けるべきである。放電の生じ易さは、電離箱によって個体差をもっている。放電による過大電流を検出してトリップする機能を持った高圧電源を使用することが推奨される。これはヘリウムを含んだガスの場合には特にそうであるが、ビーム強度の増大によりどんなガスを使う場合でも必要な電圧は大きくなる傾向にあるので、高圧電源のトリップ機能は今後重要になってくるであろうと思われる。
以上は蓄積電流20mA時の結果だが、今後SPring-8のアンジュレータのビームラインは蓄積電流の増加及びモノクロの改良により、さらに50倍程度は強度が上がるであろうと予想されている。電離箱がこういった状況下で正常に動作するかどうかが現在我々の主要な関心事であるが、上記の結果から考えて、ヘリウム窒素の混合ガスを用いた場合、我々がテストしたX線エネルギー14.3keVでは、十分に飽和させることができると予想される。ただし、より低いX線エネルギーでは急激に条件は悪くなると推測されるので、今後X線エネルギーを変化させてテストする予定である。
現在、窒素を減圧あるいはヘリウム混合してガス条件を固定するために封じ切りで使うタイプの電離箱、電離プロファイルの実測、位置敏感型電離箱の他、シリコンフォトダイオードX線ビーム強度モニターの研究も進行中であり、結果の出たものについて放射光学会で報告する予定である。
本研究を遂行するにあたって非常に多くの方々からご指導をいただいた。中でも鈴木昌世(JASRI)、豊川秀訓(JASRI)、淡路晃弘(JASRI)、香村芳樹(理研)の各氏には、実験の計画段階から参加いただいた。この場を借りてお礼を申し上げます。
参考文献
[1]野村昌治:放射光、2,63(1989).
[2]大柳宏之:「シンクロトロン放射光の基礎」、丸善 (1996) 491.
[3]C.A.Colmenares:Nucl.Instrum. Meth.114(1974)269.
[4]G.F.Knoll:"Radiation Detection and Measurement", (1989) 136.
[5]K.Sato et al.:SPring-8 Annual Report 1997.
[6]K.Sato et al.:SPring-8シンポジウム,CAST (1998).
[7]K.Sato:International Workshop on High Flux X-ray Detectors, SPring-8 (1998).
[8]山崎文男(編):「放射線」実験物理学講座26、共立出版(1973)、小川岩雄、PP. 135〜170.
佐藤 一道 SATO Kazumichi
理化学研究所・播磨研究所 X線干渉光学研究室
〒679-5143 兵庫県佐用郡三日月町三原323-8
TEL:07915-8-1842 FAX:07915-8-1838
e-mail:kazusato@spring8.or.jp
略歴:平成9年3月九州大学大学院総合理工学研究科修士課程エネルギー変換工学専攻修了。日本放射光学会会員。
現在のテーマ:電離箱及びX線ビーム強度モニターにまつわる諸々の研究。特に現在の仕事の流れは電離箱の位置分解能および時間分解能への拡張。
趣味:特になし。上郡町出身在住。